表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/36

王子ランギルト

 その日の教室の空気はいつもと違った。どんよりとした、人間の発する「悪意」があまり感じられなかった。

 それもそのはず、このフォルテラント王国の第一王子・ランギルトが突然来校するという(しらせ)が入ったのだ。

「どういう目的でお見えになるのか不明だが、諸君、今一度身なりを確かめなさい」

 教師のその言葉よりも先に、みな授業のことなど忘れて鏡を見て身だしなみを整えるのに夢中だった。

 教室中が、いいえ、学院中がはしゃいで、浮足立っていた。

 男女問わず、この王国の国民すべてにとって、彼は「アイドル」なのだ。



 外に馬車が到着する音が聞こえた途端、生徒たちは席を立って我先にと窓を覗いた。教師もまったく止めようとしない。

 出遅れた私は、隙間からなんとか自分をこの地へ(いざな)った王子を見た。

 あの出会いの日以来だ。

 彼は従者たちを従え、こちらに向かって歩いてきていた。

 高貴な笑みを湛えた白皙(はくせき)の美貌に銀髪が映え、背筋が伸びたスマートな身体に金糸で縁取りを施された白い軍服が似合う。そのただ学校に訪れるだけにしては絢爛過ぎる装束も、彼なら仕方ないと思わせる。

 「やあ。お構いなく」

 凛とした声が通る。

 彼は一言でいえば「カリスマ」だ。カリスマというものの具現化だ、と思った。

 非の打ちどころのない美しい王子様というだけではなく、この国を救った英雄の子孫なのだ。


 すごいなあ。

 王子様が、世界を支配しようとした魔王を倒す旅に行くくらい強かったなんて。

 勇者の伝説の中でも、そこは本当にお伽噺みたい。


 その御姿はこの学院でも十分浮いているけれど、あの寂れた僻地の寒村で初めて出会った時、この世のものとは思えなかった。あまりに煌いていて、美しくて。

 お城での姿は、いったいどんな感じなんだろう。


 ……私も変わったかもしれない。他人に興味を持つなんて。

 そうだ。村にいた頃は誰も私に構おうとしなかったので、他人のことを考えても仕方がなかったけれど、今は強制的に人のことを考えているんだわ。特に、例の三人のことを。


「ハルマ・ジェレル!」

 王子がハルマを見つけたらしく声をあげる。

「王子!」

 聞きなれた柔らかく知的な声が聞こえるが、私からは声の主は見えない。

「ハルマ様と王子と並んでると、本当に絵になるね」

「あー。二人が一緒にここで勉強していたってときに私もいたかったよ~」

 女生徒たちがひそひそと話す。

 興奮からか人だかりの密着度がさらに高まり、私からは外は完全に見えなくなってしまった。

 ま、仕方ないか。

 そう思って席に戻ろうとして、ソラヤはずっと自分の席で本を開いていたことに気付いた。

 真面目だなあ……。

 私も教科書を開くことにする。

 そのあとすぐに王子たちが建物に入ってしまったらしく、クラスメイト達も席に戻った。

 授業が再開されても、みんながそわそわしているのが伝わってくる。誰も何も頭に入ってこないようだ。

 少しして、教室のドアが開いた。皆が期待して一斉に視線をやる。

 しかしそこにいたのは王子ではなく、ハルマだった。

「授業中失礼します。イミナ、おいで。キズナは置いてきなさい」




 私は王子とハルマと一緒に学院の迎賓室にいた。人払いもされて、三人きり。

 事務員が置いていったポットからハルマがお茶を淹れる。

「イミナさん。ずいぶん雰囲気が変わりましたね」

 王子が話しかけてきた。

 私はただ紅茶を見つめ、口をもごもごとする。

 今の私は、髪の毛もきっちり手入れをして上等なリボンをつけ、制服はサイジングをし直して身体にぴったり合わせている。ユートのおかげだ。

 ハルマやソラヤが栄養や生活に口を出してくるので、顔色も肌も前よりはマシになった。やせっぽちだった身体は栄養を摂って動いてちょっぴり筋肉もついてきたので、ほんの少しスタイルが良くなった気がする。

 そんなわけで、自分でも以前に比べれば大分垢抜けたと思う。

 まあ、愛想のない顔はそのままだし、まだまだ王子と並ぶと月とすっぽんどころか存在がかき消されてしまいそうだけれども。

「出会った時には、睨まれてしまったし」

 王子はそう言いながらクスクスと笑う。

 うわ。覚えてる。

 私はますます下を向く。

「学院での生活には慣れましたか?」

 王子は黙ってる私に構わず話を続ける。

「……少し……」

「そう、それは良かった」

 今、授業中に連れ出されてちょっと困ってる、とは言えなかった。

 教師にも何も言われなかったけど。

 王子はお忙しい中いらしているのだろうし、学院側もそのあたりは目角を立てないのだろう。

 王立魔術学院への、王族の力を感じる。

「ハルマのことはどう?」

「……どうって……?」

「よくしてもらってるかな?」

「……ちょっとうっとおしいかも……」

「い、イミナ~~~~。お兄ちゃんは寂しいぞ……」

 ハルマはちょっと情けない声を出した。私は目を合わせないようにして、紅茶にミルクを入れる。

 王子は視線を私からハルマに移す。

「ハルマはどう思ってる? イミナさんのことを」

「そりゃもう、目いっぱい可愛がってますよ」

「妹に出来なかったこと、出来てる?」

 ハルマの顔色が一瞬変わる。

「……ええ。出来ています」

 すぐに笑顔に戻った。

「そうか。良かった」

 王子は少し紅茶に口をつけ、すぐにカップを置いて椅子から立った。

 そして私の横に来て、私の手を取った。

「期待していますよ。貴女はこの学院一の魔術師になれる。きっと、伝説に連なる者になれます」

 その、誰しもが命令を聞いてしまいそうな、脳と心に響くカリスマの声で断言する。

 圧倒されながら私はやっとのことで口を開く。

「な、なんの根拠があってそんな……」

「イミナ!」

 ハルマが私の無礼をたしなめ、私はしまったと思う。

 さすがにハルマもここで甘やかさない。

 村にいたときは何も知らなかったけれど、今はわかる。王子にこんな態度、この世から消されてしまってもおかしくないわ。

 ただ、王子は特に気にすることはなく微笑んだ。

「私の感じ取る力を信頼してください、としか言えませんね。私はそこそこいい魔術師なんですよ」

 そう言って指を鳴らして従者を呼び出した。

「またお会いしましょう」

 去っていく王子の背中を呆然と見送る私の頭を、ハルマが優しく撫でた。

「……甘いものでも、食べる?」



 久しぶりの王子との対面は、こうして終わった。

閲覧ありがとうございます。

事情により一週間ほど更新をお休みします。申し訳ありません。

再開後はさらにペースアップしてどんどん物語を進めていきたいです。

次回はハルマ回の予定です。よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ