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魔の森に住まう狐

モンスター代表、主人公が森で見たキツネさん。

 そこな妖精(フェアリー)よ、頭が高いぞよ。


 妾こそは白毛の九尾狐(ナインテイル)である。


 あらゆる生き物が魔の森の女王と畏れ敬う、偉大な存在ぞ。


 名前は何か、とな?


 ぬふふふー……尊き我が名、有象無象には勿体無くて教えてやれぬわ。


 もしも教えるとしたら、妾よりも強き者かのぅ。


 とはいえ魔獣たる妾の肉体は強靭で力強く、器用さでも俊敏さでも並ぶ者はおるまいて。


 鋭い爪と牙に引き裂けぬ物なぞ無いし、美しく柔らかに見える毛皮の耐久性は魔獣の中でも最上位。


 無論、魔術の扱いも得意である。


 岩をも溶かす高火力の炎術、事前に幻と知っても破れぬ精度で五感を支配する幻術、そこに生まれ持った変化の異能。


 困った困った、これでは妾が名を伝えるべき強者など未来永劫現れまい。


 ああ、我ながら罪な存在じゃな。


 うむうむ、もっともっと褒め称えても良いのじゃぞ?


 そうじゃな……妾に下僕として仕え、相応の働きを見せたなら我が名を教えてやろうかの。


 その日を夢見て、しっかりと励め。


 さぁて、それでは今日も我が森の様子を見回るとするかのぉ。


 まあ、妾に歯向う愚か者などおるまいがな。


 む? 増長のし過ぎは良くない、傲慢さは破滅を招くとな?


 戯け、これは王者の余裕というものである。




※※※

 


 

 妾の住処は森の奥地に存在する泉のほとりじゃ。


 光を遮る周囲の邪魔っけな樹木を取り除き、風通りも良くなるように整えてある。


 妾が好む香りの花々を敷き詰めた寝床は自慢の一品ぞ。


 ごろりと横たわれば、芳しき匂いが心身を優しく穏やかに癒してくれる。


 あまりにも心地良過ぎる為、ついつい惰眠を貪り時間を浪費してしまうのが唯一の欠点かのぉ。




 そんな風にうつら、うつらと微睡んで過ごしていたある日の事じゃった。


 寝床にて常の如く寛いでいた妾は、世界の異変を感知して跳ね起きた。



 な、なんぞ、これは!?



 それは世界の理すら歪めかねない、膨大な魔力の流れであった。


 発生源の所在が此処からでも容易く感知できる、はっきりとした南からの流れ。


 博識な妾にはその原因に心当たりがある。



 ま、まさか(ドラゴン)が目覚めおったのかや!?



 体から血の気がさぁっと引いていく。


 外敵なんぞ、ほぼ存在せぬ妾じゃが……アレだけはダメじゃ。


 アレは絶対に関わってはいけない類の存在なのである。


 幸いなのはアレがさほど糧を必要とせず、基本的に眠りっぱなしという点じゃが……一度目覚めてしまえば、あの羽根付き蜥蜴のヤバさは筆舌に尽くし難いものがある。



 まさか、こっちに来たりはせぬよな? な?


 

 もう随分と昔の話じゃが、アレがこの地を支配していた時期があった。


 あの頃は本当に酷かった……彼奴自身も危険じゃが、彼奴の魔力に当てられて猛り狂った馬鹿共が殺しあう危険度倍増な悪夢の時代でもあった。


 当時、幼気な子狐であった妾はヒャッハーな屑共に追い回され、犯されかけ、喰われかけと散々な目に遭い続けた。


 あの地獄を無事に生き残れたのは、ある種の奇跡だったやも知れぬ。



 ……あ、いかん。思い出すだけで目眩がしよる。意識が、意識が遠退く。心臓がばくばく言っておるわ。汗が、油汗が止まらぬ。あうあう、最悪じゃ、お腹まで痛くなってきよる。お、落ち着け、落ち着くのじゃ。先ずは深呼吸、深呼吸からいこう。大丈夫、大丈夫じゃぞ。



 今の妾はかつてとは違い力ある存在じゃから、そこらへんの雑魚に脅かされる事はなかろう。


 そもそも竜が遠く離れたこの地まで来るとは思えぬ。



 ……来ぬ、よな?




※※※




 アレが目覚め、世界の魔力流が狂った日から森は騒ついておる。


 まあ、当然じゃな。


 魔に敏感な魔物がこの濃密な力に常時晒されて、普通でいられる筈も無し。


 力弱き者は怖れて逃げ惑い、己を強者と自負する愚か者は闘争を求めて異変の根元に向かう。


 もっとも、我が森は他所ほど荒れておらぬ。


 こんな状態でも森が騒めく程度で済んでおるのは、妾が睨みを利かしておるからじゃ。


 妾の縄張りが、魔物共が群雄割拠の暗黒時代に突入とか最悪じゃからのぉ。


 一応、妾以外の若干強めな魔物共……いつの時代から生きとるのか分からんくらい育った多頭大蛇(ヒュドラ)とか黄金の鷲獅子(グリフォン)も抑止力となっている気がする。


 強いだけで獣頭の脳足りんどもじゃから、意識してやっとるとは思えんがな。




 さて、妾ほどの感知力の持ち主になれば、この地からでも竜の力の変動は感じ取れる。


 竜の力に紛れて微妙に把握し難いが、アレ以外の魔物だっていける。


 なので当然、竜とその近辺の動向は日々監視しておる。


 アレが目覚めたあの日から今日まで、相当数の魔物が己こそ新たな世の覇者にならんと挑んだようじゃな。



 ……妾? 妾はこの森だけで十分じゃ。世界なんぞ取っても持て余すわい。



 とりあえず、妾の事は置いておくとして……ある日、またしても世界に激震が走った。


 なんと、その日を境に竜の力が大きく減じたのである。


 何者かは知らぬが、アレに挑み痛打を食らわせた者がおる。


 あの怪物の中の怪物に手傷を負わせる者が存在するなど、ちと信じ難いのじゃが……妾の感覚が事実であると告げた。


 残念ながら竜の気配は健在ゆえ、戦いの勝者は奴なのじゃろう。


 しかし、これは快挙ぞ。


 それを知り、状況を理解した妾は思わず快哉を上げた。


 傷を負った竜は当分の間、おとなしく静養するはず。


 もしかしたら、そのまま長期の休眠に戻るやも知れぬ。


 そうなってくれれば、妾の森はかつての静けさを取り戻すこと間違い無しよ。


 そうなると良いのう……いや、きっとそうなる。




※※※




 竜の魔力が落ちてから、世界は多少静かになったようである。


 妾の森も平穏を取り戻したような気がする。


 気がするのじゃが……何故か得体の知れぬ不安が我が身を苛む。


 今まで妾を生かしてきた獣の直感が、この森を捨てて逃げよと告げている気がした。


 莫迦な話じゃ。


 竜が身を休めている今、何を怖れる必要があろう。




 違和感の正体は直ぐに判明した。


 森が静か過ぎるのじゃ。


 あらゆる生物が息を潜めて身を隠している、そんな不自然な静けさ。




 異変は徐々に明確な姿を見せ始める。


 甘くて美味しい妾のお気に入りの果実が、ごっそりと奪われておった。


 魔物こそ減っていないが、魔力を持たぬ普通の獣の方はいつの間にか激減しておる。


 ある日突然、川から全ての魚が消えた。


 森を散策していると、何かに切り裂かれたかに見える地割れだの、地面が捲れたようになって荒地と化した広場だのと見覚えのない光景に出くわした。


 ついには嗅いだ事のない獣の臭い、時折聞こえる耳障りな咆哮を確認する。




 何かが森を荒らしておる。間違いない。




 妾は怒り狂った。


 何者かは知らぬが、妾の森で無法働きとは良い度胸じゃ。


 絶対に見つけ出して叩き潰してくれるわ。



 森の女王たる我が力を思い知るが良いっ!




 ……と思っていた時もありました。



 それと遭遇したのは、妾が住処の泉で喉を潤している最中であった。


 これまでに何度か嗅いだ不快な臭いを覚えて、顔を上げる。


 途轍もない圧力を感じさせる何かが、こちらに近付いて来るのが分かった。



 な、なんじゃこれはっ!?



 一瞬にして全身の毛が逆立つ。


 最大級の危険が近付いている、今直ぐ逃げろ、形振り構わず逃げろ、と魔獣の本能が叫んでいた。


 妾がそれを自覚した時にはもう遅かった。




 現れたのは、初めて見る黒い体毛の巨大な獣鬼。




 これはダメな奴じゃ。竜と同じで絶対ヤバい奴じゃ。


 あのゴツくてデカい身体がまずヤバい。なんじゃ、あれは。


 人型のと言えば、真っ先にデブった豚鬼(オーク)とかチビな小妖鬼(ゴブリン)とか連想すると思う。


 それだと大した事なさそうに思えるかも知れんが、これはあれらとは完全に別物。


 無駄な贅肉とか全く無いのぅ。全身これ戦闘用の筋肉のみといった感じで、胸も腹も肩も腕も足も背中もぼっこぼこのごっつごつ……普通に鍛え上げれる領域を突き抜け過ぎとる。


 獣の部分も怖過ぎる。あれは獅子かの。


 逆立った鬣が怖い、目付きが怖い、大きく裂けた感じの口が怖い。


 爪も牙も妾の倍以上はありそうじゃなぁ。


 その鋭さときたらもう……見とるだけで背筋が寒くなってくるわ。



 ひぃぃぃぃっ!? こっちを見て牙を剥きおったぁぁぁぁぁぁ!?



 気が付けば、妾は自然に尻尾を巻いておった。


 戦うとか逃げるという選択肢は既に無い。


 絶対無理、どう考えてもあっちの方が身体能力が上。


 魔術で如何にかするのも不可能じゃ。


 魔術というのは、術者が身に内包している魔力量が多いほど威力が高くなる。


 そして、かけられる側の魔力はそれを阻害する形で影響する。


 はっきり言って妾の魔力はかなり凄い。じゃから、かなり強力な術を扱える。


 でも無理じゃろ。普通に撃ったのでは絶対効かん。


 だってあの鬼、どう少なく見積もっても、妾の倍以上の魔力を持っとるもん……。


 妾にできる事はただ一つ、その場に身を横たえ腹を晒す事だけ。



 あうあう。こ、殺すにしてもせめて楽にお願いしますぅ……。


 ……。


 ……おや?



 妾が死を覚悟して全面降伏の姿勢を取っているにも関わらず、鬼は襲ってこない。


 暫くこちらを眺めた後、そのまま立ち去ってしもうた。



 何故か分からぬが、助かったのか?


 もしや、今は腹が一杯だったりするのじゃろうか?



 何にせよ命を繋いだ妾は安堵の息を吐いて、暫し放心した。




※※※




 あの日、妾は森の王座を奪われた。


 屈辱であった。


 大魔獣たる九尾狐の妾が戦おうともせず、ただ震えて腹を見せるとは……。


 そして、見逃され心の底から安堵してしまった。


 あれは己の誇りを投げ捨てる行為であった。


 あの時、勝てなくても立ち向かうべきだったのではないか。


 今、妾は羞恥に震え、眠れぬ日々を過ごしておる。


 森の女王たる地位を奪い返そうとまでは思わぬが、如何にかして一矢報いたい。


 そうせねば、この気持ちは収まりそうにない。


 だから妾はあの鬼に挑むべく、計画を練る事にした。


 身体能力でも魔力でも彼奴には歯が立つまい。


 じゃが、知恵だけは話が違う。


 あの鬼は知性に劣る獣鬼種のはず、ならばそこらの魔獣とは別格の頭脳を持つ妾が負けるはずがない。



 ぬふふふー……鬼め、覚悟しておけよ。


 必ず貴様を追い詰めてやるからのぉ。



 はっきり言って正面から一対一の勝負を挑んだのでは、あの鬼はどうにもなるまい。


 ならば、妾と同格の魔物達を戦いに巻き込んで共闘すれば良い。


 認めるのは微妙に気に入らぬが、古株の多頭大蛇あたりは単純な物理戦闘なら妾を上回る。



 多頭大蛇を誘導してあの鬼にぶつけ、妾は魔術で攻撃する。


 時間さえ稼げば魔術は増幅できるからのぉ。


 極限まで効果を高めてから放てば、幾らあの鬼が相手でも必ず通る。


 これぞ完璧な作戦じゃ!




 ……と、思っていた時もありました。



 ある時、妾が誘導するまでもなく鬼と多頭大蛇はぶつかり合った。


 あの鬼が何を考えて多頭大蛇に喧嘩を売ったのかは不明じゃが、これぞ好機。


 鬼が隙を見せたなら、妾が渾身の狐火を……狐火を……狐……。



 なんじゃ、ありゃぁぁぁぁぁぁぁ!?



 鬼は無造作な感じで多頭大蛇の首を引き千切りおった。



 多頭大蛇じゃぞ? あれだって物凄く強い怪物の筈ぞ? え、ええぇ、何でそんな事になる? あ、ありえん。う、嘘じゃろ。あれに一矢報いる? 妾ってば何をとち狂っとったのか。無理じゃろ絶対。ぴぎゃー!




 妾は逃げた。必死こいて逃げた。もう、意地とか矜持とか放り投げて一目散に逃げた。変化も幻術も駆使して逃げた。


 この世には近寄ってはならぬものが在る。


 あの獅子頭の獣鬼もその一角なのだと、悟ったからである。


 妾は心から祈る。



 願わくば、もう二度と出会いませんように。



 とりあえず人間にでも化けておけば、そうそう見つからんじゃろ。








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