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勇者の休息

 銀色の狼たちが舞いながら魔法の霧を消す後を歩き、森を抜けて湖まで出た。

 大きな羽根の音がして、空を見上げると、月を背にしてグリフォンが飛んでいた。

 グリフォンは私たちに向かって降りてくる。

 一瞬警戒したけれど、その背にソラヤの姿を見て安心した。

 これはソラヤのグリフォンか。随分大きくなったなあ。

「イミナくんを辿って来たのだが、ここで手がかりが消えてしまったんだ。会えてよかった」

 ソラヤはそう言い、ユートを見て少しほっとしたような表情を見せた。

「この先は相当強い結界を張っていたからね。ここからもなんとか誤魔化しながら学院まで戻ろう」

「それでは先輩も一緒に乗ってください」

 ユートは指を鳴らして使い魔の狼たちをその場から消し、グリフォンにソラヤと乗り込んだ。

 私はキズナの背に乗る。

 ソラヤたちは空を、私は陸を走って学院に帰った。



 そのまますぐに皆でハルマの研究室に行き、ソラヤとハルマに事情を話した。

 ハルマは優しい笑顔で迎え、自分よりも背の高いユートの頭を撫でた。

 ソラヤは「ヴァレオンには勇者の子孫として誇りはないのか」と怒りに震えていた。

 ハルマはすぐに王子に連絡をとった。

 次の日にはハルマの研究室の隣の部屋がユートにあてがわれ、害をなす者が侵入できないように念入りに結界が張られた。

 ちょうど休日だったので、ハルマだけではなく、私とソラヤも部屋の準備を手伝った。

「部屋が広いのに、家具がほぼないから殺風景だな」

 ハルマはベッドをチェックしながら言う。

「こんなに物がない暮らしは初めてだけれど、もともと逃亡生活をするつもりだったのだから、なんでもないよ」

 ユートはそう言ったあと、横を通った私の腕をつかんで引き寄せ、私の顎に手を添えて言った。

「しばらくデートにも連れて行けないし、何も買ってあげられない。ごめんね」

「……ううん、いい。欲しいものもないし」

「あ、そうか、男子寮にはイミナちゃんを連れ込めなかったけど、ここなら――」

 ハルマがユートの頭を軽く叩く。

 女子寮に勝手に入ってきていた人が何を言うのだろう、と思いつつ、ユートがいつも通りに戻って良かったとも思った。

「しばらくはここで我慢してくれ。この部屋にユートがいることを知っているのは、僕たちとランギルト王子だけだ。ここにいる限りは外から感知されることはまずない。食事は持ってくる。風呂とトイレに行くときは、タイミングを見計らうか、自分で身を隠す魔法でもかけろ」

「学生に対しての目くらまし程度なら出来ますけど、ちょっとまともな魔術師相手だときついですね」

「頑張れ」

「はい」

 にっこりと笑ってごり押しするハルマに、ユートは諦めて苦笑した。

「授業はどうするの?」

「もちろん出ないよ。もうほとんど受けるべき授業はないし、まあこうなったらいまさら卒業自体に意味はないからね」

 私の無意味な質問に、ユートは答える。

 ソラヤは部屋を見回しながら感心したように言った。

「ハルマさんが王子に申し入れしただけで、ここまですぐに手配されるとは」

「僕が要求したということより、対象がヴァレオンの人間だからということの方が大きいと思うよ。この学院は王立と言えども、ヴァレオンからは多額の寄付を得ているからね。それにユートは国の大切な勇者様だ。ただの一生徒ならここまで至れり尽くせりにはしないだろう」

「そういう関係なら、ヴァレオンの家に対してなんらかの制裁もないのか」

「ないだろう。というか、家の中のことには口出さないだろうね」


 みんなの会話を聞きながら、私はぼんやりと考える。 

 ヴァレオン家と王家って本当にずぶずぶの関係だなあ。

 王子とハルマのご学友コンビが仲がいいとはいえ、家の繋がり的にはヴァレオンの方がずっと強いみたい。

 古い貴族との、利権関係。

 あの「ヴァレオン家の栄光」を知らしめるための博物館は、先代の当主が作ったと言っていたから、それって小さなユートに対して逆上した人物だよね。よほど名誉欲の強い人だったのね。

 ていうか。

 ユートがもし死んだら、今の当主である伯父さんに正統なる勇者の立場が移動する可能性が高いって言うことは。

 つまり勇者にかかっている「私を守る」という呪いもその伯父さんに移るの?

 私はその伯父さんに好かれるの?


 私の思考はどんどん脱線していった。


 ハルマのところはどうなんだろう。

 ハルマの家族構成はどうなっているんだろう。

 ……ハルマの、あの可愛い妹が勇者様だったらどうしよう。

 私、好かれちゃうの? ふわふわの美少女に構われる、黒くて暗い女なの?

 あ、でも、彼女は私よりは年上なんだっけ。

 まあ、100年以上生きてきて、ただ記憶が壊れていて16歳のつもりでいただけの私に対して、年上も何もないか。


「イミナ。どうしたんだ。ぼんやりして」

 ハルマは私の私の頭をくしゃっとした。

 私は訊ねる。

「……ジェレル家の正統なる勇者様は誰なの? 調べておくように王宮から要求されたんでしょう?」

「僕だよ」

 ハルマはあっさりと言う。

 ある程度は覚悟していたし、ユートのことで好意が嘘でもいいと割り切ろうと思うようになったとは言え、ちょっとだけ落胆した。

「ハルマのお父さんとかじゃないんだ。お父さんはがっかりした?」

「……んー。どうだろうね。何も言ってなかったけど」

「褒めたり激励したりもないの?」

「なかったね」

 ハルマは少し寂しそうな顔をした。

「じゃあ俺が褒めよう。ハルマ先輩、すごいすごい」

 ユートがハルマの頭を撫でる。昨日、撫でられたお返しだろうか。

「お前、元気になったな……。まあ、家族と縁を切った今こそ、僕をお兄ちゃんと呼んでくれていいんだぞ」

 ハルマの冗談に、ユートは苦笑いする。

「だから、イミナちゃんもそんな呼び方していないのに」

「呼んでくれるよ」

「え?」

 ぽかんとしたユートがこちらを向き、私は顔を真っ赤にして視線を逸らせた。

 そう。調子に乗って悪女ぶってお兄ちゃんと媚びた件を突っつかれて、その後もたびたびそう呼ばされている。

「ね。イミナ」

 ウインクするハルマ。

「……知らない」

「イミナ~~~~~」

 ハルマは私を背から抱きしめてぐりぐりしてきたので、私は必死に抵抗した。

 人前でなんて、絶対にそんな呼び方してあげないんだから!

 ハルマは私を抱えたまま、急に動きを止めた。

「そうだ。今、急に思いついたんだけど、この世に魔が溢れたときに備えて、我ら勇者三兄弟として義兄弟の契りを交わすべきでは」

「は!?」

 突然巻き込まれたソラヤが素っ頓狂な声を上げた。

「いや、ほんともう、しばらく兄とか兄弟とか家族とか、そういうこと考えたくないんで……」

 ユートが片手を上げて制する。

「そうか。そうだな」

 ハルマはそう言って腕を(ほど)いた。

「今晩くらいは厄介ごとを忘れてよく寝れるといいな」

「イミナちゃんが一緒にベッドに入ってくれれば、それはそれは素敵な夢が見れそうなんですけどね」

「お兄ちゃんが許さないぞ☆」

 ハルマが笑顔で威圧する。


 室内を一通り整え、軽くお茶をし、私たちはユートの部屋を去った。


 彼はきっと、今晩もあの銀色の狼たちに囲まれて眠るのだろう。

 あの森のドームの中でそうしていたように。

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