2-19 なかなか思い通りにはいかないね!
今夜の野営は王都に着く前の最後の晩餐。
だから夕食は贅沢にバーベキューといこう。――贅沢をするのだから当然ドリアーヌも呼ぶ。
またバーベキューか、と思うだろうが、みんなの反応はそうではない。
島国日本育ちの俺からすれば、海の幸が非常に恋しいのだが、内陸部にあっては、それは贅沢というものである。贅沢品として食せるのならまだいい。生魚などはめったに見ない上に非常に高いのだ。
おそらくは氷魔法を使った道具かなにかで運んでいるのだろうが、コストパフォーマンス的に割が合うとは思えない。実際売っていた金額は魚一匹の値段とは思えないほどで、貴族やお金持ちの商人が食べることがあるから運んできたという程度なのだろう。
川魚はあるので、庶民には高価な海の魚など買う必要もなく、憧れる食材でもないようだ。
実際、俺が食べたいだけで、値段に関係なく忌憚のない意見をみんなに求めたが、そこまでして食べたいと思ってる人はいなかった。
干物は生魚に比べて安いこともあり、たまには食べている。それに魚粉は高価なものではないし、日本から持ち込んだ、ダシの素や鰹節などもまだあるので、いずれ港街にでも行ったときに魚は大量に買い込んでストレージに入れておけば良いと考えて今は我慢していた。
だから結局は肉なのであり、肉が美味しければ毎食でもみんな喜んで食べるのだ。
しかし、今日はホルモンをメインにする予定だ。
ウチでは内臓類は滅多に食べない。俺個人としては大好きなのだが、いくら自分で解体出来るからと言っても、ほかの部位はともかく、腸類は下処理に時間がかかる。
全てに切れ目を入れて中を洗う。匂いが取れるまで水を変えながら何度も行う必要がある。
つまり、メンドクサイのだ!
それと、関係はないが、内臓肉は牛より豚の方が好きである。
喉軟骨のコリコリした触感や、茹でたガツをポン酢で食べたり、鮮度が良ければハツ、ガツ、レバ刺しも臭みなど全くなくとても美味い。また、トロトロになるまで煮込んだ豚バラ軟骨は最高である。もちろん、普通に焼いたモノも好きだ。
そんなわけで今夜は、先日の丸焼きを作った際に抜いたイノシシの内臓でホルモン焼きだ。
人数も多いから下処理も楽である。
それにこの世界では鮮度の良い内臓肉を食べるのは難しい。
肉なら熟成させてから食べた方が美味しいということもあるが、内臓類では鮮度が命だ。
別に肉類に限ったことではないが、獲物を狩ってから街へ運び込み、そこから小売されるまでの時間を考えるとどうしても鮮度はおちる。
狩ってその場で解体して調理すれば食べられるだろうが、危険も然ることながら水など大量に持ち歩くなど普通は無理だし、無駄遣いだってしたくはないだろう。出来るのはせいぜいレバー焼きくらいなものだ。
そう考えると新鮮な内臓肉は贅沢品と言えるのではないだろうか。
もちろん家畜は飼われている。街から離れた村などは繁殖力の強い豚や卵を産む鳥など飼育しているし、牛は乳製品のために飼われている。それらは主に自分たちのためというより街に売り出すことが多い。
羊毛の為に羊なども飼われているが、魔獣や獣を狩人や冒険者が狩ってくるので肉のための飼育は盛んではない。ただ高級肉を作るためにお金持ちがに護衛を雇って自分の領内で飼育していることは間々あるそうだ。
ウチの家族以外はホルモンにあまり興味を示している様子はない。
所詮は低所得者の食べ物でしかないから、いくら俺が美味しいと言ってもそこまで期待はできないのだろう。まあ、好き嫌いもあることだから、当然肉や野菜も用意している。
結果から言えば好評であった。
日本でも冷凍物と生ではまるで違うのだから、保冷技術の低いこの世界なら味に歴然の差が出るのは当然である。
俺は刺身でも幾つか食べたが日本を懐かしむ恋しい味がした。
寄生虫問題? まったく問題ありません。
だって、ストレージには生き物は入らないからね!
――とまあ、ここまで説明しておいてなんなのだが、悲しいことに一番人気は結局肉だった。
高級肉の部類に入る魔バッファローの焼肉を感激しながら食べているドリアーヌ、それをステーキにして齧り付いてるエド、言うまでもなく食事に夢中のクリスは邪魔しないでおこう。
フローラの世話を焼いているアルヴァも忙しそうだ。
俺はベアトリスとアウル、ウスターシュとおしゃべりがてら、地下迷宮の近くにある街のことについて教えてもらっている。
「あの街は冒険者のための街と言ってもいいでしょう。そのほかには冒険者相手に商売をする人たちしかいないと言っても過言ではありません。冒険者が持ち帰ったお宝の取引のために何度も訪れてますが、財宝とまで言える物は少ないですが、それなりの値打ちがある物は出てますから人は絶えず集まってきてますね」
「それにです、ヨウスケ様。これはこの街に限ったことではなく、迷宮都市と呼ばれている殆どの街が同じような感じです」
やはり思った通り。これぞ浪漫、これぞ冒険者。
別にお金には困ってないけど、みなを驚かせる財宝を手にして一躍有名人に!
今まで誰も手にしたことのないような財宝を高々と掲げて街へと凱旋。そして黄色い歓声をあげて集まる若くて可愛くてスタイルの良い女性に囲まれ、もみくちゃにされて素晴らしい感触をカラダ中で堪能……
「ご主人さまぁー! 起きてくださーい。夢の時間にはまだ早いですよー」
はっ! どうやら夢の世界にトリップしていたようだ。
ベアトリスの表情を見ると、どんな夢の世界に行っていたかもバレているようだ。
「ははは、ヨウスケ様はお若いですね」
ウスターシュにもしっかりバレているらしい。
「それでですね、街の中ですが、宿は素泊まりの大部屋しかない安いところから、至れり尽くせりの高級宿までありますし、武器屋、防具屋に至っては初心者でも買える装備から一流の冒険者が扱うようなものまで揃ってます。食堂にしてもそうです」
いいね! ラノベを読んで想像していた通りの街。憧れてたんだよねー。
「そして当然たくさんの酒場や…」
「ご主人様。飲み過ぎるとまた怒られますよ」
「花街と呼ばれる春を売る店も…」
「そんなとこに行ってはダメですよ。私がしてあげますからー」
「――たくさんあります。それに宿や食堂で下働きをしている女性も大勢いて、彼女らは大金を得た冒険者を常に狙っていたりもします」
「ご主人様は騙され易いから気を付けて下さいね」
「さらには売られている奴隷の女性も非常に美しい者が多く…」
「ご主人様! そういう……」
――――――!!!!
「ちょーっとストップ! ウスターシュさん! 途中からわざとだよね? からかう気満々だよね!?」
すまし顔で「はて、なんのことでしょう」とか言ってるけど、アウルは頬を膨らませて吹き出す寸前だからね。
「ベアトリスも。俺は子供じゃないんだから心配しすぎだって!」
と言われてもまったく信用していない表情のベアトリス。
まあ本心を言えば、俺ならやりかねないと思ってるけどさ……
「そ、それはともかく…お宝ってそんな簡単に手に入るの?」
「いえ、価値のあるモノはそうそう出ないですよ」
「ん? 魔物って魔力体だから食べられないんでしょ? 持ち帰っても大した価値がなさそうだけど…じゃあ、お宝が出なかったら無駄足なの?」
「そういうことではありません」
魔物は倒すと魔珠を残して消滅するそうだ。だから基本的にその魔珠が収入となるわけだが、上層にいる魔物では大した価値はない。――と、ここで一つの問題が発生する。
迷宮には入るには入場料を払わなければならない。
お一人様1000円也。
これは面白半分で迷宮に入ろうとする者を阻止する意味もあるのだが、逆に元を取るために無理をしてしまう者が死亡率を上げていることも否めない。
パーティーを組んでいる冒険者が多いのだから人数分稼ぐのは容易ではない。
そのため、より良い魔珠を得るために強い魔物がいる下層を目指す。
堅実なパーティーなら準備万端で内部で数日過ごしてかなりの金額を稼ぐことも出来るが、中途半端な準備でお金に目が眩んで突っ込んで行くような連中もいて、また彼らも死亡率を上げる要因となっている。
「私も昔の血が騒いでいるのでお気持ちは分かりますが、あと一月もすれば行けるのですから一緒に待ちましょう」
カラダ中をムズムズさせて我慢の限界に近い俺の精神衛生上良くないので、これ以上の話は後日とされた。
「ところで義弟殿。王都に着いたらどうしますか?」
「どうするって…どうするの?」
結婚式を挙げる以外に特に用事はない。
だからこそ、問いかけてきた質問だった。
「私もそうですが、ウスターシュも挨拶やら準備やらを手伝うことになるでしょう。当然クリスも忙しいでしょうし、エル様も陛下への報告だけではなく方々に婚儀の件などを伝えに走らなくてはならないでしょう。ウチには大勢の下働きやメイドもいますが、クリスの性格を考えたらアルヴァたちをお貸し頂けると助かります。そうなると数日のことでしょうけど、暇なのはヨウスケさんとエドくらいになるかと」
「くー、所詮こういうことに夫は役立たず。――ぷっ、どこの世界も一緒だね」
思わず笑ってしまった。
「もし王都見学をするなら誰か案内を手配しますし、行きたい所があるなら場所を調べておきますが」
「んー、そうだなー。エドは図書館みたいな所へ行きたいんじゃないかな? クリスとの約束があるし。って、あれ? エドって文字読めるのかな?」
この世界も他の異世界の類に漏れず識字率は低い。
「パーティーのリーダーをしてたのですから読めるんじゃないですか?」
そりゃそうだ。
文字が読めなければ依頼書を読めないし、契約を交わすのも困難である。仲間に読める人がいればいいが、他人頼りでは他のメンバーが心許ないだろう。
「まあ、エドが求めるモノは古書の類でしか調べられないでしょうから、どのみち通訳を付けますよ」
「そだね。まあ、あとでみんなと相談しよう」
その結果、絶対に俺を世話する人が必要だと出張するアルヴァにクリスも賛同してベアトリスが付くことになった。――フローラに関してはクリスが面倒を看ると言ってる。
どのみち予定より早く着いてしまうので、どうなるかも分からないから細かいことは王都に着いてからでいいだろう。
「それでヨウスケ様は私をいつ正式な奴隷にして下さるのですか?」
涙目で突如訴えを起こすドリアーヌ。
「いや、ドリアーヌはエルから借金しただけで奴隷じゃないからね」
俺としてはこれは絶対に避けたいことだった。今更ドリアーヌを奴隷になどしたら、どんな噂が広がるか想像に難くない。
ドリアーヌはギルドで人気者。エドからの証言で大勢の冒険者が恋心を抱いていることも分かっている。
と、なると馬鹿で阿呆な冒険者どもは、エルが俺に再度売りつけたというより、俺がエル誑かしてドリアーヌを自分のモノにしたと考える。
と、なると馬鹿で阿呆な冒険者どもは、俺を逆恨みする。
と、なると馬鹿で阿呆な冒険者どもは、俺に新たな二つ名を付ける。――恐らくそれは『キチク』
――それだけは絶対に避けたい! 悪名ならともかくこれは論外だ。
「エルヴィーラ様はヨウスケ様の奥方となります。それならば私はヨウスケ様のモノということになります!」
お酒も入って少し興奮気味になっているドリアーヌだが、なぜそんな事を突然言いだしたのか。
まずは食事中誰と誰が一緒にいたかを考えてみよう。
ドリアーヌとエドとクリス。近くでフローラの世話をしていたアルヴァ。
俺たちの事を分かっているドリアーヌはエドが俺の奴隷となっても無碍には扱わないだろうと思っていた。それでも、美味しい食事を奴隷扱いもせず好きに楽しんで食べさせているのには驚いた。その上で訓練等も含め当の本人は奴隷になって良かったとドリアーヌに語っている。
そんな話を聞き逃すアルヴァではない。
神聖化された俺の話をアルヴァから聞かされ、旅を一緒に行くことは出来なくても俺の奴隷でいたい。――いや、奴隷になりたい、となった。
心から俺を慕う者をクリスが邪険にするわけがない。
こうして嫁のお墨付きで奴隷話が持ち上がった。
単独、食事とお酒を楽しんでいたエルがノリノリで協賛を始める。
借金で縛るつもりはなかったが、本人が望んでいるなら奴隷にしてあげよう。
そして妻のモノは夫のモノだから、俺の奴隷になっても良いと許可まで出した。
あれ? これってもう確定じゃないの?




