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08 己にしか出来ぬ事を

 今一度、冒険者として生きると決めた。


 出発の今日この日こそ我が人生……というか魔物生の再誕記念日と言えよう。


 無論、人としての生を諦めるつもりはない。


 縄張りに引き篭もっての魔物生活は人間社会を知る私には物足りないから。


 けれど何の因果か手に入れた魔物の身、今現在も人生の途中なのだと割り切り、忌まず悲観せず楽しむ方が建設的だと思う。


 この身は人間ではなく獅子鬼だ。


 どうせなら人間には不可能な……人の心を持ち、魔物の力を持つ今の私にしかできない冒険に挑みたいものだ。



 はてさて、モンスターにとっての冒険とはどういうものだろうか?



 何か参考になるのではと、過去耳にした魔物が登場する物語を片っ端から思い出す。


 童話の巨人は人間と仲良くなり、その力で山野を砕き畑を耕して国造りの手伝いをしたという。


 物語の吸血鬼は世界中の財を奪って黄金の城を築き、美女を攫って己の花嫁として並べたらしい。


 伝説の竜は穢れ知らぬ乙女を生贄に捧げれば、いかなる望みでも叶えてくれるそうだ。


 神話の魔王は世界を創った神に対抗しようとし、己の意志が理となる迷宮領域を造り世界を侵食した。


 語り伝えられるような強大な魔物の多くは悪役であり、最後は人の英雄に倒されて終わる。


 自身をそういった悪役の魔物に見立てるしたらどうなるだろう。


 突如平和な王都に殴り込み大暴れする獅子鬼。


 防壁を蹴破り、家屋を踏み潰し、王城へと迫り行く。


 国を守らんと奮戦する兵士を薙ぎ倒し、討伐に来た英雄達を片っ端から捻じ伏せる。


 ……なるほど、お似合いな気がする。


 実際にやらかせば凶事として長く語られ永らく怖れられるだろうが、そんなものは望むところではない。


 意味もなく多数の恨みや憎しみをかうのは避けたいと思うし、自身の欲のままに他者を害する事に抵抗を覚える。


 冒険者というならず者稼業を愛して止まぬ私だが、根っこの部分は平和主義なのである。

 

 どうせなら童話に登場するような穏やかな魔物で在りたいところだ。




※※※




 己にしか出来ぬ冒険とは何かを考えつつ草原を歩むが、今だ答えは見つからない。


 途中で見つけた野兎を捕まえておやつに丸齧りし、少し休憩と見晴らしの良い丘に寝転がる。


 中天に差し掛かった太陽のやや強めな光が、鬣を撫で吹き抜ける乾燥した風が心地良い。


 薄暗く湿っぽい空気に満ちた森で1年以上過ごしていた私にはこの程度の事さえ新鮮に感じられる。


 人間時代に何度も来た場所で新鮮さを感じるというのも不思議な気分だ。


 駆け出し時代は依頼でよくここに生える薬草類を集めたに来たものである。


 不意に懐かしい言葉を思い出す。



「冒険者たるもの、まずは薬草収集依頼より始めよ」



 初めて冒険者組合に顔を出した日、私は魔物討伐依頼を引き受けようとした。


 その時私から討伐依頼書を取り上げ、代わりにこの草原での薬草収集依頼を押し付けた古株冒険者が居た。


 当時は人の邪魔をしやがってと憤慨したものだが、それが嫌がらせではなく先達の思い遣りだと直ぐに理解した。


 実際に引き受けてみると薬草収集依頼は実に勉強となったのである。


 不意に遊び心が芽生える。


 ここは一つ初心に帰って薬草収集でもしてみようじゃないか。


 まずはこの地域に生えている薬草の種類を思い出していく。


 擦過傷に効く塗り薬になるヒーリア草は幾らでも生えているはずだ。


 苦くて不味いが強壮剤となるタミナ草だってあるはずだ。


 煎じて飲めば解熱剤となるサーマの花の球根は季節的に厳しいか?


 主だった薬草の自生条件などを念頭において暫く探してみると……ヒーリア草が生えていた。


 サンプルとなる物が一つ見つかれば後は簡単だ。


 ヒーリア草を毟ってその匂いを嗅ぎ、覚えた。


 後は人外の嗅覚を最大限に活用すると、これがもう採れる採れる面白い程採れる。


 過去、薬草採集を行った時にこの嗅覚があれば何倍も稼げていただろう。


 探す、探す、探す。


 摘み取る、摘み取る、掘り返す、掘り返す。


 調子に乗った私は次々と群生地を発見、採取を繰り返した。


 勿論、初心者がやりがちな根こそぎの採取は避ける。


 群生地を丸ごと潰してしまうと次が続かない為、長い目で見れば損をするからだ。


 なので過密状態にある場所を探し、適度に間引くような形で採取する。


 時期が良いのか、思ったよりもたくさん採れる。


 幾らでも採れるから、つい楽しくなって没頭する。


 気が付けば太陽が傾きつつあった。



 ……ちょっと遊び過ぎたかもしれない。



 気が付けば比喩ではなく文字通りの意味で薬草の山が出来ていた。


 流石は人外、五感に優れた獣人種の冒険者にも勝る収集能力である。


 現在の相場は不明だが、この薬草の山を売り払うだけでちょっとした収入になるだろう。



 困った、この薬草の山をどうしようか。



 今の私に売り払う伝手はないし、そもそも金銭自体が意味を持たない。


 では自分で薬草を使うかというと、そちらも考えられない。


 病気に掛かるなんてまず無いだろうと感じさせる健康さに、多少傷が付いてもすぐに回復してしまう自然治癒力。


 せっかく集めた薬草だが使い道がない。


 かと言って捨ててしまうのも勿体無い。


 加工して薬の状態にしてしまえば長期保存も可能だろうが、私に調合の知識と技術が無いからそれも無理だ。



 本当にどうしたものか……うん?



 頭を悩ませていると、私の感知できるぎりぎり辺りに懐かしい気配を一つ感じる。



 これは人間じゃないか?



 そう、ここは冒険者が頻繁に素材収集に訪れる場所だ。


 ならば今日この日ここで収集依頼に励んでいる者がいても不思議ないじゃないか。


 そうだ、私が集めたこの薬草の山を押し付けてしまおう。


 ここで仕事をするのは冒険者でも駆け出しの類だろう。


 冒険者に成ったばかりは大抵懐が寂しいから、薬草の山を見つければきっと喜ぶ。


 先輩冒険者からのちょっとした贈り物ということにしよう。


 となるとどうやってこの場まで誘導するかだが、私が姿を見せて呼んだのでは来てくれないだろうな。


 黒い毛並みの超大型獣鬼が草原に仁王立ちし、おいでおいでと手招きする光景を想像する。


 うむ、人間から見ればめちゃくちゃ怖いな。


 仮に自分がそんなものを見つけたら即逃げる。


 なら少し大きめの音をさせ注意を引いてから姿を隠すのが良いのでは。



 どれ、ここは一つ得意の足踏み魔法でもブチかまして……おや、気配が増えている?



 どうも様子がおかしい気がする。


 最初の一つを追うようにして、十を越える気配が私の知覚範囲に侵入してきたのだ。


 最初に感じた気配はこちらの方へ近付いて来ているようだが、移動速度はゆっくりで地面から伝わってくる振動、足取りが不規則な感じだ。


 疲れているか、それとも怪我でもしているのか。


 一方、数の多い方は軽快な動きで広がっていき、包囲網を作ろうとしているのが分かる。


 これは急を要すると判断し、私は移動すべく地を蹴った。



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