2-29 思い返せばイロイロなことがあった!
爽やかな青空の広がる秋晴れのもと、俺は額に汗を浮かべて黙々と刈り取られた草を集めている――ついでに額に皺も寄せている。
難しい顔をしているのはもちろん、奴ら…ベアトリス、エド、アウル、ウスターシュにも、この素敵な気分を味わわさせてあげるための計画を思案しているからである。
当然のことながら仕事は真面目にやっている。
むしろ仕事自体は楽しい。初めてのFランクの仕事で気分は新人冒険者だ。
気分は…といっても、冒険者となってまだ数ヶ月でしかなく、オスカーたちと同じく新人であることに変わりはない。
いきなり狩りから始めるという無謀を冒し、あっという間にレベルとランクを上げてしまっている。
だから初心に返ってという訳ではなく、今まさに新人として当然の下積みを初めて体験しているのだ。
冒険者になった者は、こうやって雑務をこなして経験を積み、その間に知り合ったほかの冒険者と信頼を深めてパーティーを組んでいくのだろう。
この世界に来たその日にアウルと知り合い、早々にアルヴァとベアトリスを買ったおかげで快適に暮らせるようになった。
そのせいでこういった仕事を経験することもなく、同年代の――今の俺と――友人を作る機会も失している。
しかしアウルがいなければ、現代の日本とまるで違うこの世界の生活に慣れるのにはもっと時間が掛かっていたのは明白である。持ち込んだ商品の売却から家の手配、買い物、奴隷の購入など全てアウルの世話になっているのだから。
もし俺のような若造には不釣合いな獲物を毎日狩ってはギルドで売っていたら怪しまれていたかもしれない。それに、ストレージを秘匿している以上、その獲物の全てを売ることは出来なかったはずだ。
そうなるとモノケロスでの生活は貯金を切り崩していく日々になっていただろうし、買った奴隷が姉妹のように優しくて明るく働き者でなかったら、宿屋暮らしに戻っていたかもしれない。
なによりこの運命的な繋がりがなかったら、別の機会にクリスと知り合うことがあったとしても、今の関係にはなれなかっただろう。
クリスがいたからフローラを買えた。
それにクリスと姉妹がいたからこそドリアーヌが俺に依頼をしてきたのだ。
ギルド長のエルと本当の意味での知己を得られたのはそのおかげである。
結果的にそれらの女性たちに囲まれていなければ調子付いた行動などしていないのだから、エドに絡まれることもなかったと言える。
モノケロスの街の近くに降り立ったことから一連の出来事全てに何者かの作為があろうと感謝しなければならない――歯車が一つでも狂えば今の幸せはなかったのだから。
俺と出会ってくれてありがとうと仲間全員に告げたい。
こんな結論に達してしまうとは随分とオスカーたちに感化されたようだ。
ここは一つ初心に返って俺の個性も主張しておくべきだと思う。
だからベアトリスとエドとアウルとウスターシュにもオスカーたちの仕事を手伝わせる!
この爽やかな気持ちを味わわさせて彼らのピュアさを見習わせ、そしてへこませてやらねばならない。
今まで奴らには散々イロイロされたのだから当然だろう。
ウスターシュの奸計に嵌まり何度も苦労させられたし、色々な事でアウルには何度も怒られている。
その原因が俺にあろうと関係はない!
クリスとエルにも、めいっぱいイロイロされたが愛する妻だから赦してあげようと思う。ついでに、この二人に仕返しをする勇気はないと付け加えておく。
アルヴァとフローラ…
彼女たちこそ俺の癒し。二人がいなければ俺の幸せの日々に涙を流さない日はなかっただろう。
しかし、絶対に赦してはいけない存在もいる――ベアトリスとエドアルド。
今日の一件も然る事ながら、エドは男と男の付き合いよりも仲間との友情を優先して、コトあるごとに隠し事をしては俺に教えてくれない。
そして裏ボスとも言えるベアトリス。
彼女は昨晩も抵抗できない俺に何度も何度もエロいことをした挙句に、今朝もまだ30%ほどしかチャージされていないのにも拘らず、さらにエロいことをしてきたのだ。
目には目を、歯には歯を、そして……
――――エロい事にはエロい事を!
……ところで話は変わるが、世の中には『荷造りをするために必要な物』『乗馬に使う道具』『明かり取りに使えるアイテム』などがある。そして俺のようなパイオニア思考の男は、それらの既存のモノから新たな用途を編み出すことが可能である。
今夜はお義父さんに会う予定があるからどうなるか分からないが、いずれにせよ王都滞在中に一対一の再戦はおこなわれるはずだ。
そのときに、これらのモノを駆使してベアトリスにバツを与える――と、クリスにバレたら殺されるから止めておこう。
いや、主旨からは外れるがエルなら嬉々として……反対に奪われて俺に対して嬉々として使ってくる未来しか見えないから却下だな。
よくよく考えてみれば一対一自体は悪いコトばかりではない。言い換えるなら100%俺にとっては良いコトとも言える。
悪いコトばかりではない=100%良いコト。
これでは辻褄が合わないような気がするだろうが、所詮誤差の範囲である。だから、気にする必要はない。
…しかたがない。
ベアトリスへの個人的なバツは上手いコトを考えつくまで一旦保留としておこう。
いずれは俺の頑張った巨人(当社比)を進撃させて暴れさせるコトが出来る日も来るだろうし!
そんな『しょーもないこと』を考えている間にオスカーたちは草むしりを終えていた。俺もサボっていたわけではないので、ちゃんと抜いた草は集め終わっている。そしてそれらを麻の袋に詰めて門の外にまで運び出しも済ませてある。
それらは後ほど別の業者が引き取りに来るらしい。
ストレージに入れて運べば一発で終わるが、彼らが見ている前でそれは出来ない。それにこのぐらいの重さなら同時に幾つも持っていけるが、俺ぐらいの年の男では普通は一つずつ抱えないと持てなさそうなので、それなりに時間が掛かっている。
先ほどお昼の時刻を告げる鐘が鳴っていた。
これから袋詰めや運び出しをしていたら、少なくともあと1,2時間は掛かっていたはずである。
今からならもう一件依頼は受けれるだろう。確かに俺がいたことも無駄ではなかったようだ。
最後に土を均してみんなで踏み固めたあと、オスカーが依頼主に報告に行った。
確認をしに来た依頼主さんは満足そうに頷き依頼完了のサインをしている。
仕事を頂いたお礼をすると、依頼主は「お疲れ様。また頼むね」と嬉しそうに応えてくれた。
そして報酬を受け取る為に冒険者ギルドへと向かう。
屋敷を出てすぐ、三人が何故かそれぞれにまたお礼を述べる――俺に。
「いや、お礼を言うのはこっちの方だよ」
イロイロな葛藤もあったが心からの本音である。
しかし、キースが申し訳なさそうに言う。
「いや、兄ちゃんの表情が暗いからきっと時間気にしてるのかと思って…。もう昼の時間過ぎちゃってるのに文句も言わずに最後まで手伝ってくれたからさ…」
「途中で抜けてもらおうかとも思ったんだけど、兄ちゃんが何も言わないから甘えて最後までお願いしちゃったんだよ。そのおかげで午後からも依頼が受けれる時間に終わったから…」
カールもバツが悪そうにしている。
「それに俺が『孤児院の子供たちの為に信用を』なんて言っちゃったから抜けたくても兄ちゃんは言い出せなかったのかなって…」
俺の好意を素直に受け取らせてもらったからお礼を言いたかったとオスカー。
確かに出来ることは真面目にやったつもりだし、彼らの評判を落とさないように頑張ったのも事実だ。
時間に関しては気にしていなかったが、草むしりとはいえ頑張ったことが正当に評価されてすごく嬉しい。
そして、暗い表情…もとい、思案顔だったのは全くほんっとうに恥ずかしい別の理由が主である。
「時間は大丈夫だよ。…実は君たちを見てていろいろ反省してただけなんだ」
時間的に言えば、オスカーたちには絶対に言えない全くほんっとうに恥ずかしい別の理由に大半を費やしてはいるが、反省していたことも事実なので嘘ではない。
「反省? 兄ちゃん、普段からサボったり手を抜いたりするような人には見えないけど?」
「働くのは好きだからそういうことはしないけど…」
日本にいたときは好きじゃなかったとは言えない。あと、魔法やスキルを使えば楽が出来そうとか考えていたとかも言わない。
「ナイフとか手袋とか冒険者なのに道具を準備してなかったことや、自分たちのことだけじゃなく今後の…子供達のことを考えて仕事をしてる姿勢とか。色々と見習ったり反省することが多いなーって」
俺の話を聞いて少し考えるような顔をしたが、すぐにどこか納得したような表情を見せる。
「兄ちゃんは他の街から来たんだろ? 他の街には他の街で需要が多い道具が必要ない仕事もあるんだろうから持ってなくてもしょうがないよ」
なんて善意溢れる解釈!
実は『今まで獲物の解体や素材の剥ぎ取り、薬草の採取など散々しているからいくつも刃物は持っていて、道中仕事は草むしりだと予想もしてたし、聞いたのだから刃物が必要と分かってはいたが、こっそりストレージから出したとしても、手ぶらで着物だからどこに持っていたのか考えると不自然だし、それでも懐に忍ばせてたということにしようかとも思ったが、俺の持ってる刃物はぱっと見でも高価だと分かってしまう物ばかりだから躊躇してたら目的地に着いてしまって、もう出せなくなった』とは夢にも思っていないようだ。
朝からギルドへ来て依頼書を眺めていたのだから、誰が見ても仕事を探していたと見えるだろう。
準備が必要な高ランクの依頼ならともかく、Fランクなら必要になりそうな道具など限られている。
容姿から判断されてFランクと思われてしまったが、本当に仕事を探しに来ていたのなら手ぶらで来ている方がおかしいのだ。オスカーに誘われて受けてしまっているのだから、穿った見方をすればやる気がないと捉えられても不思議ではない。
しかし、幸運にも好意的な解釈してくれている。
かなり胸が痛むが、そういうことにしておいてもらう方が都合は良い。
「それに子供たちのことは俺たちの事情なんだから気にする必要はないって」
キースはそう告げるとなぜか表情に影を落とす。
「それと…兄ちゃんごめん、俺たちうっかりしてて…」
それを聞いたオスカーとカールも表情を暗くして、三人ともなにか言い辛そうな話を誰が言うかとお互いに目線を飛ばしている。結局、リーダー格のオスカーが切り出し謝罪を始めた。
「そのまま来ちゃったから兄ちゃんはギルドで申請してないでしょ。だから、依頼達成しても兄ちゃんには貢献がプラスされない」
気が付いてはいたが都合が良いから言わなかっただけで、逆に身分証を出すことになっていたら間違いなくこの仕事を断っている。
「だから、本当にごめんなさい。こんなに頑張ってくれたのに…」
俺の勝手な都合なのだから申し訳なさそうにする理由も必要もないのだ。
だから努めて明るく伝える。
「あ、いいよいいよ。実はそんなに長く王都に居るつもりはないんだ。ここで色々とやることがあるんだけど、空き時間も結構あるから暇つぶしにギルドへ寄ったらオスカーたちに誘われたってわけ。だから、それこそ気にする必要はないよ」
オスカーは俺の話を聞くと、なぜかさらに落ち込んでしまったように見える。
「そっかー…それは残念。兄ちゃん真面目だからこれからも一緒に依頼をやれればいいなって思ってたんだぁ。今までも何人か誘ったことがあるんだけど、みんな早くランクを上げたいみたいで、手抜きとは言わないけど俺たちとは合わない感じだったんだ。だから、すっげー残念」
え? まじで?
俺なんかをそこまで評価して頂けるんですか?
日本にいた頃は論外としても、今まで頑張ったら怒られることが多かったこの俺をそこまで…
どこぞの美熟女ギルド長や公爵家の御子息は、俺が連日寝ないでみんなの為にイロイロと開発したときめっちゃ怒ったし。
「じゃ…じゃあ、また時間あるとき手伝いに来ていいかな?」
「ホント!? うん、兄ちゃんなら大歓迎だよ」
おおー! やった!!
これでまた一緒に仕事ができる――あとは奴らを連れてくるだけ。
「でも、そんときはギルドでちゃんと申請してから行こう。やっぱランクのために少しでも貢献しといた方がいいからさ」
「ううん、それはいいよ。実はある人に頼まれてその人と別の街に行く途中なんだ。王都に滞在中やることがあるから何度か呼ばれそうなんだけどいつになるか分からないんだ。だから約束とかしちゃうとオスカーたちに迷惑が掛かるだろうし」
「――――ええ!? それって護衛依頼!? もしかして兄ちゃんはCクラスとかDクラスのパーティーに入れてもらってるの!?」
「違う違う。その人はすごい高レベルの人で護衛なんか必要ないんだ。他にも仲間がいるんだけど俺たちはお供みたいなもんだよ」
距離があるから代行で向かってるようなもので、実際エルは人類最強クラスなのだから俺らの護衛など必要としていない。それに、うちはBクラスだから嘘を吐いているわけではない。
「へー…兄ちゃんはすごい人と知り合いなんだね。――じゃあ、もし他のお供の人も暇だったら一緒に連れて来たらいいんじゃない?」
「それをお願いしようかと思ってたんだ! 予定が合えば他の仲間も手伝いに来させるけどホントにいい?」
「もちろんいいよ! 兄ちゃんの仲間なら真面目そうだし」
計画ど――――り!!
自然な形で頼めば断られないと思っていたが、向こうから切り出してもらえるとはなんたる僥倖。
「俺たち大体朝はギルドに来てるから、そのときは声掛けてよ」
「他の仲間の予定は聞いてからになるけど、俺だけでも空いてるときはギルドに行くようにするから宜しくね!」
さすがに全員一緒は日程的に厳しいだろう。
こう言っておけば個別に連れて来ることも可能である。
オラ、ワクワクしてきたぞー!
よくよく考えると俺が一緒にギルドまで戻る必要はなく、俺の報酬はオスカーがその場で立て替えてくれることになった。
報酬総額1500円。一人375円だ。
固辞しても良かったが、彼らの性格を考えたら押し付け合いになるだろうから、ここは素直に受け取っておく。そして俺と別れると彼らは早足となってギルドへと向かっていった。
その後ろ姿を見送ったのち、俺はずっとこっそりと影からこちらを見つめてる奴らの方へと歩き出す。
さてと……エドに蹴りを入れてからギーゼラを迎えに行くとしよう。
いつもお読み頂きありがとうございます。
今後とも宜しくお願いします。




