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あなたの力のくるところ

 学院中の空気が、悲しく沈んでいた。

「ユート様、退学して外国に遠遊することになったんだって」

「信じられない……寂しすぎる……」

「最後に挨拶くらいしてくれたってよかったのに」

 遊学。か。

 行方不明だとは言えないヴァレオン家による、世間体を気にした表向きの発表だろう。


 みんなの「寂しい」感情が押し寄せてきて、私はまたユートの人望を思い知る。

 私は、みんなに嫌われるという性質を持っている、魔王の娘だ。

 けれども、それでも人に好かれたいと思い始めている。

 どうしたらいいんだろう?



 夕方、私は差し入れを持って、ユートが身を隠している部屋に行った。

 彼は片肘をついて真っ白なベッドの上に横になっていて、私を見て優艶な笑みを浮かべた。

 床には数匹の美しい狼が寝そべっている。

 あんなに格好良くて身のこなしが優雅で王子様みたいな人なのに、今の状況はまるで囚われのお姫様だ。

「イミナちゃん一人?」

「ソラヤは剣術道場に行っている。ハルマは部屋で仕事中みたい。これ、ハルマのおすすめ」

「そうか。美味しそうだな」

 ナッツたっぷりのタルトを二人の前に置く。

 食べながら、私は聞いた。

「ユートはなんでそんなに人気があるの?」

「……っ、なに急に」

 ユートはちょっとむせそうになりながら答える。

「みんなユートがいなくて寂しがってる」

「……ありがたいね」

 ユートは紅茶を一口飲んで、口を落ちつけてから、

「そうだね……。かっこよくてお金持ちで勇者の子孫だからじゃない?」

 にっこりと笑いながら悪びれずに答えた。

 私は愛想が悪くて貧相で、貧乏で、魔王の娘だ。

 まるで正反対。これじゃあどうにもならないわ。

 私はむすっとしながらタルトをフォークで切ろうとして、その固さに力が入ってバチーンとお皿と大きな音を立てた。

「……まあ、理由はなんだとしても、人に好意を寄せられているというのはありがたいよ」

 ユートはそう言って目を伏せた。

 

 部屋を出ようとしたとき、一瞬、ユートが不安そうな顔をしたのが見えた。

 まだ彼は、完全に落ち着いてはいないのだなと思った。



 そのあと、となりのハルマの研究室に寄った。

 ソファに座り、仕事をしているハルマと軽く勉強に関する雑談をしてから、話を切り出した。

「ユートって人気あるよね」

 ハルマは本から顔を上げた。

「そうだね。生徒間には特に」

「ハルマやソラヤだって勇者の子孫だけど、あそこまで騒がれていない気がする。お金持ちじゃないから?」

「まあ……それもあるだろうけど」

 ハルマは苦笑しながら答えた。

「それよりも関係性、だね」

 人差し指を立ててくるくるさせる。

「関係性……」

「学生で、一番上の先輩という近くも憧れやすいポジションにいること。そして、彼がちゃんと人に絡むからだよ」

「……ハルマだって親切で優しい」

 ハルマは私の言葉にちょっと驚いたようだった。

「イミナがそんなことを言ってくれるなんてね。いつも不機嫌そうだったのに。嬉しいな」

「……そんなこと……」

 あったな、と思って、私は口をつぐむ。

 以前の私は、心を完全に閉じていたから。

「――僕は以前は、魔法にしか興味がなかったからね。人に関心がなかった。君に会って変わったって言っただろ?」

 そういえばユートも、ハルマはもっとクールな人だと思っていたというようなことを言っていた。

 ハルマのこの性格は、呪いによって、私を慈しむために生まれたものなのかな。

 じゃあ、本当のハルマは……?

「ありがとう、()()()()()。また来るね」

 私はそう言ってソファから下りる。

 ハルマは照れくさそうに頭をかいた。



 その夜。

「あいつは一番使えますね」

 自分の部屋で、鏡の前に座って髪をとかしている私の後ろで、キズナは鼻をふんふんとさせながら言う。

「あいつ?」

「ハルマです」

「ハルマ? 確かに魔術師としては相当レベルが高いみたいだけれど」

 私は鏡に映るキズナを見ながら答える。

「ユートの部屋の結界を確かめましたが、あれはとんでもない。あれを破れる者はそうそういないでしょうね。わたくしもとてもではないけど入れない」

「キズナがなんで入れないの?」

「わたくしが勇者に好意的だとても? 悪意を感じ取られて排されます」

 キリリとしながら言い放つ。

「……それはそうだけど。でも、大魔導士が言うならそうなんだろうね。ハルマって本当にすごいのね」

「3人の勇者たちの中で、一番”魔”に近いというんです」

「え……?」

 私は手をとめた。

「あれだけの力を得るためには、何かを売っているって言うことですよ」

「……そこまでなの?」

「ええ。下手をすると、100年前の勇者ジェレルよりはるかに強い」

 私は振り返ってキズナを見た。

「そんなに……? 天才魔術師って言われてはいるけれど」

「わたくしは100年前に実際に対峙しましたからね。わたくしが見たところ、この学院に彼より上の魔術師はいない。王宮にはどうでしょう。とにかく、天才と言う言葉では片づけられない、人としてあり得ないほどの力を持っています。まず、あんな大きなドラゴンを使役している時点でとんでもないのですが……」

 ハルマがふとたまに見せる、冷たい表情を思い出す。

「……でも、正統なる勇者だって認められたって言っていた。それなのに、勇者なのに、魔に近いの?」

「どうなのでしょう。勇者だからこそその強大な力が一回りしてこうなったのか、認定される過程に何か問題があったのか……。現時点ではわかりませんが」

 私は鏡の中の自分を見つめた。

 背後のキズナが、黒いローブを着た大男に見えてくる。

 心臓のどきどきが止まらなかった。


 ハルマは、ただの天才魔術師じゃ、ない?



 私は、次の日の放課後もユートの部屋に行った。

「お。今日の手土産はマドレーヌか。たくさんあるな」

 そう言ってユートは自分の使い魔の狼にお菓子を分けた。

 私もひとつ手に取り、口に運ぶ。

 優しく甘い味がする。安心する味だ。

 心を落ち着けて、私は話しかける。

「ねえ。ハルマってどんな人?」

「え? 俺に他の男の話を聞くの?」

 ユートはあくまで冗談っぽくそう言ったけれど、狼たちの方が残念そうにしゅんとした。

「私がこの学院に来るまで、どんな感じだったのかなあって……」

「――俺がこの学院に来たときは、まだハルマ先輩は学生だった。その外見と、勇者の子孫という血筋で目立つ存在でありながら、常に本を抱えて、誰も寄せ付けない雰囲気をまとった、静かな人だった」

「喋ったりはしなかったの?」

「前にも言ったけど、勇者の子孫同士と言っても遠い遠い親戚みたいなもので、親しくもなかったし。学年も違うのにわざわざ交流しようとは思わなかったからなあ。軽い挨拶はしたけど」

「そうか。でも聞く限り、今の私に甘くて距離感の近いハルマとはまるで別人ね」

「あの頃でも、実際に話しかけたらあんな感じだったのかもしれないけれどもね。そもそも王子以外とほとんど会話をしている様子はなかったからなあ」

「そっか。王子といたんだよね。想像するだけでも、近寄りがたいかも」

 カリスマの具現化のような、あの美しい王子を思い浮かべる。

「うん。いつも、王子と一緒にいた。王子は今と同じく、堂々と輝いていたけれどね。ランギルト王子が眩しい太陽だとしたら、先輩は(さや)かな月だった」

 私はその様子を想像する。

 きらきらと輝く、若い二人を。

 一体二人は、どんな会話をしていたのだろう。

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