初日
目覚まし時計が鳴るよりも早く目が覚める。時刻はなんと午前六時ぴったりと、普段仕事に行く前にはぎりぎりまで寝ている私にしては極めて珍しく、早起きであった。空港に何時につかなければならないか、というのを考えるとかなり余裕がある。しかしこのまま寝坊して予約した便をうっかり逃してしまうなんてことになっては笑えないので、朝飯を食らい、出発前の最終チェックを行うのであった。
準備ができたら空港までドライブを開始。ひんやりとした朝の空気の中、あくびをしながら車を転がすことしばらく。途中少しのどが渇いたのでコンビニでお茶を買い、飲みながら目的地への移動を継続。
到着。飛行機に乗るのは初めてではないが、これで三度目。二度は高校の修学旅行での往復のフライトである。どういう手続きをすればいいのかわからないので、恥を飲み込み空港の職員に声をかける。
携帯電話で予約し、コンビニですでに支払いを済ませている旨を伝えると、確認のため番号を見せてくださいと言われ、それに従ってメール画面を開いて、登場許可証的なものをもらい、今度は荷物の検査を受けることに。東京で待つ友人たちへのお土産と、着替えの衣服、パソコンでパンパンに膨らんだリュックサックを通し、問題がないのでその次へ。今度は手荷物チェック。携帯電話の予備バッテリが不安だったが、問題なく通れた。
ここまで順調にいき、飛行機に乗り、離陸を待つのみになる。かと思いきや、座席に座っていると老紳士に声をかけられた。「席を間違っていませんか?」と。もしやと思い確認すれば、彼の言う通りであった。私の座っている席は、--D席。チケットに書いてあるのは、--C席。これは申し訳ないことをした、と頭を下げつつ席を立ち、今度こそ自分の席に座る。
待つこと10分ほど。機内放送でこれから離陸するという内容の放送があり、飛行機がゆっくりゆっくりと動き出す。滑走路へと移動しているのだろう。そしていつからか聞こえていたジェットエンジンの稼働音が、徐々に音を大きくする。隣に座っていた年配の女性はうるさそうに顔をしかめていたが、飛行機好きの私には、とても心躍る音だった。
滑走路に移動してから、離陸するまでは本当にあっという間で、タービン音が一際高まり、景色が、機体が急加速し、体がGに押しつぶされる感覚を味わう。車のアクセルを全開にしたのとは比にならないほどの加速で、巨大な鉄の塊が滑走路を猛進しはじめた。そのご十秒としないうちに三半規管が体の傾きを感知した。
いよいよ心待ちにした瞬間が訪れると、景色が横から下に流れていく。残念ながら私の席は通路側で、バ……ゲフンゲフン、年配の女性が邪魔でしっかりとは見えなかったが、それでもどんどん小さくなる地上の景色と、体が重力に逆らって上昇する奇妙な感覚、気圧の変化に、自分が空に上がっていることを認識できた。
待ちに待った、空の旅だ。
とはいえ、そこから先は特に何もなく平和な旅だった。お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか、とかパイロットはいませんか、ハイジャックされたりエンジントラブル起きたりとかはなく、持ってきた本(転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい)を読んで、読み終えたら機内の冊子に目を通して。途中で富士山が見えたり、キャビンアテンダントからお茶をもらったりしただけ。
羽田着。快適な空の旅……とは残念ながら言えなかった。空の旅など滅多にすることのない貧乏人の私は地べたをはいずっているのがお似合いというのがよくわかった。案外空の旅は気持ち悪い。気圧の変化や、ずっとエレベーターに乗っているような感覚が続くのだ。
バスに乗って、ホテルに荷物だけ置けれないかと確認。OKをもらったので、馬鹿みたいに重い荷物を置きに一度ホテルへ向かう。置いた後の予定はすでに決まっている、一人でふらふらする。のではなく、友人に連絡を取って合流することにした。
予約していたホテルの最寄り駅に到着。歩くことしばらく。問題なく到着し、荷物を預けてまた電車に。
昼を少し過ぎたあたりで友人と合流。合流するのに少々手間取ったが、なんとか彼を見つける。自称ウォーリー。実際に会ってみると確かにウォーリー。どうして丸メガネに赤白シャツを着ていないのかと一通りいじったら、お土産のラスクをプレゼント。
一時くらい。友人おすすめの店に。なんでも「異世界居酒屋のぶ」の作者に教えてもらった店だとか。期待しながら入り、チキン南蛮を注文。男同士のんびり会話しながら、平らげるのであった。
食事が終わったらまたそこらをウロウロ。男二人でうろうろ。うろうろしていると皇居前に出たので、せっかくなので観光することに。驚いたことに彼も皇居初体験だという。
皇居を見た感想は、正直に言うならばただの自然。田舎生まれ田舎育ちの私からすればビル街のほうがよほど面白い。このあほみたいにビルの乱立する東京のど真ん中に、これだけの自然があるというのは異様な光景ではあるが。
友人(♂)と皇居デート(?)を楽しみながら、私はまた別の人にも声をかけていた。こちらも私の友人で、性別は女性である。女子大生である。乙女である。この方と夕食を一緒にするという約束を取り付けて、そこからはのんびりぶらぶら。あてもなく放浪する。男二人でのんびり動き回り、おしゃれな喫茶店により、私はカフェラテとケーキを。友人はレモンティーを頼んで、私がプレゼントしたラスクをうまいうまいとボリボリかじっていた。店のメニューを頼めよ、と思ったことは秘密ではない。私は考えが口に出るタイプなので、当然ツッコミを入れるのであった。
それからまたしばらく雑談しながらうろうろ。ビルは全部同じように四角いが、実はどれも一つ一つ形が違うので、また面白い。田舎で、山に生えている木が大体同じようなもんだと感じるようなものかと思えば案外違うものだ。
ただ、空が狭く感じてしまいどうにも落ち着かなかった。道中で本屋を発見し、互いにおすすめの本を教えあうのであった。(私が勧めたのはファーブル昆虫記、シートン動物記、FBI心理分析官-以上殺人者の素顔に迫る衝撃の手記-の三点である)
本屋によっておいて何も買わずに出るのは悪いなと思い、又吉じゃない方の芥川賞受賞作を購入。火花も中身をちらりと見たが、芸人だからとよいしょされているわけではなさそうな、洗練された印象を受ける文章だった。
次の目的地は友人の大学のラウンジ。だったのだが、残念ながら空いている席はなくまたしても喫茶店。に。後日また来ることになることが決定しているので、場所を覚えておいた。クランベリージュースはおいしかった。そこでまたしばらく駄弁りつつ時間をつぶし、件の女性作家との待ち合わせ場所、イケフクロウに向かう。が、少し到着時間が早すぎたのでブックオフで時間をつぶす。そしてそこでもおすすめの漫画を紹介しあう男二人。殺し屋さんを勧めたらたいそう気に入ってくれた。
だが私はおすすめされた漫画は買わず、竹取物語(訳・星新一)を購入。買った理由はなんとなく手に取ったら予想以上に面白かったので。
ブックオフを出て、次なる目的地は池袋駅のイケフクロウ。帰宅ラッシュの人ごみをかきわけてなんとか到着。彼女が来る時間は午後六時、少し遅れる可能性もあると言われ、実際少しだけ待ったが、猛吹雪の中母親に二時間以上またされた経験のある私にはそうたいしたことはないのである。吹雪と人混み、どちらがマシかと言われれば断然後者だ。
ちなみに友人(♂)は六時から講義があったそうだが、遅れても別に問題はないと言い平気な面で私と一緒に待っていて、彼女が来たら挨拶だけして去っていった。
その人は本当なら会える予定ではなかったのだが、午前中に連絡を取るとOKをもらえたのだ。
ヒトハチニーマル。友人(♀)のおすすめのオムライスのお店に。なかなか同年代の女性と話すことはなく、ましてや女性と二人きりで食事をするなど初めての経験でなかなか緊張した。私にしてはよくしゃべったほうだとは思うが、果たして不快にさせていないか不安である。友人(♂)に渡したのと同じラスクをプレゼント。
頼んだメニューがついて、少々下品だが食べながらおしゃべりを続ける。会話の内容は主に創作関係。食事が終われば話すネタも切れてしまい、残念ながらそこで解散。食事代は私が持った。付き合ってもらったお礼だ。事前に話はしていたのだが、事前の印象とは違い、会ってみれば意外と幼げな感じがした。中身はしっかり詰まっているようだが。
ヒトキューマルマル。ホテルへ向かう電車に乗るが、初めて見た満員電車には戦慄した。知識として知っているのと、実際に見るのとではやはり印象が大きく違う。これの中に飛び込むのかと思うと、人ごみの嫌いな私には少々どころではない苦痛だったが、我慢して飛び込む。狭い。途中で何とか席を確保できたのは幸いだった。
電車からは途中で降りて、なんとなしに駅の構内をうろうろ。大福の上に大粒のイチゴが乗っているお菓子、イチゴ大福がおいしそうだったので買ってみた。わらび餅の試食ももらったし、幸せである。
それからまた電車に乗ると、今度は少しましだった。ホテルの最寄り駅までのんびりと。
フタヒトマルマル。今日は歩き疲れた。もう眠い。明日は一日予定が空いているがどうしようか。満員電車を避けるた めに少し遅めに行動しよう。
その他雑記
・駅で買ったイチゴ大福。甘味と酸味がよくかみ合っていてとても美味であった。
・携帯電話の予備バッテリーは持ってきたものの、充電ケーブルを忘れるというあほをやらかす。しょうがないので現地調達する。
・パジャマとしてジャージを持ってきたのだが、ホテルにはパジャマが用意してあった。余計な荷物になってしまった。
・私が泊まったのはカプセルホテルというものだ。ベッド一つの狭い部屋ではあるが、寝泊まりするだけならこれで十分。ただ、家のベッドより寝心地は悪い。安いんだから贅沢言うな? せやね。