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魔の城

 キズナはまた犬の姿に戻って私はその背に乗り、ユートとソラヤはソラヤのグリフォンに乗って、学院へ戻った。


 私はユートとソラヤに一通りのことを語った。

 ランギルト王子が魔王であること。

 私が魔王の娘であること。

 ただ、何かこの世に害をなそうなどとは思っていないこと。

 キズナは私の側近の生まれ変わりであること。

 そして……。

 最後のことは、言うかどうかとても迷った。

 けれども、思い切って伝えることにした。

 ――その大魔導士が、その昔、勇者の血に、私を守るように呪いをかけたこと。


 彼らは黙って聞いていた。

 どこまで信じてくれたのかはわからない。どう受け取ったのかはわからない。

 でも、私は彼らを信じて、彼らの判断に委ねるしかないと思った。

   


 学院にはハルマの姿はなかった。

 次の日になっても、帰ってこなかった。

 私とソラヤは心配のあまり居ても立っても居られず、放課後になると同時にユートの部屋に走った。

「使い魔たちによると、城の周囲ではハルマの姿を見つけられなかった。馬車もなかったようだ」

 ユートはソファに座って、使い魔の狼を撫でながら言う。

 その報告は、私を落胆させた。

「そう……。どこへ行ったんだろう。無事だといいんだけど」

「イミナちゃん。キズナをここに呼び寄せてくれないか。聞きたいことがある」

 ユートの申し出に、私は戸惑う。

「あ~……。キズナはこの部屋の結界が苦手で、入れないって言っていた。呼んで大丈夫かな……?」

「そうか。あいつは俺に対して無害じゃないんだな」

 私は慌ててフォローする。

「キズナ、魔王の魔の力を受けてちょっとだけ元に戻れただけで、まだあの姿も力も保てないみたいだし、そんな脅威じゃないと思う。今朝も犬の姿で寝ていたし」 

 そこまで言って、はたと思い至った。

「……王子は、なんで入れたんだろう。この部屋に」

「俺もそれを不思議に思って部屋の中を一通り調べたんだが、どうも結界を一時的に解いた形跡がある。王子が使っていたのは、目くらましの魔法だけではないようだ」

 ユートがそう言うと、ソラヤは悔しそうにこぶしを握った。

「そういうことか……。僕としたことが、気付けなかった」

「つまり、ハルマの魔法を王子は解けると言うことだ」


 ユートの言葉にドキッとする。

 ハルマに、王子は対抗できるんだ。

 ハルマ、本当にどこでどうしてるんだろう。


 ユートは立ち上がって言った。

「調べたいことがある。日が暮れたら、皆で街へ行こう。その道中でキズナと話すことにする」



 日没後。

 暗い中を、私たちは使い魔に乗って街に向かった。

 目くらましの魔法をかけているとは言え、なるべく目立たないようにするため、道から少し森の中に入ったところを抜けていく。

 道中、結界の石を見かけたので、立ち止まり調べた。

「特に問題はないようだが……。このあたりは魔物侵入事件のあとに張りなおした後、一度も手を入れていないよな?」

 ソラヤは怪訝そうな顔で言った。

「効果の減衰は見られないな。状況は悪くなっていたはずなのに」

 ユートも顎に手を当てて眉をひそめる。

「……考えたのだが、王子は結界を検査して回っていたのではなく、結界を解いてまわっていたのではないか」

「なるほど。自然に劣化していったわけではないのか。だから、全ての結界が均等に弱まるのではなく、手を加えたところとそうでないところで差が出る」

「魔術師などいないような地域が、今、どうなっているんだろう。宮廷魔術師が派遣されているんだろうか」

 私は石を撫でる。

 なぜ、以前、この結界のオーラに懐かしさを感じたのか、ようやくわかった。

 私はこれに、守られていたのだ。

 このおかげで、私は狂わずにいられたのだ。


 ソラヤは不思議そうに言った。

「王子はなぜ、僕たちに危機を煽って準備を促したんだろう。自分の脅威になるとは思わなかったんだろうか」

「勇者の居場所を掴んでおくためだろうか。……そう言えば大人しく待機しているとでも思ったのか」

 ユートは自嘲するように笑った。

 それを見て、キズナが口を開いた。

「餌になれ、とおっしゃっていたので、ある程度育てたところでその力ごと喰うつもりだったんでしょうね」

「なるほどね。あの学院は、魔王のための檻であり、養殖所か」

 ユートは乾いた笑いを浮かべた。

「まだ魔王様は本来のお力を取り戻しておりません。程よいところで勇者を喰って質の良い力を得、姫を殺して力の呪いを自分の元に戻し、完全復活を遂げるつもりでしょう」

「なるほど。――そして何故、いつから、王子の中に魔王がいるか、だ」

 キズナとユートは目くばせした。

「きっと、最初からでしょう。生まれたときからランギルトは、魔王様の生まれ変わりだったと思われます。そして、王子の身体を依代に、元のように蘇ろうとしているのでしょう。このわたくしのように。そして、何故かは――まだ確信が持てませんが――」

 

 ユートの計らいで王都ルトブルクに潜り込み、ヴァレオン家の資料館に来た。

 あたりを窺いながら、立ち入りを禁止されている地下室に下りていく。

 そこには膨大な資料が棚に保管されていた。

 ユートの指示で手分けして漁る。

「やはりそうか。……英雄王子は()()()()()()んだ」

 ユートは分析結果をメモした紙を握りしめながら言った。

「100年前の王子は、国のメンツのために勇者たちの冒険について来ただけだった。英雄王子どころか、むしろ足手まといだった。王子様が英雄だなんていうのは、ヴァレオン家の媚びと王家のメンツでできた、虚構の伝説なんだ。魔王との死闘ののち、一番生真面目なリナライトは魔王の山に残り、平民出身のどこの馬の骨とも知れないジェレルは立場が弱く、その事実が広まることはなかったんだ」

 私たちは呆然とした。

 まさか。王家は張りぼての英雄だったなんて。

「そんな重要な事実を、こんな、不特定多数が出入りする場所の地下に置いておいてよいのか?」

 ソラヤは疑問を呈した。

「この館が出来るまでは、このあたりの資料はかなり厳密に保管されていたようだけどね。今更そう読み解いてそれを広めようとして、信じる者がいると思うか? 流布する前に世間的に抹殺されてもおかしくはない」

 王家の人気を思う。

 確かに、よほど凋落しない限り、悪い情報は広まることはなさそうだ。

 そして状態が悪いときは、そもそもこの情報で何かが変わることはないだろう。


 キズナは言った。

「わたくしと対峙した勇者は3人しかおりませんでした。4人ではありません。おそらく王子は、魔王の死体のもとに残って、待っていたのでしょう。そして魔王様は勇者たちがいないのを見計らって、最後の力で王子の血に自分の種を植え付け、王家の血に潜り込んでご自身をこの世に残したのでしょう」

「そして100年かけてようやく、ある程度の記憶と力を持って転生を遂げられたのか……」

 ソラヤはつぶやく。

 パズルのピースをはめるように、推測が形になっていく。

「王家の人間が別に強くないってことは、今までわからなかったのかな」

 私は不思議に思った。

「そもそも、わかるような機会があったかな……。ランギルト王子以外は学院に通ったこともないし」

 ユートが答えた。

「そうか。そんなことを聞いた気がする」

 ユートは胸元からタリスマンを見せ、皮肉に笑った。

「まあ、ヴァレオン家だって、そこそこ優秀かもしれないけど、当時もこの特注のタリスマンのおかげでようやくリナライトやヴァレオンと並び立つ程度の力しかなかったと思われるよ。金の力の、勇者様一族さ」


 その時。

「そこで何をやっている!」

 扉の方から、聞いたことがある声がした。

 私たちは有事のために打ち合わせてあった通り、一斉にその男に幻術をかけ、その場から逃げ出した。

「兄さんか……」

 館から離れてから、ユートはため息をついた。

「忍び込んだことが、ばれたのか? 僕たちの目くらましの魔法が通じていなかったのか?」

 ソラヤは顔をしかめた。

「まあ兄さんもそれなりの魔術師ではあるし、そもそもこの館にも護衛システムはあるからな。こんな時間にわざわざご苦労なことだ」

「大丈夫かな……。ユートってバレちゃったかな……」

 私は不安を口にした。

「兄は何者かがいると気づくまでは出来たが、俺たちを認識できてはいないはずだ」

「そうなの?」

「タリスマンがなくても、兄よりも俺の方が優れているからね」

 ユートの言葉に、ソラヤははっとしたような顔をした。

「……はっきりと言うようになったな。先輩」

「まあね」

 ユートは気障に笑った。

 事態は決して良くはないが、今のユートは生き生きとしている。

 やるべきことが、自分で確信できている。

 気障で優雅で堂々とした、あの”ユート様”に戻っている。

「? どうしたの、イミナちゃん」

 ユートは私の視線に気づいた。

「……ユートは、お金の力なんかじゃなくて、本当に勇者様だと思う」

 私がそう言うと、ユートは切れ長の目をさらに細めて笑った。

「……ありがとう、イミナ姫」


 以前、ソラヤと登った、人気のない町はずれの丘についた。

 英雄像のある丘もかすかに見える。今はそれを見るのは複雑な気分だ。

 遠くに見えるお城が、禍々しいオーラに包まれていた。

 平和だったこのフォルテラント王国の城は、いまや魔王の城と化していた。


 王子の恐ろしさ、強さを思い出す。

 ハルマはどうしているんだろう。

 この国はどうなってしまうんだろう。

 私は考えれば考えるほど、怖くて足が震えてきた。


「……私を倒さないと、魔王は世界中の悪意を自分のものに出来ないんでしょう? その強大な力を持っているのは私だわ」

 私はお城を見つめながら言った。

 キズナが答える。

「そうです。貴女が全ての悪意を集めている以上、同じ呪いは存在できませんから、貴女から奪うしかない」

 私は振り返り、みんなの顔を見る。

「じゃあ、それを開放して、私が魔王を倒せばいいんだわ」

「しかし、姫。100年前、ほんの少しの間この世の悪意を浴びただけで、貴女の記憶と心は壊れたのですよ!」

 キズナは昂った。

「じゃあ、誰があれを倒すの?」

 お城を指差し、足の震えを隠しながら、私は必死に平静を装って言った。

「……ねえ。私のことは、みんなが守ってくれるんでしょう? だから、大丈夫なんでしょう?」

 みんなは、黙った。


 そして、少しののち、ユートはひとつ息をついた。

「イミナちゃん。俺はやっぱり、君のことが好きなんだと思うよ。呪いなんて関係なく、ね」

 そう言って、慣れたウインクをした。

 私はドキッとして、もごもごしながら下を向いた。

 その時。

「僕もだ」

 ソラヤが言った。

「え!?」

 衝撃的な発言に、ソラヤ以外の声がハモる。

 私は顔を上げて唖然とした。

「今のイミナくんは、強い。強い人は素敵だと僕は思う」

 ソラヤは普段通り、堂々と言い放つ。

「お、お前、どうしたんだ……?」

 なぜかユートがおろおろした。

「ずっと自問自答して、考えて出した結論だ。僕は、自覚したんだ」

「ちょ……な、なに、みんな、いきなりそんな」

 私はパニックを起こしていた。

 そこを、キズナが割り込んできた。

「皆さん、姫のよい下僕になっていただけるようで、なによりです」

「下僕じゃなくて、恋人だ」

 ユートはきりりときっぱりと返す。

「そのようなこと、わたくしが許すとお思いですか?」

 キズナが威圧する。

「君は今はただのイミナ姫の使い魔だろ。許すも許さないも、関係ない」

「そうだ。僕たちの主張を不当に妨げることは出来ない」

「なんたる無礼な……。この、大魔導士キズニウムに向かって……」

 ユートとソラヤに集中して責められ、キズナがだんだんイラつきを隠さなくなってきた。 

「は!? 何を言おうとも、たかが人間どもが、わたくしよりイルミナーナ姫を思っているなんて、あり得ませんが!? まあ、姫はこの世界の全てを手にする予定ですから!?」

 キズナは鼻息を荒くし、支離滅裂なことを言いながら魔のオーラをぷしゅぷしゅさせて興奮している。

「いや、だから、世界征服とか、そんなつもりないから……。それにこんなことしてる場合じゃ……」

 ていうか、以前の割と馬鹿っぽかったときのキズナも、もしかして素なんじゃないの……?

 そう思ったけれど、それは黙っていた。


「とりあえず。まずはハルマ先輩を探そう。それが先決だ」

 ユートはキズナを押さえ込みながら、そう言った。

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