2-22 小さいことで喜べる庶民派なのだ!
俺は今、自分の嫁が美しいことを鼻にかけ優越感に浸っている。
しかも、街を守る重要な職務を真面目に果たしている兵士さん相手にだ!
寛大なる絶世の美女クリスの夫とは思えない程のゲスっぷりである。
長年患っていた病気の影響がこんなところにも出ているらしい。
しかし俺はすでにハーレムを形成している勝ち組なのだ。
こんな小さい男では、このハーレムを維持することはおろか、さらに大きくするなど到底不可能と言わざるを得ない。
だから心は大きく持たねばならない。
たとえ30%増でもまだ小さいカラダの一部を含む身体は小さくとも、だ!
そんなくだらないことを考えていたが、ふとある事に気が付いた。――クリス以外は誰も身分証を提示していない。
心に刻む許可を与えてやったのに、まさかの職務怠慢! と思いきや、どうやら街へ入るだけであれば他の者は貴族の連れということで免除されるらしい。
そんなんでいいのかと思ったが、実際に貴族が難癖を付けたりすると一般兵では対応しきれない。だったら最初から認める、ということのようだ。
街は大まかではあるが区画整理がされていてブロックごとに大体何があるか決まっている。
例えば商業区と呼ばれる場所へ行けば、武器防具の店から生活雑貨までいろんな店が立ち並び、食料品は食料品でそれらを扱う店同士そのエリア内で固まっている。食堂やカフェのような店は人が集まる場所に点在しているので多少のバラつきがあるようだ。それと毎日、市も立っているらしい。
高級品や高価な物を揃えている店などは別のエリアに存在していて、そこは二の段に近い。
他には、冒険者ギルドや商業者ギルドといった各種の職業組合施設も商業区の近くに存在しているが、そこは酒場や花街にも近い場所となっている。
目的が分かっていれば、迷うことは無いように造られているが、こういう街造りは最初から何年も先の未来、人口の増加率などを考慮して作らない限り難しいはずである。
それを不思議に思っていると、アウルの説明には続きがあった。
その昔、魔獣に攻められたとき街を守りきれず多くの建物が破壊された。その後それを教訓として、王と貴族と元からの住人とが協力し合い今の街の形に作り直したのだそうだ。
つまり一から作って今の大きさになったわけではなく、既に存在している街を効率的かつ再度起こり得る襲撃に備えた街へと大改造したということらしい。
ただ残念なことに、それから時代が進むつれ、やはり貧困に喘ぐ住民が集まる下層と呼ばれるエリア出来てしまっている。
下層の住人が、商売に失敗した者や村を魔獣に襲われて流れてきた難民、親を亡くした子供たち、盗賊に襲われて命は助かったが財産を失った者などであれば救う手段もあるだろう。しかし、働かないせいで安易に下層に移り住んだ者や信用を無くして依頼が受けられなくなった冒険者崩れ、果ては罪を犯して逃げ込む者までいる。
予算を割り振り教会等が炊き出しなどの支援を多少なりともしているが、結局ここに住むしかない者たちがいる以上下層人口は増加の一途を辿る。そして治安はさらに悪化していき、匿う者が多いため犯罪者の取り締まりもままならない。こうなると一概に王の政策の問題ではなくなる。
すでに数千人規模にまで膨れ上がった下層では、いくつかの犯罪者組織まで出来上がっているらしく、騎士団でも迂闊には手が出せない状況にまでなっているそうだ。
ちなみに騎士団は官憲も兼ねているとのこと。
そんな話をアウルから聞きながら街の中を進んでいた。
最初に目指すのは俺が泊まる宿。
アウルの指示で向かった先は、宿というよりホテルだった。
初めて泊まった宿とは全てにおいて格段の差がある。建物の装飾、大きさ、造り、どれを取ってもお金持ち御用達にしか見えず、入口の前には武装した警備の者が数名立っている。
それでも最上というわけではないらしい。しかし、最低でもこのクラスに泊まってもらわないと、警備上安心できないと言われてしまった。
どこで誰が見ていたか分からないのだから貴族の連れと知って盗みに入る不届き者がいないとも限らない。
「でも、危機感知アラームを泥棒レベルまで落としておけばいいし、MAPで周辺を確認も出来るから大丈夫だと思うけど」
いつもは盗賊レベル、つまり自分たちに肉体的危害を加えそうな者がいた場合のみに設定している。それ以下の窃盗レベルだと旅の道中だと鳴りっぱなしになってしまうこともあるからだ。
ここで重要なのは、身分証の犯罪履歴の有無だけではなく、発覚していなくても過去に罪を犯した者、これから初めて犯罪を犯そうとしている者まで感知してしまうことだ。
もちろん個別に設定は出来るが、馬車には絶えず誰かが残っているので、普段は暴力で襲ってきそうな者だけを対象にしている。
それと正直なことを言えば、こんな所に泊まるのは遠慮したかった。お金の問題ではなく、所詮は庶民の俺には居心地が悪そうとしか思えないのだ。
「それだとヨウスケさんが休まらないでしょう。逐一MAPを見たり、夜中もいつアラームで起こされるか分からないのですから。だから王都にいる間ぐらいはゆっくりして下さいよ」
やはり俺の卑屈な悩みはアウルには伝わらないらしい。
「それにですね、これはこちらの勝手な事情で申し訳ないのですが、おそらくクリスの夫…いや、アームストロング家の娘の婿となるヨウスケさんと誼を結びたい、どんな人物か見てみたいと思う輩が面会を求めてくるでしょう。ヨウスケさんはそういった煩わしいのはお嫌いでしょうから、そのような行動は控えるように通達はしますが、それでも先走った者が必ず出ると思います」
そのとき俺が安い宿に泊まっているなどと知れたら公爵家として面目が立たない。
悪くすれば、俺はクリスの実家からその程度の扱いしかされない存在と思われる可能性もある、ということらしい。
「もちろん、面会の申し出を受ける受けないはヨウスケさんの自由ですが、これはエル様側も同じことだと思いますので、最低でもこのぐらいの宿に逗留して頂きたいのです」
庶民の俺には居心地が悪そうだという以外、拒否する理由はない。それにアウルの言い分はもっともであるからここは素直に従っておくべきだろう。
了承の意を示すと、アウルはホっとした様子になる。
俺とベアトリスの着替え等の荷物を別の鞄に移していると、同じく庶民派のエドが控えめにアウルに話しかけた。
「あのー、アウル様。この近くに安い宿はありませんかね? ベアトリス姐さんは旦那のお世話があるから当然としても、奴隷の俺がこんなところに泊まるのは…」
気持ちは分かるが、それは言うべきではなかったと思う。なぜなら、ここにはクリスがいるからだ。
「エドアルド! あなたはヨウスケから護衛という役を頼まれているのですよ! その護衛が自分の主人から離れるなど一体どういう了見ですか? 宿など所詮は寝るだけの為のモノです。高い安いなど関係ありませんわ!」
高い安いとクリスは言うが、本来ならその使いどころは反対である。
誰もがその使い方はおかしいと思っただろうが、エドがそのツッコミを入れるなど出来るわけがない。
奴隷であると自覚しての謙虚な申し出は、ただ自分の主人の嫁に怒られるだけの結果となった。
翌日には予定を伝えに遣いを走らせるとのことで、俺たちは馬車を見送って宿へ向かった。
一見の客が入れるような雰囲気の建物ではないが、どう見ても貴族としか思えないアウルとのやりとりを見ていた宿の護衛は不審がることもなく扉を開いてくれた。
中はホテルのロビーのような感じで所々に高級そうなソファやテーブル、椅子などが置かれている。
妙に間隔が開いているのは他の席から会話が聞こえないようにするための配慮であろう。
このような高級宿では、宿泊客へ誰か訪ねて来たとしても部屋まで通さず、従業員が呼びに行き、ここで話すということだと思う。訪ね人がいくら宿泊客と懇意だと言ってもそれが真実かどうかは兎も角、会いたくない相手という可能性もあるのだから、宿側としては警備上の問題でもあり、宿の信用問題にも繋がるといったところだろう。
奥の方にホテル張りのフロントがあり、壮年の男が立っている。
ベアトリスとエドがそれぞれ大きい鞄を持っているのを見て、それらを中へ運び込むためか、別の下働きの者にその男は指示を出している。指示された従業員が女性だったこともあるが、それとは別に重大な問題があるので手を翳して必要ないことを伝えた。
本来ならここで素直に渡した方が貴族然として良いのだろうが、これは魔法の鞄なので全く重くない。
と、言うより鞄の重さ以外重量を感じない。
さすがにそれでは渡すに渡せない。
そのまま歩いて、フロント業務を務めている男の方へと向かった。
奇妙な組み合わせの客とは思っているだろうが、警備の者たちが通した以上怪しい客ではないと判断してか笑顔とピンと張った姿勢を崩さず迎えている。
ただ、どこか不自然な印象を受けなくもない。
恐らく誰に話し掛けてよいのか判断に迷っているのだろう。
ひと目で高価な装備と分かる鎧姿のエド。立派な体格も相まって、なにも知らない人であればエドが主人と誰もが思うだろう。しかし、そのエドは奴隷の首輪を付けている。
ベアトリスは元々が貴族なので品のある印象を受けるが、彼女もまた奴隷の首輪をしている。しかもメイド服である。
そうなると消去法で、荷物を持っていない俺が主人ということになる。
しかし、俺は布を纏って腰に棒を差している下僕にしか見えない。
だから俺に話しかけるべきとは思ってはいても、躊躇しているのだろう。
このような高級宿では話しかける相手を間違えるなど許されない。万が一にも間違えて客に不快を与えてしまえばこの宿の品格を疑われ、相手が大物であれば宿の存続すら危ぶまれる。
エドがその大物のお気に入りで、俺たちが側仕えという可能性も残っている。
ここは意地悪などせずに、こちらから話し掛けてあげることにしよう。
「こんにちは。一週間ぐらいだと思うけど部屋は空いてるかな?」
やはりといったところか、あからさまではないが、少し安堵の様相を見せている。
その後は、きっちり礼儀正しく対応をしてくれた。
「ようこそいらっしゃいました。旅からお越しのようで、さぞお疲れでしょう。すぐにお部屋へご案内させて頂きます。お一人でもお二人でもお泊まり頂けるお部屋が御座いますので。ただ、申し訳ございません。奴隷の方が泊まる大部屋は当宿には備わっておりませんので…」
要は奴隷は泊められないと言う事ではなくて、男の奴隷をここに泊まらせるとは思っていないということだ。
俺は二人部屋と一人部屋それぞれ一部屋ずつ頼むとやはり意外だったらしく、驚きの様相を見せたが瞬時にその表情を消し去り恭しく礼を述べた。
「ありがとうございます。それでは料金とその他の説明をさせて頂きます」
さすがに桁が違う。
お一人様20000円。それでいて食事は付かない。
ただ別途注文すれば何時であろうと部屋まで食事を運んでくれるとのこと。
さすがに食堂に来いなどということはなく、ロビーでは飲み物と軽食ぐらいしか出していないそうだ。
そのほかいらない情報として、部屋の壁は厚いので大声を出さない限り隣の部屋には多少の騒音などは聞こえないと説明された。
プライベートがきっちり守られていると言えば聞こえは良いが、単に『あれ』して『なに』しても大丈夫ですよというだけだ。ここにはそれを目的とした貴族やお金持ちの人も来るということだろう。
ラブをしちゃうためにお泊りする方もおっけーの宿。
もちろん高貴なお方がご利用しても周囲にバレないようになってるよ。
一流の宿だから秘密は当然厳守しますよー。
つまりそういうことだ。
真顔で説明している姿を見れば、頻繁にそういう客が訪れていることが窺える。
意味が分かってしまっても、興味津々で聞いていると思われるのは俺の矜持が許さない。
どうせレーダーで俺には誰が『あれ』して『なに』しているか分かるのだから、こんな話程度で興奮などしない。
しかし、自衛手段としてレーダーを作動させて、他の部屋の男女がどの程度の親密さで付近に忍んでいるか調べるのはやぶさかではない。
途端に俺の機嫌は良くなる。
先程まで高級すぎて居心地の悪さを感じていたなど嘘のように心が晴れやかとなる。
この宿は先払いではないが、俺のような小僧が本当に払えるかと心配させるのも偲びないので十万円の金の小判を10枚預けた。
そして、高級宿に泊まるのも悪くないと思い直して、部屋の案内へと向かう従業員のあとに続いて歩き出した。
いつもお読み頂きありがとうございます。
次話は明日投稿させて頂きます。




