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2-37 人の怒られる様を見て我が身を振り返る!

コソコソ……

 俺の正面にいる義父となるクレーメンスは窮地に陥っていた。

 それはクリス主催による大暴露大会が継続中だからである。話題は両親のことに移り、当事者の一人ヒルダの協賛を得てトークにも熱が入る。


 実はクリスの母親のヒルダは別居中である。早い話がクレーメンスがヒルダを怒らせて出て行ってしまったのだ。浮気などが原因ではない。いくら王家から降嫁した元王女とはいえ、今は公爵夫人であり、もし自分が跡継ぎを産めなかったときは側室を取ることぐらいは承知している。


 ただ、元王女を差し置いて側室を取るわけにいかないのも確かなので、ヒルダが無事跡継ぎを産むという使命を果たしている以上クレーメンスは表向き奥様一筋である。実際のところはクリスも不問にしている。


 そのクレーメンスだが数年前にヒルダが大切にしていたものを壊してしまったのだ。それは他家の夫人方が揃って羨望するほどそれは見事な美しい代物、女性にとっては宝石よりも価値のある姿見鏡だった。


 それほどの代物ならば王家から下賜されたものに違いないと皆一様に思っているが、実際には佐藤が一枚だけ日本から持ち込んだものを譲り受けたのである。どういう経緯でかは聞かなかったが、エルと出会う前だったこともあり、心良く譲ってくれたのだという。


 歪みや曇りが全くない鏡を作るのはこの世界の技術では不可能であり、しかも手鏡のような小さなものでもない。それを壊されたヒルダの心中を簡単には語れないだろう。


 当然どこから手に入れたのかとしつこく聞かれることになるので、国王陛下からの下賜品、つまり実父からの贈り物と思われたままの方が都合は良かったのだが、それがアダとなってしまった。


 下賜された品と思われているのだから壊したなどと知れたら、公爵家としての品格を他家から問われることになってしまう。うっかり夫が壊したとは言えず、しかも二度と手に入らないのだから、そりゃあ怒るだろう。そして屋敷を出て別邸へと移り住む。そうすれば、少なくとも鏡が手元にない理由にはなる。それ以前に激オコ中なので家出でもある。クレーメンスもヒルダが大切にしているものと知っていたのだから、何も言えない。


 降嫁しているとはいえヒルダは元王族。公爵夫人としての使命は果たしたが、自分が王家と公爵家の仲を取り持つ役割があることも分かっているので離婚はしない。――が、未だ怒りは収まっていない。


 今まで母親の話が出てこなかったことにも納得である。迂闊に話題に出して追及されれば家の恥を晒すことになりかねない。


 クリスはもちろん母親の味方である。

 今回は娘の婿が挨拶に来るということで、ヒルダがはわざわざ屋敷に赴いている。しかも夫婦喧嘩を一時中断して体裁まで整えてくれたのだ。その夫婦喧嘩の原因は父親が作ったのだから、今やクレーメンスは針の筵状態。クリスとヒルダがここぞとばかり責めたので、話題を変えたくともなかなか切り出せない。


 しかし、そこへ救世主が現る。――俺だ!


「同じものではないと思いますけど、姿見鏡なら持って来てますよ」


 その発言に驚いたのはその場にいる全員。義理の両親夫婦は揃って目玉が落ちそうなほど目を見開いているが、なぜかクリスまで驚いている。


「なんでクリスが驚いてんの? 持ってるの知ってるでしょ」


「だって、あなた。(わたくし)小さいものしか貰ってませんわ」


 そう言えば、クリスがうちへ来た当初は破壊の使者としか思えなかったので、仕舞ったまま出していなかった。ただ、うちには女性が多いというか俺以外は女性しかいないので、各自に百均で買った鏡を渡している。


「あっ、そうだった。うん、でも手鏡だけじゃなくて大きい写し鏡も持ってきてるんだ」


 鏡は佐藤のお勧め品の中でも一押しだったので、百均の物だけではなく姿見鏡も購入している。原価二千円もしない安物だが、枠など取り換えれば良いのだからそれで十分である。高く売れると教えてもらったので、欲張って何枚も買ったのだが持ち込むのには苦労した。梱包を解いて紐で縛り、股に挟むという荒業を使っている。これはアウルにも売っていない代物。いきなり大物を売る気はなかったからだ。


「アウルも聞いてくれれば良かったのに」


「いや、まあ、正直に言えば何度か聞こうとは思ったのですが、姿見鏡などこの世界のものでも相当高価なものですし、持っていたとしてもさすがに譲ってほしいとは言えないですよ。母が嘆き悲しんだことでも分かると思いますけど、なにしろヨウスケさんでももう手に入れることはできないのですから」


 持っていても普通は一枚だけと考えるだろう。確かに相談されていれば一枚しか持っていなくても嫁の母親のためなら譲っている。水臭いと思わなくもないが、だからこそ言えなかったのだろう。それにほかにも理由はあるようだ。


「大体にして壊したのは父ですからね。ここは自分で尋ねるのが筋というものです」


 アウルもこの件に関しては、父親を庇う気は全くないらしい。


 ヒルダもまた俺が姿見鏡を持っていることが意外だったようだ。

 ここ十年佐藤の姿を見た者はいない。誰もが帰ってしまったと考え、ヒルダもそう思っていた。次に現れる者が存在することは知っていても、知り合う機会に恵まれるとは考えにくい。そしてまさかのまさか、自分の娘が射止めてくるなど夢にも思わなかっただろう。それを知り、全く期待していなかったと言えば嘘になるが、男性の俺が姿見鏡なんて物を持ってきている可能性など微かしかない。事実、勧められていなければこんな嵩張るものなど買ってない。


 その元凶のお義父様と言えば……


「婿殿! 頼む、譲ってくれないか! お金で良ければいくらでも。それに、私に出来ることがあれば何でもすると約束しよう」


 ――必死に懇願を始めた。

 

 やはり自分の妻は大切な存在であり仲直りしたいのだろう。……だったら、壊さないように最初から気を付けていれば済んだ話などと責める気にはなれない。いつもなら被告席は俺の専用シート。既視感すら覚えてしまう。


「いえ、お義父さんからは既にいろいろと頂きましたし、お義母さんのためですから差し上げます。それと……」


 どさくさに紛れて義理の両親を馴れ馴れしく呼び始める。


「お義姉さんにも一枚お裾分けしますね」


 驚愕の二枚目と言ったところか。やはり複数枚あるとは誰も思っておらず、持ち込むのに苦労はしたが、それだけの価値はあったようだ。


 お義姉さまが「ど、どうしましょう」と言いながらあわあわしている様を見て、お義兄さまがメロリンしたのも頷ける。可愛すぎる。二児の母とは思えないほど、庇護欲を誘われる。


 きっと若かりし頃のケヴィンは『この女性の笑顔は俺が守る』的な感じでやられてしまったのだろう。


 ところで今お義母さまは感激と嬉しさのあまりに席を立って俺に抱きついている。

 さすがは親子。何がとは言えないが、感触までよく似ている。


 ただ、スペックはほぼ同等でも、強度に若干の違いが出るのは諸事情を鑑みれば致し方ないことだろう。それによって甲乙を付けることはない。どちらもそれぞれ違った良さがあるからだ。


 ヒルダの息子たちはあからさまな安堵の表情を浮かべたあと、感謝の意を込めた笑顔を俺に向ける。とてもじゃないが祖母には見えないヒルダの喜びを見た孫たちも、心なしか安心した様子だ。こんな子供にまで心配をかける祖父兼当主のクレーメンスはヒルダとほぼ同時に立ち上がって、俺の手を両手で握り締め感謝の言葉を述べながら涙を滂沱している。よほど肩身が狭かったのだろう。まあ、元王女の妻が怒って出て行ったのだから風当たりは良いはずもないが。


 姿見鏡は俺の命綱とも呼べる貴重な財産の一つではあるが、別に無駄に大盤振る舞いをしているわけではない。俺は常に女性の味方なので、美しい義母と可愛い義姉を喜ばせたかったのだ。そのピュアな心が義母からのご褒美に繋がったのだろう。


 問題があるとすれば俺の嫁がちょっこり不機嫌なことである。自分の母親に抱きつかれて、俺が内心喜んでいるのがバレているのではないかと思う。本来なら両親の和解のきっかけを作れたことを喜んでいると解釈するべきだが、恐ろしいことにクリスは俺がナニに喜んでいるのか正確に読み取ったらしい。


 言葉では、自分の分はないのかと別の文句をつけてくるに留めている。エアリーディングのスキルは皆無でも自分の母親の前では控えめであった。母親のためとはいえクリスが気を遣えたことに驚きはあるが、もちろんそんな表情は顔に出していない。


 それに鏡の在庫はまだちゃんとある。ただクリスは着飾ることに興味はないし、身支度や化粧はいつもアルヴァとベアトリスがしている。正直なところ、姿見鏡など必要と思えないがそれも言ってはいけない。


『ナニかに喜んでいる罪-両親を和解させるきっかけを作った功績=執行猶予付きの実刑』


 ――という可能性も残されているので、これ以上の罪を重ねるのは避けるべきである。


 いつまでもお義母さまの感謝の気持ちを堪能していたいが、そろそろ限界だろう。


 ヒルダに感謝は鏡を勧めた佐藤にして欲しいと話す。

 その感謝を伝えられるのは俺しかいない。そしていずれ必ずその気持ちを届けると約束した。


「正直に言えば、鏡自体は高級品でも何でもないんです。鏡に歪みがなくて曇りもないのは俺の国では当たり前ことだし、大きさと厚みで金額が上下しますけど、あとは枠で値段が決まるようなもんです。俺は安物選んできちゃったから、枠は取り替えてください」


 姿見鏡を二つ、それとおまけで百均鏡も二つ取り出し、ヒルダとイングリットへそれぞれ渡す。


「ヨウスケ殿。そちらの世界でどの程度の価値があるかではなく、私たちにとっての価値が全てだ。ヨウスケ殿も無くなったからと言って、もう一度買いに行けるわけでもない。だから心よりの感謝を。おかげで父と母が仲を修復する切っ掛けが出来た」


 これはケヴィンの言葉だ。原価を知るだけにそこまで感謝をされるのは面映ゆい。佐藤の鏡にはかなりの金額を支払ったそうだが、それはヒルダが押し付けるように渡したらしい。


 鏡を抱きしめながらヒルダは歓喜の声を上げ、その美しさに声を失っているイングリットの様子からも分かるが、自分が思っている以上の価値があるのかもしれない。


 イングリットはヒルダの鏡を見たことがないわけではないが、長男の嫁とはいえ元王女である公爵夫人の部屋にそうそう立ち入る機会も少なく、また自分の姿を映すことさえ畏れ多いことだと思っていた。


 アームストロング公爵家に嫁いでいても、伯爵家出身では気後れもあるのだろう。


 国の宝物庫にもこのような素晴らしい鏡はない。

 それが自分個人のものとなる。


 ただ茫然と鏡を見つめているイングリットだが嬉しくないわけではない。あまりのことに言葉が出ないだけだろう。


 それが次のケヴィンの発言によって意味を大きく変えてしまう。

 今のイングリットはあまりの衝撃で時間さえ止まってしまったかのようだ。


「ただ……気を遣って頂いたヨウスケ殿に悪いとは思うのだが、イングリットの分はあの方に差し上げないと非常に面倒なことに……」


 俺には何の話か分からないが、それを聞いたクレーメンスは苦い顔を露わにしている。ヒルダなど鏡を抱きしめたまま嫌そうな顔を隠そうともしない。おまけにケヴィンに向けて思いっきり舌を出している。自分の分は誰にも渡さないと言いたいのだろう。


 お義母さん、可愛い。――と思ったが、今は自重しなくてはならない。実の父親を容赦なく責めるクリスを目の当たりにしたあとでは猶更である。


 なけなしの自制心をフル稼働させてケヴィンに話の続きを促した。


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