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21 王国南部の異変

 意気揚々と故郷へ向かった私だが、旅路は遅々として進んでいない。


 一昨日は北に戻る羽目になり、昨日は西に寄り道をした。



 むぅ、また魔物の臭いがする。



 鋭い嗅覚が東から流れて来る風に不快な臭いが混ざっているのを感知した。


 ここ数日で何度も嗅いだ為、姿が見えなくても正体は分かる。



 あっちは小妖鬼(ゴブリン)か……。



 うむむ、と眉間に皺を寄せつつ、足元で動き回っている犬鬼(コボルト)を蹴飛ばした。



「ワゥンッ」



 吹っ飛んだ犬鬼は凄まじい速度で吹っ飛び、近くに立っていた別の一匹を巻き込んで肉片となった。


 現在、街道付近で見つけた犬鬼の群れを駆除している最中である。


 森で出くわしたなら無視しても良いが、人里に近いこの場所となると放置は出来ない。


 この犬面人身の小型獣鬼は人間にとっても大した相手ではない。


 強いて言えば、魔物ゆえの異能が鬱陶しいくらいである。


 魔力を宿した存在は例外なく、強い弱い便利不便の差はあれど何らかの特殊能力を持っている……犬鬼の場合は通常金属を腐食させる力だ。


 魔力を帯びた金属には効かない微妙なものだが、鉄器程度が限界の一般人にはかなり邪魔臭い。


 まあ、犬鬼の戦闘力はそれなりの体格を持った成人男性なら木製の棍棒でも叩き殺せる程度だから、その異能があったところで怖れる必要はないのだが。


 ちなみに私は犬鬼が大嫌いである。


 冒険者になったばかりの駆け出しだった頃に、全財産を叩いて購入した武具一式を駄目にされたことがあるのだ。


 今からすれば安物の片手剣と鎖帷子で一山幾らといった代物だったが、それでも村から旅立ったばかりの元農民には高い品だった。


 それだけではない。


 農民として暮らしていた頃にも、村を襲った犬鬼の群れが家族や隣人達の農具を腐らせた事がある。


 あの後、農作業にどれほど苦労したことか。


 犬鬼は私から逃げようと必死の形相で駆け回る。



 だが逃さん。犬鬼は死んでおけ。農民と駆け出し冒険者の仇敵に慈悲などやらん。



 今は魔物の我が身なれど、きっぱりはっきり人間贔屓なのだ。


 特に農民と冒険者は贔屓し倒すと決めてある。



「ギャンッ」



 逃げ回る犬鬼を追いかけ、そのまま踏み潰す。


 戦っているという手応えは全くない。まさしく駆除作業である。


 ちなみに犬鬼の駆除はどこの街の冒険者組合でも常時依頼として存在しており、討伐証明部位を提出すれば事後報告で報酬を得られるようになっている。


 これが意外と良い収入になるのだ。


 大物の討伐依頼を受けようとしたら、古参の冒険者に依頼書を取り上げられ「魔物と戦うなら、まずは犬鬼狩りから始めよ」と言われたのが懐かしい。


 あの後、近場に出没する奴らを根絶やしにする勢いで狩りまくったな。



 まあ、今の私が幾ら狩ったところで報酬を貰えるとは思えないがな……。



 考え事をしている間に犬鬼は全滅していた。


 ならば、今度はここから少し東の位置に居るだろう小妖鬼を片付けるとしようか。


 小妖鬼も犬鬼と同じく、討伐対象というよりは駆除対象に近い小型の亜人系魔物である。



 近場に冒険者が居るのなら任せるのだがなぁ……。



 私が狩ってしまうと駆け出したちの収入源を潰してしまう為、本来はあまり良いことではないかもしれない。


 が、少しばかりこの地域の様子が変なのだ。


 昨日は小妖鬼と豚鬼(オーク)、一昨日は大悪鬼(オーガ)、その前は何かよく分からない魔獣の群れ。


 このように魔物との遭遇率がおかしいのである。


 勿論、私の五感が鋭い為、発見しやすいという理由もあるのだが……積極的に探しているわけでもないのにこうも遭遇し続けるのは、ちょっと異常だ。


 冒険者や兵士達が戦っているのも何度か見かけたが、どうにも討伐ペースが追いついてない。


 そんな理由から、余計な世話かなと思いつつも魔物狩りに精を出しているわけだ。


 狩った魔物は食糧として消費している。


 魔力を持った生き物は例外なく苦くて不味いから嫌なのだが、無駄にするのは勿体無い。


 というのが魔物を積極的に食し始めて気が付いた事がある。


 なんと、この肉体は魔力のある物を食うと、その力の一部を取り込めるようなのだ。


 我が身に既に宿っている魔力の総量からすると、ほんの微量……大樽に小匙で足していくような感覚だが、確かに増えている。


 これ以上強くなってどうすると言われそうだが、敢えて無為にする理由もないからな。




※※※




 魔物の駆除をし、微妙に進んだり戻ったりしつつ旅を進めていた。


 そんなある日の事である。



 争いの気配……しかし、これは魔物ではないな。


 やりあっているのは人間同士か?



 私は少々げんなりとする。


 ここ最近、魔物の退治を繰り返した結果、争いごとはもうお腹一杯になってきた。


 流石に人間同士の諍いにまで首を突っ込みたくはない。



 ……とはいえ、盗賊が誰かを襲っているとかだと放置するのは寝覚めが悪いか。



 溜息を吐きつつ、少しだけ様子を窺うことに決める。


 相手は人間で知恵がある存在、ならば私の姿を見せるだけでも逃げ出すだろう。


 かくして私は気配を抑えつつ、移動を開始した。



「武器を捨て、おとなしく投降せよ。

 今ならまだ罪には問わぬ」



「ふざけるなっ! 絶対に断る!」

  


 彼らは大声で怒鳴りあっていた。


 その為、然程耳を澄まさずとも人間達のやり取りがはっきり聞こえる。


 双方、対面の相手に注意が向いているらしく、様子を窺うこちらに気が付いた様子はない。


 ここはもう少し状況を把握するべきと観察する。



「もう一度繰り返す。

 武器を捨て、後ろの娘をこちらに差し出しなさい。

 今なら逃亡の罪は問わない。

 君たち二人とも、道に迷って帰れなくなっただけとして処理しよう」



 片方は兵士らしき人物が五名。


 口髭の立派な代表らしき人物……おそらくは隊長が前に出て、降伏勧告を行っている。


 槍を持ち胸甲を身につけた姿は、見慣れたレグナム王国一般兵の姿だ。


 装備が綺麗で身形も清潔そうだから、脱走兵などの類ではあるまい。



「嫌だ! 絶対に嫌だ!」



「……」



 そして、もう一方は簡素な格好の男女という組み合わせだ。


 二人ともまだ若く、まだ二十歳前に見える。


 男は庇うように前に出て、女はその後ろで不安そうにしていた。


 どちらも服装はそこら辺の一般人、といった風体である。


 手荷物も殆どないようで、取る物もとりあえず逃げ出した、という雰囲気が伝わってきた。


 兵士達に敵意を剥き出しにしており、かなり感情を高ぶらせている。


 一応、男は剣を構えているのだが、隙だらけだから正式に訓練をしたことはないのだろうな。


 また、兵士達に向けた剣先がぶれにぶれているあたり、腕力も弱そうである。



「村長からそちらの娘が生贄に選ばれたと聞いている。

 これは村人同士の話で決められたという話だが?」



「だからどうしたっ!

 サーシャを化け物の餌なんかにしてたまるかよっ!」



「ジャックぅ……」



 男は猛り、女はその背にすがり付いて涙を零す。


 兵士たちは弱りきった表情で顔を見合わせていた。


 丸っきり悪者扱い、これはやり難いだろう。



「正直、同情はするが……そちらのサーシャ殿が逃げれば、別の人間が犠牲となる」



 髭の代表は一瞬、眉を顰めるが直ぐに表情を殺し、感情を交えず淡々と勧告を続けた。


 その態度が気に障ったのか、ジャックなる男はますます怒り叫ぶ。



「ざけんなっ、知るかっ!

 だったら他の奴が死ねっ、サーシャに押し付けるんじゃねぇっ!」



「押し付け合いや不当な命令の結果ではなく、監督者の目の下に不正の無いクジ引きで選ばれたらしいではないか。

 だとしたら……」


「煩せぇっ! 煩せぇ、煩せぇんだよっ!

 兎に角、俺は絶対に認めねぇっ!

 だいたい化け物倒すのは国の仕事だろっ!

 てめぇら兵士の仕事だろうがっ!

 怠慢こいてんじゃねぇよっ!

 行けよ、今すぐ化け物倒しに行けよっ、仕事しろよ責任果たせよふざけんなぁぁぁぁぁぁっ!」



 これはなんとも面倒臭い状況に出くわしてまった。



 生贄ってなんだ?


 どう考えても碌なもんじゃないだろう、これ。


 しかも……レグナムの正規兵が動いて確保に回っている?


 という事は国主導で何かやろうとしているのか?



 多発する魔物との遭遇といい、何かとんでもない厄ネタにぶつかった予感がした。




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