1-8 真実と日本刀
アルヴァはナニかを連想した料理前のウサギをキッチンに置くと、ベアトリスを伴い部屋まで来て俺の着替えを手伝ってくれた。
そのあと自分たちも着替え終えると、またキッチンへと戻り夕食の準備を始める。
俺はオール真っ二つ事件に気を取られていて、桶を買い集めることを忘れていた。しかし、今日は初体験のことばかりで疲れていたし、森の中を歩いたせいでかなり汚れている。
仕方なく、また往復をして風呂の準備をすることにした。
夕食の前に入りたかったが、今はアルヴァとベアトリスは料理中である。
そうなると予想もできない素敵事件に遭遇することが出来ない。
こうなると狩りを早めに切り上げて家へ帰るべきか、悩ましいところだ。
お皿に2つの横顔が乗せられた前代未聞のロースト料理に舌鼓を打ちながら、今日の反省点ついて話をする。
「ベアトリス。あの剣なんだけど、重すぎて振り下ろすことしか出来ないんだけど、なにか良い案はないかな?」
ベアトリスはその非常識な剣の威力を始めて見たときは、驚きのあまりに顔を引き攣らせていた。
荒事に慣れていないアルヴァは、凄い剣だという以上の感想はないらしい。
「ご主人様、確かにあの剣は強力ですが、この辺りにはその剣が必要なケモノなどはいないと思います。ですから、手頃な剣をお探しになるのはどうでしょうか?」
確かにその通りなのだが、威力が下がれば危険も増える。今日の戦果はダモクレスで全ての獲物を瞬殺していたおかげなのだから、手頃な剣などに替えたら収入も下がってしまう。
俺がダモクレスを使いこなせるようになれば良いだけなのだが、まだまだ時間が掛かるだろう。
俺は時代劇ドラマが好きな人なら思い付きそうなことを尋ねてみる。
「軽くて切れ味重視で突きも出来る丈夫な刀みたいな剣はないかな?」
ベアトリスは、あるかどうかも分からないモノの質問に対して少し考えると、思い出したように答えた。
「ご主人様、父のコレクションで見たことがあります。カタナ……と、同じものかどうかは分かりませんが、片刃のニホントーという種類で綺麗な模様がある剣でした」
「ホント!? 今どこにあるか知ってる!?」
ニホントーって、日本刀だよね!?
「申し訳ありません、ご主人様。私たちは早々に売られてしまったので、父の財産がどう処分されたかまでは…」
「い、いや、ベアトリス。いいんだよ、そんな顔しなくても」
でも、欲しい! 本物の刀なら誰でも使ってみたいはずだ!
恐らく過去にここへ来た誰かが持ち込んだか、ここで打ったかだろう。
「そのニホントーに名前はあった?」
「あったとは、思うのですが……。申し訳ありません、私は普通の剣の方に興味がありましたので……」
銘もあると知って、期待はますます高まっていく。
ベアトリスは俺の期待に応えられず残念そうにしているが、この世界に刀らしきニホントーが存在することが確認出来ただけで満足だった。
店舗も構えずあれだけ高価な商品を売りさばいているアウルなら人脈は豊富なはずで、彼に聞けば何か分かるかもしれないと思うと明日になるのが楽しみになった。
「じゃあ、早くお風呂に入って早く寝よう」
短絡的だが明日が早く来るように、早く寝ようと考えた。
そして全く予想もしないことが起こった。
アルヴァとベアトリスはお風呂にそのままついて来て、なんと俺の服を脱がせてくれたのである!
隠していたのだが、研ぎ澄まされた俺の第六感はこのことを予期していた。ただ、期待しすぎて外れた場合にショックを受けないようにあえて考えずにいただけなのだ。
おかげで嬉しさのあまり笑顔になるところだったが、かろうじて気持ちを抑え、俺は『心底驚いた!』と見えるような表情を作る。
そして恥ずべきところなどない俺は、今日一日の汚れを全身くまなく隅々までキレイに洗えるように惜しげもなく全てを二人にさらす。
ベアトリスが俺の最も汚れている部分を念入りに洗っていると、俺の穢れが飛び出しそうになった。
――が、寸前のところでアルヴァがその状態変化の一部始終を瞬きもせずに観察していることに気付き、俺は平常心を取り戻す。
そして今は何事もなかったような顔で湯船に浸かり俺は左右違う感触を冷静に堪能している。
――と、そのとき突然アルヴァがなぜか俺のカラダを撫でまわし始める。
緊張してしまったせいかカラダの一部がまた硬くなり、放出系のスキルを使いそうになる危険が襲う。
お風呂でリラックスするのも楽ではないようだ。
風呂から上がるとアルヴァとベアトリスにカラダを丹念に拭いてもらった。
この流れでいくと二人に、服まで着させてもらうことになる。
その行為は結果として二人を疲れさせてしまう。
ここは主人として二人を想い遣る必要がある。
しかし、俺が自分で下着や服を着るのも恐らく嫌がるだろう。
ならば風呂から上がったままの姿で部屋に戻るしかない。
部屋へ戻っても服は着ない。洗濯物を増やさないようにそのまま寝よう。
これも姉妹のためなのだから是非もない。
もしもの為にベッドを温めておくことにする。
何のためかは考えない。
そして、ほど良くベッドが温まった頃、ドアをノックする音が聞こえてくる。
誰だろうと不思議に思ったが、一瞬も迷わず即座に入室許可を与える。
その10秒後には、信じられないことに昨晩と同じ状況になっていた。
まだ14歳のベアトリスは、やはり疲れていてすぐに寝てしまった。
しかし、もう大人だと俺は思う17歳のアルヴァは全く寝ようとはせず、なぜか風呂の中と同様に俺のカラダを撫でまわし始める。
そしてこれも風呂の中の時と同様だが、緊張のあまりに硬くなりすぎた俺のカラダの一部が噴火する危険を感じて、鎮火活動の為にアルヴァに話しかけた。
「……アルヴァ、お風呂の中にいた時からずっと触ってるけど意味があるの?」
「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。」
「ぜんぜん不快じゃないよ。ただなんでか知りたいだけ?」
不快じゃなくともカラダの一部に問題が発生している。
「今朝、私がつついた場所をベアトリスが洗わせて頂いているのじっくり拝見させて頂き、ある事に気が付きました」
「そ、それは?」
男の宿命と気づかれたか!?
「あのようにご主人様のおカラダを丹念にお触りさせて頂ければ、カラダの全てが変化して大きく硬くなり、ご主人様が重いと言われたあの剣も自在に扱えるようになるのでは、と考えたのですが…やはり私などではまだ未熟で一部しか硬くして差し上げられないようです。本当に申し訳ありません」
今夜が満月じゃなくて良かった。
本当に変化してしまうところだったよ!
俺はあまりに無邪気でかわいいアルヴァの頭を撫でると、二人の明けない夜は続いた。
知らないうちに寝てしまっていたらしい。目が覚めるとアルヴァは既に朝食の準備を始めているようで、ベッドにはいなかった。
昨日一番働いたベアトリスは俺に抱きつきながらまだ寝ている。
ヨダレを垂らしたその横顔はかわいい。
しかし今日は桶などを買う為に、早めに帰る予定にしているので、心を鬼にして頭を優しく撫でながら起こしてあげた。
みんな一緒に朝食を済ませてから狩りへ行く準備を整え森に向かって出発する。
昨日と同じようにあまり奥には進まず獲物を探し、数匹のウサギに加え猪まで倒した。途中、50cmほどの魔カブトムシと1mはある魔大カマキリに遭遇したが、ダモクレスが威力を抑えてくれないので、すぐ決着してしまい、どの程度の強さか診る暇もなかった。
魔昆虫類は外殻やカマ、ツノなどの部位も買い取られていて、安価であまり美味しくはないが肉は庶民のあいだでは普通に食されていると言うので全て持ち帰ることにした。
夕方には街へ戻れるように予定通り狩りを早めに切り上げる。
二人には洗濯や掃除を任せて、俺は桶や食材、日用品などを買いに行くことにした。
アウルが先に来てしまうかもしれないと思い、念の為に今日の獲物を庭先に置いていく。
ストレージ内は時間が止まっているのか、物質の状態を変化させない性質なのか、は分からないが、おかげで食べ物も腐らないので大量に肉や野菜などを買い貯めることが出来る。
石鹸を改良できそうな材料やシャンプーを作るのに使えそうな植物オイルやはちみつなども買い込む。
それは泡立ちが良く滑らかな石鹸の方が使いやすくて、二人が気持ち良く俺を洗えるのではないかと考えたからである。
これも姉妹の為を想う主人としての配慮。
その為にも早く研究を進めよう。
昨日、ベアトリスに剣や防具は手入れをしないとダメだと忠告された。
ダモクレスには必要なさそうに見えたが二人の装備品はそうはいかない。
手入れはベアトリスが出来るそうなので必要な物を教えてもらい買い揃えた。
桶は数件まわって買い集めることになってしまったが、1時間近く掛かっていた水汲みが20分で終わるようになった。
買い物を終えて家に戻ったがアウルはまだ来ていないようだ。
家の中へ入り日用品と食材を必要な分だけ取り出して姉妹に渡す。
二人は空中からいきなり物が出現する現象にはまだ慣れていない。
声は出さなかったが目は大きく見開かれ充分驚いている様子が見て取れる。
しばらくしてアウルが訪ねてきた。
頼んでおいた荷車は自分の馬車に連結させている。
俺が庭へ出ると、相変わらずの真っ二つ具合にアウルは笑っていた。
しかし今日はそのことよりも重要な話がある
別の事情が主ではあるが、昨夜から気になってなかなか眠れなかった話題をアウルに説明する。
「カタナ……ニホントーの通称ですよね? 何本か持ってますよ」
平然とそう言い放つアウル。
俺は飛びかかる勢いで尋ねる。
「売って! いくらー!!」
すでに手持ちのお金を全額払ってでも買うつもりになっている。
俺の形相に驚きながらも苦笑して「まあ、待って下さい」と言って宥めた。
「まず、言っておきますが……」
と、前置きを言ってから説明を始める。
「ニホントーは実用品でもありますが、美術品としての価値も高く出来の良いものなら安くても100万以上します」
当然、俺は全力で構わないと頷いた。
「次に、真の価値があるニホントーは数十本しかありません。そのほかのモノは真似て作った模倣品ばかりで、見栄えはそこそこ良いのですが実用に耐えません」
「もちろん、実用品が欲しい!」
アウルは俺を見つめると迷いながらも何かを決めた様子で話を続けた。
「お売りしてもいいですが、条件があります。それと、いくつか質問させて下さい」
俺は即座に『はい、喜んで!』と叫びそうになったが、少し冷静になって考えてみる。
商人のアウルが買い手に質問をする必要があるかどうか疑問になる。
日本とは違い、この世界では武器など普通に買える。
いくら価値が高くても、爆発物のような危険物でもない。
しかし、アウルの何かを期待している目を見て質問と条件を聞くことにする。
「答えられることと俺が出来るような内容だったら…ね」
「では、単刀直入に伺います。――その剣はダモクレスですよね? どこで手に入れたのですか?」
いきなり核心から入られて俺は焦ってしまった。
真実を話す訳にもいかないが、何も言わないのは刀を手に入れるチャンスを失う。
悩んだ末、表面上の真実だけを話すことにする。
「知り合いから借りた」
すると、アウルは嬉しそうに目を輝かせて質問をしてきた。
「その方は生きているのですか!? 容姿は!? 今、どこにいるのか知っていますか!?」
普段はいつも冷静なアウルが風呂に入っているときの俺よりも興奮した様子で尋ねてくる。その迫力に負けて俺は答えてしまう。
「佐藤さんから借りた。容姿はガタイの良いヒゲのおっさん。でも、もうこの世界にいない」
「サトオさん? しかし容姿は…この世界にいない? では、やはり帰ってしまわれたのか…」
アウルはどこかを見つめた遠い目になり、何かを諦めた様子に見える。
しかし、その発言から察するに肉屋の佐藤を知っているのは明白だろう。
死んだと言わずに帰ったと表現したアウル。俺たちの存在を知っているとしか思えない。
ただそうなると思い当たるフシがある。
「アウルは、もしかしてコルンバの出身なのか?」
「出身ではありませんが、しばらく住んでいたことはあります」
コルンバは佐藤が拠点にしていた場所の近くにある街だった。
街には住まず山の中に秘密基地を作って住んでいたと言っていた。
「サトオというお名前ではありませんでしたが、恐らく私はヨウスケさんのお知り合いを知っています。とてつもない強さをお持ちでした…」
「アウルはどこまで知っているんだ?」
「あの方が世界最強だったことは知っています」
世界最強!? あのおっさん、どこまで冒険好きでレベル上げてたんだよ!
「10年以上前の話にになりますが、私がまだ13歳で貴族の子弟が通う学校の寄宿舎で生活していたときのことです」
コルンバにある学校へ通っていたアウルは、長期休暇で実家に帰省する途中、誘拐目的の賊に襲われたらしい。
当然護衛はいたのだが、アウルの素性を知る賊はかなりの人数を揃えていた。 苦戦の中、たまたま通りかかった佐藤が助勢に入り事なきを得たそうだ。
それから佐藤がコルンバの冒険者ギルドに獲物を持ち込むのを待ち構えては捕まえて、たくさんの冒険譚を聞かせてもらっていた。
佐藤は今までの稼ぎがあるのだから、獲物を狩って売ることなどしなくても充分生活が出来るはずなのだが、何かと戦ってないと暇だと言って狩りをしていただけだった。
そして迷宮や魔境、秘境といった噂話を聞くと旅に出ていたらしい。
あるとき、アウルも冒険者になって一緒に行きたいと言ったが危ないからダメだと断られた。
「そうしたら『商人になって世界中をまわり、知らない土地の知らない景色や見たこともない物など集めれば良いじゃないか』と言われました。そして商人として私が一人前になったときは、お祝いの品を贈ると約束してくれました」
その祝いの品とは【魔法の鞄】のことだった。
ストレージと同じ性質の物で佐藤はそれを持って世界中を旅すれば良いと言ってくれたそうだ。
アウルは佐藤に必要なモノだと思い、そんな大事なモノを人にあげていいのかと尋ねると、ストレージのことを含め自分がこの世界の人間ではなく、いずれは帰ることなど教えてくれたらしい。
そうして、アウルは自分を鍛えることから始めた。
冒険者でなくとも世界を旅するのであれば強さは必要となる。
レベルや剣術を上げて、鑑定眼は実家の美術品や高価な物を相手に鍛えた。
それから1年程経った頃、佐藤は死の迷宮に挑んでくると言って旅に出たまま戻らなかった。
最初はあれほどの強さを誇る佐藤でも手こずっているだけだと思っていたが、段々と不安になり、帰ってしまったのかとも思っていた。
そして、約束通り商人となって旅を始め、もしかしたらどこかで会えるかもと微かに期待をしていたが、俺の話でやはり帰ってしまっていたと知った。
「今となっては、どこにその鞄があるのか分かりません。持ち帰られたか、ストレージというモノの中に入っていて、消失してしまったのかもしれません……。せめて、商人になって旅をしている自分の姿を見て欲しかったのですが……」
アウルは俺たちの【帰る】という意味を理解していた。
持ち帰れる物の条件を知っているのだろう。
そして、ストレージの中に残されていたモノの運命も知っていた。
肉屋の佐藤は少年のような冒険心の持ち主で、少年のアウルは冒険への憧れでいっぱいだった。
そんな二人が秘密を共有することを楽しんでいたことは想像に難くない。
そう考えると、アウルが俺たちのことに詳しいのも分かる気がした。
「その鞄、この世界にあるよ」
「え? どういうことですか!?」
アウルは驚きの表情を顕にすると、先ほどの俺と同様に飛びかかる勢いで尋ねてきた。
「アウルの家の名前はアームストロング?」
なぜ知っているのかと驚きつつも今更隠すこともないと思ったらしく素直に認める。
「商売の邪魔になるのでその家名は捨てましたが、以前はそうでした」
やはり、と思った。
佐藤はもし会えたらでいいからと俺に頼み事をしていた。
なぜ商売の邪魔になるのかは分からないが、診ても家名がなかったので今まで気が付かなかったのだ。
「それがある場所は聞いてるよ。アームストロング家の坊ちゃんに会えたら渡して欲しいって頼まれてたから」