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2-36 俺の嫁は今日も通常運転である!

こっそり……

 俺は実力の伴わないレベルだけが無駄に高い冒険者である。

 それなりに肉体は強靭なはずなのだが、今はその無駄にレベルが高いだけのカラダが非常に重く感じる。


 その理由はアームストロング家総出で歓迎されたレッドカーペットの上を歩いているからである。

 冒険者ギルドで嫉妬と殺意にまみれた冒険者(馬鹿ども)による血塗られた道(バージンロード)などこれに比べれば、案山子が見えるだけの田園風景が広がるのどかな田舎道のようなものだ。


 好かれているより嫌われている方が余裕はある。なにせ、嫌われている分には気を払う必要はない。好かれているとなると、嫌われないように努力しなくてはならない。


 まったく、俺って男はつくづく救えない性分である。



 近付くにつれてクリスファミリー、公爵家一家の顔がはっきりと見えてくる。


 分かっていたことだが美形家族としか言いようがない。

 きっと優れた血を重ねてきたせいだろう。


 優れた血には優秀な遺伝子のほかに美男美女となれる要素がたっぷり含まれているはず。


 ここに俺が加わるのは、それだけで公爵家の恥となりはしないだろうか。

 緊張のあまり自虐ネタでもやっていないと平常心を失いそうなのだ。


 真正面にいるのがクリスの父親、俺の義父となる人だろう。

 アウルは俺の気も知らないでこちらを満面の笑みで見つめている。――いや、俺が緊張しまくっていると気付いて笑っているだけに違いない。


 しかし、やはり親子。よく似ている。

 

 アウルがあと30年もしたらあんな感じになるのだろう。

 パッと見はアウル同様優しそうな顔つきだが、どこか苦労を偲ばせる趣がある。


 その隣にいる女性はクリスの姉か母親だろうか。

 姉がいるとは聞いていないし、母親についても何も聞かされていない。


 どちらにせよ、確実に言えることはクリスと同レベルの美女だ。クリスに母性を感じさせる表情と気品が加われば瓜二つと言える。


 クリスにそれらが全くないとは言わない。俺の嫁は最高の女性である。


 ただ、一つ言わせて頂けるなら、この先クリスが年を重ねていっても、この女性のように気品溢れる淑女の鏡と言える佇まいは絶対に出来ないと思う。


 もちろん、それが悪いわけではない。

 俺の嫁は最高の女性である。大事なことなのであと数回は言う予定だ。


 その隣にいる三十前後の男性はアウルの兄、公爵家の跡継ぎである長男だろう。

 こちらはどちらかと言えばクリスに似ている。中性的というほどではないが、白皙の貴公子というのがぴったりな印象を受ける。その彼に寄り添っている奥さんと思われる女性も良家のお嬢様だと雰囲気で分かる。


 クリスの周辺にはちゃんとお手本となる女性たちがいるにも拘らず、なぜ全く学習できなかったのだろうか。

 

 まあ、クリスが淑女だったら俺との縁はなかっただろうし、それ以前にとっくに嫁いでいたはずだから逆に良かったと言うべきだろう。やはり俺の嫁は最高だぜっ!


 次期当主の義兄と義姉に並んで二人の子供がいる。

 どちらも男の子で見掛けは5歳と10歳ぐらい。恐らく義兄夫婦の息子たちだろう。


 アウルに関して不思議に感じていたことがある。

 

 一般的に爵位がある家ならば、跡取りの長男に何かあった場合を憂慮して次男は家に残すものだろう。しかし、アウルは家を出たばかりか家名まで捨てているのだ。


 だが、すでに長男に二人の息子がいるのであれば納得である。

 

 緊張を隠すために家族の冷静な分析など行ってみたが、心臓が飛び出しそうな状態なのは一向に変わらない。そして、とうとうお義父さんの目前に辿り着いてしまった。


 クリスが俺の腕をしっかり抱きしめてくれたおかげで、極上の感触が脳を刺激して意識の半分以上がそちらに向かう。


 ――とはいえ、緊張が解れたわけではない。


「はははじめまして。えっと、わ、私はヨウスケと申しまして、あの佐藤…じゃなくて、ゴンジュウロウさんの知り合いでもあります」


 うむ……ダメダメだった。

 お義父さんの表情も厳しい。


「このたびは、娘さんであるクリスを…」


 もはや自分でも何を言っているのか分からない状態である。

 実際のところ『異世界に行ってハーなんとか計画』は立てていたものの、正直結婚など考えていなかった。――と、いうより出来るとは思っていなかった。だから、結婚相手のご両親へのご挨拶マニュアルなどさすがに検索していない。


 突如、話を遮られた。


「やっと、会えたな」

 

 俺の義父となる予定のお方が睨むような鋭い視線を送ってくる。

 屋敷中が歓迎ムードの中で、一人違う雰囲気を纏っていたのは気が付いている。それが極度に緊張していた理由でもある


「あ、あの…はい」


 ……なんかおかしい。

 挨拶が気に入らなかっただけなら良いのだが、聞いていた話と大分違う。


「俺の可愛い娘を奪おうというのだ。覚悟はできているのだろうな」


「――えっ? あ、あの、その、えーっと…」


 これは懸念していた事態が起こったようだ。次は「お前のようなどこの馬の骨とも分からん男に、娘はやれん」と続くはずだ。挨拶ぐらいはちゃんと練習しておくべきだった……と思っていると、お義父さん(予定)の隣にいるクリスの上品版女性が割って入ってきた。


「あなた、いい加減にしなさい。……ごめんなさいね、ヨウスケ様。驚かせてしまったでしょう。全くあなたは! ヨウスケ様が困っていらっしゃるではありませんか。だから止めておきなさいと言ったでしょう」


 クリスの父親を『あなた』と呼んでいるということは、この女性が妻、そしてクリスの母親ということだろう。親子ならば似ているのは当然だが、姉妹でも通じそうだ。


「いや、しかしなぁ…。自分のかわいい娘が嫁ぐというのに父親が手放しで喜んでいるのもどうかと思わないか?」


「今さらですわ! ゴンジュウロウ様がお帰りになってしまわれていたのは本当に残念でしたけど、ヨウスケ様が後継者と知って大喜びした挙句に、クリスを預かって頂けることになって祝杯まで挙げていたそうではないですか」


 やはり血は水より濃いようだ。確実にこの女性の遺伝子をクリスは受け継いでいる。


「な、なぜ、それを…」


「まったく、あなたは。ヨウスケ様、本当にごめんなさいね。さあ、歓迎の準備は整っていますから、移動しましょう。自己紹介もそちらでゆっくり致しましょう」


 血は争えないとはよく言ったものである。

 きっと、こうやって俺もクリスのセクシーなボトムに敷かれるのだろう。もちろん、大歓迎である。物理的にならむしろご褒美でしかない。そしてこのお義父さん(ほぼ確定)に親近感を感じるのは気のせいではないだろう。

 

 家族の列にはアルヴァとフローラがいた。奴隷を家族の列に加えるなど前代未聞なのだろうが、俺の気持ちを考慮してくれたのだろう。二人に声を掛けると、皆さま歓迎してますよとアルヴァが控えめな声で教えてくれる。


 働き者のアルヴァはクリスのお手伝いはしているものの、それ以外はお客様扱いで、かなり恐縮している様子だ。

 

 クリスが幼い頃に父親や兄たち、そして母親に無邪気な可愛い姿見せていたとは想像しにくい。その点、アルヴァもフローラも素直で可愛い。きっとクリスの家族や屋敷の者たちも奴隷だからと言って粗末な扱いはしないはず。それ以前にそんなことをすればクリスが烈火のごとく怒るだろう。


 フローラもニコニコと一日ぶりの再会を喜んでくれた。

 きっと俺がいなくて寂しかったに違いない、と勝手な想像をしてみる。


 歓迎の準備がされている場所へと移動する。


 姉妹とエド、そしてフローラは俺たちと一緒には来ない。

 別室に食事の用意がしてあるとのことだが。差別しているわけではない。今回は結婚のご挨拶なのだ。当然ながら当事者の俺とクリス、そして家族のみでの対面となる。


 通された間は食堂だった。

 中央には片側20人は座れるテーブルが鎮座している。その上に真っ白なテーブルクロスが敷かれ、その上を複数の花瓶に生けられた美しい花々が彩を添えている。


 人数分の食器やグラスなどは並べられているが、そのほかは飲み物しか置いていない。順次出てくるのか、話が終わってから料理が運ばれるのかは不明だ。正直、この手の食事のマナーには疎い。


「さあ、席について」


 満面の笑みを浮かべる義母が席を勧める。義父母の正面の席が俺とクリスの位置らしい。対面ではお義父さん、お義母さんのあとに長男一家と続いて座っていく。アウルが末席なのは席次といわけではなく、俺と話し易いように長男の息子たちに席を譲ったようだ。


 そしてまずは自己紹介。


「お父様、お母様。彼が私の夫となるヨウスケですわ」


 正式なご挨拶ということでクリスが家族へ紹介したのだが、さすがです。言い切りました。

 本来ならば挨拶に来るということは、とどのつまりご両親から結婚のご許可を頂きに来ているのだ。当然、もっと謙虚な姿勢で話を始めるものだろう。


 不思議なのは家族の皆様がそこに何の疑問も抱いていないことだ。おそらく佐藤の恩恵だとは思うが、彼はよほど偉大な人物だったとみえる。普段を知る俺には全くイメージは湧かないが、有難く感謝しておこう。


 続いてクリスは家族を一人一人紹介をする。


 まずは現公爵家当主である父親のクレーメンス。

 もっと本当はいくつも名を連ねた長い名前があるのだが、ミドルネームに馴染みのない俺には覚えられなかった。


 母親はヒルデガルド。ヒルダという愛称で呼ばれているそうだ。驚いたことに、彼女は王家から降嫁した元王女。つまりはクリスやアウルには王家の血が流れている。


 公爵家との関係を深めるに王女を降嫁させるのは国としては必要なことだったのだろうが、政略結婚というのは馴染みがなさ過ぎて複雑な気分だ。


 王家の血を引く次代の当主、クリスとアウルの兄であるケヴィン。

 改めて思うが彼からは高貴なオーラを感じられる。アウルからも感じてはいたが、市井の生活に慣れて過ぎて薄れてしまっている感が否めない。クリスに関しては言わずもがなというやつである。

 

 そしてケヴィンの嫁であるイングリットとその息子、コンラートと弟のザームエル。

 奥さんは伯爵家から嫁いできたそうで、彼女の父親は当初公爵家の寄り子というわけではなかったが、相当な資産と実力があった。もっとも、最初に話を持ち掛けたのは伯爵からで希望する相手はアウルだった。その当時、アウルは未だ学校の寄宿舎にいたが、彼が知らぬ間に卒業後に婚姻をするということでイングリットを婚約者とすることにした。


 ある侯爵家の夜会で弟の婚約者と出会ったケヴィン。夜会に出席するような女性ならば公爵家の子息であるアウルとケヴィンの美形兄弟を知らぬ者はいない。誰もが結ばれることを願う憧れの存在である。その政略結婚とはいえその幸運を掴んだイングリットもまたその夜会に参加していた。ケヴィンを見つけると婚約者の兄に当然挨拶するべく向かう。


 そこで俺好みのドラマがあった。


 ケヴィンは弟の婚約者と会うのはそのときが初めて。イングリットも顔は知ってても声を掛けたことすらなかった。そしてケヴィンは弟の婚約者相手に許されぬ恋という奴に落ちてしまったのだ。イングリットもまた同じだった。実のところアウルとケヴィンは年がだいぶ離れており、イングリットもまだ若いとはいえアウルより年が上である。未だ話したことはなくともアウルは父親が家同士の繋がりを強くするために望んだ婚約者。家族のためにも父親の命令に逆らうことなどできない。


 ただ幸いにもイングリットの父親の伯爵と公爵家が姻戚関係を結ぶという話は秘匿していた。政権での対抗勢力から邪魔が入る可能性がある。公爵家の次男として常に身の危険はあるが、伯爵家と公爵家と繋がってほしくない者が実力行使に出るかもしれない。家にいるなら兎も角、遠く離れた場所にいるのでは護衛もままならない。佐藤に助けられたが、すでに移動中に襲われたこともある。後日知ったことだが、父親のクレーメンスは佐藤が学校のある街の近くに住んでいることを知って、それとなく守ってほしいとお願いしていた。正式な依頼を出さなかった理由は、世界最強の男を縛るわけにいかないということもあるが、そんな男に護衛をされていれば何事かと逆に勘繰られる可能性もあったからだ。


 衝撃の出会いだったがケヴィンの行動は早かった。イングリットの父親である伯爵が望んでいるのはアームストロング公爵家との繋がりを強めること。つまりは自分でも問題はない。しかも弟は婚約者がいることすら知らない。わざわざ知らせる必要はないからだ。当主の命令は絶対であり、学校から戻った際に伝えるだけで良い。


 クレーメンスは伯爵家などではなくもっと良家の女性をケヴィンの妻に望んでいたが、次期当主ということもあり婚約者もまだ決めかねていた状態だった。幸いと言ってはなんだが、イングリットの人柄は良い。それに父親の伯爵も公爵家との姻戚関係を望んだ理由は自身の栄達ではなく、出る杭は打たれることを恐れたからだった。資産や実力はあっても所詮は伯爵でしかない。何かあれば家族を害される可能性もある。だから庇護を求めたのだ。アームストロング家の陣営に属することを約束し、その証として娘を差し出した。


 親が決めた結婚に対し貴族の娘として生まれたイングリットに否応などない。しかもその相手が憧れの存在の一人であるアウルともなれば、それを取りまとめた父親へは感謝の言葉しかない。クレーメンスとしてもこれは悪い話ではなかった。ただしそれは、次男の相手としてである。


 伯爵としても、娘を次期当主の嫁としてもらえるなら望外のことではあるが、家格が違いすぎて釣り合わないことを懸念した。そんな双方の親を説得したのはもちろんケヴィンだ。


 結局、クレーメンスは折れた。伯爵が野心的な人物ではなかったことが、功を奏したと言える。二人の間に産まれた子供を利用する気は、伯爵にはなく、またそういった人物が外戚であれば心配事も減る。


 イングリットただ一人アウルに対して申し訳なさを感じていたが、当のアウルは婚約者が出来ていたことすら知らないのだ。何も問題ないとばかりに、婚約を解消させて、ケヴィンは婚儀に向けて弟にしれっと招待状を書いた。


 クリスがペラペラと秘話を話すので、ことの真相を推測するのは容易かった。


「つまりは、アウルは知らない間にフラれていたという話だね」


 俺の興味はその一点。イケメンでもフラれるのだ!

 この喜びは言葉では表せない。それが顔にも出ているようでアウルは苦笑しながら釈明した。


「まあ、はっきり言ってしまうとそういうことなんですが、実際には助かりました」


 当時すでにあわよくば家を離れて佐藤に付いていくというクリスと同じ夢を持っていた。その後、諭され商人になろうと決心したのだが、妻がいたのではそれは無理である。なにせ伯爵が望んでいたのは公爵家の次男なのだ。


「正直、義姉(あね)が兄を魅了するほどの女性だったことを感謝してますよ」


 言い訳ではなく本心からの言葉だが、フラれた事実に変わりはない。


 そして兄夫婦は恥ずかしそうに俯き加減になっているが、その父クレーメンスだけは顔に手を当てていた。


 お家の秘密を暴露されたからではない。

 なぜ結婚の報告に来ているクリスが、兄の馴れ初め話をしているのかと呆れているのだ。


 しかしクリスは紹介と共に報告も済ませたと思っているのだろう。クリスの性格を考えたら「彼が私の夫となるヨウスケですわ」というのが全文だったとしても不思議ではない。家族の紹介はすでに余談と化している。


 やはり俺の嫁は最高の女性だともう一度言っておこう。


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