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23 何故と問われて

 私の目の前に件の二人が座り、震えている。


 なお、兵士たちは逃げ去った模様である。



 うーむ、危害を加える気はなかったのだがな……。



 争う彼らの前に姿を現した結果、男はその場で腰を抜かし、女は気絶した。


 兵士たちは一目で勝てないと判断したのだろう、即座に撤退した。


 的確な即断、即決、即行動ができる人材は貴重である。


 あの髭の隊長は中々優秀な人材だな、と思う。


 だが、少しくらい話を聞いて欲しかったなあ、と残念に思ったりもする。


 苦労して文字の練習をしたのだから、彼らとも意思疎通を試してみたかった。



 ……まあ、二人残ってるからそれで満足しようか。



「ひぃぃぃぃぃっ!!」



 私が視線を向けると、酷く怯え腰を抜かしたまま後退る。


 しかし、それでも自分だけ逃げようとせず、気絶した女の方に手を伸ばそうとするところは天晴れだ。



 とりあえず、一緒にメシでも食わんかね?



 私は彼に笑いかけ、背中の袋から大量の干物を取り出し差し出した。


 見たところ大した荷物も持たず逃げ回っていたようだから、食糧も準備できてなかろう。


 一緒に食事を取り、語り合うのが互いの理解を深める最良の方法だと思っている。


 彼が腰を抜かして逃げられずに居る今は、ある意味チャンスだ。


 願わくば、彼が文字を操れますように。




※※※




 伝家の宝刀、リアナの手紙は効果抜群だった。


 おかげで彼は逃げることなく、私の前に座っている。



「あ、あんた、本当に人間なのか?」



 そして、声まで掛けてくれた。


 少々上擦っているが、これはもう仕方ないことだろう。些細な問題だと割り切ろう。


 自分の見た目の恐ろしさは十二分には理解している心算だ。



 それにしても、人と意志を交せるというのは……なんだか感慨深いものがあるなあ。



 幸運な事に、目の前の男は文字を扱う事ができた。


 なんでも近くの村で考古学者のようなことをやっていた人物らしい。


 名前はジャックというそうだ。


 そして、彼の態度だが手紙に目を通したとはいえ、未だ半信半疑である。


 警戒を未だ緩めていないようで、差し出された食糧には手をつけていない。


 簡単に納得できないだろうな。



「え、えぇっと……いくつか質問しても良いか?」



 良いとも、幾らでも聞いてくれ。



 こちらが色々と拙い文章を書き綴るよりは、彼に従い安心させる方が良いはずだ。


 私ははっきりと分かるように、大きく頷いて見せた。


 ジャックは目を大きく見開き、安堵の溜息を漏らす。


 そして、まず始まったのは単純な質問……というよりは確認作業である。



「今日は天気が良い。

 これが正しいと思うなら頷いてくれ、違うと思うなら首を振ってくれ」



 空は青々と晴れ渡っている。


 私はまた、はっきり分かるように頷いた。


 これを見て天気が悪いと言い出すのは吸血鬼くらいではなかろうか。



「じゃ、じゃあ、次は……」



 暫し、似たような質疑応答が続いた。


 そして……。



「間違いなく言葉が通じてるな。

 マジかよ、あんた本当に元人間なんだなぁ」



 思っていたよりも早くジャックは納得してくれたようである。


 中々、柔軟な頭脳の持ち主だ。とてもありがたい。


 私は信じてくれた事に対する感謝を地面に記した。



「いやぁ、実はさ、過去にも類似の事例ってのがあんだよ。

 うちは貴族でこそねぇけど、神官系統のそれなりに古い家でよ。

 魔物の伝説とかけっこう集めてたりするんだわ」



 なるほど。


 事前にこういう事が起こり得ると知っていたのならば、理解と納得の早さも当然だ。


 どうやら私は大当たりを引いたようである。


 さて、互いを理解できたなら次の段階に移ろうじゃないか。


 首を突っ込んでしまった以上ジャックと未だそこで気絶している女性、ミーシャという名前らしい、の事情が気になる。


 彼らは怪物への生贄という言葉を口にしていた。


 どうにも穏やかではない。


 そして国の兵士達が動いているのが、また解せない。



「俺たちの事情か……あんたには助けられたもんな。

 分かった、聞いてくれ。

 俺も全部を知ってるわけじゃねぇけど……始まりは二年ぐらい前だった」




※※※




 レグナム王都にある月神の神殿に聖女様が居るって話は知ってるか?


 そうか、知ってるなら話が早い。


 聖者に聖女ってのは、神様方に愛され特別な力を与えられた人間の事だ。


 じゃあ、月神の聖女様がどんな力を授かっているか知ってるか?


 なんと未来予知、なんだってよ。


 んで、大体二年ぐらい前に……俺も詳しい日時までは知らねぇぞ。


 とにかく聖女様が神託を授かったそうだ。


 何をどうしたらどうなるっていう風に……未来分岐、選択肢? 色々細かい内容はあるらしいんだが、大雑把に言えばこうだ。



 伝説の(ドラゴン)が目を覚ました。


 それに恐れをなした魔物達の大移動が始まり、レグナム国内は大きく荒れるだろう。


 竜がいる限り、異変は続く。


 その竜ってのは王国に所縁のある存在で、約定に基づいて生贄を求めるだろうってよ。


 要求を無視した場合、竜は各地の集落を襲い捲った挙句王都に飛来し大暴れするらしい。


 で、軍を率いて戦いを挑んでも皆殺しにされるだけなんだと。


 生贄を捧げた場合、竜は再び眠りに付き王国の異変はおさまる。



 ……って話さ。ん? その神託は当たるのかって?


 あー……絶対、じゃあ無いらしい。


 無いらしいんだが……過去、神託が外れた例ってのは聖女様を何代も遡って一件あるだけなんだとよ。


 だから、多分当たるんじゃねぇかってのがお偉方の意見らしい。


 んで、俺の伝手で調べた話なんだが、上の意見は真っ二つに分かれてるそうだ。


 竜を倒すべきだっていう意見と、神託に従って被害を最小限にすべきだっていう二つの意見にな。


 まあ、当然といや当然だわな。


 んで、ここら一帯を支配してる領主様は神託に従いましょうって側らしい。


 自分の領地にある村から各一名集めて、最悪自分のとこだけでも竜の被害をおさめる腹らしい。


 ……ああ、それでうちの村からはミーシャが選ばれちまったんだ。


 ふざけんなって話だっ!


 戦って、負けてもうどうしようもねぇってのなら、まあわかる。


 けど、けどなっ、ビビって最初から戦わねぇとか何の為の国なんだよっ!


 何処へ逃げるつもりだったのかって?


 そりゃ、お前ぇバーンスタイン侯爵様の領地さ……ここだけの話なんだがよ、あの方は竜を討伐すべしって軍を編成する気らしいんだ。


 そんな方ならミーシャ一人ぐらい保護してくれるんじゃねぇのかなって思ったのさ。


 ミーシャが逃げたら、他の村人が選ばれるだけだろうって?


 ……まあ、そうだろうな。


 そっちは如何するのかって?


 う、煩ぇよっ、あん時はとにかく逃げなきゃミーシャが餌にされるって思ってて……。


 ……。


 ……そうだよな無責任だよな、ただ逃げ出すってんじゃ、うちの糞領主とかわらねぇよな。


 ……うっし、決めたぜ!


 俺がその竜とやらをぶっ殺してやる!


 そうすれば全部丸くおさまるだろ。


 侯爵様の軍に混ぜて貰ってよぉ、先頭に立って突っ込んでやるぜ。


 ……あ、自殺したいのかって?


 ばっか、お前ぇ、勝算ぐらいあるに決まってるだろ。


 言ったろ、うちの家系は魔物の情報に詳しいって……あのな竜には逆鱗っていう弱点があってな、そこを砕いてしまえば一撃なのよっ!


 あん? 女の為なら命も惜しくないんだな……って、ばばばっか俺とミーシャは幼馴染ってだけでそんなか関係じゃっ!




※※※




 私は目の前で顔を真っ赤にして叫ぶジャックを見て、笑みを浮かべた。


 莫迦がいた。


 たぶん、話を聞いた奴は十人中十人が莫迦だと呆れるだろう。


 逃げるまでは、まあ理解できる。


 が、そこから先の「俺が竜を倒してやる」なんて台詞は普通出てこない。


 大莫迦である。


 私は大声を上げて笑った。笑い転げた。



「な、なんだよぉっ!」



 そして、私はこんな大馬鹿野郎が大好きである。


 良いじゃないか、竜討伐。


 惚れた女の為に領主に逆らい竜に挑むとか、何処の物語の世界だ。


 これに心踊らさずして、何が冒険者か。 


 一頻り笑い転げた後、私は己の意思を伝える。



 その竜とやら、私が挽肉にして喰らってやろう、と。

 


「んなぁっ!? な、なんであんたが!?」



 何故かと問われるなら理由は幾つか思い付く。


 この二人に同情したというのもあるし、私自身にとってもおそらく他人事ではない、というのがある。


 彼の言う竜迎合派の領主は、わが故郷の領主でもある。だとしたら……。


 だが、ここで目の前の大莫迦仲間に答えるなら、こうだろう。



 何故、竜に挑むのか? 何故ならそこに竜が居るからだ!



「はぁぁぁぁぁぁっ!?」


 登山家が高い山を見たら登らずにはいられぬように、冒険者もそこに冒険があるなら挑まずにはいられないのだ。






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