私のことを好きだって知ってる
もしかしたら本当に好かれてるのかもと思うようになっていたんだ。
あの人たちと過ごすうちに、期待するようになってしまったんだ。
こんな気持ち、知らないままで良かったのに。
繰り返すように熱の波が体内に来て、私はそのまま寝込んでしまった。
儀式は成功しても、身体が強い魔力に耐えられなかったみたいだ。
もしかしたら知恵熱も混じっていたかもしれない。
熱でずきずきする頭の中で、キズナの話を反芻する。
勇者の子孫たちは、私を守るように呪いをかけられている。
本人も知らないまま。
本当だろうか。
誰がなんのために、勇者にそんな呪いをかけたんだろう。
なぜその力で、魔王そのものを守らなかったんだろう。
考えれば考えるほど疑問は尽きない。
キズナは肝心なことを話してくれない。
開かない片目をこちらに向け、そっぽを向く。
それは、黙っているのか。知らないのか。それとも思い出してないのか――。
もう!
一日経ち、少し食欲が戻ってきたところで、キズナが食事を持ってきた。
「ドアの前に置かれていました。念のため、毒見もしましたのでご安心を」
トレイの上に載っているのは、果物やスープなど、食べやすそうなものばかりだ。
添えられたカードを手に取る。例の三人の連名の差し入れだ。
ソラヤの名前があることにほっとする。
「姫のために尽くしてくれて、ありがたいことですね」
キズナは下卑た笑いを浮かべる。
私は不快感をあらわにして睨む。
「そういうのやめて」
「何がです? 勇者どもが貴女の下僕であることを?」
「……下僕って……そんな言い方……」
キズナの言葉に、胸がちくちくと痛む。
あんなに彼らのことを信じられないとか言っていたのに、構われることを迷惑がっていたのに、ずいぶん肩入れしてしまっている自分に気付く。
「貴女は一度はこの世界を支配した魔王の娘なんですよ。たかが人間の扱いなんていちいち気にしないでください、イルミナーナ姫」
キズナは心底あきれたように言う。
「……それに姫って言うのとか、イルミナーナとか、そういう呼び方、他の人のいるところではやめてね?」
「もちろん心得ております。ご安心を」
食事を終え、ベッドに戻ると、また思考はぐるぐる回り始める。
どうせ、「自分のことを好きだなんて信じられない」って捻くれて、びくびくして暮らしてたんでしょ。
勇者たちが何を考えているかわからないって。
それなら「相手は絶対に自分を嫌わない」ってわかってる方が気楽だわ。
そうよ。人間関係を考えたり、相手の顔色をうかがうなんてめんどくさいわ。
思考はまわりまわって、私は開き直った。
数日寝込み、熱が完全に引くと、気分も身体もさっぱりした。
まるで憑き物が落ちたように。
午前中の光の中、私は差し入れの果物をかじりながら窓の外を眺めていた。
誰もおらず、静かだ。
すでに授業は始まっている時間だ。
汗を流し、身支度をしてから、一人で教室に向かった。
人が多い場所に近づくにつれいつもの嫌な空気も大きくなってくるけれど、今の私は受け流すことが出来るようになっていた。
自分の手を見る。魔力がみなぎっているのか、静かに光っているように見える。
どんな悪意も、自分の中を通って、自分の力になる気がする。
自信がどんどん沸いてくる。
大丈夫。怯える必要はないわ。
私のためのように空いていた、ソラヤの隣の席に着く。
ソラヤは私の方をちらりとだけ見て、すぐに勉強に戻った。
「……ねえ?」
ソラヤの肩をつつき、小声で話しかける。
「なんだ。授業中だぞ」
彼は顔をしかめながら返事をする。
「食事とか、ありがとう」
「ああ……。まあ、元気になったようで良かった」
「良かったんだ」
「何が」
「私が元気になっていいの?」
ソラヤは眉をひそめた。
「僕は君のことを守ると決まってるって言っただろ」
声は抑えながら、ただ、強く言う。
「何を信頼するかと考えたとき、僕はご先祖の声に従う。君への情はない。ただ、するべきことをするだけだ」
情もない。
またちょっと心が弱って、胸がちくりとした。
まあ、最初からそうだったよね。決まっていることだから、すべきことだからって態度だった。
ソラヤは、私への心の扉を閉ざしたんだ。
ただの、なんの感情もない「下僕」。
悲しんだ後は、今度は腹が立ってくる。
なによ。なによなによ。
私と心を通わせたから儀式も成功したのに。
もうどうでもいいって言うの?
でも、私を守ることはやめないんだ。
やっぱり私に害は与えられないんだ。
残念ね! 勇者様!
君を守る?
一目惚れ?
大切な妹みたいに思ってる?
全部全部、その気持ち、本当だって、本心だって、信じてあげない!
放課後。
私はノックもせずにハルマの研究室のドアを開けた。
「あ。イミナ。もうよくなったのか?」
ぱあっと顔を明るくして書類から顔を上げるハルマにつかつかと近づく。
「ねえ。お兄ちゃん」
「……え? お……え?」
驚くハルマの頬に両手を添え、正面から見つめる。
「……お兄ちゃん。お願いがあるの」
ハルマの表情が、戸惑いから歓喜に変わる。
「なんだい。なんでも聞くよ、イミナ」
そう言って、本当に、本当に嬉しそうにはにかむ。
甘い。甘すぎるよ、勇者様。




