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たびれぽ二日目

目が覚めたのは六時五十分くらい。家ではいつも八時や九時、ひどいときには十時くらいまで平気で寝ているのに、旅先ではたいてい早く目が覚めてしまう。しかし頭はぼやーっとするのに二度寝はできない。なぜだか面倒な体質だ。

七時三十分まではぼやぼやとして過ごし、朝食をいただきにホテルのロビーへ。朝食は焼きたてパン食べ放題と書いてはあったが、果たして私を満足させられる味ではなかった。ぶっちゃけマズ……ある意味期待通り。ホテルはホテルであってパン屋ではないのだ(ホテル食パンというパンはあるが)。第一安宿にそこまで求めていない。

 個室に戻り、昨夜途中まで書いていた「たびれぽ」を仕上げながら、少し物足りなさを感じていた。そういえば、うちの店はメゾンカイザー・トラディショナルを使ったフランスパンを焼いていたなと思い出し、せっかく東京に来たのだから本物を食べてみようと思い至り、せっせと昨日の分の「たびれぽ」を仕上げるのであった。

 ただ昨夜の帰宅ラッシュのことを思い出し、時計と見合わせ、「今出たら通勤ラッシュに巻き込まれる」と確信する。前も言ったが私は人混みに慣れていない。慣れている人でもあのすし詰め状態に好んで巻き込まれたいという人は少ないだろう。なに、急ぐことはない。パンが逃げることはないのだし、時間をずらしていこうと、私はもう少しの間のんびりするのであった。

 午前九時。そろそろいいだろうと、ホテルの受付にカードキーを返し、メゾンカイザーを求めて旅立つのである。


 それからは悲惨だった。池袋駅に着き、携帯電話のアプリを使ってメゾンカイザーを検索し、それに従って移動したら全く知らない道を右へ左へ。もともと方向音痴なせいでどっちがどっちかわからずに、その場で携帯を見ながら「あれ、こっちか。あれ違うな」と右往左往する完全な不審者になってしまった。テロを警戒中の警察官に呼び止められなかったのは奇跡といっていいだろう。いや、いっそ呼び止めてもらえれば心置きなく道を聞け、あれほど道に迷うこともなかったのかもしれない。

 結局二時間近く迷い続け、精神的疲労が重なり腹の虫も鳴ってきたので、いったん適当に目についたパン屋で妥協した。腹が減っては戦はできぬ。

 どれを買おうかと一通り眺めていたがどれも高い、うちの店なら半額にしてようやく売れるような値段設定。まあそれは東京だし、賃金が高いから物価が高いのもまあ納得。うちの店の半分程度の大きさで、183円(税込み)のクルミパンを購入。ちなみにうちの店だと火曜日は105円、平日は108円で倍の大きさのクルミパンを売っている。これだけ高いなら、味もきっと値段相応なのだろうと、期待しながら店内のテーブルに着いて一口。思わず眉をひそめずにはいられなかった。

 まずくはない、決してまずくはない。ホテルで出されていたパンに比べればうまい……のだが、私の勤め先で出しているパンとの差がそれほど感じられなかった。むしろ少し発酵不足で固いような気がしないでもない。良いほうの意見を言えばバターの味と香りが若干強いかなという程度。最終的な評価はお値段以下である。それともうちのパンの品質が高すぎるのか。どちらなのかはさておき、とりあえず腹は膨れたので移動を再開。今度こそ迷わずたどり着ければいいのだが、と再びうろうろ。めぞんかいざー、めぞんかいざー、とうわ言を上げながら捜索を続けると、十分ほどでようやく発見。

 これがメゾンカイザーかと。並べられているフランスパンはどれも私の店で出されているものよりも綺麗にクープが入れられており、焼き色にむらがほとんどない。機材と腕がいいのだろう。これはぜひ買っておこうと、一つ。クロワッサンを一つ購入。どちらも高いが、今度は値段に見合ったものであることを祈る。


11:20 駅から出て、買ったばかりのパンを食べようと座れる場所を探すと、ちょうど喫茶店があった。店名は服部珈琲店。早く食べたいばかりの私は誘われるように入っていき、席について、コーヒーを頼んだ。お値段はなんと一杯700円。軽率に選んだことを少し後悔。まあ旅行くらい派手に金を使おうと開き直り、コーヒーが運ばれて来たらがさがさと袋を開け、クロワッサンを引き出す。フランスパンにばかり目が行っていたが、こちらもまたきれいに焼けている。しかし味のほうはどうだと一口くらいつく。外皮はざくっと。中はふわっと。バターの味が強くておいしい。酸味が強めのコーヒーを啜りながらさっさと食いつくした。もう片方は昼食もあるし、また後で食べる。また別の友人から聞いた話ではあるが、この店のカレーは絶品らしい。この前カレーを食べたところなので食べないが。


11:40 昨日友人(♀)に池袋には水族館がある、と教えてもらったことを思い出し、腹は減っていないので昼食は後回しにし、そちらへ向かう。今度は迷うことなくたどり着いた。サンシャイン水族館。入場料2000円を支払って入ると、まずは他の大水槽に比べれば小さな水槽に入った熱帯魚が出迎えてくれた。ファインディング・ニモの続編映画が近日公開されるからだろう、横に液晶テレビが置かれて、延々映画の宣伝映像が流されていた。他にもいろいろと展示されている生き物がいたが、ここに書くには多すぎるのでツイッターを見るか実際に行ってもらいたい。平日の昼間なので混んでいるということもなく、快適に展示されている生き物を見ることができた。去年だったか、海遊館に行った時にはひどかったが、そこは割愛する。水族館は平日に行くものだというのを身をもって知った。


12:00 いろいろ撮影して回っていると、アシカのショー、の練習が始まった。非常に器用なアシカで、飼育員の女性の言うことを忠実に守っている。十分かそこら、目の前ではしゃぐ幼女(本物)に時折視界を遮られながら、アシカの芸を眺め続ける。これもツイッターに動画を挙げてあるので、それを見てもらえたらどれだけ器用なことをしているかよくわかってもらえるだろう。


13:15 館内を少しふらーとうろついて、腹が減ってきたので水族館を後に。昼飯を求めて移動を始める。


13:25 池袋を少し歩いたら蕎麦屋を発見。西で食べるのはうどんばかり、せっかく東京に来たならそばを食べようと店の中へ。ミニカツ丼と盛りソバを注文する。お値段は1000円。これが安いのか高いのかはわからない、こっちに来てから金銭感覚がマヒしている。東京というのは恐ろしいところだ。

 注文して出てきた料理は、ツイッターにも上げてある。よければ見てほしい。まずソバから手を付ける。ツユに薬味のネギを入れ、麺を少しつまんでつけて、すする。濃い目のダシと、固いとさえ思うコシの強いソバ。噛むと強いそばの香りと味がする(当然だ)

 そばをつまむのは一口だけにして、次はかつ丼。厚い肉に薄い衣をつけて揚げ、それを卵とじにしてご飯の上に乗せてある普通のカツドン。玉ねぎの甘味、醤油の塩気がちょうどよく、肉もうまい。簡単にかみ切れるが、適度に歯ごたえがあり、噛めば肉汁のあふれるジューシーなカツ。よく見れば器の縁の塗装がはげていて、店の歴史と繁盛具合をなんとなくだが感じることができた。席が空いているのはきっと平日だからだろう。土日になれば満席になっているのかもしれない。

 みそ汁は、汁の中にわかめとネギのうかんだ普通の味噌汁。おいしいのだが、家の味のほうが好み。味の違いは西か東かというのもあるのだろう。そのままカツ丼を平らげて、みそ汁を飲み干し、蕎麦にかかる前に添えられた野菜に手を付ける。口の中が油っぽくて、そばの味がわからないなんてことになっては悲しいので、一旦野菜でリセットするのだ。

 もやしとコーン。何が入っているのかなど特に考えもせず、口に運ぶと、酸っぱい。梅肉の入ったドレッシングでもやしとコーンをあえてあるのだ。シャキシャキの触感を楽しみながら、ほんの三口ほどで、器の中身はドレッシングを残し、私の腹の中へ消えていった。水を一口含み、すぐに残った蕎麦に取り掛かる。薬味を入れたツユに麺をつけ、一心不乱にすする。麺をつけて、すする。五分としないうちに蕎麦も私の腹の中へ。

 残ったツユは蕎麦湯で薄めていただくと、もう満腹。苦しいほどだ。これは少しどころではない、明らかに食べ過ぎであろう。

 しかし、GWの激務で体重が三キロほど落ちてしまった上に、元から私はやせぎす体型。もう少し肉をつけたほうがいいとよく言われるような痩身だし、たまにはいいだろう。

 食べ忘れていた漬物をぽりぽりと食べ、メモを取り席を立つ。

 特に考えずに入ったのだが、運よくあたりを引いたようだ。実はこの店大正からやっていた歴史あるお店だったそう。店名はあさひ。

 次はどこへ行こうかとぼーっと考えながら、駅に降りると、護国寺の文字が目に入る。よし、次は護国寺へ行こう。


14:25 護国寺着。一対のいかつい金剛力士像に迎えられ、門をくぐる。古い木独特の香りが嗅ぎ取れ、その時点ですでに古い建物というのを肌で感じた。門の奥にも門がある。階段を上ってその門へ。ということはせずわき道にそれる。猫がいたのだ。猫かわいい。猫に釣られてそちらへ行くと、一言だけの願いを聞いてくれるという一言地蔵の案内があり、まずそちらへ。ワナビの願うことなんて皆さんならわかると思うので、あえて書かないでおく。


 本堂入り。

 先に言っておくが私は無神論者のオカルト大嫌い人間である。という前置きをしておいてなんだが。本堂内に安置されている像の数々は、とても古く、曇ってはずなのに一つ一つ、それ自体が輝きを放っているような神々しさを纏っていた。しかもそれがいくつも並べられているのだから、その威容にすっかりあてられて神仏の存在を感じざるを得なかった。

 長く大事にされたものには付喪神がつくといわれる。それを比喩に用いるのは失礼かもしれないが、これならそんな物が居るといわれても信じられる。昔の人が八百万の神という概念を作ったのもわかるような気がする。

 本堂内は撮影禁止だが、しばらくは目に焼き付いて離れないだろう。


 本堂内を右へ左へキョロキョロ子供のように見回していると、天井付近に絵が飾られているのに気が付く。

 古い芸術をよく見ようと視線を上げると天井にも何かが描いてあることに気が付く。さらに視線をあげ、真上を見る。

 竜が私を見つめていた。

 驚いて一瞬思考に空白が生まれたのはよく覚えている。天井にも、大迫力の絵が描かれているなんて。西洋ではよくある事だが、ここでそんなものを目にするとは思わなかった。

 本当に驚くことばかりである。一方向ばかり見ていては気づけないこともある、今までの人生で、そんなことがいくつかあったかもしれない。

 だから、今度からはいくつかの視角を持とうと思った瞬間である。


 護国寺を後にしたら、また適当にあてもなくぶらぶらと。そして時間を見計らい、電車に揺られてホテルへチェックインするのであった。

二日目後半へ続く

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