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鬼の首  作者: 夏瓜 竹海
4/7

4(剣客なのか食客なのか)

 若侍は何処へ行ったのか。

 暫し屋敷をうろうろしたが、何を気にすることがあるかと思い当たり、炊事場に向かえば、「おう」ちゃっかり上がり框に腰かけ、誰に貰ったか握り飯などもしゃもしゃ食べていた。


「良く眠れましたか」

「おう」もしゃもしゃ。


 嫌味のつもりがちっとも気にした様でなく、指先の米粒を舌でぺろりと舐め取った。


「今夜はどうなさいますか」いねは訊ねた。

「酒を頼む」立ち上がって腹をぽんと叩いた。


「飲んでばかりですね」

 すると、「いや、まぁ、その」と打って変わって歯切れ悪く、「今夜は一つでいい」

「割らないでくださいまし」

 勿論もちろん、と首を何度も縦にする姿がやはり年端の行かぬ子供みたいで、いねはなんとも毒気を抜かれた気分になる。


 この若侍はあかん。


 日が落ち、暗くなって頼通は出かけた。

「お気を付けて」といねが声をかければ、「うむ」今度は躓かず、しっかとした足取りで出ていった。


 その晩、鬼は姿を見せなかった。


 手持ち無沙汰の頼通は、酒を呑み呑み水面を眺めていたが、一番鶏が啼くのを聞き、屋敷へ戻った。

 何故、鬼が現れなかったか分からぬが、通い続けることで分かることもあるだろう。

 だが、夜の池で独り酒というのも存外つまらぬものである。


 と、云う訳で、頼通はいねを捕まえ、「こうこう」と宙に指で一尺程度の正方形を描いて見せ、「板きれはないか」と訊ねた。

 勿論ある。

 いねは余り物を見せ、選ばせた。


「これだこれだ」と頼通は少し反った一枚と、幾つかの小さな木片を手にして部屋に篭った。


 はたしてその板きれは鬼退治に関係あるのか。

 何か良からぬことでもするのでないか。


 家事をしながら悶々としたいねは、ついに部屋に邪魔をして、板を前に屈み込んでいる若侍に問うた。「何をなさっているのですか」

「む」無愛想でそう答えたのではない。真っ直ぐ線を引くことに集中していたのである。

 傍らに将棋の駒を見て、はて、といねは首を傾げた。「鬼退治、でございますよね?」

「む」そうだ、の意であった。

 酒の次は将棋。若侍の思惑は良く分からなかったが、「今夜も行かれるのですか」

「む」そうだ、の意である。


 将棋の駒は、宛てがわれた部屋にあった。麻の巾着に入っていた。

 誰かの忘れ物か、駒が足りぬか、盤がないのでうっちゃられていたのか、そんなことは問題でなかった。


 板に線を引き終え、頼通は満足げに太い息を吐いた。

 木片から足りない駒を削り出し、上等とは云い難い筆致で文字を入れた。


 こうして酒の入った徳利と麻の巾着、将棋盤を持って池に行くのが頼通の日課となった。


「退治、まだでございますか」或る時、いねは訊ねた。幾分、棘を含んだ物云いであったと自分に驚いた。

「む」と頼通は腕を組み、神妙な顔つきで、「いきなり斬り付けては賊と変らぬ」

「相手は鬼でございましょう」

「相手が鬼でも河童でも変らぬ」頼通は淀みなく答えた。

「そう云うものですか」

「そう云うものだ」


 すっかり昼夜の逆転した頼通の生活は、屋敷の者とは多分に違うので、適当な頃合いにひょこっと炊事場に顔を出しては何か余り物でもと無心する。

 年かさの女中は「良いところへ」とにこにこと食べ物を出し、頼通もにこにこと受け取り、がつがつと食べた。


「甘やかさなくていいんですよ」いねが云う。「犬猫とは違うんですから」

「意地悪しなくてもいいじゃない」

「意地悪なんてしてませんっ」と頬を赤くし、どすどすと足音を立てて、「掃除してきますっ」歩み去る。

 女中は笑いを堪え、頼通は首をひねる。

 そもそもこの若侍、二人前はぺろりと平らげる。

 遠慮がない。

 寄食にしてもどうなのか。

 これでは剣客なのか食客なのか分かりません、といねはぷりぷりこぼした。

「うまいこと云うなぁ」と当主は顎を撫でた。

「冗談じゃありません」ぴしゃりと云われ、当主は亀のように首を引っ込める。

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