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狼は群れるもの?

 数日経つと、ユートが失踪したという噂は瞬く間に学院中に知れ渡った。


「ユート様の麗しいお姿を拝見できない毎日なんて耐えられない……」

「先輩、どうしたんだろう。心配だな」

「ねえ! あなた、何か知ってるんじゃないの!?」

 クラスメイト達は騒ぎ、執拗に追及してきたけれど、私はただ暗い顔をして黙っていた。

「それ以上はやめろ」

 ソラヤが割って入ってきて私をかばう。

「ソラヤくんが言うなら……」

「でも……ねえ……」

 みんな、不満を隠さないまま散っていった。



 放課後、私たちはハルマの研究室に集まった。

「そんなに彼には、勇者の正統なる後継者であったことが重荷だったのだろうか」

 ハルマは机に肘をつき、手の上に顎を載せて言った。

「わからない。これほど誇らしいことはないのに」

 ソラヤは眼鏡のブリッジを押さえ、レンズを光らせながら言う。

 私はソファの上で膝を抱え、別れ際のユートの顔を思い出していた。

 背にある窓の外で、乱暴な車輪の音と馬の(いなな)く声がした。

 見ると、建物のすぐ横に立派な大型の馬車がとまり、そこから身なりの良い数人の男が降りてきた。

 一人の顔は知っている。ユートの兄だ。

 残りの男たちもユートにどことなく似た品のある顔だちをしていたので、きっとヴァレオンの一族の者だろう。

 一人の男が窓際にいる私に気付き、その顔を歪めた。

 それを見たユートの兄も私に気付き、苦々しい表情をした。


 少しして、男たちがハルマの研究室に現れた。

「一体何の御用ですか」

 ハルマは冷静に応対する。

「お前に用はない。そこの娘を寄越せ」

 男の言葉に、ソラヤが私の前に立つ。

「ユートについて洗いざらい話せ。逆らってもいいことはないぞ」

「何か知っているだろう。ユートはお前のことを大切だと言っていた。吐け」

「捜索の魔法も使っているが見つからない。王宮に知られる前にあいつを捕えなければならない。こんな恥があって良いものか」

 男たちは矢継ぎ早に声高で喚きたてる。

 貴族とは思えない、見苦しさ。

 私は黙ったまま、ソラヤの背後からこっそりと男たちの様子を窺った。

 ユートの兄は、わなわなとしながらこぶしを強く握っている。

 そこから魔力がかすかに漏れ出ているのがわかる。

 それは、ユートの傷痕から感じたオーラと一緒だった。

「あまり、学院内で騒がないでいただけますか」

 ハルマが苦言を呈す。

「ああ、ジェレルの……」

 男の一人はようやくハルマが勇者の一人の子孫であることに気付いたようだ。

「ハルマ・ジェレルです。お引き取り願いたい」

 ハルマは無表情で手の甲を男たちに向ける。

 その手は魔力で強い光を放っていた。

 男たちはハルマの実力を悟り、舌打ちをして踵を返してその場を去って行った。

 しかし、しばらく経っても窓の下につけられた馬車には誰も乗り込む様子はなかった。

「帰ってくれと、言ったのにな。どこに行ったんだか」

 ハルマは呆れたように言った。



 ソラヤとハルマに護衛され、女子寮に戻る。

 自分の部屋で、制服のまま私は、ベッドに大の字に寝転んで天井を見つめていた。 

「ねえキズナ」

「なんでしょう、姫」

 キズナがベッドに近寄って来る。私は寝返りをうち、キズナの顔を見る。

「私、ユートがいないと寂しいかもしれない」

 キズナは開く方の目を丸くした。

「何をおっしゃってるんですか。姫」

「……私、自分が思っている以上にユートにひどいことをしてしまったのかもしれない。謝りたい」

「はああああああああああ!?」

 一瞬だけぶわっとキズナの毛並みが逆立ち、すぐにしゅううと落ち着いた。

「姫は、あの男に、お前の気持ちは嘘だの暴露していたではないですか」

「ぶっちゃけちゃったね……」

「わたくしは姫はもうあの男のことは切り捨てたのかと思って、呪いのことも告げてしまったのですが」

「そうじゃないの。そういうんじゃなくて……つい……」

 ただの八つ当たりだった。

 自分のことを好きだというのが、呪いのせいだったというのが悔しかった。

 でも、そのことによって、ユートが私が思うより傷ついた様子だったのが気がかりだ。

「……だから、なんでそんな普通の娘のようなことをするんですか」

「……私、魔王の娘らしくありたいなんて思ってないもの」

「そうですね。そうでしたね」

 キズナはイライラするようにその場でぐるぐると回った。 

「まったく。姫はどんどんわたくしの望まない方に変化している。人に同情し、人を想うようになっている。――優しく、なっている」

「それは、いけないことなの?」

「魔の者としてはあるまじきことです。姫は少し、人間と交流しすぎましたかね」

 キズナは空しそうに吐き捨てた。

 その背後に、夢の中で会った、キズナの真の姿が見えるような気がした。

「ユート、どこに行ったんだろう。あのときにちゃんと引き止めれば良かった」

「こんなときにわたくしの目の力があれば、簡単に居場所を突き止めることが出来るのですが」

「捜索の魔法って私にも使えるかな」

「使えることは使えるでしょうが、あの男の家族たちや彼らが手配した魔術師でも無理だったと推測できる以上、姫が成功できる可能性は低いかと。対象が何か強いものに守られていることが考えられます」

「だよね……。ハルマとか、宮廷魔術師のようなエリートなら違うのかな」

「それは考えられます」

 ハルマにねだろうかな。

 でも、彼だってユートのことを心配していないわけじゃないはずだわ。

 彼なりに何か手立てを打っているはず。

 そんなところに「魔法でユートを探して」と言っていいものかな。

 私は躊躇した。


 本当にユートはどこへ行ったのだろう。

 ユートの行きそうな場所は――。

 私は記憶をたどる。

 いつものレストラン。洋服屋さん。

 ううん、そんなところにいるわけない。今はそういう事態じゃない。

 じゃあどこ――?

 私はある場所をはたと思いついた。

「ねえ。キズナは、前にユートと行った湖の場所、わかる?」

「無論です」

「あそこに行ってみよう」


 私は服を着替えて髪をくくり、キズナの背に乗った。

 キズナは走り出し、森の中を瞬く間に駆け抜けてゆく。

 私のポニーテールと外出用のケープがはためく。

 前に馬車で連れてこられたときは私は道中で寝てしまったので、ちゃんと目的の場所に向かっているのか不安だったけれども、森が開けて湖が見えてきたところでほっとする。 

 キズナから下り、地面を踏みしめる。

 夕焼けの中、相変わらず湖面は美しく輝いている。

「ユート? ユート、いるの!?」

 私は精一杯の大声で呼びかけた。


 湖のほとりに沿って走っていると、途中に船着き場らしきものがあった。

 けれども船の姿は見えない。

 ここから船でどこに出れるのだろうか?

 川へのつながりを探すが、湖は広大で、見える範囲にはない。

 ふと空を見上げると、青い鳥が飛んでいた。

 ユートともこの綺麗な鳥を見たな、と思った。


 そのとき、視界の端に銀色の光が見えた。

 それはふわりと木の陰に消えていく。

 私とキズナはそれを追った。

 先に進むにつれ、次第にあたりを不思議な霧が包んでいった。

 だんだん視界が真っ白になっていき、反対に銀のふわふわとした光は徐々にその姿を顕かにしていく。

 ――狼の尻尾だ。

 

 気が付くと、森の奥の小さな空間に出ていた。

 周囲に生えている高い木々はその枝を大きく空間に向かって曲げ、葉で空を覆っていて、その隙間からわずかに光が漏れている。

「……ユート」

 その美青年は数匹の銀色の狼のベッドの上に体を預けており、残りの狼たちが彼を護るように立っていた。

「来てくれたんだね。イミナちゃん」

 青い髪がふわりと揺れる。

 よく見ると空間の隅にはいくつか不自然に大きな石が置かれていた。あれで結界を張っているのだろうか。

「あなたの使い魔に導かれて来たわ。ここで何をしているの?」

「手配した船が来るまでここで身を潜めていたんだ。今日の夜中には来るはずだ。ギリギリ間に合ったね、姫」

 そう言ってにっこりと笑う。

 彼は血色も良く、身体に異常はないようだった。

 ……良かった。思ったより元気そうで。

 私は胸をなでおろした。

「みんなが探していたわ。魔法を使っても見つけられなかったみたいだけど」

「だろうね。俺が本気を出せば、このくらい攪乱させることは出来るんだ」

 彼はそう言って手をひらひらさせたあと、

「……出来てしまうんだよ」

 目を伏せた。

 彼の瞳は悲しみの色に澱んでおり、私は何も言えなかった。

 私が隣に座ると、彼は胸元から何かを取り出した。

「これに護られているというのもあるんだ」

 それは、ペンダントだった。トップには精巧な模様が立体的に彫り込まれたメダイユがついていた。

「勇者の遺品のひとつの御守り(タリスマン)で、所持者の魔力を高めるものだ。資料館にはレプリカを置いている」

 タリスマンはユートの手の動きに反応して淡く光った。

「これを使えているというだけでも、俺が正統なる勇者であることの証明にもなっているんだよ」

 キズナは興味深そうにタリスマンを見つめる。

 私はようやく口を開いた。

「お兄さんたちが学校に来たわ」

「……そうか」

 私はユートの腕を掴み、袖をまくる。

 そこには、手当てにより数日前よりは恢復しているものの、まだまだ痛々しい傷痕が広がっていた。

「……この傷、もしかしてお兄さんたちがつけたの?」

「……兄だけじゃない。一族のほとんどから、俺は憎まれ、疎まれていたんだよ」

 ユートの告白に、私は言葉を失った。

 重い空気が流れる。

 ユートは姿勢を正し、私を真正面から見た。

「……話を、聞いてくれるか」

「え?」

「ここ数日、考えていたんだ。もう一度君に会えたら、全部話そうって。俺の気持ちは本当じゃないかもしれない。それでも構わない。君にだけ、聞いて欲しいんだ」

 ユートはそう言って微笑みを浮かべた。

 私は無言でうなずいた。

 ユートはひとつ小さく息をついてから、地面に目を落として語り始めた。


「小さい頃に、一族の大きな集まりがあった。そのとき、全員の能力を余興で鑑定したんだが、俺の血が一族の誰よりも勇者の力を強く受け継いでいるという結果が出たんだ。本家の者でも、長男ですらないのにね。あくまで余興で精度の高いものではなかったのだけれど、当時の当主の大伯父は面目が潰されたと激しく怒り、王室との関係上、鑑定した王宮の魔術師にそれをぶつけるわけにもいかず、俺を憎んだ。幼い俺には、その姿はとても恐ろしいものだった。

 俺の両親たちは自分の立場を守る為に伯父についた。平和な今の時代になんの役に立つのかわからない勇者様よりは、このヴァレオン家の当主の方が強い権力を持っていたからね。俺を前に押し出してもいいことはない。年端も行かない兄弟たちも、それに従った。それから家の中では、誰もが俺を疎むようになった。俺は仕方なく、俺に力なんてないと思わせるように、出来るだけ抵抗せずに大人しくしていた。

 ただ、最近、情勢が不穏になってきてしまった。さらに王宮から、念のために正統なる勇者を差し出せと通達があった。

 そして、今度は正式な儀式を何度か重ねて鑑定され――やっぱり俺が、勇者様だって言うことになったんだ。

 本当に、一族全てが騒乱状態になったよ。なんでこんなガキが、ってね。

 勇者の血も、100年も経てば、ただの体面と権力争いの道具になってしまうんだ」


 ユートは自嘲的に笑った。

「俺を殺すという話まで出た」

「そんな……!」

 思わず声を上げた私を、ユートは手のひらでそっと制する。

「……正統なる勇者の血を途絶えさせてしまっていいの?」

「俺が死ねば、また一族の中で誰かが『最も勇者の血が濃く表れている者』に選ばれるだけだ。そして、それは今の当主である伯父の可能性が高い。俺がいなければ、全て丸く収まるんだよ」


 ユートは、家で孤立していたのか。

 勇者の血をひいている人間たちによる、醜い争い。

 英雄の高潔さなんて、幻なんだろうか。


 ふと、私の中に何か不思議な感覚が生まれた。

 この感覚は知っている。

 ソラヤと心を通わせたときのものだ。


「俺はいらない。勇者の力なんていらない。好きな女の子がいて、静かに暮らしていて、それで良かったんだ」

 ユートは喉の奥から絞り出すように言う。

 その悲痛な叫びに、私の胸がキュッとした。

 彼は顔を上げて私を見た。

「俺の君への気持ちが、呪いによるものだって言うのは本当か?」

 私は答えられなかった。

「あの日、ああ言われた瞬間、確かに自分の頭の中に違和感が生じた。ぞっとしたよ。心が崩れていくみたいだった。……誰の、何のためにそんなことになっているのか知っているのか?」

 私は首を振る。

 実際、どうして勇者たちにそんな呪いがかけられているのか、私は知らないから。


「俺は、近しい者たちが全て敵の中、自分だけを信じて生きてきた。自分の気持ちが嘘になってしまったら、もうどうしていいかわからない」

 

 いつもの貴公子然とした堂々とした姿はそこにない。

 あまりに弱弱しく、その美しさが空気に溶けて消えてゆきそうだった。

 ――可哀そう

 私はそう思った。

 

 彼は私の頬に手を添えた。

「……なあ、笑ってくれないか。俺は君に笑ってほしいんだ。この世の全てを憎むような君が笑ってくれたら、俺の心の中にいる子供の頃の自分が救われる気がするんだ」


 私は笑顔を作ろうとした。

 慣れないことに、顔がひきつる。

 

「ありがとう。嬉しいよ」

 私の下手くそな笑顔に、ユートはそう言ってくれた。

「君への気持ちが嘘だったとしてももうそれでもいい。今俺はこうして、君がいるだけで嬉しい。それで十分だ。十分だよ」

 彼はそう繰り返した。

 私はなんだか胸がいっぱいになった。

「……ねえ、ユート。学院に戻ろう」

「え?」

「……だって、ユートは一人で逃げ続けるの? どこまで? いつまで?」

「覚悟は決めているよ」

 彼は表情を引き締めた。

「学院に戻ろう。私はたいしたことは出来ないけれど、ハルマとソラヤもきっとユートのことを守ってくれる。王子だってきっと力を貸してくれる。勇者たちの力が合わされば、一人で知らない場所に逃げるより、ずっとずっと心強いし安全だと思う。だって、協力して魔王すら倒してしまった人たちの力をひいているんでしょう?」

 銀色に輝く狼たちが、ユートの周りで優しく舞った。

 まるで私の提案を歓迎するように。

 ユートはふっとその口元を緩めた。

「――そうだね。そうしようか」

 木々の隙間から、少しだけ月明りが漏れ始めた。



 ただの呪いでもいい。

 嘘でもいい。

 ユートはたとえ嘘だったとしても、それを拠り所にしてくれると言った。

 じゃあ、私だって。私だって嘘でもいいわ。

 嘘だということに、傷つかないわ。

 お互いが嘘にすがるなら、それはもうひとつの「本当」が生まれている気がする。


 それに、今は嘘でも――いつか、もしかしたら――

ちょっぴり重いシーンなので一気に行こうとしたら、他の話より少し長めになってしまいました。

次回はほのぼの回にしたいですね。

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