01 冒険者、死す
目の前に立つ怪物を倒さんと剣を振るう。
十分に加速し、体重を乗せ、最適な角度で放った理想的な一撃だったと思う。
そして我が手にあるは自慢の愛剣。
古代ドワーフ製と思われる両手剣で、現代では解析不能なレベルの高位魔紋が多数記された業物だ。
魔紋の効力は切れ味の維持や強度の強化、傷ついても自己再生するなど多岐に渡る。
売り手の言葉を信じるなら、上記の能力に加えて秘められた力まであるという。
正に魔剣と呼ぶに相応しい一品である。
闇市のオークションで偶然目にし圧倒的な存在感に一目惚れ、紆余曲折の後、冒険者になって稼いだ金の大半と引き換えに手に入れた。
入手してから今まで斬れないものなど無かった。
そう、今までは。
「なっ……!?」
鉄塊に斬り付けたかの如き異様な手応え。
渾身の一撃は敵の胸元に命中し、体毛を切り裂き、ほんの少し肉を傷付けたところで止まっている。
敵はあまりにも強靭過ぎた。
「おいおい、嘘だろう……」
信じられない結果に呆然として、私は動きを止めてしまった。
止めたと言っても、ほんの一瞬だ。
しかし、それは致命的だった。
怪物が無造作に爪を振るう。
私はそれを避けきれず、胴体を両断されて死んだ。
ジェラルド・アボット。
レグナム王国西部の港湾都市ラグラを拠点とするヒューマンの男性。
職業、聖銀級冒険者。
隊商の護衛任務中に災害指定モンスターである獅子鬼と遭遇。
隊商を逃す為に囮となって戦い死亡、享年31歳。
※※※
魔力を宿し異能を操る生物を魔物と呼ぶ。
魔物の中でも人の胴体に獣の頭部を持つ知能低めな亜人種を獣鬼種と分類する。
よく一纏めに獣鬼種と呼ばれるが、多種多様な種が存在し脅威度は天と地ほどに開きがある。
有名なものを挙げるとしたら犬鬼と 豚鬼、牛鬼の三種あたりだろうか。
犬鬼は犬面で平均的な成人男性をやや下回る程度の大きさの小型獣鬼である。
大抵は群れで生活する為、数が厄介だが単体としては怖くない。
武器と鎧をきちんと身につければ、一般人の男性でも相手取れる程度の存在だ。
実際、辺境の開拓村あたりだと少しばかり頭の回る害獣扱いで、村の自警団が定期的に駆除していたりする。
冒険者組合が認定する脅威度は単体で最低の1、群れでも3から5の間といったところだ。
私も何度か討伐を引き受けたし、依頼外でも相当な数を切り捨ててきた。
駆け出しの頃には苦労したこともあるが、今なら相手が何体だろうと負けないだろう。
仮に百匹単位だったとしても、逃げずに襲ってくるなら殲滅してみせる。
これが中型獣鬼の豚鬼となると話が変わってくる。
特別な能力は持たず単純にでかくて力が強いだけなのだが、これが手強い。
特別体格の良い人間が居たとしよう。
豚鬼の体格は最低ラインでもその頭一つ分は上だ。
武器はせいぜい棍棒程度だが、腕力は凄まじく鎧を着込んでいても人間程度は容易く叩き潰す。
防具は無いのが普通で素っ裸だが、分厚い脂肪は打撃に強くそれなりの刃物でなければ通らない。
当然一般人では歯が立たず、戦闘訓練を積んだ兵士や冒険者が複数で当たるのが基本となってくる。
万全を期すなら魔術を扱える者を討伐メンバーに加えたいところだ。
組合の定める脅威度は平均10程度、大物で15といったところか。
私が相手をするなら大物と一対一でも余裕がある……というか大抵一太刀で決着が付く。
これでも冒険者として強い方だと自負している。
大型獣鬼の代表たる牛鬼になるとベテラン兵士で固めた一部隊でも手に負えなくなってくる。
人間の倍近い体躯から繰り出される攻撃はただの拳でも一撃必殺だというのに、魔法の斧や竿状武器などを持っている事が多いから性質が悪い。
魔術に対する抵抗力が高い事も厄介さに拍車をかける。
幸にして迷宮などの地下深くでしか発見されず、人里に被害を出す事は無い。
万が一出くわしたら逃げるしかない物語上の怪物、というのが一般的な評価である。
これを相手取れるとしたら英雄の類、討伐できたら国から勲章を与えられる程の功績。
牛鬼とはそういう生き物だ。
冒険者組合の脅威度は最低で35、最大でも50は越えないだろう。
私が相手をしたらどうか?
実は倒した事がある。
これで国から勲章貰いました……と、言っても一対一とかは流石に無理だったが。
迷宮から彷徨い出た一匹相手に対し、私と同レベルの冒険者数名がチームを組み組織レベルの支援を受けての討伐である。
狩人組合のメンバーが総出で罠を張り巡らせた地域に誘い込み、宮廷魔術師の爺さん達が攻撃魔法を雨霰と撃ち込み、私達冒険者チームが高価な強化系魔法薬をがぶ飲みしてから突っ込んだ。
そこまでやってぎりぎりの死闘だった。
このように種族によって脅威度の差が激しい獣鬼種だが、実は更に強力な他と隔絶したレベルの怪物が存在する。
その名を獅子鬼という。
獅子の頭部に巨人並の体躯を持つ黒の巨大獣鬼。
牛鬼が物語の怪物なら、これはもう伝説級の災害である。
その膂力は石造りの砦を打ち砕き、強靭過ぎる肉体は魔法の武具すら跳ね返すという。
体系立った魔術こそ使わないが生きた魔力塊であり、咆哮一つで衝撃波を放ち、足踏み一つで地震を起こすとか。
その身に宿した魔力の強さは魔術への抵抗力でもある為、攻撃魔術の類はほぼ効かない。
現在知られる最強の攻撃魔法である隕石落しを食らっても平然としているとか。
記録を紐解けば単体で国を滅ぼしたとかいう冗談のような話まで存在する。
その脅威度は最強のモンスターとされる竜種に匹敵し、人間の手による討伐報告は過去から現代まで存在しない。
冒険者組合では竜と並んで脅威度は数値化不能の討伐想定外の生物という扱い。
……私?
すまない、無理だ……というか人間が相手できるもんじゃないだろう、あれは。
獅子鬼という怪物の名前は知っていたし逸話も聞いたことがある、しかし……その情報があまりに荒唐無稽だったので実際の強さに相当な尾鰭が付いていると判断していた。
そもそも伝説的な存在で出くわす事もないだろう、という楽観もあった。
認めよう、ぶっちゃけ舐めてました。
上級魔剣の一撃を食らってほぼ無傷とか在り得ないだろう、本当に生物か。
そもそも気紛れで引き受けた隊商の護衛中にあんな化け物と出くわすなんて思わなかった。
一目見ただけでこれは勝てないと分かったね。
とはいえ、護衛として雇われた以上は最低限の務めは果たさねばならない。
倒すのは無理でも逃げ回りつつ時間を稼ぐ程度ならできるだろう、と思ったのだが……。
甘かった、果物の砂糖漬けよりも甘い考えだった。
牛鬼とも戦えたし戦士として一流の域に到達したな、とか調子に乗ってました。
実際に戦って思ったけれど伝説に偽り無し、牛鬼を比較対象としても赤子と大人並に差がある。
今から思えば、あれは遊ばれていたのだとはっきり分かる。
私を一撃で仕留めた爪撃にしても本気から程遠かったと断言できる。
なぜ断言できるかって?
当然だろう、何故なら自分の事なのだから。
獅子鬼と戦って殺されたと思ったら、気が付けば自分が獅子鬼になっていた。
どうしてこうなったのか原因はさっぱり分からない。
一体何が起こったのだろうか。
まずは最初から思い出してみる事にしよう。
よく分かる冒険者の等級
青銅(登録したて、弱い)、黒鉄、白銀、黄金、魔銅、真鋼、聖銀(通常限界、強い)、神金(特別な功を成した人用の名誉枠)の順番で上がっていく。
この世界の冒険者は自身の実力を示す金属で作られたバッジを身に付けています。