07 冒険こそ我が人生
幼い頃から今に至るまで、冒険の事ばかり考えて生きてきた。
私はレグナム王国南部の穀倉地帯に点在する農村の一つで生まれた。
格別貧しくも無ければ、特別裕福でもない農家の三男坊である。
我がアボット家は歳の離れた長男が健康で逞しく性格も穏やかかつ真面目だった為、早々に跡継ぎに選ばれた。
お蔭様で一つ上の次男や私はかなり自由に過ごさせてもらっていた。
幼い頃は家の手伝いを最低限果たした後、村の自警団詰め所に入り浸っていた記憶がある。
なぜか?
そこに武具が並べられていたからである。
私は幼い頃から剣や槍といった武器の類が大好きだった。
武器を眺めながら、それを手に活躍する自分の姿を思い描くのだ。
そこに並べられているのは大した武具ではなかった。
刀身に錆が浮いて鞘から抜くのも困難な片手剣、持ち手が壊れかけてがたつく盾、穂先が取れてしまい代わりに包丁が括り付けられた槍など見るに耐えない酷さだった。
だが幼き日の我が目には伝説の武具のように輝いて見えたのである。
そういった物を好むようになった切っ掛けは今でも覚えている。
ある大豊作の年、神への感謝をより深く示す為いつもより派手な収穫祭を行おうという話になった。
その祭りで地方巡業中だったある劇団が招かれたのである。
彼らの演目の一つに農民出身の若者が剣一振りを頼りに冒険し成り上がる物語があった。
農民出身の冒険者が剣を手に迷宮に潜り、迷宮の主である竜を退治し、財宝を得て故郷に凱旋するというありきたりなお話だ。
私はそんな冒険譚に魅了されてしまったのである。
以来、村外れに住まう語り部の婆様に物語をねだり、自警団詰め所で武具を眺め、森で拾った棒切れを剣に見立てて振り回していた。
村長宅で飼われている犬に竜の役を押し付けて一人芝居をした事もある。
その後、竜よりも恐ろしい女魔王……愛犬を苛められて怒り狂った村長の孫娘アリシア嬢に追い回される羽目になったが、あれも懐かしい思い出だ。
いつか冒険者となって旅に出たい。
怪物と戦い、勝利して自身の強さを証明したい。
迷宮を踏破して財宝を発見したい。
そんな憧れはいつしか決意へと変わっていく。
もちろん世間での冒険者の評価は高くない。
冒険者なんてならず者と五十歩百歩という扱いで、多少ましな部類でも傭兵や狩人の一種程度というのが一般的な認識である。
両親は渋い顔をして反対したし、上の兄は畑を分けてやるから考え直さないかと言った。
幼馴染のアリシアは長く美しい耳をぴんと怒らせて「あんたみたいな軟弱者が冒険に出ても魔物の餌になるだから止めなさい」と会う度に怒った。
唯一の例外は下の兄で「成功したら養ってくれよ、期待しているぜ」と笑い、投資と称して小遣いをくれた。
結局15歳の時に村を飛び出して冒険者の仲間入りを果たした。
それから5年後、私は周囲から一人前の冒険者と認められるようになった。
所属する冒険者組合から優秀な若手として将来を期待され、冒険者仲間からは異例の速さで階級を駆け上がった男と一目置かれる。
更に1年後、とある迷宮で荒稼ぎをし、それなりの財を得た私は帰郷する事にした。
久しぶりに会った両親は相変わらず渋い顔をしていたが、最後には元気で良かったと笑ってくれた。
家を継いだ長男は黙ったまま私の肩を叩き、村の雑貨屋に婿入りした次男は「やったじゃないか、配当を寄越せ」と手を出した。
この時、村長宅にも挨拶に向かったのだが、アリシア嬢に頬を引っ叩かれ門前払いを食らってしまった。
挨拶せず黙って村を出たこと、今まで連絡をしなかったことを怒っているらしい。
対処に困った私は思いつく限りの貢ぎ物を差し出し、外聞無視の白旗外交を敢行する。
結果、今後は定期的に村に帰るという約束をする事で許して貰えた。
それから更に10年間、王国の港町ラグラを拠点に冒険者として過ごす。
ご存知の通り最後は獅子鬼に食われて死んだが、それでも悪くない人生だと思っている。
私が死んでから既に1年以上経過している。
死亡の報告と遺品は彼らにきちんと届いただろうか。
届いたとして、両親や二人の兄はどんな顔でそれを受け取ったのだろう。
アリシアは……多分怒って罵っただろうな、何しろ彼女に言われた通りになってしまったのだから。
森を出たら故郷の様子を見に行くことにしよう。
定期的に帰るという約束をしたのに、前回から随分と間が空いている。
この形だから村には入れないだろうけれど、遠目から見るくらいは出来るだろう。
※※※
地面を無意味に踏み砕かぬよう注意しつつ、一歩を踏み出す。
久々に出た森の外はとても清々しい。
背中には自作の木剣と魔獣の皮を縫い合わせて作った背負い袋。
背負い袋にはぱんぱんになるくらい食料を詰め込んであるので、暫く飢える心配はないだろう。
腰には魔剣と財布、多頭大蛇皮の水袋。
目指す方角は南、まずは拠点として過ごしていた港街ラグラの近くまで行ってみようか。
私は海が好きだ。
ぜひ潮風を浴びつつ、海を眺めたい。
行き交う船を眺めて、何処から来たのか、ここから何処へ向かうのかと思いを馳せるのも楽しい。
この体になってから泳いだことはないけれど、海水浴を試すのも悪くないだろう。
自身の気持ち一つで世界は顔色を変える。
そんな当たり前の事すら忘れていた自分に苦笑いを浮かべるのだった。
冒険を意識するだけでこんなにも心が躍る。
生まれて死ぬまで冒険を望み、一度死してなおも望む。
私は骨の髄まで……否、魂の全てが冒険の色で染まっているのだろう。