人に好かれる方法
次の休日の午後、私はソラヤに連れられて、森の中の剣術道場に行った。
剣術師範である壮年の男性は久々に現れた私の顔を見て渋い顔をしたけれど、ソラヤの頼みを聞いて、私にも指導をすることを認めた。
他に、学院の男子生徒が数人来ていた。彼らは師範の言葉に素直に従い、剣を振るって汗を流している。
生徒たちに慕われる様子、言葉数こそ少ないけれども時折その口から出る含蓄のある言葉、師範は本当に立派な人のようだった。
そんな人にも嫌われてしまう私の魔王属性っていったい何だろうと、また今更ながらちょっぴり凹んだ。
ソラヤは利き手側である右半身を脱いで剥き出しにして、師範と剣を交えていた。
その惜しげもなく見せびらかす、バランス良く発達した筋肉が眩しい。
あくまで素人目線だけれども、私の目にはソラヤの剣の腕は師範と同格のように見えた。
魔法ではハルマにかなわないかもしれないけれど、ソラヤはソラヤなりの武器があるんじゃないかな。そう思いながら稽古を眺めた。
私は剣には触れず、道場の隅で、簡単な精神集中の訓練と、体幹を鍛えるトレーニングを指導された。
目を閉じて意識を研ぎ澄ますと、どこか遠くの人の悪意が脳に押し寄せてきて、少しぐったりした。
体幹は弱すぎてどうにもならず、ごくごく基礎的な体勢もまともにとれなかった。
弱い。弱すぎる。
休憩時間になり、私は持参した軽食をソラヤに渡した。
具がたっぷり入ったサンドイッチだ。
「気が利くな、イミナくん」
「ハルマに聞いたの。食堂で用意してもらう方法と、お薦めメニューを。あ、あと」
私は他の人の方をちらっと見る。
「これ……良かったら……」
師範たちにも食べ物を差し出した。
彼らは私への不快感からか少し戸惑ったようだったけれど、とりあえず受け取ってくれた。
食べてくれたかどうかまでは確認できなかったけど、やり切った気持ちだ。
差し入れを余分に持っていくのはハルマの提案だった。
「こうすればきっとみんなイミナに良い印象を抱くよ」
ハルマはそう言っていた。
実際に彼らが私のことをどう思ったのかはわからない。
本当にこんなことで、人に好意を持たれるのかな。
夕方になって、私たちは寮に戻ることにした。
気持ちも身体もすっかり疲れた私は、最後の気力を振り絞ってキズナを召喚した。
ソラヤが歩く横を、私はキズナの背に乗って進む。
ゆっくりとしたペースの歩みは、心地よく揺れて、少々眠気を誘う。
「イミナくん。どうだった」
「う~ん……。私には合っていない気がする……」
「そうか。残念だ」
ソラヤはあっさりとしていた。
「……それよりも。ソラヤは、私が強くなっていいの?」
私は瞼を半分落として、ぼんやりとしながら聞いた。
「何故そんなことを聞く?」
「でも、私が……どういう存在なのか知ってるでしょ?」
ソラヤはまっすぐ前を向いた。
「……魔王は憎むべき対象だ。魔は根絶しなければならないと思う。もしイミナくんがあの魔王に関係する存在だとしたら、僕は君を許したくはない。ただ、僕はご先祖の、君を守れという命を最も大事にしている。でも最近、イミナくんを見ていると少し混乱する」
私はソラヤを見つめる。ソラヤは語り続ける。
「君が魔王の血筋かもしれないことも、ご先祖が君の姿を僕に見せて君を守れと言ったことも、どうでもよくなるようなときが時々あるんだ」
「どうでも……いい?」
私たちの会話に、キズナが耳をぴくぴくさせた。
ソラヤは足を止めて言った。
「もちろん、守るという命を僕は忘れるつもりはない。ただ、君そのものから僕がどういう印象を受けるか、それが大事なんじゃないかと思う」
「私自身?」
私を乗せたキズナも立ち止まる。
「そうだ。そんな中で、君はユート先輩を守るために強くなりたいと言った。それを本心ではないと片付けてしまうのは簡単だ。しかし慎重に見定めなければならない。君がどういう人物なのか。僕は今、君をどう扱うのが正解なのかわからない」
ソラヤはいつもと同じように、実直に素直に自分の気持ちを語ってくる。
いつもしっかりしているようで、17歳の少年らしいような、戸惑いが少し感じられた。
つまり、ソラヤは呪いも私の血も関係なく、私のことを見ようとしてくれているのか。
それは――私自身に、関心を持ってくれているということだろうか。
その血にかけられた呪いの命でもなく、強くなるという目的を持った心の交流でもなく。
私、そのものに。
それは、キズナが散々私のことを、「魔族ではなく、ただの娘みたいになっている」と言っていることと繋がっているのだろうか。
私はまどろみながら考えた。
ソラヤは、私が人を守りたいと言ったことを大事にした。
ハルマは、人との関係性が大事だって言っていた。
人と交流していなかった頃のハルマは、今ほど人に好かれていなかったと言っていた。
――つまり――。
女子寮に着き、私はキズナと一緒に自分の部屋に入り、荷物を床に置いた。
「まったく、リナライトは生意気な。何も考えず、ただイルミナーナ姫に従っていればいいのに」
キズナは尻尾をぷりぷり振りながら不機嫌そうに言った。
私はキズナの言葉を受け取らずに発言する。
「……キズナ。私、人に好かれる方法、わかったかもしれない」
「なんですか、それは」
キズナは、興味なさそうに尻尾をぱたりと落として訊ねた。
「まず私が、人を好きになればいいの」
またキズナは面白くない顔をした。
「……魔族がすることじゃないって言うんでしょ。わかってる」
「わかっているのならおやめください、姫」
私はそんなキズナを実験台にすることにする。
荷物を床に置き、キズナの目の前まで行き、彼を真っ直ぐに見つめた。
「キズナ。………………好き」
掻き消えてしまいそうなほど小さな声でそう言ってみる。
あまりの恥ずかしさに、私はすぐに両手で顔を覆った。
恥ずかしくて恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。
いきなり間違った気がする。もっと違うことをすれば良かった。
こんなの、他の人に出来るわけがないし。
そう思いながら指の隙間からキズナを見ると、彼は片目を見開いて硬直していた。
……そんなに気持ち悪かったかな。
「……変なこと言って、ごめん……」
「……いえ……」
声も硬い。
「あれ……? キズナ、もしかして……」
真っ黒の毛並みでよくわからないけれど、どうやら。
「なんですか。何が言いたいのか」
キズナはその大きな身体を強調するように、威圧するように言う。
「……いいけど」
自惚れかもしれないけれど、キズナが赤くなっているように見えた。




