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わたしたちの始まり

 ――一体いつから、彼の中にいたのか。


 王子であったものは、グロテスクな笑みを浮かべた。

 その目の中に瞳孔が紅く溶けていき、白い肌がより青白くなる。

 彼の類まれなる美貌は、余計禍々しさを際立たせる。

「今、時は満ちようとしている。イルミナーナ。その力を、私に返すのだ」

 どす黒いオーラが彼の周囲に生じ、同時に銀色の髪がふわりと浮き上がる。

 その不快な声は、私の体の中にまで響いてくる。

「力って……何……?」

 私は震えながら訊ねる。

 王子は口を大きく醜く開く。


「人の悪意、だ」

 

 私はその人ならざる目に射すくめられた。

 身の危険を感じ、後ろ手で必死に印を結んでキズナを召喚しようとする。

 しかし何か大きな力が阻み、手間取る。

 あの柱の一つ一つが、何らかの結界の役目を果たしているのかもしれない。

 身体はどんどん熱くなる。

 何度目かの挑戦で、黒い巨大な犬の姿が見えた瞬間、王子の方向から強い力の固まりが私たちを襲ってきた。

 私はとっさにバリアを張ろうとするが間に合わず、意識が飛ばされた。

 そしてそこに、記憶の渦が、一瞬で私の中に流れ込んできた。





 生まれた瞬間から、全ての生き物がその少女の死を願った。

 魔王の娘、イルミナーナ。


 少女は凍った心を持ち、常に無表情で過ごしていた。

 生きたまま死んでいるようなものだった。

 そのまるで人間のような小さな魔族の少女のそばには、常に一人の大男がいた。

 魔王軍一の大魔導士、キズニウムだ。

 彼は献身的に少女の世話を全て担った。

 

 魔王は、自らにこの世の全ての悪意が集まる呪いをかけていた。

 彼はそれを受け入れることが出来る存在だった。

 だからこそ、魔王であった。

 おびただしい悪意を自分の力に変えて、世に君臨し、さらに強い悪意を生み出し、それによって支配をゆるぎないものにした。

 それは、悪の永久機関だった。


 彼は自分の娘のことを気にかけることはほとんどなかった。

 ただもののはずみで生まれてしまったものであり、なんの価値も縁も情も感じていなかった。

 石ころのように捨て、それを大魔導士が拾った。

 ほんの戯れに声をかけたことは数度ほどあったが、彼女の反応の薄さに、彼の興味が続くことはなかった。


 魔による大陸の恐怖の支配が続いたある日、ついに魔王を倒さんとする人間たちが魔王の城にたどり着いた。

 その日、キズニウムは姫を連れて、城の地下の洞窟に行った。

「姫。ここで隠れていてください」

 少女は冷えた岩肌に座り、黙って虚ろな目で大魔導士を見る。

 大魔導士は少女に何やら魔法をかけた。

「魔王軍は劣勢です。そろそろ、魔王様のお命も危険に晒されている。せめて……せめて、姫だけは、ご無事でいてください」

 そう言って肩を強く掴むが、少女は反応を返さない。


 大魔導士がその場を離れて間もなく、魔王は勇者たちの手によって息絶えた。

 その瞬間、世界中の全ての悪意が少女を襲った。

 呪いというものは、死によって自然に絶えることはない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。

 呪詛の声が折り重なって届き、突き刺さる。

 大魔導士が少女にかけた守護の魔法により、その悪意の一部は跳ね返すことが出来たが、それでも彼女を発狂させるには十分だった。

 こうして、彼女は記憶と意識を失った。


 大魔導士は、魔王を倒したばかりの勇者たちに対峙していた。

 ――間に合わなかったか。

 そう思いつつ、見渡す。

 ヴァレオン。ジェレル。リナライト。

「……一人、少ないようだが」

 大魔導士は冷たい目をぎろりと動かしながら言った。

「……何を言っているのだ?」

 ヴァレオンは剣を構えて答える。

 大魔導士は片手を顔に当て、指の間から左目を強調する。

 その瞳の中は、真っ黒な渦を巻いていた。

「ほざくな。私のこの目で見ていた。4人いただろう」

 ヴァレオンは一瞬たじろいだが、すぐに姿勢を戻した。

 リナライトは黙って剣を抜き、刃に沿うように左手を動かして、剣に魔法を帯びさせた。

 ジェレルも魔法の詠唱を始めて、そこに続く。

 一触即発のその瞬間、大魔導士が胸元から一枚の札を取り出した。

 勇者たちは、一瞬、強制的にそこに視線を張り付かされた。

 ――わたくしにお前たちを倒す力はない。魔王様のお命を奪った、お前たちを倒すことは、な。しかし、無駄死にするつもりはない。わたくしの持つ全ての力と肉体と命をかけて呪う。

 大魔導士は札で印を結んだ。

「勇者たちよ。子孫代々、永久に、我がイルミナーナ姫を守るのだ」

 ――魔王軍一の大魔導士の力、思い知れ! 人間どもよ!

 そうして大魔導士の肉体は光の粒となって飛び散り、勇者たちに注いだ。

 

 守れ。姫を守れ。

 未来永劫、子孫代々、その血が続く限り姫を守れ。


 次の瞬間には、勇者たちはたった今自分の身に起きたことを忘れていた。

 しかし、呪いは彼らの血に深く染みついていた。


 勇者たちは自分たちの勝利を確信し、魔王の城に魔を封じる結界を張った。

 それによって、少女に流れ込む悪意も弱まり、彼女は命までは失わずに済んだ。

 ただ、魔の存在である少女そのものも封印の影響を受け、そのまま永い眠りについた。


 ヴァレオンとジェレルは山を下りたが、リナライトはなぜかそこを離れられなかった。

 無意識のうちに、少女の居場所に執着していたのだ。



 


「姫!」 

 目を開くと、そこには褐色の肌をした隻眼の大男がいた。

「……キズナ……」

 私の声を聞いて、男の冷たい瞳に少しだけ安堵の色が浮かんだ。

 どうやら大きなエネルギーを受けたことで、彼の記憶と私の奥底にあった記憶、そしてそれに付随するものが混じったイメージを見たようだ。

 そして、私は知った。 


 100年も前から、命をかけても、私のことを護ろうとしてくれた人がいたことを。


 私はキズナの大きな身体に身を預け、キズナは身に着けているローブで私を包んで庇った。

「お前……キズニウムか……。よくここに入ってこれたな」

 王子は顔を歪める。

「わたくしは姫と目を共有しているので、姫の状況は常に把握しております。姫がわたくしを呼び出すのに合わせ、わたくし側からも結界をこじ開けさせていただきました」

「なるほど。イルミナーナだけに出来るとは思わなかったが、そういうことか。流石だな、キズニウム」

 王子はクククと不気味に笑う。

「いえ。わたくしは貴方の正体に気付くことが出来なかったような、無能ですよ」

「私もなかなかやるだろう? こんな身体だがね。まあ、犬よりはマシか」

 キズナはぴくりと眉を動かす。

 二人の間に緊張が走る。


 その瞬間、扉が乱暴に押し開けられ、銀色の狼が次々と入ってきた。

 その後ろに二人の青年が続き、さらに後ろにはグリフォンが控えている。

「ユート! ソラヤ!」

 私は彼らの姿に声を上げる。

「イミナくん!」

 ソラヤは異様な雰囲気の王子と私を囲うキズナを見比べて少し状況判断を迷ったようだったが、使い魔たちが王子を睨みつけるのを見て、私と王子の間に立ちはだかった。

「どうしてここに?」

「儀式がどうなるか気になって、念のために近くまできていたんだ」

「そうしたら、こいつらが反応して……」

 ユートは狼を指差し、それを見てキズナが不敵な笑みを浮かべる。

 キズナが何らかの方法で使い魔に知らせたのだろうか。

 ソラヤは振り返り、私に言う。

「イミナくんのことは、僕が守ると決まっていると言っているだろう?」

 その凛々しい姿に、私は無言でこくこくとうなずいた。 

 

 勇者たちの登場に、王子は少したじろいだ。

「少々予定が狂ったが……。まとめて今、この場で私の餌となるがいい」

 王子が再び魔力を放とうとする。

 ソラヤがバリアを張り、ユートが勇者のタリスマンを掲げてそれを増幅し、一部が受け流される。 

 そして残りをキズナが自分の腕に溜めた。

「お力をありがとうございます。魔王様」

 キズナはうっすらと笑いを浮かべてそう言った。

 王子が全ての力を放ち終わる前に、光が私たちを包んだ。

 


 気が付くと、城から少し離れた平原に一本生えた木陰にいた。

 キズナは大きな息をついて、ローブを目深く被った。

 彼の魔法でここまで転移してきたようだ。

「久しぶりに大きな魔法を使ったので、少し疲れました。ここから先はお二方にお任せします」

 キズナの言葉にソラヤとユートはうなずき、自分たちを守る魔法をかける。

 私はあたりを見回す。

「ねえ。ハルマは知らない?」

「いや。城に入るときには気が付かなかったけれど。今日、ハルマがイミナちゃんをお城まで連れてきたんだよね?」

 ユートの声には戸惑いが感じられた。

 いなかった?

 あんな過保護のハルマが、私を置いて勝手に帰ったとは思えない。

 時間がかかると思って、門の前じゃないところに行っていたのだろか。

 戸惑う私に、キズナは言った。

「彼の使い魔がわたくしの交信に応答した形跡はありません」

「まあ、ハルマは滅多なことがないと使い魔を使わないけど……」

「学院に戻っていればいいけど、城の前で待っていた場合は厄介だな。王子の正体に気付いていない場合、最悪の場合は彼一人に危険が迫る」

 ソラヤはそう言って爪を噛んだ。

「……もう一度、行くか?」

「またわたくしの魔法で脱出できるとは限りませんよ」

 ユートの提案を、キズナはにべもなく却下する。

「わかった。とりあえず、こいつらに様子を見てきてもらう」

 数匹の狼が、ユートの合図で城の方向に向かって走っていった。

 城は、心なしか、その白い色が少しくすんで見えた。


 ハルマ。

 私のことを、守ってくれるって言ったのに。

 今、どこにいるのだろう。

 安全な場所にいればいいのだけど。


 私はキズナを見上げて言う。

「みんなを呼んでくれてありがとう。でも、危険な目に遭わせちゃったけど……」

「いえ。いざとなったら捨て駒になっていただく予定でした」

「は!?」

 キズナの不遜な物言いに、ソラヤは眉を上げて声を荒げた。

「実際、助かりましたよ。二人が来なかったら、どうなっていたかわからない。姫の役に立つことを、光栄に思っていただきたい」

 キズナは動じずに、その冷酷な目で返す。

 その魔のオーラを全く隠さない様子に、ソラヤは警戒心を露にする。

「……どういうことなのか、説明してくれるかい? イミナちゃん。そもそもこの男は誰だ」

 ユートはそう言って私を見つめた。

 その切れ長の目に、非難めいたものが混じる。


 どこから話そうか。どこまで話そうか。

 私は助けを求めるようにキズナを見た。

先週、予定外に投稿が出来なかったため、明日まで複数回投稿いたします。

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