三人の下僕と姫
好意の裏なんて勘ぐらなければ、こんなに気楽だったんだ。
今の私は、三人を従えて堂々と学院内を練り歩く。
美しく人望のある勇者の子孫たちを引き連れる、一人の女生徒。
リニューアル版の”三人の護衛の騎士と王女様”は、周囲を圧倒する異様なオーラを放っていた。
生徒たちは、ざわつきながら私たちを避けて道を譲る。
「なんかすごいなアレ……」
「ていうか……あんな感じだったっけ? あいつ」
「なんか危険な香りがする……」
聞こえる全ての声が気持ちいい。
自分に寄せられる畏怖も反発も、何もかもが快感だった。
一人の女生徒が通り過ぎるときに不愉快な顔をしたのを見て、私は優越感に浸る。
羨ましい?
いいでしょう。
みんなの憧れの勇者様たちは、私の下僕なのよ。
私は驕っていた。自惚れていた。
心が魔に染まっていくような気がしたけれど、構わなかった。
部屋に戻ると、キズナが興奮しながら悦びを全身で表した。
「ああ、イルミナーナ姫、魔族の王にふさわしい立派なお姿でした……!」
「もう、大げさなんだから」
私はキズナの頭を撫でる。
「……ってあれ? なんで様子を知ってるの? 連れて行かなかったのに」
「貴女の見聞きしたものは、わたくしの方にもリンクするようになりました」
「えっ、使い魔の進化すごい……」
「すべてイルミナーナ姫のお力です」
「……ふふ……。そうかな……」
笑おうとするも下手くそすぎて、顔は妙な感じに引きつってしまった。慌てて真顔になる。
そう。とにかく私たちは調子に乗っていた。
だけど。
「お兄ちゃん。私、お兄ちゃんの竜が見たい。そして私が嫌いな人たちをやっつけて欲しい」
私はハルマの研究室で、彼にねだってみた。
けれどもハルマは、
「だめだよ、イミナ。そんなことを考えては」
めっとしながら、私をたしなめる。
予想と違う反応に私は戸惑った。
私を守ってくれるんじゃないの?
「でも……」
「なんでそうしたいの?」
「……気分が悪かったから」
「そうだ。それなら、この間、王室専門の焼き菓子を頂いたから、一緒に食べようか」
そしてソファに並んで座り、お茶を入れてもらい、お菓子をもしゃもしゃ食べる。
「どう?」
「……美味しい。すごい上品な味」
「だろう。僕もこれは好きなんだ。少しは落ち着いた? いい子だね、イミナ」
ハルマはにこにこしながら私の頭を撫でる。
何かが違う。
私はそう思いながら、今度はユートを校舎の裏に呼び出す。
「こんなところで二人きりなんて、大胆だな、イミナちゃんは」
人気のない、木々に囲まれた静かな空間で、彼は壁際に私を寄せ、顎を持ち上げる。
積極的なユートにちょっぴりドキドキしながら私は言う。
「……ねえ。前にどこか遠くに行こうって言ったでしょ。私のために素敵な場所に家を用意してくれないかな?」
私のための、避難所を。
するとユートはその顔いっぱいに喜びを広げた。
「え? それってもしかして逆プロポーズ?」
「……えっ! そういうわけじゃ……」
一緒に家庭を作ることを提案したと思われたと気づき、私は慌てて否定する。
「嬉しいな。でも、あれは冗談だよ。とりあえずお互い卒業してから考えよう。ね。姫」
その涼やかな目で私を見る。
私は真っ赤になった。
なんか……なんかこれ……。
「なんかキズナが言っているのとちょっと違う気がする……。勇者を思うように扱えるとか、そういう感じじゃないんだけど……」
私はベッドの上に膝を立てて背を丸めて座り、顎に手を置いて、ぼそっとつぶやいた。
「ですね……」
キズナも、少ししゅんとした感じで下を向く。
部屋はすっかり反省会ムードだ。
「冷静に考えれば、前からあんな感じの甘やかし方で、そこまで私の言うこと聞いてくれてはいなかったんだけどね……。なんで勘違いしちゃったのかな……。って、キズナの煽り方か」
キズナはますます恐縮した。
「どうも、彼らそれぞれの感覚で『貴女を大切にしている』みたいですね……。勇者の血の理性が及ぼす、呪いへの抵抗か」
「そんなに勇者様は甘くないのね」
「許しがたい。もっと盲目的に、人格を失うくらいイルミナーナ姫に徹底的にかしずいて欲しい」
キズナはわなわなと震え、体から魔力のオーラが噴き出してぷしゅぷしゅ言っていた。
「まあ、好意そのものが呪いによるものかどうかは気になるけど、私に従順かどうかはどうでもいいと言えばいいわ。慕い続けてくれるっていうのが本当なら」
「何をおっしゃるのか。魔王様亡き後、貴女がこの世界を統べるべきです。平和を貪る人間たちを処さなくては。そのためにも貴女が思うがままに使える強い駒は必要です」
キズナは片目をキリリと光らせて言う。
「え~……。私、そんな野望ない。どこかで平穏に暮らせればそれでいい……」
私の気のない返事に、キズナは嘆く。
「情けない。また、そんなただの娘のようなことを。姫は魔の血を忘れてしまったのか」
「100年前の私は、そんなに魔族として張り切ってたの?」
「いいえ」
間髪入れない否定に、足に載せていた右ひじが落ちてがくっとした。
「……じゃあ、別に良くない?」
「でもわたくしは、貴女の世界を作って欲しいのです」
「なんで」
「ずっとお側で貴女を見ていたからです。私は貴女のためにいたからです」
キズナの放つオーラがゆらめく。
それは、一瞬、人の形を象ったように見えた。
どこかで見たような――
「うーん。まあ、考えておくけど」
私は適当に誤魔化す。
とりあえず、あまり調子に乗るのはやめようと思った。
いくら嫌われなくても、自分で自分のことが恥ずかしいわ。
*
私は学院の中庭の端で、ユートに使い魔の召喚を教えてもらっていた。
魔力の儀の第二段階を終えた今では、私にもできるという。
ハルマに習っても良かったけれど、彼はあまり実演したくないようだった。
まあ、あんなドラゴンをお試しで召喚されては、目立ってしょうがないだろうけど。
ユートの手で、何もない空間から銀色の狼たちが次々と現れる様子は、何度見てもかっこいい。
私も召喚のために意識を集中しようとした途端、それは車輪の音で妨げられた。
立派な馬車が目の前にとまり、一人の男が降りてきた。
ユートのお兄さんだ。
こんなところまで馬車で乗り込む、無遠慮さがふてぶてしい。
狼たちは警戒の表情を見せたのち、ユートの合図で消えて行った。
男は私を見て、明らかに不快そうにする。
この、嫌な目。
私たちの間を、張りつめた空気が支配する。
「なんだこの娘は。毎度毎度」
男はイライラしながら言い放つ。
「俺の大切な人です」
ユートはきっぱりと返す。
わあ。この空気でそれ、やめて欲しい。
男は眉を上げた。
「ふざけるな。ヴァレオン家に恥をかかす気か。お前、卒業後も学院に残る手続きを勝手に進めているらしいな。王子にまで頼んで。何を考えているんだ」
男の手がほのかに光る。溢れかけた魔力を抑えているようだ。
「もう俺のことは放っておいてください、兄さん」
ユートは言いながら、私の方をちらちらと気にする。
私はそそくさとその場から逃げ出した。
学院に残る?
じゃあなんでどこか遠くに逃げたいなんて「冗談」を言ったのだろう。
なんだろう。ユートは何を考えているんだろう。
逃げたいのは――もしかして、家から?
物陰に待機していたキズナの元へ行く。
「見たでしょう? ユートのお兄さん。やっぱり私のことを嫌いみたい。本当に勇者の呪いなんてあるの?」
「ええ……。何故わたくしは、勇者の子孫が複数いることを失念していたのか。姫からあの男の話も聞いていたのに。自分が情けない」
キズナはため息をつく。
「え?」
「いいですか。呪いは一人からは一人にしか引き継がれません。この場合、正統なる勇者の血を引いた者、勇者の後継者としてふさわしい者だけです」
「……つまり?」
「勇者の子孫だと言うだけでは、呪いがかかってるとは限らないということですよ」
私はどきっとした。
「……え? じゃあ、ユートのお兄さんは勇者の後継者としてふさわしくないということ?」
「それもありますが。そもそもユートが勇者の呪いの血を引いているとも断定できない」
心臓の音がどんどん高鳴っていく。
ヴァレオン家はとても人数が多いと言っていた。
ソラヤは……あの家系は一人で繋いでいるというし、彼以外に生存者はいないらしいから、おそらく正統なる勇者だ。
じゃあ……ハルマは?
本当は呪いのせいじゃないの?
呪いは、誰にかかっているの?
次々と変わる状況に、私は混乱していた。




