1-9 修練で出来事
俺が佐藤から鞄の話を聞いていると知るとアウルは涙を流さんばかりに感激をしていた。恐らく鞄の事より自分を忘れてなかったことがよほど嬉しかったように思える。
「で、では、あの方は元気なのですか?」
喜びと興奮に溢れた表情で今の佐藤について尋ねてくる。
俺は『肉屋で嫁もいる』と言っていいのか迷っていたが、アウルは既に知っていた。
「お肉の販売店は順調ですか? 奥様とは仲良くされてますか?」
正直、13歳の子供を相手にどれだけ秘密を話してたんだよ! と言いたい。
こちらの気遣いが全くもって無駄であった。
それならば、もう何も隠す必要はないだろう。
近所に住んでいて店の常連であり知り合いでもあるということから、佐藤のお勧めを買い漁り、そして荷物を背負ってこの世界に来たということまで包み隠さず全てを話した。
「え? では、ヨウスケさんがこちらに来られたのはいつですか?」
「アウルと初めて会った日」
アウルの表情が驚きに満ちる。
そして嬉しそうに笑いだした。
それは、まるで自分の運の強さと運命に感謝をしているようにも見えた。
アウルの言った条件とは魔法の鞄のことだった。
もし俺が持っているか、何処にあるかを知っていたら売って欲しいと思っていた。
もちろん、消失してしまった可能性もあったわけだから、なければ普通に売るつもりだったらしい。
「じゃあ、いくらでなら売ってくれる?」
「代金は後払いでいいですよ。鞄と引換で」
「鞄は俺のモノじゃないから。あとの宝は好きにしていいって言ってたけど」
「いいえ、今はあなたのモノですよ。それに…」
続く言葉に俺はひっくり返るかと思った。
「値段は、かるく1000万を超えますよ?」
「――は!?」
アウルはニヤリと笑うと詳しい説明を始める。
「本物のニホントーと呼べるモノは、ヨウスケさんたちと同じ世界の人物が作ったのではないかと私は思ってます。なぜならその人物以外は、まだ誰も同じような品質のニホントーを打てた人はいないからです。そうしますと、ヨウスケさんが持ち込んだ物、いや2度と数が増えることはないでしょうから希少価値はそれ以上です。コレクターと呼ばれている蒐集家には、希少品を手に入れる為に金額の上限を付けない人が多いですからね」
俺は分かる気がした。これしかない! と言われれば欲しくなるのが人情だからだ。
「それに私がお譲りするニホントーは、その人の作品の中では5傑と呼ばれているほどのワザモノです。しかもどうやって手に入れたかも分からない神鉄で作られてます。神鉄は神鉄でしか加工できないと言われていますから、出来栄えにしろ材質にしろ最高の一刀ですよ」
「そ、そんなモノ譲っていいの?」
なぜ? という意味を込めてアウルに尋ねる。
「それはヨウスケさんが、私やあの方と同種の人物だからです」
頭を捻ってみたが、思い当たるフシはない。
佐藤のような戦闘狂でもないし、アウルと同種と言われても、意味が分からず俺は「どこが?」と思わず口から出てしまった。
そんな俺を面白そうに見つめると、アウルはニヤリと口の端を上げて俺の腰に指を差した。
「最初はなぜなのか分かりませんでしたけど、その剣、気に入ってますよね? 歩く姿が嬉しそうなのは、それしか理由がないと思いましたから」
見透かされていたらしい。
恥ずかしいがその通りである。
男の夢と浪漫を体現させたような本物の剣。しかも伝説級と言われる素晴らしい一品。これを喜ばない男などいるわけがない。
そのために、ダモクレスに似合うカッコイー服を揃えたのだし、重くても使い続けたかった理由も本当はそこであった。
カタナがあると言われたから浮気するわけではない。
【暴れちゃう将軍】【水戸老人】【三頭を斬る】などを録画してまで観ていた時代劇ファンの俺としては、最初からカタナもこの世界で使ってみたいと思っていたモノのひとつだったのだ。
現状ダモクレスをうまく扱えない以上は、先に刀を使いたいと思ってしまうのも仕方のないことだろう。
「私はヨウスケさんがお売りになった物とダモクレスで、あなたがあの方と同じ世界から来たのではないのかと考えました。しかしヨウスケさんは家を借り奴隷を買って安住が希望なのかと思い少し残念でした」
今のところは確かにそうだが、やりたいことが自由に出来る強さになるまでは焦らず地盤を固めてから、と思っていただけだ。
「ところが、お金はあるのに冒険者になりました。そして、いちから始めようとしているようで、同行したときに買い物を見てましたが、何に使うのか分からない物を買い集めて、極め付けはニホントーの話を聞いた時の嬉しそうな顔です」
アウルは期待に満ちた顔になり、俺の目を見て自分の本当の気持ちを打ち明けてくれた。
「私はお金儲けがしたくて商人になった訳ではありません。あなたと同じでイロイロと、試してみたい、行きたい、やってみたい! と思っているだけなのです。あなたといれば、それが叶うと思いました。ですから、ニホントーでヨウスケさんが描いている夢の冒険へ進むことが出来るのでしたら、ただでもいいです。その代わり、その話を聞かせてくれて、出来ることなら一緒に体験をさせて下さい。条件と言えばこれが条件です」
今なら分かる。何を俺に期待しているのかを。
清々しいほどいい顔でそう言ったアウルの手を握り、俺はその気持ちに応えた。
「アウル。これからずっと、お互いが冒険人生のパートナーだ」
モノケロスを出てフォルナックスに行きたかった一番の理由は、コルンバの街を探すためだった。
門番兵に尋ねたとき、詳しくは知らないが他の国でここからじゃ遠すぎてどのぐらいかかるか分からない、と言われ、宿屋の亭主にはこの街では詳しい情報など知る人はいないだろうが、どこか大きい街ならいるかもしれないと言われていた。
「その鞄、コルンバの街の近くにあるんだけど、すぐ取りに行く? 街の場所分かるでしょ?」
「いえ、今となっては荷馬車の旅もそれなりに楽しいですし、急ぎませんからヨウスケさんのペースで行きましょう」
刀は手元にはなく、取り寄せるのに2週間ほど掛かるということだった。
毎日来てもらうのは悪いと思っていた俺は、売るものを貯めておくと伝え、冒険者ギルドに売るもの以外はストレージに保管することにした。
アウルを見送ると、俺は受け取った荷車をストレージに収納して家の中に入った。
アルヴァとベアトリスは掃除と洗濯を終わらせて夕食の準備を始めていた。
俺はそんな二人を労わるために、風呂を沸かしてあげることにした。
風呂の準備が終わり、俺が暇そうにソファーに座っていると、ベアトリスはアルヴァにあとを任せて俺の相手をしてくれた。
「ご主人様、もしお暇になるようなときがありましたら、私たちがお相手いたしますので、どのようなご命令のご奉仕もご遠慮なくお申し付け下さい」
お相手、ご命令、ご奉仕……俺はまるで悪代官様だな。
「じゃ、じゃあ、話し相手になってくれる? 出来ればよく聞こえるように出来るだけ近く座って」
アルヴァより大きい2つのマシュマロのようなモノが、偶然、俺の腕や肩に横から当たる素敵な危険を期待していたが、実際にはそんな優しい危険はなかった。
「ベばぼびぶ……びびば……びびばべびばびぶばべぼ…………」
ベアトリス……いきが……いきができないんだけど…………
ベアトリスは、出来るだけ近くに座るために俺の膝に跨がり、出来るだけよく聞こえるように両手を俺の頭の後ろでガッチリと組んだ。
その結果、アルヴァより断然大きいと判明した2つの巨大マシュマロようなモノのあいだに、俺の顔が埋まって窒息死する危険はあった。
「ご主人様! 出来るだけよく聞こえるように出来るだけ近くに座りました!」
俺は薄れゆく意識の中で、ベアトリスがアルヴァの妹だということを思い出していた。
そのあと、2つの甘い香りのする吐息を交互にたっぷり吸引すると意識が戻り目が覚めた。
俺の意識が戻ったことを泣きながら安堵している二人に、このように吐息を贈るためには、唇接触をする修練も必要だと身をもって教えたかったのだと説明した。
それでも申し訳なさそうな顔のベアトリスのために、夕食時に【俺にはベアトリスが必要】だと分からせることに効果のある唇接触の応用スキル【あーん】を実践させてあげた。
夕食の後片付けが終わり、お風呂の時間となった。
疲れている二人を待たせるのは可哀想だと気を利かせ、限りある時間の節約の為にも一緒にお風呂へ入ることを決断した。
はやく家事のスキルを覚えられるように、俺のカラダを掃除させてあげたり、髪を洗濯させてあげて、自らの身を挺して姉妹に貢献をした。
しかし、二人の掃除があまりにも丁寧すぎるので、体内の一部にだいぶ溜まった俺の次世代の種子がこの異世界に羽ばたくのも時間の問題だろう。
翌日は冒険者ギルドで依頼書を確認してから森へ向かった。
昨夜も、アルヴァの献身による俺の肉体強化の修練は実行されて、寝不足気味ではあったが、今日も狩りをするのが楽しみだった。
依頼書にあった魔イノシシには出会えなかったが、代わりに魔タヌキと出会えた。
そしてダモクレスによる一刀両断が、ど真ん中で綺麗に決まってしまい高額部位が茂みの中に転がり落ちた。
俺はなぜか触りたくないのでただ見ていただけだが、高額だと知っているアルヴァとベアトリスは必死で探していた。
新しいスキルを覚えた。
ジャンプとダッシュである。獲物に飛びかかって切りつけたらジャンプを覚え、逃げた獲物を追いかけたらダッシュを覚えた。剣術と斬撃のスキルは初獲物のときに小隊編成と一緒に覚えていたが、全てまだLv1だった。
それにアルヴァとベアトリスを買ったときに契約を受けただけで、契約のスキルも覚えていた。
思うに覚えるだけなら、一度でもそれを行えばスキルを覚えられて、それが他者からの恩恵でも取得出来るようだ。
しかし、スキルのレベルを上げるのは、いくら他の人より早いと言っても、ある程度はこなしていく必要があるらしい。
物陰に隠れている獲物にジャンプを使ったり、逃げようとする獲物にダッシュを使って仕留めると効率が上がる。
ただ、技系や身体能力系のスキルは使うだけでも体力を消耗するのに、ダモクレスを持ちながらでは腕がもたないので多用は出来ない。
それでも、串刺し体と刺殺体にいう真っ二つ以外の獲物が作れるようになって、刺突のスキルも覚えることが出来た。
ますますダモクレスより軽いニホントーで戦える日が楽しみになった。
それから暫くの間は、朝起きて、朝ご飯を食べて、狩りをして、アルヴァのお弁当を食べて、狩りをして、冒険者ギルドで魔珠と依頼書にある獲物を売って、夕食を食べて、三人一緒にお風呂に入って、我慢して、三人一緒に寝て、煩悩を退散させて、寝不足になって、朝が来るを繰り返していた。
冒険者ギルドに登録してから9日目、ついに見習いを卒業してクラスEになった。
見習い期間は通常もっと長いらしいので、ダモクレスの活躍のおかげと言えた。
それでも昇格したことは嬉しかったので、慰労とお祝いを兼ねて、俺は精力のつく食材を買い集めて、アルヴァに料理してもらい三人で労おうと思ったのが始まりだった。
そして事件は起こった。
それは日常、日頃から日課として幾度も繰り返されている修練の最中での出来事である。
剣術スキル持ちのベアトリスの手腕はもはや素人の域を脱していた。
俺はアルヴァの心の籠ったパワーのつく料理を堪能しすぎたせいで、この世界に来てからずっと溜め込んでいた夢と希望を液体に乗せて打ち上げてしまったのだ。
正面で俺のカラダを洗っていたアルヴァの胸に命中した液体を、ベアトリスは指ですくい上げて不思議そうに眺めていたが、アルヴァはなぜか感激に震えていた。
俺が身体を硬直させて発射した夢と希望をその胸で受け止めたアルヴァは「ご主人様! ついにやりました!」と言って、俺の夢と希望にまみれたままのカラダで抱きついてきた。
「私も少しは成長したようで、ご主人様の体を一部だけではなく、一瞬でしたが全身を硬くすることが出来るようになりました!」
俺はカラダの前側を重点的にもう一度洗ってもらいながら、どうやってこの【出来事】について教えるか悩んでいた。
そして、俺は決断を迫られた。
寝る前にあの【出来事】の意味を話すべく、二人をお風呂にいたときと同じ姿でベッドに座らせ、俺は立ち上ったまま、そのときの状況を再現させる為に二人の全てをじっと見つめた。
さほど時間を掛けずに打ち上げ前と同じ状態を作り出すことに成功した俺は、やはり真実を伝えることにした。
「先ほどの【出来事】だが、あれは神によって定められた男の宿命だ。あの液体は未来への希望そのもの! 二人のような美しい女性からの献身に対してのみ出現させることが許される、言わば運命のようなモノだ! その素晴らしい【出来事】が起こる瞬間に、感動のあまりカラダが硬直してしまうだけなのだ」
俺が過酷な真実を話してしまったため、アルヴァは悲しそうに俺のカラダを見つめていた。
「では、私が成長してご主人様のお身体を硬くして差し上げられた訳ではないのですね…」
こんな美少女のそんな顔は見たくない。
俺はアルヴァを元気づける為に言葉を重ねた。
「そうじゃない、アルヴァ…。アルヴァのしてくれたこと、ベアトリスがしてくれたこと、それによって俺は宿命を背負える男になれたんだ。そして、それは二人の未来にきっと役立つ。だから、日頃からあの【出来事】を起こすための修練を欠かしてはダメなんだ」
アルヴァは俺の言葉に元気づけられ微笑みを返してくれた。
そして、すでに実力者であるベアトリスは、意気込みも新たに風呂場の【出来事】を再現をさせるために、さっそく修練を試みようと腕を伸ばした。
俺は翌日の狩りに影響が出ないように、二人には数回のみで【出来事】を起こす修練を終了させて寝ることにした。
そのお陰で体力は消耗したが、寝不足は解消された。