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白亜の城へようこそ!

 100年の時を超え、再びこの地を、魔の脅威が襲おうとしている。

 王子は、勇者の子孫たちと私に、この学院で待機していろと言う。

 来るべきの日のために心身を鍛え、準備しながら。


 とはいえ。

 なんだか魔に対抗するための頭数に入れられちゃっているけど、私はどっちかと言うと魔王側なんだけど、いいのかしら。

 王子の人を見る目って、本当に大丈夫なのかな。

 まあ別に、人間を支配しようとか思わないけど。

 もしみんなを魔物が襲ったら、きっと私は、魔物を倒すだろうし。

 じゃあ……問題ないのかな?

 キズナには怒られそうだけど。


 私は自分のアイデンティティを考えているうちに混乱してきた。

 魔に対抗する上で、私が魔王の娘であることで問題があるとすれば、私が制御できない何かが起こった時だけだろう。

 そんな場面があるのだろうか?

 私には、100年前の記憶がほとんどない。

 魔がこの世を支配していたとき私がどうあったか、知らない。

 自分で自分が一番得体が知れないなと思った。



 ユートの部屋に様子を見に行くと、彼はソファに座って何やら熱心に本を読んでいた。

「……ユート、何を読んでいるの?」

「うん? 戦いの役に立ちそうな魔法のおさらいと、新しいものをいくつか覚えられないかなって」

 私は目を見張った。

「ユート、勇者として戦う気になったんだ」

「うん」

 ユートは優しく微笑んだ。

 そして、正面から私を抱きしめてきた。

「……ありがとう、イミナちゃん。大好きだよ」

「え?」

 温かい体温と、鼓動が伝わってくる。

 なんだろう。何があったんだろう。


 

 その次の日、私はソラヤと校舎裏で魔法の復習をしていた。

 炎の柱を発生させてみるも、思ったより大きくなりすぎ制御できずに困っていると、ソラヤが水を召喚して消してくれた。

「……ありがとう」

「いや。……それより、ユート先輩に会ったか?」

「うん」

「どうだった?」

「どうだったって……。なんか真面目に魔術書を読んでたよ」

「そうか。やる気を出してくれたか」

 私はソラヤの少し得意げな顔が気になった。

「……もしかして、ユートを守りたいっていったこと、本人に伝えちゃった?」

「伝えた」

 ソラヤはきっぱりと答える。

「な、なんでそんなことするの!?」

 私は動揺した。

「別に悪いことじゃないだろう」

「……でも、なんか、恥ずかしい……」

 私は魔術書で顔を隠す。

「……ユート先輩が煮え切らない態度だったので、焚きつけた。全く。勇者の気高い血をなんだと思っているのか」

「別に、なりたくて勇者に生まれたんじゃないだろうし。それにユートだって、頭ではその責任の重さはわかっていると思うけど」

 平和な街の人々の営みを丘から見下ろしながら、それを取り戻した勇者について語っていたユートの様子を思い出す。

「脆弱な使命感では、強く守りたいと思う何かがなければ、命の危険を冒してまで魔と対峙したいなんて思わないだろう。そして今のユート先輩にとって大切なものは、イミナくんくらいしかいないと考えられる。それをただ、きちんと自覚させただけだ」

「ほんと、よくそういうことを照れなく言うよね……」

「イミナくんも、ユート先輩に愛されている自覚を持つべきだ」

「だから……もう」

 私は誤魔化すようにもう一度炎の柱を出し、またソラヤが冷静にそれを消した。



 実際、世の中の状態は悪くなってきている。

 あの一度の魔物の襲撃だけではなく、それを実感している。

 日々、私の元へ届く「人間の悪意」が、強くなっているのだ。

 恐れ。嘆き。不安。不満。

 人々はそれらを(いだ)き育てながら生活している。

 

 このために、たんだん私の身体は、常に微熱を発するようになった。

 このままではまた、私の心は世の悪意に耐え切れなくなるかもしれない。

 では、魔力の儀の第三段階目を受けるべきなのだろうか。

 第二段階目を受けたことで、悪意を力に変えられるようになったように。

 再び、魔力の容量と制御力を増やすために。



 私は魔力に関する本を借りようと、ハルマの研究室で棚を眺めていた。

 熱のせいか、上を向くとちょっとくらくらする。

「イミナ、最近具合が悪そうだけど、大丈夫?」

「……あんまり大丈夫じゃないけど」

 ハルマは心配そうに私の頭を撫でる。

「ちょっと待ってて。いい薬があるから」

「ハルマ。ハルマは前に私に、強くなって欲しいって言ったでしょ」

「うん。その気持ちは変わっていないよ。ただ、無理をしてまで強くなる必要はないよ。もしそのために気が張っているのなら、少し忘れるといい。イミナの身体が一番大切だ」

「じゃあ、私が自分の身体を守るためなら?」

「……僕が守るから、大丈夫だよ。イミナは僕の大切な家族だ」

 ハルマは背中から抱きしめてくる。

 私は、近頃はほとんど思い出さなくなっていた、村に残してきた両親であった人のことを思った。

 あの人たちが、こんな風に抱きしめてくれたら、どうだったかなと考えた。



 私はハルマの指導を受け、ソラヤと二人の自主練を続けた。

「……驚いたな。イミナくんは上達が本当に早い」

 ソラヤは息をついてそう言った。

 私はたった今目の前に魔法のバリアを作った自分の手のひらを見つめる。

 どうも、この世に満ちる意思エネルギーを、以前よりも上手く使えているようだ。

 人を信頼し、人と関わり、人を好きになろうとしているからかもしれない。

「もしかしたら本当に、僕よりも先に第三段階を受けられるかもしれないな」

「……ごめん」

「なんで謝るんだ。褒めているのに」

「いや、なんか、真面目なソラヤより先って悪いかなって」

「……変なやつだな」

 ソラヤはふっと笑う。

 それから、私を見て、少し顔を赤くした。

「え? なに?」

「いや……なんでもない」

「なんか私おかしいところある?」

 私は自分の顔をぺたぺたと触った。

「そうじゃない。……僕がおかしい」

 彼は口元を押さえた。

 そして荷物をまとめ、去り際に一言ぽそっと言った。

「……僕が、自覚をするべきだ」


 ちょっと。何。何これ。

 ソラヤまで、どうしちゃったの?

 私はどぎまぎした。 



 


 一か月の時が経ち、約束の日が来た。

 世の嘆きは、鎮まるどころかどんどん強くなってくる。

 ――まるで私を押しつぶすように。

 私は決意を固めた。



 私は礼服代わりにおろしたての制服を着て、ハルマに連れられて、初めて王子の住むお城に来た。

 裏門の前に立ち、目の前で見上げると、そのあまりの立派さに圧倒されてしまう。

 こんなに大きかったんだ。

 真っ白な壁が太陽を受けて美しく、窓や塔、ちょっとしたレリーフの隅々まで凝った造形が目を引く。

 私がぽかんとしていると、王子自ら、護衛を引き連れて出迎えにきた。

「よく来てくれたね、イミナさん。ハルマ・ジェレルはここまででいいですよ」

「イミナ。大丈夫なのか? 僕はけして勧めはしない」

 ハルマは不安そうに私を見る。

「……わからない、けど」

 王子がにっこりと笑う。私はそれを見て、言葉を続ける。

「……頑張ってみる。試してみるだけ」

 ハルマは私の手を強く握りしめ、王子を真剣な目で見て言った。

「事故が起こりそうな場合はすぐに中止してください。王子」

「わかっていますよ」

 王子はあくまで悠然と構えていた。


 城の広い廊下は、人気(ひとけ)がなく静かだった。

 大理石の床に、私たちの足音だけが響く。

「あまり表に人はいないんですよ」

 王子は私の不安を見抜いたように言った。

 私は黙ってついていく。

 なんだかまた熱が上がってきたみたいだ。ちょっとぼおっとする。

「ここです」

 大きな扉の前で王子が立ち止まる。

 護衛が左右に分かれて重い扉を開ける。

 薄暗く、広く、天井は高く、多くの柱が物陰をたくさん作っていて不気味な空間がそこに広がっていた。

 私は恐る恐る部屋に入る。王子もそのあとに続く。

 護衛はついて来ず、ただ、扉をゆっくりと閉めた。

 私は立ちすくみ、周囲を見回す。

 特に儀式の準備らしきものは見られない。

 これから用意するのだろうか。そんなに簡単にできるのだろうか。

 それに。

「誰もいない……。二人きり……?」

「そう。私が貴女に力を授けます」

 王子の声が背後から響く。

「王子一人で? 宮廷魔術師は?」

「皆、国中の結界を直しに行っていますよ」

「でも、儀式には10人は必要だって……」


 私は振り返り、王子を見た。

 王子の美しい顔が歪んで、別の(かお)になる。


 知っている。

 この表情を、この顔を私は知っている。


 私は衝撃に目を見開き、やっとのことで声を絞り出す。



「お  と  う  さ  ま」



 身体が凍り付き、私の肌を冷たい汗がつたう。


「久しいな。我が娘、イルミナーナ」


 王子の口が笑う。

 けれども、そこから出る声は王子のものではない。

 あの凛と響く、気高い声ではない。

 おぞましく禍々しく、私たちの間の空気を震わす。



 魔王。

 この世の全ての悪を司る存在。

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