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22 風姫、帰る

 リアナは自身の拠点である港湾都市ラグラまで帰還した。


 ジェラルドと別れて僅か三日、普通に歩けば一週間程度は要する距離を得意の魔術を駆使し、休憩時間も削り強行軍で無理やり踏破した。


 やるべき事を手早く片付けて、可能な限り早く合流しようという思いに後押しされての事である。


 しかし冒険者組合の入り口前まで到着した時点で、その歩みは止まった。



「う、うーん……」



 この一年と少し、獅子鬼に固執していたリアナはそれに関わる内容以外を全て無視していた。


 獅子鬼という魔物に対する情報を探し求め、所在を確かめるべく目撃情報を掻き集め、戦いに備えてひたすら鍛錬を繰り返したのである。


 冒険者は半ば社会からはみ出した存在である。


 けれど生きるためには働く必要があり、仕事には依頼人が存在し、自然と繋がりが生まれ柵は増えていく。


 上位等級者になればなる程、権力者や資産家など面倒な繋がりも増えてくる。


 上手く生きるなら、それらを的確に捌く必要があるのだが……獅子鬼を倒し師匠の仇さえ討てれば後はもう死んでも良い、と思いつめたリアナは全てを放り投げた。


 高位冒険者として恥ずべき行いである。


 色々投げた結果、依頼人との間に立つ冒険者組合に多大な負担が掛かる事になった。


 組合はリアナを切り捨てる事なくフォローに奔走した。


 それは組合側にも色々な打算や都合があっての話だが……リアナが冒険者としての活動を放棄していた間、彼女の社会的な地位を守り続けたのである。


 そして、つい先日。


 獅子鬼に挑もうとした際、危うさを感じて止めようとした冒険者仲間や組合の受付嬢に暴言を吐き、喧嘩別れに近い形で飛び出した。


 扉を潜るのが、もの凄く気まずい。


 しかし、何時までもこうしているわけには行かない。



「よし、行こうか……」



 扉を開ける。



「うっ……」



 とんでもない数の視線が集中した。


 ラグラ支部の建物一階は、冒険者達のちょっとしたサロンのような場所である。


 それ故、常に多くの冒険者達が集まっている。


 小さく深呼吸した後、リアナは頭を深々と下げる。



「先日は無様な姿を曝しました。

 多数の方にご迷惑をお掛けしたこと、申し訳なく思います。

 心から謝罪を……あ痛っ!!」



 下げた頭を誰かが力強く引っ叩いた。


 驚き、頭を上げると、見知った顔がある。



「……行き成り手荒いですね、ドルフさん」



「よぉ、嬢ちゃん。

 なんか憑き物が落ちたような顔してんじゃねぇか」



 ドルフという名前の年配冒険者である。


 このラグラ支部で最古参の部類になるベテランの一人、白髪が目立つ槍使いだ。


 彼はにかっと人好きのする笑みを浮かべ、すっとぼけた表情でこう言った。



「んで、先日って何時の事だい。

 何かあったっけか? おう、誰か覚えてる奴いるかぁ?」



 声は一つも上がらなかった。


 思わず、胸が詰まる。



「申し……いえ、ありがとうございました」



 もう一度、謝罪の言葉を重ねようとし、それは何かが違うと感じて感謝の言葉に切り替えた。


 ドルフはリアナの背中を叩いてカカと大笑し、道を開ける。



「おう、俺らの事はもう良いからよぉ。

 受付んとこ行って、早くヴィオラに顔見せてやれや。

 お前さんが飛び出してから、暗くっていけねぇよ」



「はいっ!」



 冒険者達の間を抜けてリアナは組合の受付へと向かった。


 そこには不機嫌そうな受付嬢が受付カウンターの椅子に座り、頬杖を突いて苛々と指で机を叩いている。



「ヴィオラ」



「……リアナっ!!」



 名前を呼ぶと、ヴィオラが勢い良く立ち上がり、椅子が大きな音を立てて引っくり返った。


 リアナは何を言おうかと散々迷い、短い言葉を吐き出した。



「ただいま。迷惑かけて悪かった。

 それと……今まで支えてくれてありがとう」



 ヴィオラは弾かれたように動き、苦しくなるほどの力でリアナを抱き締める。



「このバカ、散々心配かけて……。

 ああ、でも生きてて良かったわ……貴女まで死んだらどうしようかって。

 もうこのバカ、バカ女ぁっ!」



「ちょ、痛い、痛いよ、ヴィオラ。折れる、背骨が折れるっ!」



 抱き付き、馬鹿力で締め上げるヴィオラを数分に渡って受け止める事になった。


 その抱擁はとんでもなく痛く、とても暖かいものだった。




※※※




「先ずは教えて頂戴、終わったのかしら?」



 ヴィオラからすれば話したい事は山ほどある。


 しかし全部語りあっていては時間が幾らあっても足りない。


 詳細な話はいずれプライベートでしようと決め、肝心な一点のみを確認した。



「ああ、もう大丈夫。全部、終わった。終わったよ」



 遠い目をして何かを思い出しながら答えるリアナ。


 それを見て、ヴィオラは思わず赤面する。


 何を思い出しているのか不明だが、目が潤み、頰は仄かに紅く、口元は緩んで甘ったるい吐息が漏れた。



「ちょっと……いきなりなんて顔するのよ、貴女」



 リアナは何を責められているのか分からず、鳩が豆鉄砲を食ったようにきょとんとする。


 異様な色気は嘘のように霧散した。



「……え?」



「ああ、自覚がなかったのね。

 さっきの貴女はなんて言うかその、凄く色っぽい……じゃあ、温いわね。

 うん、もの凄くエロい顔してたわ」



 命を賭けて師匠の仇を討ちに行ったはずなのに、何故そんな事になるのか意味不明である。



「んなぁっ!?」



 とりあえず、詳しく問いただすのは独り者のヴィオラにとって危険に違いない。


 何があったのかさっぱりだけど、こいつ色ボケして帰って来やがったと舌打ちをする。


 まあ、自殺志願者状態でふらふらされるより、ずっとマシだ。



「こほん……獅子鬼に関する話はいずれ詳しく聞かせてもらうとしましょう。

 ここから先は仕事の話ね。

 今までサボっていた分きりきり働いて貰うわよ」



 ヴィオラがとても恐ろしい笑顔で迫ってくる。


 口元は優しげなのに目はキツい。絶対に逃さないという捕食者の笑みである。



「うぐ、わかっているさ。

 何でも言ってくれ、今ならなんだって引き受けるよ。

 借りが積み重なって、とんでもない事になってるからね……今なら(ドラゴン)に挑めと言われても断れないさ」



 笑顔とは獣が牙を剥く様に近いと言ったのは誰だろう。


 威圧感に負けて思わず後退った。


 何か拙い事を言ってしまったような、そんな不安に囚われる。



「そう、それは良いことを聞いたわ。

 うふふふ、モンスターの討伐依頼なら山ほどあるのよ。

 新人からベテランまで頑張ってくれているけど、ぜんぜん追いつかないのよね。

 でも、あなたの人外な機動力なら、かなりのペースで片付けられそう。

 うふふふふ……本当に助かるわぁ」



 どすんと依頼書が積み上げられた。リアナは余りの厚みにぎょっとする。


 ぱっと見ただけでは何件あるのか分からないが、かなりの厚みである。


 少なめに見積もっても、軽く百枚以上はありそうだ。


 

「えっ? ええっ!? 幾らなんでもちょっと多すぎないかな。

 そもそも、こんなに討伐依頼って溜まるものだっけ?」



 慌てるリアナを見て、ヴィオラは大きく溜息を吐いた。


 仕方ないわね、この娘はと言わんばかりに説明する。



「貴女、本当に周囲の事が見えてなかったのね。

 ここ一年とちょっと……そうね、ちょうど例の獅子鬼が出た頃からかしら。

 この国でモンスターの被害数が上昇し始めたの」



 例の、と口にする時ヴィオラの表情が揺らぐ。


 ジェラルドの事はいずれ説明しなくてはならないだろう。


 しかし、彼がその化け物になったまま生きているだなんて信じてもらえるだろうか?


 リアナはどう説明したものかと迷う。



「へ、へぇ、そうだったのか」



 ここ一年、依頼のボードすら殆ど見ていなかった。


 討伐依頼の増加傾向なんて把握していないし、全く気にしていなかったのだ。


 まさかこんな事になっていたとは、と驚く。


 改めて自身が一つの事に囚われ、周囲が何も見えていない状態だった事を理解した。



「分かった、僕も覚悟を決めよう。

 このモンスターの山を片っ端から仕留めていけば良いんだね」



「……あ、これは別に貴女の分じゃないわよ。

 貴女にこの支部の現状を伝える為に見せただけ」



 討伐依頼の束を受け取ろうとすると、ヴィオラはひょいとそれを片付けてしまった。


 やってやろうじゃないかと気負っていたところで肩透かしを食らい、がくっと力が抜ける。



「貴女に片付けてもらいたいのは、こっち。

 つい昨日とどいたばっかりなの。

 冒険者組合ラグラ支部の大看板、リアナ・バーンスタインをご指名……それも緊急のものよ。

 依頼人はこの街に滞在しているから、直ぐ会いに行って頂戴」



「はいはい。

 だったら、最初からそちらを出してくれれば良いのに……っ!?」



 差し出された依頼書を受け取り、リアナは絶句した。



「ねえヴィオラ、この依頼って何かの冗談かな。

 もしかして組合は遠回しに許さん死ねって言ってるのかな?」



「残念ながら、冗談でも何でもないわ。

 知ってる人は限られるけれど、実は今この国危ないのよ。

 だから、その対策を立てる為に最高の人材を集めているの。

 貴女が帰って来てくれて、本当に助かったわ」



 依頼人はアルフレッド・バーンスタイン侯爵。


 依頼の内容はまさかの(ドラゴン)討伐軍への参加要請である。





 





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