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13 海の悪魔

 大海魔(クラーケン)


 曲がりくねる者を意味する名を持つ巨大な怪物である。


 海の悪魔とも呼ばれ、海に暮らす人々が最も怖れる存在である。


 巨大な多足類が魔力を得て変質し、更なる急成長して生まれるという。


 その最大の特徴は大きさである。


 小さなものでもちょっとした城砦並みのサイズを誇り、過去に確認された最大級の存在になると島と見間違えるほどだったらしい。


 嘘か真か定かではないが、とある船団が海面に浮かび上がって漂っていたクラーケンを島と誤認して上陸し、一夜を過ごしたという話があるほどだ。

 

 討伐記録が少ない為、冒険者組合での危険度数は不確かだが……それでも50を下回る事はないだろう。


 ちなみに50というのは私が人間の頃倒した最強の魔物、牛鬼(ミノタウロス)の種族上限に近い設定値である。



 実物を見て思ったが、あれは人間だと戦い難い。


 まず、単純に大き過ぎる。


 大きいという事はその分、力が強いという事である。


 あのぶっとい触手に絡みつかれたら、かなり大型の船でも絞め潰されてしまう事間違いなしだ。


 そして、体の大きさに比例して体皮や肉もゴツく分厚くなっていく為、武器が刺さらない。


 仮に人間が扱う最大級の大きさの槍を突き刺せたとしても、筋繊を穿つ程度で内臓などの重要器官まで刃が届かないだろう。


 ダメージを期待できるのは艦船に搭載された大型兵器か、優れた攻撃魔術の使い手くらいに限られてしまう。



 次に戦いの立地条件が最悪である。


 戦闘場所が海に固定されてしまうのは最悪に近い。


 海上での戦いとなると、空を飛ぶか、船を操るか、泳ぐ必要があるがこれは相当な制限となる。


 空を飛べるとしたら魔術師だが、彼らは同時に複数の術を扱えない。


 それでは近付いたり逃げ回ったりする事はできても、攻撃が出来ない。


 船で戦うとしても艦載兵器は稼動域などの問題で攻撃できる範囲が限られる為、海中に潜られてしまうと辛い。


 泳いで戦うのはマーメイドやマーマンといった魚人でもない限り、ただの自殺行為に終わると思う。



 海中での戦闘になるともっと悪い。


 水中での長時間呼吸を可能とする補助術がまず最低条件だが、このニッチな術を扱える者自体が希少である。


 そして攻撃手段はもう魔術択一になるわけだが、攻撃によく使われる炎術、地術、風術あたりは海中だと効果が落ちる。


 火を放っても熱を奪われ、土の弾丸は水圧に邪魔をされ、風に至っては操るべき大気が存在しないので使うこと自体が困難、水は問題なく扱えるが攻撃対象となる大海魔自体が水に高い耐性を持つ。


 ここまで不利だと、もう笑うしかない。



 では、過去どうやって討伐されたのか?


 私が知っている範囲だと、過去二回は倒されている。


 海の覇者と呼ばれたロアール海洋帝国が自国の保有する軍艦のほぼ全てを対クラーケン専用に魔改造し、数の暴力でもって仕留めたのが一つ目。


 なお、討伐には成功したが一戦にして艦隊を壊滅状態に追い込まれ、大きく国力を減じたという。


 伝説の大魔術師として名を知られるオリオールなる人物が、戦略級の炎術でもって海底火山を爆発させ焼き殺したという話がもう一つ。


 こちらも戦闘の結果、海域が荒れ人が近付けなくなったというおまけがあった。



 大海魔について長々と語ってしまったが、結論を言おう。


 あれは偶々出くわした軍艦一隻がどうにかできる相手ではない。




※※※




 レグナムの軍艦は見事な戦い振りを見せていた。


 大海魔は触手を高々と振り上げ、振り下ろす。


 船はそれを素早い回頭からの急加速で鮮やかに回避、触手が海上を叩いたせいで発生した波の煽りも凌ぎきる。


 金髪指揮官の的確な指示、船付き風術師の瞬時に風向きを吹き変える力量、それらに遅れることなく応えた兵士達の操艦能力が成した神技だ。


 だが、大海魔がその一撃で諦める筈も無く、次々と触手をくねらせた。


 絡み捕らえようと、叩き潰そうと、下から突き上げようとする。


 軍艦は急加速、急減速を繰り返す事で狙いを誤らせ、更にジグザグ蛇行を組み合わせて攻撃を掻い潜る。



 よくもまあ、あの巨艦であれだけの動きを……普通なら転覆するぞ。



 魅せる為の浪漫艦だと思いきや、その能力は相当なものがある。


 いや、船が凄いのではなく、乗っている軍人達の実力が突き抜けているのだ。


 特に凄まじいのは白マントの老魔術師、本来あのサイズの船なら数人の風術師が協力して動かすのが普通だというのに、一人で全てをこなしている。


 冒険者という職業柄、強者に関する情報は聡いはずだが、あれほどの使い手がレグナム海軍に居るとは知らなかった。


 彼ほどの使い手がいれば、船の大きさが機動力を殺す事もないだろう。


 あの老人に合わせて作ったらあのサイズになったのかな、とも思う。


 彼らは大海魔の攻撃から逃げるばかりではなく、時折攻撃にも転じて見せた。


 回避行動の合間で再装填した重弩砲を放ち、動き回る触手を撃ち命中させる。


 ただし、矢は分厚い皮膚に弾かれて全く刺さらない。


 船が風を不要とする一瞬のタイミングを活かして、老魔術師が強烈な風をぶつける。


 残念ながら、触手を僅かに仰け反らせる程度の効果しかなかった。



 予想通りだが、ろくに効いていないな……。



 彼らそれでも奮戦し続けるが、人にも船にも限界はある。


 まず最初に老魔術師が膝を突き、血を吐いた。


 彼が相当な無茶をしていたのは魔術に明るくない私にだってわかる。


 風が止まり船の動きが鈍った瞬間、触手が帆柱の一本を捕らえ、そのまま圧し折った。


 衝撃で船は大きく揺らぎ、兵士達が海へと放り投げられる。


 金髪指揮官が被害状況の周囲に報告を要求し、その答えに青ざめた。


 触手の動きは止まらない。


 甲板に伏し、壁や柱にしがみ付いて、船の動揺に耐える兵士を叩き潰そうと迫る。


 金髪指揮官の唇が震え、紡いだ言葉。


 それを極限まで研ぎ澄まし、魔力増幅まで掛けた私の五感が拾う。



「……もはや、これまでか」



 どうやら、終わりのようだ。



 轟と風が唸り、これまでで最大級の一撃が海面を叩いた。


 海は爆発したように飛沫を散らし、荒れに荒れた。



 ただし、終わったのは大海魔の方である。



「何が起こった……」



 金髪指揮官が発したのは安堵と困惑。


 見れば、船を叩き潰す筈だった触手が外れた位置を叩き、そのまま痙攣を繰り返している。



「あれを見ろ!」



 兵士達が海中を指差して騒ぎ始める。


 そちらでは大量に流れた血が海中を赤黒く染めている。


 人間が数人血を流した程度でこうはなるまい、と感じさせる赤さ。


 大海魔の本体が浮かび上がってきたのだ。


 その体のど真ん中には、太っとい杭が深々と突き刺さっている。


 私が投げた杭である。



 烏賊串お一つ、お待ちどうさまでした。



 その辺の大木を引っこ抜いて先端を尖らせただけの、武器と呼ぶには粗末過ぎる玩具だが……結構効いただろう?




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