5(投了せい)
そうこうしている内に、月はいたずらに肥えて行く。
その頃の頼通は、毎夜毎夜、鬼と酒を廻し飲み、将棋を指していた。
「小僧はどうして剣が強い」鬼が訊ねた。
「性に合っていたのだろう」答えながら駒をぱちりと盤に置く。
「つまり好きなのか」ぱちり。
「いや」頼通の手が盤の上で迷った。「どうだろう」考えたこともなかった、と駒を手に取り、ぱちり。
「人切りが特技か」
頼通は応えなかった。
「鬼とは」と大男が口を開く。「望んでなったわけでない」ぱちり。
小男は無言で、駒を取る。
「それは人も同じであろう」
鬼の言葉を聞きながら、小男は静かに駒を置く。次いで鬼が駒を手にし、「難義だな」
「む?」頼通は顔を上げた。
「剣など無用の長物になると云うのに」
程なくそれは予言となる。ぱちり、と鬼は駒を置いた。「投了せい」
「待て」
「待たぬ」
鬼は呵々と笑って、徳利を引っ掴み、ぐいと傾け、対面の小男に突き出した。
頼通はそれを渋々受け取り、同じようにぐいと呷る。
これまでの勝敗、凡そ七三で鬼の勝ちであった。
しかし決着は当てなく持ち越される。
いつものように日がすっかり昇った屋敷に戻った頼通は、鉄砲隊が来ると知らされた。
当主が頼んだことではないが、どこからか横槍が入ったのである。
「鬼など、ズトンですよ」
先遣として押しかけて来た十人僅かの男たちは、もう討ち取ったかのように我が物顔で庭を占拠し、酒を空け、舞台に昇って踊り出す始末であった。
頼通はいねを捕まえると、経緯を訊ねた。
しかし当のいねだって知りようもない。ただ、「来る途中に小さなお稲荷様があったのを憶えてますか」
それがなんだと云うのか。
「あの神社はミナアテと云いまして、お稲荷様が夢枕に立ち、以来、外しっこなしなのです」
頼通は空を仰ぎ、目を閉じた。
暫くの後、「いね」頼通は背の高い女中に向かって至極真剣な声音で云った。「酒を用意して欲しい」
「徳利一つでないですね」
「ああ」頼通は首肯した。「飛び切りいいやつを、ありったけ。ありったけ、鉄砲隊に振る舞ってくれ。銭なら幾らでも出す」
懐に入れた手を、大柄の女中は上から押さえ、小さく首を横に振って微笑んだ。「徳利の一つ分だけは別にしておきます」