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鬼の首  作者: 夏瓜 竹海
6/7

6(高笑い)

 夜空にまるい月が掛かっていた。

 後続の仲間と合流し、百人余りに膨れた鉄砲隊の、男たちの粗暴な笑い声が庭のあちらこちらでした。

 酒と食事を振る舞われ、彼らはすっかり目的を忘れたようだった。

 たとい討伐に出た所で役立つ筈もなかった。


 二人は彼らから離れた敷地の外れ、竹矢来を挟んで落ち合った。


 いねは頼通に徳利を渡すと、「お気を付けて」と、出かける度にかけた言葉を、変らずに口にした。

「すまぬ」頼通は提灯も持たずに、猫のような身のこなしで走り去った。

 徳利は足取りに合わせ、ちゃぽちゃぽと軽い音を立てた。


 水面に月が揺れていた。

 鬼は水辺に佇んでいた。

 肩で息をする頼通に、振り返ってにやりと笑って見せた。


 ほとりで向き合って座った。

 頼通は懐紙の包みを解き、猪口を二つ並べ、徳利の中を注ぐと頷いた。


 二人はそれぞれ猪口を手にし、一気に呷る。咽喉をするりと流れ落ちる。

 それから同時に立ち上がると、猪口を地面に投げ、割った。


 互いに目線を外さず、すり足で距離を取る。


 鬼が構える。

 侍が柄に手をやる。


「お前は何故に鬼なのだ」頼通が問うた。

「怖じ気づいたか」


「何故、鬼なのだ」再び頼通は問うた。

「皆が鬼と呼ぶからだ」


 二人の足が、じり、と僅かに動く。


「俺が勝ったら」鬼が云う。「お前の名を貰おう」

 それに対し、「名無しでは困る」断った。


「首と相応の物を差し出すべきであろう」

 逡巡する頼通に、「幼名でもよい」


「分かった」承諾した。


 頼通は鬼の目を真っ直ぐ見据え、細く長く息を吐くと、鯉口を切った。

 鞘の中で刀身が微かに震えていた。


 風が吹く。

 草木が擦れ、月が消えた。

 二人の姿が闇に溶ける。虫の声が止んだ。


 雲が流れた。

 月明かりが戻り、二人の姿が浮かび上がる。

 地を蹴った。

 爪が走った。

 刃が一閃した。


 ばさ、と髷が解けた。

 かつん、とつのが落ちた。


 互いに振り返り、互いを見遣った。


「お前はもう髷が結えぬ」鬼の顔は血で濡れていた。「つのを持ち帰れ」

「しかし、」

「つののない自分はもはや鬼と呼べまい」

 頼通は唸った。

 鬼は手の甲で血を拭い、さっぱりとした顔で口元から牙をのぞかせた。


「分かった」頼通は身体から毒気を抜くように深く息を吐いた。「それで納得させよう」

 じゅくじゅくと血の滴るつのを拾い、懐紙に丁寧に包んだ。


「この髷は貰って行こう」鬼が云った。「この先、お前の髪は伸びない」

「む?」


「髷は向こう三代、諦めるのだな」鬼は背を向け、「それでいいじゃないか」

 呆然とする頼通に、鬼は片手を軽く上げ、月明かりの中から消えていった。

「一太郎だ」闇に向かって頼通は叫んだ。「岡元一太郎だ」

 強い風がびうと吹き抜けた。

 木々の騒めきに乗って鬼の高笑いが聞こえた。

 かつがれたのだと頼通は思った。

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