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鬼の首  作者: 夏瓜 竹海
2/7

2(心配ご無用)

 いねの案内で頼通は当主と対面した。

 縦にも横にも恰幅の良く、鼻は丸く耳は大きく、小さな目は頬の肉でますます細く、絵に描いたような恵比須顔であった。

 髪は灰色であったが、たっぷりとした髷を結っていた。

 当主は頼通を見るや「ほっ」と驚いた声を出し、「なるほど若いなぁ」。

 これに頼通が「恐れ入ります」などと見当違いな返事をするので、当主は立派な太鼓腹を揺らした。


 下がろうとするいねに当主は同席を促し、改めて事情を頼通に語る。


 程近い窪地に細い分流の作った池がある。

 木々に囲まれ、昼間でも薄暗く、普段は大人も近づかない。

 空気は湿っぽく、陰気である。

 そこに鬼が現れた。


 池を上手く迂回するような小道がある。土地の者が横着して良く使う。

 これが存外便利なもので、いわゆる生活道であり、だから鬼の存在は不便であった。

 遠廻りをしても、鬼があちこちに出没するようでは困る。出来れば池の辺りに留めておきたい、贅沢云うなら排除したい。

 鬼が出た当初は夜だけのことだったが、どうやら居着いたらしく、昼にその姿を見たとあっては、いよいよどうにかしなければと云う次第であった。


「滞在中、お世話はこのいねが」と当主は云った。

「心配ご無用」キリッと頼通は辞退した。

 しかし、「まぁまぁ」と、のらりくらり押し切った。

 いねは「なんでわたしが」不承不承であったが、「こちらへ」と頼通を離れの部屋に案内した。


「ところで」部屋を見渡し、頼通が云った。「来る途中に神社があったが」


「お稲荷さまですね」


 しかし頼通は、「鬼がうろついてて良いのかなぁ」まずいんじゃないかなぁ、仕事してるんかなぁ。


 ぶつぶつ云う頼通に、土地の者としてむっとし、その来歴を語ろうと思ったが、止めた。


「鬼を見たか」頼通が訊いた。

「いいえ」いねは答えた。

 すると、「どんなかなぁ」楽しみだなぁ。

 子供みたいな若侍に、いねはげんなりした。

「会ってみたいと思うか」

 何を云っているのだ、この小僧。「ちっともございません」つれなくいねは応える。「何か他にご入り用はありますか」なければ下がらせて貰いますと言外に伝えたつもりだが、頼通は、「酒徳利を二つ用意して欲しい」

 眉をひそめると、「今夜、池に行ってみる」と、腰から抜いた刀を抱え、ころりと横になった。

「日暮れ過ぎに起こしてくれ」すぐさま規則正しい寝息を立てる。


 いねは、誰が遣わしたかその人選を疑った。

 とは云え、この若侍が何も考えなしでないとを知り、少し安堵し、次の瞬間そう感じたことを恥ずかしく思い、不意に胸の内にさざ波が立った。


 なんてこと。

 頬が熱いのは夏の所為で蝉の所為。


 そうっと寝顔を窺うと、思いのほか愛らしく、村の子供と変らぬ背格好も相まって、前髪をどこかに落としてきたとしか。

 それがどうにも可笑しくて、忍び笑い含んだまま静かに部屋を後にした。


 夕刻、いねが起こしに行くと、すっかり出かける準備を終えた頼通が背を向け立っていた。

 灯した明かりの作る影が意外に大きく、いねは言葉を失いかけたが、振り返った顔は昼間見た子供のそれと変わりなく、変な息が口からも漏れかけ、咳払いをひとつした。

「徳利、いかがいたしましょうか」

 訊ねると、若侍は「ん」、と首をくりっと傾げ、「こうこうこうで」身振り手振りで答えた。


 いねは云われた通り、ひとつに酒を、ひとつに水を入れ、猪口は念のため懐紙に包んで手渡した。

 道中、割るとも限らない。


「行ってくる」

 頼通は提灯片手にキリッと歩み出し、数歩で転びかけた。

 いねは飽きれたが、鬼の件がどうあれ、この若侍を憎めなかった。


 生まれたばかりの細い月が昇る晩であった。

 頼通は教えて貰った道をてくてく歩いた。

 池には水の匂いを辿って行けば良い。

 すんすんと鼻を動かし、見ず知らずの土地に分け入り、夏草をかき分け、虫に刺されながら到着した。


 薄い風が頬を撫でる。

 木々が囁き、水面が揺れた。

 虫が鳴き、時折、仄かに光って見せた。


 池であった。


 なんら変ったところはない。

 ぐるりと首を巡らせ、ほとりをぶらぶらと歩き、開けた場所を見つけると、頼通は傍らに二つの徳利を置き、刀を抱えて座り込んだ。


 鬼は姿を見せなかった。

 物事は都合よく進まぬものである。

 とは云え、手ぶらで帰るわけにもいかぬ。

 夜明けまで待ち、改めて出てもいいだろう。

 だが明日は? その先は?


 頼通は、まぶたを閉じ、夏草の熟れた匂いを吸い込んだ。

 手慰みに何か持って来ても良かったのではとちらりと思った。


 はっと目を開けた。

 耳を澄まして闇を探った。

 足音である。


 はたして獣か物の怪か。


 そっと刀を手にして膝を突き、身体を低くし、すぐさま立てるよう、猫のように構えた。

 草を踏む音が近づく。

 人ではない。獣でもない。

 暗闇に慣れた目に映ったのは、巨大な影であった。

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