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世界中に愛を

 一瞬の隙をついて、ソラヤが王子に斬りかかった。

 王子はそれを軽やかに避け、ソラヤに向かって魔法の弾を放つ。

 そのまま二人は剣と魔法を交えながら、ハルマから離れていった。

 王子が何か合図をすると、部屋のあちこちから(いかずち)が飛んできた。

 ユートとキズナが次々とそれを跳ね返していく。

「気を付けろ! 王子はあちこちに罠を張って待っていたはずだ!」

 それを聞いて王子はニヤリと醜く笑う。

 私は周囲に気を配りながら、ハルマに駆け寄った。

 (ひざまず)いて彼の左手を取り、下から目をまっすぐ見つめる。

 ハルマは震える右手を少しずつ動かして、私の頬に触れた。

 そして――

「イミナ!」

 いきなりハルマが私を抱きしめてきた。

 その瞳には、生気が戻っていた。

 そして立ち上がり、私を自分の後ろに庇った。

「心配をかけてしまったようだね。ごめん、イミナ。そして――」

 何かを言いかけてやめ、私の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 そしてワンピースの袖を愛おしそうにさすった。

 その優しい微笑みに、私はほっとした。

 彼が続けようとした言葉は、なんとなくわかるような気がした。

 妹への――


 ハルマが私を守ろうとするのは、呪いのためだけじゃなくて、きっと妹に出来なかったことをしたいため。

 そしてハルマの性格が人懐っこく変わったのは、きっと私を守ろうとしたときに生まれた感情だけじゃない。

 きっと――ただの想像だけど、妹の性格が、彼の中で生きているんじゃないかな。

 私はハルマの笑みに肖像画の少女の笑顔を見て、そう思った。


 王子は戦いの手を止め、そんな私たちを苦々しげに見ていたが、ふと何かに気付いたのか高い天井を見上げた。

 同時に私も何か異変を感じる。

 私の身体の熱が、また上がってきている。

 ――人々の悪意を、またひときわ大きく感じる。


 その瞬間、銀色の狼が数匹、空中から現れた。

 王子は驚き目を見張り、キズナを睨む。

 キズナが、部屋に張られた召喚を阻む結界をまた破ったことに気付いたのだろう。

 この城が思うように自分を守らないことに苛立っているようだ。

 ユートは狼と何か話し、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「――何をした」

 王子は眉を上げて、低い声で問い詰める。

「ヴァレオン家に手配させて、出来る限り国中の結界を解かせました。まあおかげで少しは魔物も発生しているでしょうが、それらを倒せる程度の戦力は用意できています」

「……なんだと?」

 ユートは王子に体を向ける。

「俺の家族に、今なら王家を乗っ取れる、って言ったんですよ。あの名誉欲と権力欲に駆られたヴァレオン家の面々が、こんな話に食いつかないはずがない。虚構の英雄王子伝説やらの様々な情報を突きつけたら、簡単に目の色を変えた。今や、”民衆を守り、王家からその地位を禅譲されたヴァレオン”という物語を作るのに夢中ですよ」

 王子は顔を歪める。

「馬鹿なのか。もともと封印は何のためにあったと思っているんだ。私の力も増幅するぞ」

 ユートはにやりと笑う。

「それより――イミナ姫の方が強い」


 王子は目を剥いてこちらを見た。

 私はそれを睨み返す。


「イミナ姫の方が強くなる。圧倒的に!」

 ユートが高らかに言う。


 王子の全身から、呪うような言葉の波動が私を襲ってきた。


 その悪意をよこせ。

 その憎悪をよこせ。

 この世の全ての憎悪。

 それは私のものだ。

 私に喰われろ。


 私は必死に足を踏ん張って耐えた。


 これは私のもの。

 私の力だ。

 私は、私の抱く感情の全てを愛する。

 私に寄せられる全ての感情を慈しむ。

 悪意も怨念も悲しみも全て私のものだ。

 人に利用されてたまるか。


 ハルマが好き。

 ユートが好き。

 ソラヤが好き。

 キズナが好き。


 私はみんなのことが好きだ。

 だから、負けない。


 その瞬間、世界中の悪意が襲ってきた。

 目をつぶり、歯を食いしばる。

 辛い。痛い。熱い。寒い。気持ち悪い。気が狂いそう。

 幾億もの怨嗟の声が、私を引き裂こうとする。

 ――でも、それだけじゃない。

 みんなの温かい気持ちも伝わってくる。

 少しだけ目を開いた。

 ハルマが、ユートが、ソラヤが、キズナが、魔王を止め、私の身体を守ろうと呪文を唱えているのが見えた。

 もう一度、目を閉じる。

 大丈夫。大丈夫。

 守ってくれるって、言ってたもの!

 私はみんなを信じる!



 嵐が去り、目を開ける。

 乱れた髪の毛が目にかかった。

 ――白?

 ひと房手に取る。

 私の黒い髪は、急激なショックのためか、すっかりその色が抜けていた。

 白いワンピースに、白い髪がかかる。

 ……真っ白。

 ぽつりとそんなことを思う。

 自分の手に、何か大きな力が溢れているのを感じる。


 横には、私と対照的な黒づくめの大男がいた。

「魔力をありがとうございます。姫」

 その左目がゆっくりと開く。口元がにやりと上がる。


「見えました。勝利です」

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