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鬼の首  作者: 夏瓜 竹海
3/7

3(厄介払い)

 空気が変った。

 頼通を包むありとあらゆる全てが消えた。

 充分な間合いであったが、相手が容易ならざるものであると理解した。


 鬼であった。


 丈は優に常人の倍はあろう。

 額に突き出たゆるい弧を描く一対のつの。

 猪首に、はち切れそうな肢体。

 左右に突き出た太い肩と長い腕。

 大きな手に鋭い爪。

 波打つ縞模様の腰巻き姿は、絵に描いたようなうしとらそのものであった。


 鬼は金壷眼をジッと頼通に向けた。

 ふわっと風が戻ってきた。

 それを機に、頼通はすっくと立ち上がった。


「小僧か」鬼は云った。「前髪はどうした」

「ハゲの家系でな」

「そうか」鬼は気の毒そうな顔をした。

「ウソだ」


 すると鬼は戸惑った顔を見せ、一拍の後、呵々と笑った。「面白い奴だ」


 響く笑い声は太く大きく、空気を震わす程であったが、姿形とは間逆で、恐怖を思い起こさせるものでなかった。


「お前が来た理由は分かっている」鬼が云った。「斬れと云われたのだろう」

「いや」

 鬼は眉を上げた。頼通は続けた。「退治せよ、と云われた」

「いかにも厄介事を押し付けられそうな顔をしている」

「そう見えるか」

「違うのか」


 はて、どうだろう。頼通は唸った。「ううん」どうなのだ。「アッ」

「なんだ」

「厄介払いかっ」ぷうんと蚊が顔の近くを飛んでいたので手で払う。

「夏だな」ぴしゃり、と鬼も自分の腕を叩いて虫を潰した。「さて、俺はどうすればいい」

 問われて、頼通は首を捻った。

「お前を返り討ちにすればいいのか」

 鬼の言に、「それは困る」

「ならどうする」

 どうしたものか。「何故に人々を困らせる」

 すると鬼は、「皆が勝手に驚いているのだ」

「しかし、実際そうなのだ」

「分かっている」鬼は太いため息を吐いた。

「まぁ、鬼だからな」頼通が云った。

「まぁ、そうだな」鬼も納得した。それから頼通の足下に目を向け、「酒か」

「む」

「鬼退治に都合がいいとな」鬼が笑う。「貰おうか」

 云われるがまま、素直に一つ、差し出した。

 鬼は徳利を大きな口に当てると、ぐいと傾け、吹き出した。「水じゃぁないか!」

「いや、酒だ」

「阿呆ッ」鬼は更に怒鳴ろうと口を開きかけ、ふと真顔になり、「騙すつもりだったのか」

「いや」

 鬼は徳利を逆さにして、中身をそっくり外にした。「大方、酔わせて寝首を掻くつもりだったろう」

「いや」と云って、「……まぁそうだ」認めた。

 鬼は再び呵々と笑った。「どうやらお前は素直と云うより、バカ正直だな」後ろ手にぽいと空の徳利を池に投げ入れた。

「良く云われる」観念した頼通は草の上に座り込んだ。「もう好きにしたら良い」

「そうか」鬼もまた、頼通の正面にどっかと腰を落とした。「そっちを寄越せ」と残った徳利に腕を伸ばした。

 ぐいと傾け、「おお」感嘆した。「良い酒だ」それから頼通に戻し、「お前も飲め」

 頼通は素直に受け取り、鬼に習って直飲みした。「ぶはっ」

 酒が咽喉を焼いた。

 鬼が笑った。

 暫くの間、一つの徳利を二人で静かに廻し飲みした。


「酒で退治出来ようなどと、つまらぬな」独り言のように鬼が云った。「だが、酒は良い」


 いつしかちりちりと鳴く虫の声が遠くなっていた。

 心なし夜空の深みも薄くなっているようだった。

 気が付くと、頼通は池のほとりに一人でいた。

 鬼の姿は消えていた。

 徳利は空になっていた。


 日もだいぶ高くなってから頼通は帰ってきた。

 顔を見て、いねはうまく行かなかったと悟った。

 虫に刺されたか、腕をぼりぼり掻きながら引きずるような足取りで、随分くたびれている様子であった。


「何か召し上がりますか」いねが訊ねると、「いや」いい、と頼通は、空になった徳利を差し出した。

 二つ用意したはずなのだが。

 いねがもう一つの所在を訊ねれば、「ああ」とか「うう」とか、どうにも曖昧な返事をした。


「割ったのですか」

「そんなところだ」

「さいですか」いねは追求しなかった。猪口のことは失念していた。辞しようとしたいねに頼通が云った。「鬼を見ていないのだな」

「ええ」

 頼通はまた刀を抱えてころりと横になり、「一体、何を斬れと云うのか」誰に聞かせる風でもなく、「退治しろと云うのだろうか」

 せめて布団にと、いねは頼通を部屋の隅に追いやり、床を用意してやった。


 夕方、様子を見に行くと、部屋の隅に畳まれた布団があるだけで、頼通の姿はなかった。

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