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大魔導士キズニウム

 今の私には、教室に日常的に満ちているような一般的な人々の悪意はたいした重圧とはならない。

 自分の魔法の力に変えて軽減できる。

 でも、悪意を寄せられていることには変わらない。 


「……ねえ。どうしたら人に好かれるのかな?」

「存じ上げません。そもそも、それが魔王の配下の者に魔王の娘がする質問ですか。あと、わたくしに乗らないで下さい」


 就寝前のまったりとした時間。

 私の質問に、使い魔の黒犬・キズナは不愉快そうに答えた。

 私が彼をクッション代わりに背にしてだらだらしているのも、彼の勘に障るようだ。

「ユートの狼が気持ちよかったから、キズナもそうかなって」

 実際、キズナも温かいし、もふもふして気持ちいい。このままここで寝てしまってもいい感じだ。

 大きくなってくれて良かったと思ってしまう。

 巨大化した直後はその姿と態度にちょっと怯えてしまったけど、一緒に暮らしているとその恐怖もだいぶ和らいだ。

「わたくしはもふもふした何かではありません! 魔王軍の大魔導士です! 使い魔の狼と一緒にしないで頂きたい!」

 キズナは黒光りする毛並みを逆立て、魔のオーラをぷしゅぷしゅさせながら怒り、私はそれをどうどう、と押さえる。

「じゃあ……」私は好かれる前の段階を考える。「そもそも魔族って、嫌われオーラみたいなの出てるのかな?」

 キズナは一瞬ためらった後に言った。

「……まあそのような感じのものがあることは確かですね。魔王の娘として」

「やっぱりあるの……」

 私は凹んだ。


 それもある意味、呪いみたいなものだなあ。

 嫌われるっていう呪い。

 それは、どうやって解けばいいんだろう。


 落ち込む私を見て、キズナはふうと息をついた。

「せめてわたくしが元の姿に戻れば、何かしら姫のお役に立てることはあると思いますが。今の姿ではろくに魔法も使えないので困ります」

「それ。転生する前の姿にって戻れるものなの?」

「わたくしは稀代の大魔導士ですよ。なんらかの形で力を取り戻すことが出来れば、この肉体を依代として元の姿になるなんて造作もないこと」

「……それはつまり、私から受け取る魔力を増やしたいということだよね?」

 魔力の儀の第三段階目――最終段階は、命の危険性をはらんでいることを思い出しながら私は聞いた。

「それでもよいのですが、姫にそこまで負担をかけるつもりもありません。記憶を取り戻していただけた以上、自分自身でも復活の道を探っております」

 キズナの片目が決意にゆらゆら燃える。

「そうか。キズナの真の姿ってどんな感じなのか楽しみだな」

 私がそう言うと、キズナの目のゆらめきがふっと消えた。

「姫は本当に100年前のことを覚えていらっしゃらないのですね……。まあ今はただ、姫の使い魔となれた僥倖(ぎょうこう)をありがたく噛みしめます」

 そう言って(こうべ)を垂れた。

 

  

 その晩のこと。

 眠りに落ちたと思ったら、気付くと私は真っ黒の空間にいた。

 ここはどこだろう?

「姫……」

 聞きなれた、渋く良く響くテノール声がする。

「キズナ……?」

 目の前の闇が払われ、褐色の肌をした、黒いローブを着た大男がそこにいた。

 その身長は2メートルをゆうに超えている。

「夢の中で会えるとは。イルミナーナ姫。しかもわたくしの真の姿で」

 どこかで見たことがある顔だ。

 私は自分の記憶を探る。

 そうだ。魔力の儀のときの過去のイメージで、こんな感じの人を見た。

 ただ、記憶と違うところがひとつあった。

「片目、やっぱり開かないのね」

 目の前の男は、隻眼だった。

 以前に見た人物は、ちゃんと両目を開けていたのだけど……。

「この眼の力は、勇者との戦いで失いましたので」

 男は開かない目をさすりながら話す。

「眼の力?」

「見通す力がありました。遠くの様子。少し先の未来。わたくしの特殊能力です」

 そう言ってから、男は改めて恭しく私の前に片膝をついて頭を下げた。


「わたくしの名はキズニウム。魔王軍一の大魔導士にして、あなたの側近です」


 その巨大な身体は、ひざまずいて身を屈めても大きさへの印象を損なわない。

「……魔王軍一なのに、魔王の側近じゃないんだ」

 男は視線を上げた。

「あの方はご自分の力以外、何も信用していませんでしたから、側には誰も置いておりませんでした。ただ、何も必要としないほどの圧倒的なお力を備えていましたが……」

 そして、ローブのフードを上げる。

 傷のある精悍な顔、冷たい目、トップを短く刈り込んだ黒髪、そして――

「犬……耳……?」

 その頭には獣の耳が映えていた。

「犬と一緒にしないでください」

 男はむっとしたように言う。

「いや、だって」

 なんだ。そもそも犬の魔族だったんじゃない。

 そう思ったけれど、男はかなり怖い顔で睨んできたので、私はそれ以上つっこむのをやめた。

 それよりも。

「ねえ。これはどういうこと?」

 この事態についての説明を求める。

 男は再び立ち上がった。

「使い魔と主人の繋がりはとても強い。姫の見聞きしたものが、わたくしも受け取れるように。しかもわたくしは元は大魔導士ですからね、潜在的な能力は高い。睡眠によって理性が解放されたときに、たまたま魔力が同調して意識が混じったのでしょう」

「そうなの……」

 魔術の儀で、魔力を通わせたことで夢が混じったことを思い出す。 

「姫。わたくしは貴女が生まれたときからおそばに仕えておりました。夢の中とはいえ、こうして元の姿で再び(まみ)えた幸福に感謝いたします」

 男はその冷酷な表情を変えないまま語る。

 鋭い目。威圧感。

 それらを見上げながら、上から浴びせられる敬慕の言葉とのアンバランスさに、私は不思議な気持ちになっていた。



 朝目覚めると、ベッドのすぐ横でキズナが小さく寝息を立てていた。

 夢の中での彼の姿を思い出し、一瞬躊躇したのち、身体を撫でる。

「やっぱり、もふもふ……」

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