私を好きって嘘でしょう?
生まれた瞬間から、いいえむしろ生まれる前から、私は世界中に嫌われていた。
何故だかはわからないけれど、そういうものだから仕方ないの。
*
王都の端にある、王立の魔術学院。その広大な敷地の一角の学生寮。
カーテンの隙間から朝日が差し込むのを感じて目が覚め、ベッドから半分だけ体を起こす。腰まである真っ黒の髪の毛は、寝癖でぐちゃぐちゃだ。
寝起きの悪い私は、そのまましばらくぼんやりとしていた。
いつもと変わらず、今朝も夢見は悪かった。
他の部屋はどこも生徒二人ずつに割り当てられているけれど、私は一人で暮らしている。
最近編入したばかりだからという理由はあれど、どちらにしろ誰も私となんて一緒にいたくないからこれが正解なのだと思う。正式な時期に入学したとしても、敬遠されて余ったに決まっている。
一人にはちょっと持て余す広さにも慣れてきた。
<おはよう、イミナ>
横で寝ていた、私の身長の半分ほどの体長の黒い犬が話しかける。イミナとは私の名前だ。
そう、正確には一人と一匹。この使い魔の犬の”キズナ”も一緒。
入学した日に学院から与えられて、それから寝食を共にしている。
キズナは私にかかった布団を前足で何度かぽふぽふとした後、ベッドから降り、制服のかかったハンガーを口にくわえて持ってきた。
「……もう。だから、引きずらないでっていつも言っているじゃない」
ワンピースの裾をはたき、広げる。
(お前なんて、埃だらけでしわのよった服がお似合いだろ)
キズナがそう言ったように思えた。
キズナは片目しか開けない。その閉じた右目側から顔を見ると、何を考えているのか本当にわからない。
寝間着を脱ぎ、制服に袖を通す。身支度をする体が重い。
教室に行きたくない。
みんなから悪意を向けられることには慣れてはいるけれど、平気なわけじゃない。
いつだって胸の奥がずっしりするような気持ち悪さがつきまとう。何かどす黒いものが身体の中にたまっていくような気がする。
でも、仕方がない。ちゃんと授業に出ないと、ここからも追い出されてしまうかもしれない。
私は国のはずれの、山奥の小さな貧しい村で生まれた。
ううん、生まれたって聞いただけ。
私を育ててくれたのは、一組の老夫婦。親というには年を取りすぎていたし、その外見に私と似ているところはひとつも見つけられなかった。だから血が繋がっていないのではないかという疑いが常につきまとっていたけれど、それに対する答えは最後まで聞けなかった。彼らが私を疎んでいることが幼心にも伝わっていたし、面倒を起こして捨てられてもこの山深い辺境の地では生きてはいけないから、追及することもしなかった。
村では数少ない貴重な子供だったのに、私と口を聞いてくれる人はいなかった。みな私を遠巻きに見て、眉をひそめてひそひそと何かを言うだけだった。
拒絶される理由はわからなかった。
物心ついたときにはすでにそうだったから、そういうものなのだと思っていた。
私は誰にも愛されず、人とほとんど交流せずに育った。
異変が起きたのは、16歳になった日だ。
その日、およそ100年ぶりに王族の隊列が私の村を訪れた。正確に言えば、訪れたというより、通っただけだったみたいだけれど。
村の人たちがそれはそれは色めき立つ中、この国の王子だという男が豪奢な馬車から降りた。そして私を一目見るなり、「この娘には才能があるから、王立魔術学院に推薦したい」と言ったのだ。ぜひ、学費無料で特待生として迎えたいと。
魔法なんてその存在を話には聞けども使える人間は村にはおらず、もちろん私にも縁はなかったので、この突拍子もない話に戸惑った。けれど皆、とても光栄なことだと騒いだ。
「親たち」も大喜びで、王子が上品に微笑んで差し出した手をただ恨めしそうににらんでいた私を、無礼だと詰った。
でも、王子の整った高貴な顔も、透き通るような肌も、美しく流れるように輝く銀髪も、きらびやかな軍服も、絡まった黒髪と擦り切れた服をまとった不愛想な私を惨めにさせるだけだった。
魔術学院に入ったものの、私に王子の言うような際立った魔法の力があるという実感はまだない。
魔法の勉強を開始してからあまり経っていないとはいえ、成績が特に大きく伸びる様子もない。
教師たちも私に何かを期待しているようには見えないけど、なんといっても第一王子の肝入りということで邪険には扱えないようだった。
これはあの王子の嫌がらせなんじゃないかしら。それとも、何かの実験台?
もしかしたら、教師たちもグルで……?
私の生来のネガティブ思考は、どんどん悪い方向に行く。
櫛が通らない髪をまとめることをあきらめ、簡単にリボンで結わいて身支度を終える。
視界から消えたキズナを探すと、彼は窓枠に前足を載せて外を見ていた。
「キズナ? 何をしているの、食堂に行くわよ」
覘くと、窓の下に三人の青年が立っていた。彼らは建物の3階にある私の部屋を見上げている。
「やあ、イミナ。おはよう。お寝坊さんだね。朝ごはんは何が食べたい?」
人懐っこそうな笑顔の、柔らかい茶髪の容姿端麗な青年が話しかける。
「イミナ姫。今日も可愛いね。さあ早く俺の胸に飛び込んでおいで」
艶やかな青い髪と涼しげな目元をした、すらりとした気障な風貌の美青年が言う。
「イミナくん。スケジュールに遅れが見えるぞ。何か手伝うことはあるか?」
背が高く、赤茶色の髪を持ち眼鏡をかけた眉目秀麗な青年が言う。
私は眉を寄せ、不信感をあらわにする。紅い瞳がより赤さを増す。
好意を寄せられることには、慣れていないから。
――きっと彼らも、心の奥底では私のことを嫌っているに違いないから。