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10 海に挑みて

 私は照り付ける太陽の眩しさに目を細めた。


 力強く吹き抜ける潮風が鬣を踊らせる。


 陽射しを反射して輝く水平線は果てが見えぬ。


 寄せては返す波の音が耳に楽しい。


 海である。


 久しぶりの海である。


 森より出て南西の方角に進んだ私は海岸線へ辿り着いた。


 もう少し南下すれば、かつて拠点としていた港湾都市ラグラが見えてくるはずだ。


 懐かしき街並みを思って頬を緩める。


 市場には我が国の特産品と異国より届いた品々の両方が並び、それを求める人々が絶えず行き交う。


 そんな活気に満ち溢れた光景を眺めつつ、香辛料の利いた肉の串焼きや果汁たっぷりのドリンク類を楽しんだものだ。


 ラグラはレグナム王国の王都にも負けぬ大都市である。


 陸路と海路の結節点という特性は経済面で王都以上の重要性を持つという。


 立地的に多種多様な物資が手に入るから訪れる人が増える。


 旅人の多さから宿泊施設や外食産業が発展した。


 滞在する人々を目当てに賭博場や娼館といった娯楽系の施設も充実している。


 人の出入りの激しさは治安の悪化に繋がる場合もあるが、揉め事は冒険者にとっては飯の種だ。


 寝床と食事が何時でも容易に確保でき、金さえあればどんな物資も調達可能、収集や護衛の依頼が絶えないので仕事にも困らない。


 だからラグラは冒険者にとって過ごし易い環境なのだ。


 ……という内容を冒険者組合の受付嬢が以前喋っていた。


 お喋りな受付嬢をはじめ、あの街には今も多数の友人が暮らしているはずだ。


 できれば彼らに挨拶をしたいが……無理かな。


 今の私が近付けば魔物の襲来だ防衛戦だと大きな騒ぎになると思う。

 

 人の言葉さえ話せればまだやりようもあるのに、会話不能な我が身が歯痒い。


 そういえば冒険者組合の近くに私名義の建物があるのだが、あれは今どうなっているのだろう。


 ……まあ、考えたところでどうにもなるまい。



 さて、今はそんな事など忘れて雄大な景色を楽しもうではないか。


 いや、景色を楽しむだけでは勿体無い。


 海に飛び込み一泳ぎするとしよう。


 化物になってからというもの水と親しむ機会は魚獲りや行水程度で、未だ泳いだ事はない。


 私は泳ぎが得意である。


 ゆっくりと時間をかけて長距離を泳ぎ切るのもいけるし、短い距離を短時間で一気に泳ぎ切るのにも自信がある。


 それは海辺の街に住む人間として当然の嗜みだ。


 ちなみに農村から出てきた私が泳ぐ技術を身に付けられたのは、冒険者組合で徹底的に扱かれたおかげである。


 立地条件的な問題で冒険者としての依頼も海に関わる内容が増える。


 護衛として船に乗る依頼も多ければ、海の魔物の討伐を依頼される事も多かった。


 海に落っこちて溺れ死にました、などという事故が多発しては堪らない。


 結果、ラグラの冒険者組合では武器の扱いなどに加え、基礎的な泳法も教えるようになったのだ。


 学んでいる最中は何度も死ぬかと思った私だが、最後には教える方に回っていた。


 確か授業料は一刻で銀貨3枚で、晩飯一食分くらいだったか。


 軟弱な人間だった頃でさえ、人に教えられる程度に泳げた。


 ならば、この怪物中の怪物の肉体ならどれだけ泳げるか……正直、想像もつかない。


 これは予想だが、大陸間を泳いで横断できたりするのではなかろうか?


 どんな結果が出るか実に楽しみだ。


 周囲を見渡せば、少し離れた位置に切り立った崖がある。


 助走するだけの広さがあり十分な高さもあるようだから、飛び込み台の代わりに丁度良さそうである。


 私は笑みを零して崖を攀じ登る。


 些細な事だがこうして崖を崩すことなく登れるようになったのも、一年の訓練があってこそだ。


 以前の私だったら、力加減を間違え途中で崖を崩してしまった筈だ。


 ほぼ惰性で続けていた身体感覚の調整だったが、こうして効果が実感出来ると嬉しいものがあるな。


 えっさえほいさと攀じ登り、程無くして頂へと辿り付いた。


 高い場所から見る海もまた素晴らしい。


 私からすればちょっと高い程度だが、人間から見ればかなり険しいという表現になるだろうこの場所。


 ここなら暫く置きっぱなしにしても誰も来るまいと、荷物を並べ、腰巻も脱ぎ捨てた。


 軽く準備体操を行って体を解し、深呼吸を数回、崖の端から少し距離をとる。



 いざ行かん大海へ!



 助走を開始、我が身は一瞬にして疾風と化す。


 歩幅を調整し上手く崖際に利き脚の最後の一歩を合わせ、蹴り崩さぬように細心の注意を払いつつ踏み切った。


 瞬間、獅子鬼の巨躯が空を舞う。


 両腕をまっすぐに伸ばし、体勢が崩れぬようにバランスをとった。


 轟々と風を切って飛び、ぐんぐんと飛距離を伸ばす。


 伸びる、伸びる、伸び……ちょっと伸びすぎじゃないか、と思うほどに飛んだ。


 そして、着水。


 ざばぁん、と派手な水飛沫を撒き散らし、そのまま水中へ。


 どんどんと潜っていく。


 人間ならば魔法でも使わなければ厳しいだろう深さまで一瞬だった。


 周囲を見れば魚達が驚いて逃げ散っていく。


 私は足をばたつかせて水を蹴る。


 体は更に海底へと突き進み、徐々に周囲が暗くなっていった。


 しかし、この程度の暗さは暗視能力を備えた魔獣の目には障害にならない。


 遠くを泳ぐ生物や海底を彩る珊瑚など、美しい光景がはっきりと見える。


 こんな場所に来れるのは魔物だからこそだ。


 ならば、これこそ私の求める魔物ならではの冒険と言えるのではなかろうか。


 私は幻想的な光景に感動し、酔いしれた。



 さて、膨大な肺活量を誇る獅子鬼とはいえ陸上生物、永久に息を止めていられるわけではない。


 なのでそろそろ浮上すべきだろうと、強靭な両腕で水を搔いた。


 しかし体は一向に浮き上がらず、更に沈んでいく。



 な、なんだとっ!?



 脚をばたつかせ、腕で水を掴もうとするも、一向に変化なし。


 私は焦った。


 この肉体を得てから初めて危機感を覚える。


 久しく泳いでないとはいえ僅か一年、その程度で動きを忘れるはずがない。


 ならば、何が悪いのか。



 ま、まさかこの体……重すぎて浮かないのか!?



 鋼に勝る強度の体毛、全身を多う圧倒的な質量の筋肉、魔剣の一太刀だろうが断ち切れぬ骨格。


 この肉体、どう考えても浮力を得るに適さない。



 こ、これは困ったぞ、どうすれば……。



 手を動かし、足を動かし、思いつく限りの悪足掻きをするも効果無し。



 ぬ、ぬぉぉぉぉぉぉ!



 我が身は飛び込んだ勢いのまま突き進み、最後にはずぅんと頭から海底へと突き刺さって止まった。



 


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