2-32 男なら誰でも言ってみたいと思うはず!
異世界に渡り早数か月。
四半世紀も生きた日本での生活よりも充実した日々を過ごしている。
そして運命的な出会いによって一つの奇跡が起こる。
クリスほどの美女と結婚が出来るという奇跡。
本来ならばリア充がデフォルトであるイケメンにしか許されていないこと。
俺のようなイロイロな部分がちっぽけな男には訪れることのない幸運。
ならば、そこに過酷な試練が待ち受けていても不思議ではない。
だからアウルやギーゼラから歓迎されていると聞かされていても不安を隠しきれない。
実は俺を過大評価しているだけで、実物を見てがっかりされたり、喧喧囂囂と責め立てられたりはしないだろうか。
――いや、弱気になる必要はないはずだ!
クリスは見掛けではなく俺の優しさに惚れていると言ってくれたではないか。
それにその見掛けは30%増しでも劣っている大したことのないカラダの一部も、言い換えれば初心者であるクリスに優しい設計ということになる。
――つまり半分ではなく、俺は身も心も全てが優しさで出来ている。
そう考えると、俺という存在はとても素晴らしい男なのではないかという気さえする。
幾度考えてもどこにもこの理論に破綻はない。
だから気のせいではない。
劣っているのではなく、それはクリスに対する優しさだったのだ。
元気だけが取り柄ではなかった。
我が半身がとても誇らしい。
故に、成長期はきっとこれからなのだろう。
さあ、自信をもって出発するとしよう!
辻馬車は探すまでもなくすぐに見つかる。
新宿駅前の靖国通りのようにずらりと並んでいるからだ。
馬車に乗り込み二の門まで行きたいと伝える。
俺の服装を見たせいなのか不思議そうな顔をされたが、後ろにいる残り三人の姿を見て納得の表情となる。
貴族のお屋敷勤めの執事にメイドとその護衛。
そして、俺はその一行に付き従う下男…
毎度のことながら、納得顔の御者に納得がいかない。
さらに納得がいかないのは二の段の門を警備している騎士たちの対応だ。
門に到着して馬車を降りたギーゼラが、手の空いている騎士に4枚の高級そうな羊皮紙を渡したときのことである。
内容を確認したその騎士は驚きに目を見開いたが、俺たちの方へと視線を向けると、途端にその表情を変える。そして近くにいたほかの騎士たちも呼び集めその羊皮紙を見せ始める。
ギーゼラが渡したものは、アームストロング公爵家から出された俺たちの身元を保証する証書なのだが、騎士たちはあからさまに疑問と不審を感じている様相を呈しているのだ。
ある意味それは公爵家への無礼にあたるのではないかと思ったが、その証書に書かれているある部分が問題のようだ。
これがアームストロング公爵家から使用人に出された、家令や執事が代理でサインしてあるモノならば問題はなかった。二の段で働く使用人は通いの者などなく基本住み込みなので、たまの休暇の際にそういった許可証を発行してもらうからである。
それらは期間の決められた一時的なものなのだが、俺たちに用意されたものは違う。
家人と同等に扱うと記された門の通行が自由となる許可証。しかも身元を保証しているのが公爵様本人である。
ギーゼラは執事なのだから分かるとしても、ほかの三人はメイドと護衛と下男。
どう考えても公爵様直々に身元を保証するような身分ではない。
個人の身分証に表示されているのは三人揃って冒険者。
しかもそのうちの二人は俺の奴隷となっている。
これで不審がるなというのも無理な話だろう。
偽造したか、どこかで盗んで名前の部分だけ書き換えたか。
そう思われているのは明白なのだが、当然いくら調べても証書自体に怪しいところはない。
困ったギーゼラが屋敷まで行って誰かを呼びに行こうとしたが、俺たちが不審人物である以上ギーゼラはそれを手引きした者と見られているので通してもらえない。
よもやクリスの…アームストロング公爵家の令嬢の婿であるなどと述べようものなら、そのまま投獄されかねない雰囲気である。
埒が明かないのでここは面倒でも、俺たちを迎えに来ているはずの中で待機している御者に頼んで屋敷へ連絡してもらうしかない。その際ここにいる騎士を説明のために連れて行ってもらうのが良いだろう。
ただ中にいる御者までこちらの仲間扱いをされたら目も当てられない。
その心配はあったが、このまま連行されるよりは良いだろう。
ギーゼラが言うには馬車には公爵家の紋章が入っているので騎士たちも無碍な扱いは絶対に出来ないとのことだが、紛うことなき本物の許可証を持っているにも関わらずこの扱いなのだからあまり下手には出たくないようだ。
俺たちの案内役を任されているのだから自分自身が屋敷まで行くのであれば甘受は出来るが、アームストロング公爵家の執事である自分を通さないという態度にギーゼラは腹を立てているのだ。
このまま問答しても平行線でしかない。
俺はギーゼラを説得して騎士たちに迎えの馬車が門の中で待機していることを伝える。
そして馬車と共に一緒に屋敷へ行き状況を説明して確認を取るように言うと、こちらからそれを切り出したことと迎えまで来ているということに驚きの表情を見せた。
ただそのこと自体が罠ではないかとも勘ぐっているようで、一人ではなく小隊を随行させると言い出した。
こちらとしても疚しいところなどないので軽く了承はしたが、ギーゼラとしては公爵家の馬車に許可もない者を乗せるなど看過できることではないので、自分たちの馬で行くか走って行けと強気で言い放つ。
まあ、騎士たちも流石に公爵家の紋章の入った馬車に乗る気はなかったようで、それぞれが馬を引き10人ほどが馬車と共に走り出していった。
いつの間にやら俺たちは20人ほどの騎士に取り囲まれている。
もともと貴族が多く通るこの門には数十名の騎士がいたのだが、駐屯所から呼んだのか新たに呼び出した騎士たちを業務に当たらせ通行のチェックを滞らせないようにしている。
こちらに人数を割いて門を通る貴族を待たせるなど出来ないらしい。
周囲には何事かと人が集まりだしてはいるが、関わり合いにはなりたくないようで、皆一様に遠くから眺めているだけである。
一方俺たちと言えば、彼らが戻ってくるまですることがない。
囲まれてはいるが、何もしなければ襲われることもない。
誰かを連れてくるのか、確認をしてくるだけなのかは知らないが、ぶっちゃけ待っているだけで無罪放免になるは確実なのだ。
だったら、ちょっと煽っても良いのではないだろうか。
またいつもの悪い癖が出てきてしまった。
こいつらが職務に忠実なのは分かるが、ギーゼラの態度から見て無礼なのは間違いないのだから別にいいだろう。
このまま突っ立っていなければいけない理由もない。
どこかに座れる場所がないか見まわしてみるが、さすがにベンチなどはない。
ただ、座れそうな低い石壁があった。
俺はその石壁に向かって歩き出す。
――と同時に騎士たちは即座に反応を示す。
「おい、貴様! どこへ行く気だ!」
「は? 疲れたから座ろうと思っただけだけど?」
隊長格の人物が予想通りの声を上げる。ほかの騎士たちも抜きはしていないが剣の柄に手を掛けている。
「貴様、自分の立場が分かっているのか? 念のために確認には行かせたが、貴様たちのような身分の者が公爵閣下のサインと印璽が押された証書を持っている時点で何かの陰謀としか思えん」
「…えっ? まさか公爵さまが陰謀を企んでいると言いたいの?」
「ば、馬鹿を言うな! 企んでいるのは貴様たちだろう! どうやってかは知らんが、そこの執事が協力していたのであれば、こっそり印を押すことも本物のサインを真似て偽造することもできる」
アームストロング公爵家が凄い権勢を誇る名門貴族だとは聞かされているが、アウルやクリスを見ていると全く実感が湧いてこない。それでも、彼の言うようなことが一介の執事に出来るとは思えない。
印璽と言えば格は下がるが実印のようなもの。
これをこっそり使えるような場所に置いているだろうか。
「分かったら部下が戻ってくるまで大人しくしていろ。あとでじっくり取り調べをしてやる。――俺自らな」
ははぁ…こいつ、公爵家への陰謀を阻止した手柄を自分のものにしたいということか。
公爵家に恩が売れれば出世なり報奨なりが期待できるからだろう。
「ふーん。――――だが、断る!」
くくく…念願叶ったり!
言ってみたかったんだけど全然そんな機会がなかったんだよね。
「き、貴様ぁ…歯向かうと言うなら容赦はせんから覚悟しろよ」
そう言い放つと腰から剣を抜いた。
この男はどうやら中隊長らしい。
中隊がどの程度の規模かは知らないが、中隊長でも所詮はLv50である。
ほかの奴らはLv30~40程度。見習いも混じっている。
ここにいる騎士たちは全員が部下らしく、こいつが剣を抜くと同時に彼らも抜刀する。
すでに診ているからこんなにも余裕なのである。
仮にこいつら全員が一斉に切りかかってきても何の問題もない。
俺は結界が張れるし、この程度のレベルの相手が破れるほど柔なものではない。
「おー、旦那言うじゃねーか。格好いいなー」
お褒め下さったのは、エドくんである。
彼も当然ながら余裕の表情で状況を楽しんでいる。
「あれはご主人様が言ってみたいと思ってたセリフなの。以前聞いたことがあるわ。多分こんな時にしか言えないから、そのために煽ってたんじゃないかしら」
ベアトリスさん。勝手に俺の心を読まないでもらえますか?
以前…それは森で一緒にポーションを作っていた時のことである。
いつか俺たち二人の名前を伝説に残そうと、そして謎の人物を演出するために『INVISIBLE UNKNOWN』略して【I.U】というコンビをベアトリスと結成をしたのだ。そのとき、つい口が滑ってそんなことを話してしまった気がする。
おしゃべりな男は女の子にモテないらしいから今後は気を付けるとしよう。
「あのさー…万が一、いや億が一でもいいや。俺たちが本当に公爵さまに招かれている客だったらどうすんの?」
わざわざお義父さんにご挨拶へ行くなど馬鹿正直に言う必要はないので、ギーゼラは客として招かれていると説明していた。
「ふん。もうそこからおかしいのだ。なぜ屋敷に招かれただけの客にこのような家人としての許可証が必要なのだ? 大方貴様らが俺たちに余計な詮索をさせないために大きく出たんだろうが、浅はかだったな。そっちの執事が許可した証書であれば見逃していたかも知れんが、俺がいたのが運の尽きだ」
何を夢見ているのか知らないが、得意げになっている姿が非常に滑稽である。
「屋敷に向かわせると見せかけて仲間でも呼ぶつもりだったか? こんな大それたことを貴様たちだけで計画したとは思えん。のちほど後ろに誰がいるのか吐いてもらうぞ」
二重の意味で勝利を確信している俺としては、この機会にほかのセリフも試しておきたい。
「そんなことはどうでもいいから、俺たちがホントのこと言ってたらどうすんの?」
「なっ!? 言わせておけば調子に乗りやがって。そんな余裕ぶっていられるのも今のうちだ。屋敷に向かわせた連中は俺の部下のなかでも精鋭。仲間が襲おうとも返り討ちにしているからな。…だが、まあいい。貴様の言うことが正しかったら俺の首をやろう。――あとで吠え面をかかせてやるから楽しみにしとけよ」
おし、言質は取った。
まあ、そこまでやるつもりはない。
必要となるシチュエーションを作りたかっただけである。
「吐いた唾、呑みこむなよ?」
「なに?」
「男なら吐いた唾を呑みこむなって言ってるんだよ!」
ありがとう! これが言えるチャンスなんて一生無いかと思っていたよ。
「旦那! 言うときは言うなー」
むふふー。エドくん、もっと褒めてもいいんだよ?
「ん――、確かあれはご主人様が言ってみたいセリフ第3位の…」
ベアトリス先生…。ネタばらしは良くないと思います。
屋敷まで辿り着かなかったw
でも、のちの展開のために必要だったんです(;´・ω・)
いつもお読み頂きありがとうございます。
今後とも宜しくお願い致します。




