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11 水を制する方法

 


「ゴァァァァァァァァァァァ!!!」



 やっとの事で水中から脱出した私は、思わず歓声を上げた。


 そして極限まで酷使した心肺機能を休めるべく、砂浜に身を投げ出す。


 倒れこんだ瞬間、地が震えたような気がするけれど、気にしている場合ではなかった。


 心臓が激しく鼓動を打ち、肺が酸素を求めて喘ぐ、手足は重く疲労しており、頭も余り働かない。



 ああ、空気が美味いな……。



 獅子鬼の体はどう頑張っても水に浮かなかった。


 慌てた私は海底を走って陸地を目指したのだが、これが中々しんどかったのである。


 地上であれば圧倒的な機動力を誇る獅子鬼だが、巨躯が大きな水の抵抗を生む、濡れた鬣や体毛が邪魔臭い、足元が泥濘状態だから足を取られると散々。


 挙句、動く度に泥が巻き上がる為、視界が悪くなり方向を見失いそうになる。


 鮫や亀などの水棲系魔物が邪魔をしてくるのもきつかった。


 弱いが機動力だけはあるから、仕留めるのに時間が掛かって仕方がない。


 大物っぽいのが近寄って来なかったのが不幸中の幸いである。


 遠くにちらっと見えた巨大な烏賊っぽい奴は、かつて噂で聞いた大海魔(クラーケン)だったのではなかろうか……あれに絡まれていたら流石にヤバかったと思う。


 終いには息が苦しくなってきて、生命の危険を感じるところまで追い込まれていたのだから。



 ああ、本当に死ぬかと思った……。



 あらゆる敵を一蹴する無敵の怪物たる私が、まさかこんな下らない事で死に掛けるとは……。


 自分で試したお遊びで溺死するとか、間抜けすぎて笑い話にもならない。


 人間の頃得意だっただけに、まさか今の自分が泳げないだなんて思わなかった。


 事前に浅瀬で浮くかどうか確認しておけば良かっただろうに、我ながら愚か過ぎる。


 まあ、原因ははっきりしている。


 獅子鬼は全ての面で人間を圧倒している、そんな思い込みと身体性能への慢心が間抜けな事故を生んだ。



 まさか、人間に出来て獅子鬼に出来ない事があるとはなぁ……。



「グフッ、グフォッ、グフフッ……グガッガッガッ!!」



 不意に笑い声が零れた。


 やがて、堪え切れなくなり、大声を上げて笑い転げた。


 獅子鬼は重過ぎて水に浮かない、泳げない。


 この無敵の化け物にも出来ない事があるという。


 喜ぶような事ではないし、むしろ弱点が存在する事を嘆くべきなのだろう。


 なのに私は出来ない事があるという事実が面白く、楽しい。



 我が身は無敵に近いが万能にあらず、不死身に近いが死ぬ時は死ぬ……か。



 当たり前の教訓をこんなバカバカしい学び方をするはめになろうとは。


 思えば、この体になってから全力を出し切ったのも初めてである。

 

 強靭な肉体は早くも体調を整えつつある。


 呼吸が整い、心拍数が戻り、それに引っ張られて精神も落ち着きを取り戻す。


 そして自身を使い切った時に感じる心地の良い疲労感だけが残る。


 訓練を終えた後に、戦いを潜り抜けた後に当たり前のように感じていた、この感覚。


 自然と顔が綻ぶ。


 私は今日、失ったと思っていたものを一つ取り戻したのだ。


 それがどうしようもなく嬉しく楽しくて、砂浜をごろごろと転がった。



 全身砂だらけになって後が大変だったのは、ご愛嬌ということで。




※※※




 さて、私は諦めが悪い生き物だ。


 出来ない事を出来ないままにしておくのは、口惜しくてたまらないタイプなのである。


 私は海に挑み、完璧に敗北を喫した。


 勝手に挑みかかって、勝手に死ぬ手前まで追い込まれたわけだが、負けっぱなしというのはダメだろう。


 だから私は泳ぐ練習をする。


 泳げるようになるまでこの場を離れない、そう決めた。


 じりじりと皮膚を焼く太陽光が、寄せては返す荒波が掛かって来いと挑発しているようだ。



 必ず泳いでやるぞ、覚悟するが良い。

 


 ……と、意気込んでは見たものの物理的な問題が立ちふさがる為、水に浮くのは難しい。


 多少頑張って手足を動かしたところで必要な浮力は得られまい。


 今まで気にした事が無かったけれど、この身はとんでもない超重量級なのである……まあ、歩くだけで地面が揺れたり砕けたりするレベルなのだから今更か。


 というわけで、私が泳ぐ為には単純な泳法とは別のアプローチが必要だ。


 実はその方法に心当たりがあったりする。


 それは魔術である。


 魔術の中には水中での活動を補助するものが存在するのだ。


 私が知っているだけでも、水中で呼吸を維持する術、水中で体温を維持する術、水流を操りその流れに乗る術、水圧を調整して体を守る術などが存在する。


 そのうち幾つかは冒険者仲間に使い手がいたので体験した事もある。


 かつての私は純粋な戦士で、魔術関連は全く扱えなかった。


 だが、これは興味が無かったからではない。


 単純に身に宿った魔力が乏しく、魔術を扱う適性がなかったからである。


 しかし、今なら話が違う。


 伝説を信じるなら獅子鬼は生きた魔力の塊で、その内包量は最高峰の魔術師すら裸足で逃げ出すレベルだ。


 だから、きちんと練習すれば絶対に使えるはずだ。


 ……まあ、問題はどうやって練習するかなのだが。


 当然、人類が扱う複雑精緻な魔術式など教えてくれる者は居ないので、獅子鬼流の魔力を放出する技を利用する形でやるしかない。


 現在、私が意識して扱える魔力コントロール方法は三つ。


 一つは咆哮に魔力を乗せる事、次に脚からの魔力放出で地面を揺らす術、武器を振るう際に衝撃波として魔力を放つ技。


 この中で応用が利くとしたら、やはり脚からの魔力放出だろう。


 水中で水を蹴る動作に合わせて魔力を放出、そして手で水を掻く動作にも同じように魔力放出を加える。


 獅子鬼の巨大な魔力を無駄なく放てば、莫大な推進力を得られる……と思う。


 では、水泳の動作に魔力放出を重ねる事は可能か?


 脚は日頃使っている技の延長線上だから問題ない。


 難があるとすれば手の動きに合わせて魔力放出する方だが、これも難しいだけで不可能ではない筈だ。


 何故なら、私は剣を握る事で手からの魔力放出を成功させているからだ。 


 これはおそらく集中力の問題だと思う。


 うむ、なんとかなるさ。気楽に行こう。


 海で溺れたのは黒歴史確定の情けない事件だったが、魔力コントロール訓練をする切っ掛けとなった。


 だから、良しとしよう。



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