29 此処にいる、と応え
やや蛇足感の強い話ですが、今回で執筆前に用意したプロットは終了となります。
レグナム王国南部で繰り広げられた一連の騒動は、半年という僅かな時を経て新たな伝説になろうとしていた。
多くの吟遊詩人や劇作家、物書きの類が最新の伝説として語るそれは、聖女が神託を授かるところより始まる。
神託の内容は竜の目覚めによる魔物の活性化にて国土が脅かされるというものである。
そして様々なショートストーリー……竜に生贄を捧げるべきか苦悩する領主とそれを諌める騎士の物語とか、竜の魔力で活性化した魔物に襲われる村を巡った攻防だとか、生贄に選ばれた乙女と恋人の逃避行だとかが重ねられ、徐々に竜討つべしという流れになっていく。
で、ショートストーリーに登場した英雄たちが王国南端の地に集い、竜との決戦に挑むというものだ。
人類は多大な犠牲を払いつつ、三日三晩に渡って竜と争った。
しかし竜の力は強大で、一人また一人と英雄達は倒れていく。
もはやこれまで……といったところまで追い込まれた時、人類の覚悟と奮闘を認めた武の神が降臨し、竜と戦い始めるのが最終展開。
戦いは武神の勝利に終わり、竜が流した血は国土に大いなる力を授け以降数百年に渡り豊穣は約束されるだろう云々と語って幕引き。
ちなみにそのショートストーリー的な部分が語り手の腕の見せ所らしく、ここが本編とばかりに各自が多種多様な展開を見せるのが面白い。
前振りも無しにいきなり登場する武の神って何なのだ、とか色々と突っ込みどころは多い。が、単純に物語としてみた場合は……まあ、それなりに楽しめる内容だ。
なお、竜騒動がレグナムに対して与えた現実的な影響は以下のようなものがある。
バーンスタイン侯爵が中心となって集めた軍勢を始めとする人的被害。
一部領地での民衆の流動による混乱。
王国南部域のあちこち刻まれた戦闘痕……と呼ぶのは生温い地形変動。
戦いの結果残った竜の遺骸を求める諍い。
まだ完全におさまっていない魔物の活性化。
この辺の解決に関しては、これからの王国指導者層の頑張りに期待したい。
……とまあ、世間はそんな風に騒がしいようだが、私の知った事ではない。
正直、人間の世界を気にする余裕が無かった。
竜との戦いを終えた私は全身ボロボロのズタズタな状態で、ちょっと小突かれただけであの世が見えそうな状態だったのである。
その場でひっくり返って休息したかったが、寝ているところを襲われたりしては堪らない。
私は竜の首を抱え、最後の気力を振り絞ってその場から逃げ去った。
余力が全く無かった為、たぶん近場に居ただろうリアナやアリシアを無視してしまったのは……色々拙かったかもしれない。
※※※
私は見知らぬ森の中で目を覚ました。
目覚めて最初にした事は、手元にあった竜の首を齧る事だった。
魔力の超濃縮体である竜の肉は過去最高の苦味を誇り、はっきり言って不味かった。
それでも完食できたのは、耐え難い空腹が調味料となってくれたからだ。
我ながら酷い言い草だが、事実なのだから仕方ない。
なお、心を通じた……ような気がした竜を食らった事に対し、罪悪感は湧かなかった。
これは「勝者は敗者を食らう」というのは自然界における当たり前だからだ。
たぶん、竜だって勝っていたら私を食った筈だ。
そして、竜の首を食べて直ぐ、私は自身の異変に驚く事になった。
体内魔力が信じられないくらい増加し、肉体の治癒速度が劇的に向上したのだ。
流石は伝説の魔物、竜。
良薬口に苦しといった感じだが、そこらへんの魔物とは食材としての格が違った。
さて、腹が満たされ、傷が癒えて落ち着いた。
これからどうするかな、と思考を巡らせる。
戦いを終えて、とにかく人の領域から遠ざからねばと思い、適当に走った。
結果、何処をどう走ったのか覚えていない為、現在位置はさっぱりだ。
まあ、レグナム王国付近の何処かだと思う。
急いで戻ろう、というような焦りはない。
これは故郷に帰るという目的を一応果たしたのと、竜との戦いがもたらした満足感に依るものと思う。
ここらで少し休憩するのも良いだろう。
落ち着いて考えると、やりたい事も思い付いた。
それは念話の修行である。
そう、竜が使っていたあれだ。
万物の意を知り、万物に意を伝える能力。
あれは竜の持つ異能の一部だろうから、普通に習得するのは難しいだろう。
しかし、獅子鬼には他者を喰らって己の糧とする力がある。
私は竜を食べて力の一部を取り込んだ。
ならば、やり方次第であれを再現できるのではないかと思う。
竜本人の様に存在の根幹である魂魄の色を確認したり、他人の表層意思を読み取ったり、記憶を無理やり探ったりまでは望まない。
己の意思を伝えられたら、それだけで良い。
それさえできれば……うむ、夢が広がるではないか。
筆談でも最低限の意思疎通は可能だが、やはり直接語り合いたいと思う。
リアナのような人間の冒険者時代の仲間、アリシアや家族達といった故郷の人々と通じ合える日を夢想すると、自然に笑みが溢れた。
※※※
能力の修練は難しかったが、思いの外楽しかった。
魔物になったばかりの頃、森の中で行っていた心身の調整などよりずっと楽しめる。
はっきりとした目的意識の有無が大きな影響を与えた。
目的を見失っていたあの時とは違い、今の私には親しき人々と意思疎通をしたいという明確な目的がある。
目指すべきゴールがあれば、多少きつくても頑張れるものだ。
修行は自身の得た竜の力を認識するところから始めた。
私はその過程で、獅子鬼自身の喰らう力についても理解を深める事になった。
結果として随分昔に抱いた疑問が解消される。
獅子鬼の異常な食欲は生態系のバランスを壊しかねない。あんなものが居たのにどうして影響が無かったのか。他に身体維持の方法があるのではないか。という問いである。
世界に満ちた魔力を食っていれば食事を取る必要がない、がその答えである。
燃費の悪さが弱点かと思いきや、能力の運用を極めれば誰よりも低燃費。
獅子鬼とは、つくづくぶっ壊れた生き物である。
そして、肝心の念話の方だが、意外にも読む方を先に習得できた。
世界は驚くほど多くの意思に満ちている。
木々の騒めきに「今日は陽射しの照りが今一だなあ」というボヤキが混ざって聞こえる。
足元では草花が「もうすぐ雨が降るぞ。お水はまだかな」と歌っている。
動物たちの「森に人間が入ってきたぞ。気をつけろ」と警戒する声だって聞こえる。
……おや、人間が近くにいる?
私は少し考える。
これは身に付けた力を試すチャンスではなかろうか。
念話で伝える方も既に習得済みである。
しかし、今までの練習相手は意思の乏しい植物だったり、本能に支配されがちな動物たちだった。
確固とした自我を持つ人間相手に、ぜひ試したい。
先ずは相手の居場所を探ろうと五感を研ぎ澄ます。
「本当にこんな場所に居るのかねぇ?」
「はい。目撃情報が幾つか入っています。
別の個体という可能性もゼロでは無いけれど……」
悪寒が走った。
「まあ、あんなもんが何体も居るとは思えないよねぇ」
「ええ。それにこの山は方向が一致していますし」
どちらも懐かしく、聞き覚えのある声だった。
「方向?」
「竜との戦いの後、師匠が走り去った方向です。
おっと、どうやらこっちみたいだ」
ああ、流石はリアナだ。
専業の冒険者らしく、足取りははっきりしていて山歩きを苦にしていない。
もう一人を先導しつつ、周囲の警戒も怠らない。
「ああ、なるほどねぇ。
うー……なんか、思い出したら腹立ってきたよ。
あのバカ野郎、人が呼んでるってのに無視して行きやがってぇぇぇぇっ!」
アリシア、色々やらかした自覚はあるが、悪気は無かったんだ……だから、そんなに青筋立てなくても良いじゃないか。
というか、お前こんな場所で遊んでて良いのか?
村の方が大変な時期じゃないのかね。
「定期的に村に帰るっていう約束は破るわ、ちょっと留守にしてる間に村を好き放題いじるわ……幾らでも文句が浮かぶよ。
全く、どうしようもない奴だよぉ」
「同意します。
僕も師匠には色々と言いたいことがある。
いっぱい、いっぱい言いたいことがあるんだ」
……逃げるか?
「んで、まだなのかい?」
「……なんか、すぐ側に居るっぽいです。
僕の剣がそう言っています」
……剣?
私がリアナに送ったあの魔剣の事だろうか。
「便利なもんだねぇ。
聖女様の神託みたいなもんかい?」
「ちょっとした質問に答えてくれる程度だから、そこまで便利なものじゃないかな。
けどまあ、近場に居る元の持ち主の事くらいは分かるっぽいです」
「ふぅん、なるほどねぇ」
そう言えば昔、剣が語りかけてきたように思えた時があった。
まさか……あれは錯覚ではなく、問いに答える的な機能の類だったか!?
「ジェラルドォォォォォっ!
居るのは分かってるんだよぉっ!
さっさと出て来なぁぁぁぁぁぁっ!」
「師匠っ!
言いたい事がいっぱいあるんだ。
きっちり聞いてもらいますからね」
……。
やれやれ。
私の方にだって、伝えたいことがあるんだぞ。
君たちと語りたいことが沢山あるんだ。
私は意を決して、念を放った。
"私はここだ。ここにいるぞ"
これにて一先ず幕となります。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
今後は人間視点で色々補完話が書けたら良いかな、と思っています。
プロットが用意できれば、この続きも書くかもしれません。
その時はまた宜しくお願いします。




