6(高笑い)
夜空にまるい月が掛かっていた。
後続の仲間と合流し、百人余りに膨れた鉄砲隊の、男たちの粗暴な笑い声が庭のあちらこちらでした。
酒と食事を振る舞われ、彼らはすっかり目的を忘れたようだった。
たとい討伐に出た所で役立つ筈もなかった。
二人は彼らから離れた敷地の外れ、竹矢来を挟んで落ち合った。
いねは頼通に徳利を渡すと、「お気を付けて」と、出かける度にかけた言葉を、変らずに口にした。
「すまぬ」頼通は提灯も持たずに、猫のような身のこなしで走り去った。
徳利は足取りに合わせ、ちゃぽちゃぽと軽い音を立てた。
水面に月が揺れていた。
鬼は水辺に佇んでいた。
肩で息をする頼通に、振り返ってにやりと笑って見せた。
ほとりで向き合って座った。
頼通は懐紙の包みを解き、猪口を二つ並べ、徳利の中を注ぐと頷いた。
二人はそれぞれ猪口を手にし、一気に呷る。咽喉をするりと流れ落ちる。
それから同時に立ち上がると、猪口を地面に投げ、割った。
互いに目線を外さず、すり足で距離を取る。
鬼が構える。
侍が柄に手をやる。
「お前は何故に鬼なのだ」頼通が問うた。
「怖じ気づいたか」
「何故、鬼なのだ」再び頼通は問うた。
「皆が鬼と呼ぶからだ」
二人の足が、じり、と僅かに動く。
「俺が勝ったら」鬼が云う。「お前の名を貰おう」
それに対し、「名無しでは困る」断った。
「首と相応の物を差し出すべきであろう」
逡巡する頼通に、「幼名でもよい」
「分かった」承諾した。
頼通は鬼の目を真っ直ぐ見据え、細く長く息を吐くと、鯉口を切った。
鞘の中で刀身が微かに震えていた。
風が吹く。
草木が擦れ、月が消えた。
二人の姿が闇に溶ける。虫の声が止んだ。
雲が流れた。
月明かりが戻り、二人の姿が浮かび上がる。
地を蹴った。
爪が走った。
刃が一閃した。
ばさ、と髷が解けた。
かつん、とつのが落ちた。
互いに振り返り、互いを見遣った。
「お前はもう髷が結えぬ」鬼の顔は血で濡れていた。「つのを持ち帰れ」
「しかし、」
「つののない自分はもはや鬼と呼べまい」
頼通は唸った。
鬼は手の甲で血を拭い、さっぱりとした顔で口元から牙をのぞかせた。
「分かった」頼通は身体から毒気を抜くように深く息を吐いた。「それで納得させよう」
じゅくじゅくと血の滴るつのを拾い、懐紙に丁寧に包んだ。
「この髷は貰って行こう」鬼が云った。「この先、お前の髪は伸びない」
「む?」
「髷は向こう三代、諦めるのだな」鬼は背を向け、「それでいいじゃないか」
呆然とする頼通に、鬼は片手を軽く上げ、月明かりの中から消えていった。
「一太郎だ」闇に向かって頼通は叫んだ。「岡元一太郎だ」
強い風がびうと吹き抜けた。
木々の騒めきに乗って鬼の高笑いが聞こえた。
かつがれたのだと頼通は思った。