02話 神託の巫女アリスティア王女
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アリスティア side
修練所にて、祭壇に宝玉を掲げ、古文書にある呪文を唱える。
召喚魔法自体は簡単に終わった。
呪文を詠唱すると直ぐに修練所の床中央に、真っ白な円環が出現した。かと思うと数分で消え、そこに人間が出現していた…。
見るからに幼い子供らが…。
十歳の私より、幼いであろうその子供たち。四人でガタガタと震えたじろぐその姿。
とても魔王を討伐できる勇者には見えない。
絶望を感じ言葉を出すことも出来ず、私は床の上に崩れ落ちたいた。
数秒後、横のバルドから緊張が伝わってきた。
「待たれよ!バルド殿!」
知らない男性の声が聞こえる。
「召喚に巻き込まれてこの場に来た者だ。怪しいものではない!
勇者では無いが、途中、神アマテラス様に会い、その子らの送還と魔王の討伐を依頼された。
バルド殿に問う!勇者ならば、子供でも魔王は倒せるか?」
その方は神アマテラス様に会ったと言った。勇者で無くても、縋る事が出来るかもしれない!
「あの…貴方様は?」
顔を上げて、そう尋ね、その御姿を見る。
大きな背丈。バルドの様な屈強な体にほど遠いが、細い体躯に似合わない力強さを感じる。
黒い瞳、黒い髪。少年がそのまま大人に成ったような御顔。年は三十くらいだろうか。
その漆黒の瞳を見つめた瞬間、身体の中から熱いものが込み上がった。
そして、それが額に収束したと感じた時、
『神アマテラスの名に於いて、貴女の額に聖印を刻みます。後の事は彼に委ねなさい。もう心配いりませんよ』
とのお告げがあった…。
間違いない。この方は勇者でなくても、神の御使い様なのだ。嗚呼…!アマテラス様、感謝いたします!
「私の名は山田聖人です。
此方の事情は神様より伺っておりますよ、アリスティア・ミドルランド王女様。
貴女はこの現状を憂いて召喚の儀を行った。屈強な勇者が召喚されると期待して…。
しかし、召喚された勇者は自分よりも幼く見える者たち。絶望していたのではありませんか?
貴女の願いは私が叶えますよ。心配いりません。魔王の事は私にお任せ下さい。…ね?」
「はい、はい…」
名乗ってもいないのに、私の名を呼ばれた御使い様。
バルドへとは違い、私には優しい口調で話しかけて下さり、安心を感じる。
顔が火照り、心がモヤモヤとして何を伝えればいいのか分からない…。
コクコクと頷くことしかできなかった。
「では、この子たちを送還しても宜しいですね?」
ハッとして横を向き、バルドに目で伝える。
『このお方は神の御使い様です。安心して全てお任せしましょう』
やがてバルドが緊張を解き、私の後ろに下がって黙礼した。
◇◇◇
マサト side
子供たち送還し、これで一つ目の依頼は終わった。
さて、と二人を見る。
「詳しい話に入りましょう」
❛聖なる地図❜で、ガイアースの大体の地図はわかる。
❛聖なる転移❜を同時に使えば、行った事のある場所、見た事のある場所に転移することも出来る。
多分、❛聖なる陣地❜を併用すれば、複数人を同時に転移させれれるだろう。
魔王群が何処まで侵攻しているのか分からないが、猶予は無いだろう。
「では、まずご挨拶を。ミドルランドの地、王都トゥーキングにようこそお越しくださいました。
私はアリスティア・ミドルランドと申します。女王キャサリン・ミドルランドの娘、王女になります。アリスと御呼びください。そして此方に控えるのが近衛騎士団長のバルド・ゴードンで御座います」
「バルド・ゴードンに御座る。御助勢の件、かたじけなく」
二人して頭を下げる…。硬い…。雰囲気硬い…。
「ご丁寧にありがとうございます。私は山田聖人。姓がヤマダ、名をマサトと申します。
残念ですが、私は”巻き込まれ転移”。勇者では無いと考えます。ただ、神アマテラス様より幾何かの力を授かりました。
魔王討伐にお力添えを出来ると思います。
只の平民ですので失礼の段は、ご容赦下さい」
やばい。俺、謙譲語だの尊敬語だののボキャブラ少ないんだよなぁ。
「例え勇者様で無いとしても、貴方様は神の御使い様であらせられます。御使い様、私の額に何か印のようなものは御座いませんか?」
そう言って、右手で髪を上げ額を見せる。
「王女様、私の事は只のヤマダかマサトと御呼びください。はい、確かに2cm程の大きさの何かがあります。光る処を私も見ました」
「私には見えませんが御使い様、どのような印になっていますか?」
「その祭壇にある、モニュメントと同じ形ですが…」
「やっぱり!!しかも、聖印だなんて!!」
嬉しそうに顔を紅潮させ、その場で軽く飛び跳ねる少女。
「此方をご覧ください。これは、丸十字と言います。神アマテラス様を象った物です。○の部分は後光を、十字の部分が御身体を。横が短く斜めになっているのは、人の子を抱いている姿を表しています」
祭壇の方を見ながら、俺にそう説明する少女。
古来、”神託の巫女”になる者は、額にこの丸十字、聖印が刻まれて生まれて来たそうです。
ここ数十年、神託の巫女が生まれたという記録はありません。また、神託の巫女がいた時に、神のお告げを聞いたという記録もありません。神託の巫女の存在は、来るべき神の代弁者として敬われていたようです。
続いて、発見された勇者召喚魔法と、その対価について説明し終えたあと、直ぐに俺に振り返り、
「あの時、体中から熱いものが込み上げ、それが額に集まったと感じた時に神様よりお告げがあったのです!『神アマテラスの名に於いて、額に聖印を刻みます。後の事は彼に身も心も委ねなさい。もう心配いりませんよ』と仰られました!勇者召喚で刻まれる印については誰にもわかりません。
ただ、御使い様の出現により、私の額には聖印が刻まれました。”神託の巫女”として私、アリスティア・ミドルランドは、御使い様に文字通り身も心も捧げる覚悟で御座います」
「ええっ!!」「な、何を姫様!!」
驚愕する男二人の前で、
嗚呼!神アマテラス様!御使い様に身も心も委ねれば良いのですね!
身も心も委ねる…。
身も心も委ねる…。
身も心も委ねる…。
身も心も委ねる…。
ブツブツと独り言を言いながら両手で頬を押さえ、身を捩りだす少女がそこにいた。
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❛聖なる転移❜で部屋の隅に転移。「バルド殿!バルド殿!」と小声で彼を手招きする。
一つ頷き、猛々しい男が、身悶えしている王女を横目に忍び足で来た。
「バルド殿、一つお尋ねしたい事が」
「うむ。何事か?」
「では…。王女様のあの態度。”身も心も委ねる”とはどういう意味であらせられられます…、あーもうメンドクサイ!私は平民なので言葉を知りません。普通に喋ってもよろしいですか?あと、私の事は”マサト”と呼び捨てにして下さい」
「うむ。大事ない。ではマサト殿と。姫様のあの態度。よもやこの短時間にと、儂にも俄かに信じがたいが、マサト殿に懸想をしておる様にも思える。…不安や恐怖を強く感じている時に出会った者、例えば戦場で生き残った男女の兵士が、希にあのようになる事はある。長く続いたとは聞かぬが…。それと、儂の事はバルドと呼び捨てで結構」
…吊り橋効果ってやつか?
「ふむ、次は儂から一つ訊ねたい」
「はい、何でしょう?」
「マサト殿の世界では、女性は幾つから子を生すものか?この世界での成人は十五歳。農村部では早く嫁に入る処もあるが、それでも十三以上だ。子が産めぬ」
「えーと、じゃあ、バルドさんで。バルドさん、私の世界で15歳はまだ子供。成人は20歳です。昔はそのような事もあったと聞きますが、今は男が18歳以上、女が16歳以上でなければ婚姻が認められていません。それと、私には幼く見えますが、王女様は御幾つですか?」
「ふむふむ、成程成程。そちらの世界でも大差なしと。姫様は今年で御年十歳になられた。女としては未だ幼い」
「…10歳ですか。まだまだ子供でいらっしゃる…」
俺の世界じゃ小学生だよ。JSだよ。
「マサト殿。貴殿が使徒様かどうかは儂には分からぬ。だがその膨大な魔力を纏う佇まい。尋常ならざらぬ力量は儂にも感ずる。此方は御助力を願う立場。なれど、何卒…、何卒、姫様に対して理不尽な真似は、どうか御勘弁願いたい。儂の事なら如何様にしても構わぬ」
そういって、俺に対し深々と頭を下げるバルドさん。
「いやいやいやいや、滅相もない!10歳の子供、しかも王女様をどうこうなどと、思いも寄らない事です。だいたい俺、50歳ですよ?40も年上です。犯罪です!」
YES!ロリータNO!タッチだって二次元での話だ。
「マサト殿は、姫様を慰み者にする気など更々無いと?」
「当たり前です。…私には妻も子供もいません。いや、死別とかではなく最初からいません。ですが、自分が年を取った所為か、子供がいない所為なのか、いつの頃からか子供を見ると微笑ましい気になってしまいます。子供は守るものです。例え赤の他人だとしても、それが大人の役目だと考えます」
「成程、至極ごもっとも。このバルド、言質を戴き安心致した。貴殿には、重ね重ねご無礼つかまつった。どうかご容赦願いたい」
「いえ…」
まあ、俺が悪人かどうかも分からないんだ。心配にもなるわなぁ。
それにしても…。
チラリと王女様をみる俺。
バルドさんも顔を向けた。
「しかし、如何したものか…」「どうしましょうか…?」
未だ小躍りを続ける王女様を見ながら、オヤジ二人は途方に暮れた…。
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