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ユート・ヴァレオン 前編

 ――僕を信頼しろと言っているんだ

 ――君を守る

 ――君と出会う前から決まっていたんだ


 ソラヤの言葉が頭の中でリフレインし続ける。

 なんなのなんなの。

 どんな勇者様の気まぐれなの。こんなことが勇者の(めい)だなんて。

 私は魔王に連なる者なのに。そんなこと言っちゃっていいの? 大丈夫?

 勇者様の経歴の汚点にならない?

 脳内で勇者様に問いかける。

 私の中で勇者様は街の丘の上で見た銅像の姿をしていて、もちろんその硬質な表情を変えることはなかった。


 あの会話があってから数日、私はあまりよく眠れないでいる。

 いつもの暗い夢を見ないで済むのはいいことだけど、どちらにしろ疲れは取れない。


「イミナ、どうしたんだ? 具合が悪いのか?」

 スプーンを握ったままぼんやりとしている私を、ハルマが心配そうに覗き込む。手を私の頬に添え、おでこをこつんと当ててきた。

「……っ!?」

「熱は……微妙にあるような?」

「だ、大丈夫……」

 私は慌ててハルマから顔を放し、スプーンをシチューの皿に入れる。

 学食で、いつものようにテーブルを4人で囲んで夕食をとっている。けれど、正面に座ってるソラヤの顔がばつが悪くて見れない。

 ただ食事だけを見つめて、口に運び続ける。

「……なんか怪しいな」

 ユートが食事の手を止めて言った。

「誰かイミナちゃんになんかした?」

 私は少しだけ顔を上げ、ちらりとソラヤの様子を(うかが)った。

 ソラヤはすっかり綺麗になった眼鏡をかけて、素知らぬ顔で、私の倍は量のある食事を食べ続ける。

 私だって自分で「ソラヤは私を守るんだって。だから、ドキドキしちゃって。眠れなくって」なんて言えない。だから黙っている。


 それにしても。

 ユートやハルマだって、もし私が魔王関係者だと知らずに私にかまっていたとしたら、後悔するんじゃないかしら。「一目惚れだ」とか「僕の妹」とか、言っちゃっていいのかしら。

 聞こうかな。「私が魔王に関係しているって知ってる?」って。

 うーん、それはやっぱりやぶへびだよね……。それは承知の上で私をどうにかするつもりだったのなら、その計画を早めるかもしれないし、知らなかったのなら余計な情報を与えることになるわ。

 でも知らずにいたとして、後になればなるほど「よくもこんな長い間だましたな!」って激高するかもしれないな。今なら謝ればなんとかなるかも。こう、軽いお仕置きくらいで。

 ……って、何を謝るの? 「魔王に関係してるんです! ごめんなさい!」って?


 どう考えても非現実的だ。

 やっぱり、下手に行動するよりも、生きる知恵と力をつける方が先だわ。

 とりあえず、大人しく日々をやり過ごそう。

 

 そんなことを思いながらパンを手に取ると、ハルマが口を開いた。

「ユートもだいぶ様子がおかしいよ。何かあったの」

「え?」

 私は驚き、右手にいるユートを見る。特に彼に普段と違う様子は感じられない。

「……いやあ、よくわかりますね……」

 ユートは髪をかき上げ、感心したように言う。

「気付くもんだろ? 君も僕のことをお兄ちゃんと呼んでくれていいよ」

「いやあ兄はすでにいるし、イミナちゃんもお兄ちゃんなんて呼んでないし」

 得意げなハルマを、ユートは軽く受け流す。

 そしてそのまま、はぐらかされたまま、ハルマも深く追求することはなく食事は終わった。

 




 休日の早朝。

 浅い眠りの夜を越えて、ベッドでまどろんでいると、キズナが私を起こした。

「イミナ様。客です」

 ドアを開けると、そこには銀色の狼が3匹、おのおの包みを携えて座っていた。

「お迎えに上がりました。姫」

 そう言って(こうべ)を垂れる。

 

 美しい薔薇模様の布の包みを一つ開けると、中には真っ赤なワンピースが入っていた。

 私の瞳の色だ。

「是非そちらをお召しになってお越しください」

 狼たちはまるで歌うように、単語ごとに交互に喋る。


 身支度をし、狼たちに導かれて女子寮の入り口へ向かう。キズナは私につかず離れずついてくる。

 玄関に着くと、長身の男が朝もやの中に立っているのが見えた。

 狼たちが男の元に駆け寄る。男が指を鳴らすと、狼は全て光となって消えた。


「黒いロングヘアに映えるね。サイズもぴったりだ。俺の見立ても捨てたもんじゃない」

 気品のある声。

 赤いワンピースの裾が揺れる。

「……また出かけるの?」

「よくお分かりで。我が姫」


 長身の男――ユートが、気障な笑みを浮かべて恭しくお辞儀をした。

もっと良いタイトルに変えたいと思っているまま、更新が10回を超えました。

閲覧ありがとうございます。

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