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24 反抗者達

魔物側と人間側で交互に視点切り替えが続いていますが、人間側はこれで最後なのでご容赦ください。

 幸運と不幸の天秤は釣り合いが取れるものだと言う。


 僅か前に最高の幸せを得た結果として、今は揺り戻しのように悪い事が起きているのかもしれない。


 ここ数日、色々と心にくる出来事が多過ぎる。


 中でも今日の訪問は冒険者組合に顔を出した事より精神に負担が大きい。



「別宅に向かうのも久しぶりだ」



 港湾都市ラグラにも貴族街というものがある。


 この地が通商の要所であり、王都にも並ぶ重要地だという事は誰もが知っている。


 その為、多くの有力な貴族達はこの地に活動拠点となる別宅を準備しているのだ。


 当然、バーンスタイン侯爵の別宅も存在する。


 リアナはそこに辿り着くまでの道順をきちんと覚えていた。


 この建物で何年も生活したのだからそれも当然と言える。



「相変わらず無駄に大きいな……」



 王都の別宅は更に大きいし、領地の本邸は邸宅というよりはもう城なので、このラグラ貴族街の別宅まだ控えめな大きさと言えるだろう。


 以前は当たり前と思っていたが、宿屋の一室を生活の場とする今のリアナには無駄に贅沢な建物と映るようになった。


 勿論他者に舐められぬ為、資金力という自らの力を示す為、必要な事とわかっている。



「貴族は見栄が張れなくなったらお終いって言うけれど……程々にすれば良いのに」



 が、肌に合わないものは合わないのである。


 依頼が無ければ二度と踏み込む事はなかっただろう。

 


「頼もう」



 リアナは正門前に立つ守衛に近づき、声を掛ける。


 既に老境に差し掛かっている守衛は彼女の姿を認め、怪訝そうに首を傾げ、最後には目を見開いて驚愕した。



「お、おじょ、お嬢様!?」



 彼はリアナが幼い頃よりこの別宅を専任で守っている兵士である。


 最後見た時よりも白髪が増え、顔にも皺が増えている。


 後、少し痩せたのではないだろうか。


 一瞬、侯爵令嬢として労いの言葉を掛けようとし、今の自分はそういう立場ではないと思い直した。



「冒険者組合ラグラ支部より派遣されました冒険者リアナと申します。

 依頼の件でバーンスタイン侯爵様に目通りを願います」



「……か、畏まりました。少々お待ち下さいませ」



 老兵士は何とも複雑そうな表情を浮かべたが、リアナの意図を汲み彼女を一人の冒険者として扱う事にしたようだ。


 リアナは溜息を吐いて心を落ち着かせる。


 しかし、ここからが苦行の始まりだった。


 直ぐに現れた案内の者も、庭で作業をしていた庭師も、案内の途中ですれ違った侍女達も、皆同じ顔をするのである。


 見つめられる度に胃がキリキリと痛む。


 庭先で訓練と称して気に入らない婚約者候補をボロ雑巾に変えた事があった。


 廊下では礼儀作法についてしつこく揚げ足をとろうとする他家の令嬢に、殺気を叩き付けて失禁させた事もある。


 応接間では我が家に取り入ろうと下級貴族が手土産として持ってきた宝剣を、使い物にならないゴミだとその場で圧し折ったこともあった。


 どの行いにも理由はあった。


 が、どう考えてもやり過ぎ、侯爵家令嬢の所業ではない。



「何をやってたんだ、あの頃の僕は。

 幾ら何でも酷すぎるだろう……」



 素行不良で追い出された娘としては、かなり居心地が悪い。


 指名依頼も本当は断りたかった。というか普通の内容なら断っていた。


 けれど、その内容はとても無視できる代物ではなかったのだ。




※※※




「入れ」



「……失礼します」



 リアナは侯爵の執務室に通された。


 中には二人の人物が待っていた。


 一人目は出来れば一生顔を合わせたくないと思っていた男。


 リアナの父親にして王国最強の術騎士、レグナムにおける武の重鎮アルフレッド・バーンスタイン侯爵。


 かつては王国騎士団の総長たる立場にあった豪傑である。


 齢はもう五十を越え武人としての第一線は退いているはずだが、今でも鍛錬は続けているのだろう。


 堂々たる体躯は健在で、こちらを押し潰すような威圧感を発している。



「冒険者リアナよ。

 依頼の内容については聞いているな」



「組合の方で概要については伺いました。

 詳細な内容までは存じません」



 リアナを睨む眼光は刃物もかくやの鋭さで、それに耐えるだけで汗が噴き出す。


 この男もある種の怪物だな、と今なら分かる。


 数年前に家を飛び出したあの日、よくもこんな怪物に反抗的な態度が取れたものだ。



「依頼は受けるという事で良いな」



「謹んでお受けします」



 リアナは小さく頭を下げつつ、侯爵の隣に立つもう一人を観察する。


 それは酷くアンバランスな印象を与える人だった。


 金髪に碧の瞳の十代前半程度の少女である。


 整った顔立ちと線の細い身体つきが、まるで人形のようだと感じさせる。


 それでいて身に纏っているのは、何処ででも売っているような平民向けの服装だ。


 そして、それ以上に特徴的なのは、光が当たるとその加減によって翠掛かって見える金髪と、ピンと伸びた長い耳。




「……エルフ?」



「そうだよぉ。

 ただし、混ざりもんのハーフだけどねぇ」



 リアナがうっかり漏らした呟きに少女が返答した。


 貴族の令嬢でもここまで美しい人物は居ないだろうと思わせる彼女が発した声は、なぜだかガラが悪かった。


 にぃっと口元を歪める様は、誰かに似ているようで妙に親近感を覚える。



「あたしゃ、アリシアだ。

 礼儀も知らない農民の小娘だが、宜しく頼むよぉ」



「小娘……?」



 どこかで聞いた名前だ。


 腕組みをした姿勢でからからと笑って見せる姿は、お嬢さんというよりは別の何かを連想させる。


 この少女が纏っている空気は宿屋の女将さんとか、平民街のタフなおばちゃんといったような……。



「あっはっは、どう見たって小娘だろぉ。

 まぁ、細かい事は気にしなさんな」 



 リアナはエルフが成長の遅い生き物だという事を思い出す。


 つまり、この少女は見た目よりはずっと歳がいって……などと考えていると、ギロリと睨まれた。


 アリシアと名乗った自称小娘は勘働きも鋭いらしい。


 そこで放っておくと話が脱線すると考えたアルフレッドが二人を遮った。



「ごほん……では此度の依頼について話すとしよう。

 まず昔話からになってしまうが、聞け」



 レグナム王国の民は今でこそこの地に根ざしているが、元々は放浪の民であった。


 彼らが安住の地を求めて旅を続けていたある時、一匹の竜と出会う。


 その竜は広大な縄張りを持っており、その地の肥沃さはとても魅力的なものだった。


 時の指導者たる王の祖は、竜に彼の地を譲って欲しいと願い出る。


 竜はこう答えたという「余が目覚める度、満足できる贄を差し出すなら望みを叶えよう」と。


 祖は民の中から最も美しく生気に満ち溢れた乙女を選び、差し出した。


 竜は満足し、土地を譲り眠りについたという。



「恥ずべき伝説だ。

 いかに美しく語ろうが、竜の威に屈し民を差し出したという事実は動かぬ」



 アルフレッドは怒りを隠さず、そう吐き捨てた。



「討伐すべき対象は……建国の伝説に語られる、この竜である」



 無茶だ、とリアナは思った。


 仮に倒せるとしても、一体どれ程の犠牲を払う事になるのか。


 その考えがリアナの表情に出たからだろう。侯爵は言葉を続ける。



「国とは民を守るためにある。

 戦わずして民を差し出すなど、あってはならぬ。

 仮に血を流すならば、まずは兵士であり騎士であり貴族からである」



 そこには全てを圧し押し潰す、強烈な意志がある。


 誰がそこに異を唱えられよう。



「厄介な事に月神の聖女がその目覚めを神託として受け取った。

 それに恐怖した一部の愚か者が、民を差し出して身の安全を図ろうと、贄集めに奔走しておる。

 儂はそれを認めぬ。断じて、認めぬ」



 少なくともリアナは圧せられ、口を挟めなかった。



「ご立派な考えだけどさぁ。

 その結果、かえって被害が大きくなる場合だってあるだろうに。

 それでもやらかすって言うのかい?」



 リアナの首筋を冷や汗が流れた。


 ここで平然と茶々を入れるアリシアという少女はどういう神経をしているのか。



「如何にも」



「なんでだい?」



 侯爵の圧を意に介さず、戯けた調子で問いを重ねる。



「それが道理だからだ。

 民から見れば、己を守らぬ国に何の価値を感じよう。

 現に民を守らず、差し出そうとする領主から逃げ出した者がいる」



「いやぁ、一民衆としては耳が痛いご意見だねぇ」



 そう言って自分の長い耳を引っ張るアリシア。


 だから、そういう喧嘩売るような態度は止めてくれ、とリアナの顔が青くなる。



「上に立つ者が守らぬなら、自身で助かるよう動くのは人として当然の事よ。

 大抵の者は他者より己の命が大切だからな。

 だが、民がそのような動きをしては……国は成り立たなくなる。

 民が居なくなれば、国など消えて無くなる。

 故に我らは戦わねばならぬ。

 千の兵を死なせて数名の民を守るという愚を犯しても、万の民の信は守らねばならぬ」



「兵士も人間なんだけどねぇ……」



「自覚の有無はさておき、彼らは我らの側に立つ人間だ。

 我が国に徴兵制はない。

 自ら選び、民の税で糧を得ていたのだから、その責は果たしてもらう。

 もっとも侯爵家の兵に責を厭う愚者は存在せぬ、と言い切れるがな」



「……という事らしいよ、お嬢ちゃん」



 侯爵の腹の底を覗く為、そしてそれをリアナにも見せる為、敢て煽ったらしい。


 一歩間違えばこの場で首が飛ぶのがわかるだろうに、にやりと笑う。


 肝が太いを突き抜けたこの不遜さ、一体何なのだろうか。


 そして、その態度にやはり既視感を覚えた。



「一つ、質問をしても宜しいでしょうか?」



「許す」



 気が付けば、喉がからからに乾いていた。



「勝算はおありでしょうか?」



 侯爵が勝算なく突っ込むつもりなら、この場で彼を切り捨てても止めるべきだろう。


 果たしてリアナにそれが出来るか。



「ある。これを見よ」



 積み上げられたのは様々な護符の山である。


 耐熱、耐酸、耐毒、呼吸維持……様々な種類が並んでいる。


 魔力を感知できるリアナにはこれが全て超一級の品だとわかる。


 これを捨値で売り払うだけでも城が領地付きで買える。


 確かに良い品だと思うが、これでどうするというのか?



「あたしの幼馴染にねぇ、竜絡みの物語が大好きな奴がいるんだよぉ。

 そいつが教えてくれた話の中にこんな奴があるのさ」



 生贄の乙女に紛れた女戦士がわざと竜に喰われ、その腸を裂いて勝利するという物語だ。


 リアナもその物語について知っている。


 野営の暇潰しにジェラルドが語った物の一つだからだ。



「リアナよ。

 貴様こそ儂が知る最強の女戦士である。

 それ故に貴様を選んだ。

 これらを身に付け、竜に喰われ、暴れてもらう。

 倒し切れとまでは言わん。

 動きさえ止まれば、後は儂と我が軍で仕留めてみせよう」



「悪いけど逃がさないよぉ。

 まぁ、及ばずながら発案者のあたしも前菜かデザートとしてお供するから寂しさも紛れるだろうさ。

 一緒に竜退治と洒落込もうじゃないか」



 竜に向かう覚悟を終えているなら、侯爵を恐れないのも納得である。



「作戦が失敗しても、あたしらみたいな綺麗どころを食えば竜も満足するかもしれないしねぇ」



 リアナははっきりと理解した。


 ああ、このハーフエルフ……師匠が言ってた幼馴染だ、と。






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