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26 竜が求めしもの

切る場所が無かったので、何時もより長くなりました。

 己の本能のままに私は駆けた。


 たどり着いたその先には求める獲物がいると確信している。


 もう分かっている。


 何故、あんな場所に獅子鬼という規格外生物が存在していたのか?


 その始まりは竜の目覚めにある。


 竜という強者に魅かれて、或いはその強大な魔力を怖れて多様な魔物が活性化した。


 この獅子鬼もその一匹。


 竜という更なる強者と戦い破れ、落ち延びて来たからあの場所に居たのだ。


 始まりは月神の聖女とやらが神託を受けた頃……竜が目覚めた時から全ての流れは繋がっており、その始まりの時期に私は飲み込まれていたのだろう。


 まったく、我ながら運が悪かったとしか言えない。


 本来安全である筈の薬草群生地の丘でシャロンという新人冒険者が襲われていたのも、ラグラ近くに大海魔が現れた事も、王国南部域で魔物が大量に騒いでいるのも、きっと全て根っこの部分は繋がっている。


 目覚め、そこに在るだけで魔が騒ぎ、世界が揺らぐ。


 なるほど、正しく災害だ。


 獅子鬼も竜も同じく危険度を数値として決定できない伝説的な災害だと言われる。


 しかし、それはどちらも人間の計れる範囲を逸脱した存在であるという括りに過ぎない。


 人間から見れば、どちらも圧倒的に強いと分かるが、どちらがより強いのかまでは不明である。


 おそらく単純な力ならば、竜は獅子鬼の上を行く。


 しかし、負ける気はしない。


 今の私はかつて竜に敗れた獅子鬼とは一線を画する存在に至っていると、あの夢が教えてくれた。


 その根幹になったのは人としての技であり、知恵である。


 垂れ流し同然だった魔力も、最初とは比べられぬ精度で操れるようになった。


 さあ、竜よ。私と遊んでくれ。今なら絶対に退屈はさせぬ。


 走って、走って、とうとうその姿が見えてくる。


 しかし、竜には先約があったようで戦い……いや、蹂躙が既に始まっていた。




※※※




 わが故郷より更に南の平野にそれは座していた。


 でかい、というのが最初の感想だ。


 竜の頭部は私よりも更に高い位置にある。


 全長に至ってはどれ程なのか、ちょっと測れそうにない……比喩ではなしに城塞がそのまま動いているようだった。


 熱を放ち陽炎の向こうで揺れる真紅の鱗、天を穿つかと思わす黒い角、縦に裂けた黄金の瞳。巨木の如き四つ脚にどっしりと小山の様な体幹部がのっている。伸びた翼は地に影を落として黒く染め、長大な尻尾は何処までも届きそうに見える。


 そんな彼の前に、レグナムの旗を掲げた人々が集っている。


 先頭に立つのは人間にしては大柄な将軍らしき人物、そのすぐ傍を守るのは最上級の魔法装備を纏った騎士達。


 杖を持ちローブを纏った者はおそらく宮廷魔術師達だ。彼らは王にしか命令権が無い特殊な立ち位置にいる。その彼らが派遣されたという事は、竜と対するは王の承認を得た行動なのだろう。


 少し離れた位置では多数の兵士達が弩や長弓を手にしている。一箇所に固まらず、小規模な陣形を組んで散らばっているのは竜が暴れて一網打尽にされるのを怖れているからか。


 総勢で何名だろう? 騎士と魔術師、兵士合わせて軽く二千人程度はいそうだが。


 この場に在るは戦士のみではなく、煌びやかな輿が十も準備されている。それに乗っているのが生贄の乙女達なのだろう。



"脆弱なる小さき者共よ、準備は整ったようだな"



 響き渡るのは肉声ではなく意思の宿った魔力の波動、万物と意思を通じる竜の念話である。



"余を満たす事が出来たなら、また暫しの時をくれてやる"



 将軍……旗を見るに彼がバーンスタイン侯爵なのだろう。


 竜の念話に応えて、彼が兵に指示を出す。


 兵士達に担がれて、最初の輿が竜の前に運ばれた。


 竜はそれに酷く退屈そうな視線を向けていた。


 輿から下りたのは綺麗な衣で身を飾った二人の女性である。


 一人は白い清楚な印象のドレスを纏った幼さの残る金髪少女で、可憐という言葉がよく似合う。


 彼女はアリシア。


 その本性を知る者が見たら、きっと詐欺だと叫ぶだろう。


 二人目は派手なデザインの紫衣装を着た赤毛女性で、普段とは違って驚くほどの妖艶さである。


 その名はリアナ・バーンスタイン。


 彼女の性格を知る者が見たら、おいおい無茶すんなよと呆れるだろう。

 

 まあ……方向性は違えど、どちらも見た目だけなら美味そうである。


 物憂げにしていた竜は目の前に立った二人を眺め、目を見開いた。



"ほぅ、これは面白い……"



 驚いたように観察し、最後には巨大な口を開いて哄笑する。



"あまり期待しておらなんだが……今代には気概のある者が居るではないか"



 竜の念話と音声が入り混じったそれに人は痺れ、吹き飛ばされ陣が崩れた。


 愉しげに嗤う竜は二人の生贄を金眼をぎらつかせ、じっくりと視線で弄る。


 アリシアとリアナは小さく呻き、頭を押さえた。


 二人は額に脂汗を浮かべ、痛みに耐える。



"なるほど、なるほど……そちらの金の小娘は毒物を身に塗りたくっておるのか。

 ふぅむ、そちらの赤い方は武器を隠し持っているようだな。

 餌として身を捧げ媚びるつもりかと思えば……その実、余を腹の内から攻めるつもりであったか。

 か弱き雌の身で命を惜しまぬその勇、中々のものである"



 満足するまで探った後、竜は二人を解放して褒め称えた。


 苦痛から解放された二人は舌打ちをしつつ、後退って距離を取る。



「ちぃ、こいつ人の記憶を読みやがったよっ!」



「やれやれ、いきなり作戦失敗するとか聞いてないんだけれど……」



"余は魂魄の色すら見極める竜である。

 人間ごときの記憶くらい、探れて当然であろう"



 竜の声色に怒りは無く、ただただ愉しげである。


 作戦の失敗を悟ったバーンスタイン侯爵が、号令を掛けた。



「策は失敗したかっ! ならば二人はそのまま下がれ!

 これより正攻法にて竜を討つ……弓隊、撃方始めぇぇぇぇっ!」



 人と竜の戦いが始まった。


 雨霰と矢が降り注ぐ中、竜は涼しげなままに念話を紡ぐ。



"なるほど、此度は闘争を選ぶのだな?

 それは良し、実に良し。

 今代の人間は嘗て余の前に平伏した奴らより、よほど面白いわ"



 竜は翼をばさりと羽ばたかせる。


 豪風が吹き荒れ、矢の雨は明後日の方向へと散ってしまう。



「弓隊、攻撃のタイミングをずらせっ!

 羽ばたきの合間、風の途切れる瞬間を見逃すなっ!

 地属性及び水属性攻撃魔術の詠唱開始、風に飛ばされぬ高質量系の術で攻めよっ!」



 魔術師達が詠唱を開始する。


 バーンスタイン侯爵の周囲を固めていた騎士達にも魔術を扱える者が多いようで、半数程度が詠唱を開始する。


 術の完成までに掛かる時間は短く、威力もまた十分。


 あらゆる物を押し潰す大岩の砲弾が、金属すら切り裂く水の刃が竜へ殺到する。



"余の領域を欲する者よ、その意気や良し。

 戦い勝利した者が縄張りを得るは、あらゆる生物に通ずる理よ。

 余を討ち滅ぼせば、この地は真の意味で貴様らの物となろうぞ"



 水の刃は竜の放つ熱にて蒸発し、岩の砲弾は頑強なる鱗に弾かれた。


 竜は座したまま人を見下ろす。



"おお、今、貴様らの攻撃が余に届いたぞ……届いただけだがな。

 くっくっく、頑張れ、頑張れ、まだまだ諦めるでないぞ"



「なんて抗魔力なんだ。

 特別な防御をしているわけではないのに……」



 リアナは竜の防御力に戦慄した。


 直接攻撃を行っている方は、更に激しい焦りを覚えているだろう。


 矢にせよ、魔術にせよ無限に放てるわけではない。


 竜は未だ碌な動きを見せていないのに、人は一方的に疲弊していく。



「ここは逃げる方が賢いんだろうけれど……」



 一度後方に下がったリアナはドレスを脱ぎ捨て、武装を整える事にした。


 作戦が失敗した以上、もうこんな格好をしている意味はない。


 ならば、戦闘態勢を整えて普通に参戦する方がマシだろう。



「とんでもない化けもんだねぇ」



 こうなってしまった以上、アリシアの方にはできる事が殆どない。


 精々、リアナの準備や、戦闘要員以外の撤退を手伝うくらいか。



「流石は伝説ってところか……」



「行くのかい? 死ぬんじゃないよっ!」



「勿論です。僕にはまだやりたい事が沢山有りますからね」



 流石に上から下まで完全に武装を整える時間はなかった。


 簡易な胸甲鎧を身に付け、後は侯爵から支給されていた護符の守りに期待する。そして師匠から受け継いだ魔剣を手に取り駆け出した。



"貴様らは嘗ての人間達よりも余の真意を理解しておる。

 余を楽しませよ、退屈な永遠をほんの一時でも紛らわせよ。

 さあ、そろそろ此方からも攻撃するが……簡単に全滅してくれるなよ"



 竜が大きな口を開けて吼えた。


 大気は震え、地は鳴動し、兵士達がバタバタと倒れていく。


 伝説にある魂砕きの魔力咆哮である。



「うっぐぅ、な、なんだいこれ……ちょっと、そこのあんた、しっかりしなよっ!」



 アリシアは腸を揺さぶる音の波に膝をついた。


 彼女が耐えられたのは、人間種としては魔力が高めなハーフエルフであった事と竜に食われる予定で身に付けていた多数の護符が理由である。


 普通の人間では一溜まりもない。



「意識をしっかり持ちなっ!そこのあんたっ、動けるんなら手伝っておくれっ!」



 兵士達の多くは地に倒れて動かず、未だ意識ある者もその場で吐いたり、痙攣を繰り返したりとかなりまずい。


 アリシアは地獄の始まりを予感しつつも、倒れた兵士達の介抱に走った。


 しかし多少の手当てで動ける筈はなく、兵士達は壊滅したと言える。



"人間よ、今更撤退など考えるなよ。

 それは面白くない、実に面白くない。

 ……おお、そうだ。

 この場から誰か一人でも逃げ出したら、この地に住まう目につく限りの人間を潰して回るとしよう"



「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」



 人間もやられるばかりではない。


 可能な限りの支援魔法を受けて、バーンスタイン侯爵が騎士達を直接率いて突撃を仕掛ける。



「竜よ、人を舐めるなぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 侯爵は重厚な鎧を着ているとは思えぬ神速の動きで迫り、跳躍。


 竜の身体を足場として蹴り、更に登って行く。


 膨大な魔力を剣に集め、竜の顔面に突き立てんと振るう。



「くらえぇぇぇぇぇぇぇっ!」



 そして、べちんと叩かれた。


 アルフレッド・バーンスタイン侯爵は星になった。


 何処まで飛んで行ったかは不明である。



"ははははっ、面白い、実に面白いぞ、道化ども"



 竜は機嫌よく嗤い、長大な尻尾を高々と振り上げた。


 地を砕く勢いで振り下ろし、そのまま地表を削り取る様な勢いで薙ぎ払う。


 これでは竜の足下で武器を振るっていた者達が堪らない。


 天高く弾き飛ばされ、或いは磨り潰される。


 全員が死亡したわけではないだろう……が動ける者はもう居ない。


 騎士達は全滅した。



"どうした、どうした……もう終わりか? もうよいのか?"



 魔術師達からの攻撃が終わる。魔力が尽きたのだ。


 彼らは青い顔をして震えつつも、魔力回復用の水薬を口に含もうとするが、多少の回復など焼け石に水である。



"では、余が魔力攻撃の手本を見せてやろうではないか。

 刮目せよ、人の魔術師ども"



 竜の喉に多過ぎるとしか感知できない量の魔力が集まっていく。


 なまじ魔力を感知できるから堪らない。魔術師達は集まった力の膨大さに卒倒する。


 都市一つ吹き飛ばしてお釣りが出そうな超魔力だった。


 これより放たれるのは、魔力を集め、練り上げ、純粋なる破壊の力に変換して吐き出す、竜の吐息だ。



「終わった……」



 誰かの呟きが、この場にいるほぼ全員の気持ちと一致する。


 だがたった一人だけ、この状況を待っていた人物がいた。


 人の攻撃が通じないならば、竜自身の力を利用すれば良い。


 竜が慢心して注意を怠り、己の力を誇示しようとした今こそ、その好機。




 リアナは気配を殺し、風を操って静かに飛翔する。

 

 目指すは魔力の集まった喉元、そこに剣を突き立てて自身の魔力で干渉し暴走させる。


 成功するかはわからない。


 だが仮に成功したとしても、すぐ側で竜の魔力が炸裂すれば自分の命は無いだろう。


 死の恐怖に決意が鈍りそうになる。


 それでも、飛ぶ。


 竜は未だ気が付いていない。


 リアナはそのまま身体ごと剣を突き立てんと、最後に全力で加速する。


 そして。




 リアナの剣は宙を斬った。



「……は?」



 完全に予想外の状況で、リアナの思考が停止する。


 何が起きているのか理解できないようだ。




 城塞の如き体躯が突如として浮き上がり、そのまま横転して地に転がったのである。


 集まっていた魔力はその衝撃で小さく爆ぜて散った。



"グゴァァァァッ!?"



 悠然と構えていた竜が苦悶の念を漏らしている。


 魔力の小爆発で喉を痛めたようである。



"貴様は何時ぞやの獅子鬼かっ!?"



 全ては私が到着すると共に即乱入、竜の横っ腹を蹴り飛ばしたからである。



 私、参戦!



 ……しかし、ぽかんとした表情でこちらを見つめるリアナを発見し、少し罪悪感を覚える。


 どうやら彼女の見せ場を潰してしまったらしい。

  



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