デートはお得意?
「なるべく一緒に生活しなさい。出来る限り近い距離で」
魔力の儀の第二段階を受ける下準備として、ハルマにそう命じられた私とソラヤは、日々の行動を共にしていた。
食事や登下校が一緒なのはいつも通り。さらに授業中も机を寄せ、自由時間も共に過ごした。
歩くときは手をつないだ。
寮が分かれる睡眠や入浴時以外は、とにかく一日中べったりしていた。
学校の人たちに変な目で見られたけれど、ソラヤが堂々としているので私も我慢した。
けれども。
ハルマは渋い顔をして私たちを呼び出した。
「ぜんっぜん心が交流していない」
私とソラヤは手をつないだまま、突っ立ってお説教を聞いていた。
「二人の間に魔力がスムーズに流れていない。この一週間でほとんど何も変わっていない。自分たちでわかってるか?」
「うん……」
確かに自分自身でも全くしっくりきていない。
物理的な距離は近づけいるけれど、心理的な距離が近づいている気がしない。
そもそも「心の交流」ってどうしていいのかピンとこない以上、身も入らない。
今朝も朝練に付き合って、森の中の小さな剣術道場まで行き、師範とソラヤが剣を交えるのを眺めながらあくびをしてしまい、師範の不興を買って追い出されそうになったりもした。ほんと、何をやってるんだろうって感じだった。
ハルマはしばらく考えた後、覚悟を決めたように言った。
「よし。二人でデートをしろ」
「えっ」
横で聞いていたユートが慌てて割り込んできた。
「何言ってるの? 俺のイミナちゃんがソラヤとデート!? ハルマ先輩はそれでいいと思ってるの?」
「僕だって可愛い妹をデートになんて出したくない! しかしこれは彼女が強くなるために必要で……!」
「わ、わかったわかった、何泣きそうになってんの先輩……」
ハルマの勢いにユートは気圧されて受け入れてしまった。そして、ソラヤの両肩に手を置いて言った。
「こうなった以上、ちゃんとイミナちゃんをエスコートするんだぞ、ソラヤ」
「デートなんてしたことがない」
ソラヤはいつも通りの真顔で返す。ユートは呆れたようにため息をついた。
「わかったわかった。俺がプランを立ててやるから、その通りにやれ。いいか、今度の休日に街でデートだ」
こうして、私たちの意思に関係なく、ソラヤとのデートが決まった。
デート当日。
私は髪をハーフアップにして、ユートに買ってもらった服の中で一番お気に入りの、胸元にえんじ色のリボンのついたグレーのワンピースを着た。
使い魔の黒犬、キズナは、私の周りをぐるぐる回って言った。
「デートには地味じゃないですか? イミナ様。もっとあのピンクの、レースがたくさんついた……」
「あんなの恥ずかしくて着れないから!」
「髪もこう……ツインテールとか良くないですかね!」
「もう! ちゃんと留守番しててね!」
キズナを部屋に残し、待ち合わせの本館の玄関ホールに着く。
ソラヤは先に着いて待っていた。いつもの制服姿だ。
そこにユートとハルマも現れた。
「制服!? 制服でイミナちゃんとのデートに行くつもりかお前!?」
ユートがソラヤの服装にケチをつける。
「これ以外に外出に使える服は、王宮にあがるときの礼装しかない」
「あー、確かにそれはいくらなんでも浮くな……」
ユートは少し考えを巡らせていた。
「よし、仕方ない、俺もついていく」
ユートの決定に、ハルマも反応する。
「え? じゃあ僕もついていく」
そういうわけで、ユートが手配した馬車に4人で乗り込んだ。
私とソラヤは隣に、向かい側にハルマとユートが座り、大の男たちでみっちりと狭い車内はなんだか居心地が悪い。
ソラヤは黙って窓の外をずっと見ていて、表情が見えない。
今、何を考えているんだろう。
こんなことになっちゃって、本当によかったのかしら。
街に着くと、ユートがソラヤの腕を掴んだ。
「じゃ、俺とソラヤはちょっと洋服を買いに行ってくるから、イミナちゃんは先輩と待ってて」
残された私とハルマは、門の前の広場で、屋台をのぞいたりしながらぶらぶらしていた。
「あ、猫だ」
ハルマが野良猫を見つけて撫でる。
気持ち良さそうにしていたその猫は、私の方を見た途端、ふぎゃっと言って全身の毛を逆立て、どこかに走り去った。
「あれ? どうしたんだろう」
不思議がるハルマの横で、私はため息をつく。
相変わらずそんなに私って、嫌なオーラ出してるのかな。
今日も街は、様々な人々の思いと声が渦巻いている。
悪い、暗い、重苦しい感情が。
あまり長くいるとまた気分が悪くなりそう。
早く用事を――デートを終わらせたいな。
「お待たせ」
声がした方を見ると、身支度を終えたソラヤとユートが立っていた。
ソラヤは綺麗な紺色のチュニックを着ていた。シンプルな服だけれど、ソラヤの背丈もあってバランスよく筋肉のついた身体には似合っていた。
髪の毛も軽くセットしてあって、普段より大人びて見えた。
「本当はちゃんとオーダーしたかったけれど、時間がないから仕方ない。それじゃあこれがデートプランだ」
そう言ってユートはソラヤに紙を握らせた。
「イミナ、ソラヤ、日が暮れるまでにこの正門まで来るんだよ」
ハルマが言った。
「先輩たちはこれからどうするんですか?」
ソラヤが訊ねた。
「街で用事を済ませるよ。じゃあ頑張れ」
デートを開始した私とソラヤは、まずユートに紹介されたレストランに入った。
メニューがどうだとか、学校の話とか、ぽつぽつ話しながら高級なコースを食べた。
食事は美味しかったけれど、会話はあまり弾まなかった。
それからヴァレオン家御用達の高級店や老舗のお店を巡りながら街を歩いたけれど、次第に二人は無言になっていった。
なんだか気まずい。
ソラヤは普段は別に無口ってわけじゃないのに、今日は全然喋ってくれない。
私が場を盛り上げることなんて出来るはずがなく、空気は重くなる一方だった。
やっぱり、デートが嫌だったのかな。
そんな考えがよぎり始めた頃。
「……だめだ」
ソラヤがぽつりとつぶやいて、こちらを向いた。
「イミナくんはこれでいいと思ってるのか? これで二人の心が通うと思ってるのか?」
「お、思わないけど」
「だろう。間違ってる」
ソラヤは真剣な面持ちで言う。
ああ。やっぱりやりたくなかったんだ。
そう思うと、急に力が抜けてしまった。
「……やっぱり私なんかが相手じゃダメだよね……」
「なぜ」
「私とだから上手くいかないんだ……」
「僕は君に問題があると言ったか?」
「え、だって……」
私は戸惑った。
「僕はやり方に問題があると言っているんだ。これはユートが気持ちよくなれるプランで、彼が君をエスコートするためのものだ。僕のためのものじゃない」
ソラヤは一気に喋り、ユートに渡された紙を丸めてから、私の手を引っ張った。
「出よう」
「え? どこへ行くの?」
「それは……。とにかくここから出よう」
賑やかな通りを抜け、裏道を歩く。
空を見ると、すでに日が傾き始めている。
「ねえ、もう帰ってもいいんじゃないかな」
「まだ時間はある。僕たちは目的を果たしていない」
もう。変に真面目なんだから。
たそがれ時の、人通りの少ない道。
なぜか嫌な気配がした。
路地に暗鬱な空気が溜まっているような感じで、背筋がぞわぞわする。
次の瞬間、がたりと大きな音がして、物陰から人相の悪い大男が出てきた。
「なんだこの娘……」
男は禍々しい気をまとって、じろりと私を睨む。
「お前こそなんだ」
ソラヤが言い返す。
「うるせえ! イラつくんだよ!」
男は腕を振り回してくる。
まただ。また、人の悪意を引き付けてしまった。
本当、この魔王体質、嫌になる!
「目をつむって!」
ソラヤは私を右手で後ろに回し、左手を前に出して男の目の前で魔法の光を爆発させた。
「走れ!」
目を押さえて苦しそうにしている男を背に、私たちは駆け出す。
道が分からないまま、適当に走って、街外れの小さな小高い丘の上に着いた。
人影は見えず、雑草が生い茂っている。ここは街の人はあまり来ない場所のようだ。
前に登った、銅像がある丘が遠くに見える。
ソラヤは大きく息をついた。
少しほっとしたようだった。
「……逃げられて、良かったね。ありがとう……」
私は上がった息でお礼を言う。
「ああ……」
ソラヤは周囲を見回し、張りつめた表情を少し緩めた。
それは、危機を脱したからというよりは、むしろあの男に出会う前よりもずっとさっぱりとして見えた。
「……ここは、いいな。静かで」
そう言って丘の中央まで歩き始める。
もしかして、ソラヤは落ち着かなかったのだろうか。
私は思い切って聞いてみた。
「ソラヤって、街に来たことある?」
「ほとんどない。何故だ」
やっぱりそうか。慣れてなくて、あんなに無口だったんだ。
私と同じ。街に不慣れで、苦手。
ちょっとおかしくなって、噴き出す。
慌てて口を押えたけれど、別にソラヤは気を悪くはしていないみたいだった。
「……笑うんだな」
「え?」
「イミナくんが笑うのを初めて見た気がする。まあ、笑顔ってほどじゃないけど」
「そんなこと言ったらソラヤだって全然笑わない」
私は言い返した。
「そうか?」
「そう。いつも難しい顔をしている」
ソラヤは自覚がなかったようで、不思議な顔をした。
日が沈み、丘の上に広がる空に少しずつ星が上り始める。
とても綺麗。
街の中にいたら、建物に遮られてしまっただろう。
「星を見るのは好きだ。山ではよく星を眺めていた」
そう言って空を見るソラヤは、いつもより柔らかい優しい表情をしていた。
ああ、こういう顔もするんだな、と思った。
二人、手をつないで、星が増えていくのを見続けた。
「あ……」
「どうした?」
「こんな遅くなって、二人に怒られちゃう」
すでに周囲はだいぶ暗くなっていた。
「そうだな。急がなければ」
振り返ると、銀色の狼が星影の中で佇んでいた。
「……よく僕たちを見つけたな」
そのユートの寄越したお迎えは頭を下げ、くるりと身体を反転して背を向けた。
そして私たちはその後ろについて、街の入り口まで戻った。




