1-7 期待で大逆転
アルヴァは俯いたまま、それ以上は何も言えなくなっていた。
この姉妹を買ったことに後悔などしていない。
むしろ、献身的なアルヴァと知識の豊富なベアトリスに会えたことに感謝をしている。
「……アルヴァ、ベアトリス。どうしても家が欲しい訳でもないし、商売もやってみたいだけだから。二人がただ頑張ってくれて、一緒に楽しく暮らせればいいよ。二人さえ良ければ俺はずっと冒険者で生活してても構わないんだ」
「しかし、それでは私たちを購入した意味がなくなってしまいます」
「あるよ。それだけでも俺は充分に満足が出来るから」
奴隷として生きる覚悟をしていた姉妹は、それだけでは納得しないだろうと思った。
「なんだったら、奴隷から解放してあげるよ? それなら二人ともメイドとして普通に働いてくれるでしょ?」
暴走と勢いで二人とも買ってしまったが、元々は家事さえ出来れば誰でも良く、奴隷である必要はなかったのだ。
この様子ならすぐに逃げ出すとは思えない。
だから俺は優しさからではなく、その方がこの姉妹は奴隷の拘りなどなく普通に働けるのではないかと考えたからだった。
しかし、そう深く考えた訳ではない。
この提案を聞いた二人の変化は劇的だったが、俺の考えとは全く違うモノを想像していた。
「「それだけはお許し下さい!」」
まるで恐ろしい目に合っているがごとく、二人とも震えながら土下座で低頭してきたのである。
唖然としている俺は、なにをそんなに恐れているのかと理解がついて来ていない。
今のアルヴァは口が開けそうにもない。
少しは口がきけそうに見えたベアトリスに、この状況の説明を求めた。
ベアトリスの考えている未来予想図は、俺の想像をはるかに超えていて、正直迂闊だったと反省するしかなかった。
自分たちの家が没落して親に売られた姉妹には帰る場所などない。
奴隷ならば、どんな扱いをされていても少なくとも居場所はある。二人とも普通に働くなどした経験もなく、もし俺に捨てられたらお金をどうやって稼ぐかも分からず路頭に迷ってしまう。自分だけなら路上でも生きていけるかも知れないが姉は間違いなく無理である。だから、今すぐ解放されるのは、自由にしてもらうのではなく、いずれ捨てられてしまうのだとしか思えない。
そして、姉と一緒に誠心誠意尽くすから解放しないで欲しいと懇願された。
正直、この姉妹ならばすぐに仕事を見つけて普通に生活していけると思ったが、俺が考えていた以上に奴隷としての教育をしっかり施されているようで、解放されれば死んでしまうと二人とも本気で思っているようだった。
「じゃあ、奴隷のままでいいから。俺の為だけじゃなくて自分達がしたいことも探して、それを自分からやれる様になること。俺も協力してあげるから」
このまま奴隷として働いていても、いずれは二人に普通の感性が戻るだろう。
それから自分のやりたいことを探せばいい。
――このときは純粋にそう思った。
俺の言葉に二人はホッとして喜んでいる。
――が、それは言葉の初めの部分に対してだけだった。
そのあとに続いた名言は全く聞こえていなかった様子で、良い事を言ったつもりの俺は少し悲しかった。
気を取り直して…それから商売のことや明日の行動などの話をして、忙しくなる明日からのために早く寝ることを告げる。
俺の部屋の前まで後ろに付き従っていた二人におやすみと言って部屋に入る。
二人がついてくることを少しだけ想像していたのだが、残念なことにあっけなく自分達の部屋へと戻ってしまう。
まあ、初日だから…
――と諦めかけたとき、誰かがドアをノックする音が聞こえてくる。
すでに俺は服を脱いでベッドに入り光玉を消そうとしていた。
入室を許可するとドアが開き、驚くべきことにそこには服を脱いで下着姿になっている二人が!
諦めかけてはいたものの、実は予想をしていたというか期待はしていたのだ。
そして何をしに来たかを告げると思われる次の言葉を、期待に胸を躍らせて待った。
「ご主人様、お部屋を狭くしてしまうことをお許し下さい」
「……は?」
あまりにも期待が大きすぎたので、思わず間抜けな声が出てしまう。
しかし二人はその意味が不明である言葉のあとに、いきなりそれ以上は脱ぐモノがない姿となる。
期待が確信に変わるにはまだ早い。
俺は万が一の場合に備えて姉妹の素晴らしいカラダをじっくりと交互に見つめる。
期待が外れても後悔しないようにである。
そして運命の瞬間、アルヴァは「失礼します」と言うと、姉妹はそれぞれに俺の左右に来る。
そして、なんと! 一緒のベッドに入ってきたのだ!!
「ご主人様のベッドを狭くしてしまうのは心苦しいのですが…」
――――そういう意味だったのか!
遠慮せずにもっと狭くしても良いと伝えてあげたい。
期せずして邪心などない俺の願いが通じる。
驚くべきことに、二人は恥ずかしそうにしながらも、もぞもぞと動き出しカラダを寄せてきたのである。
「ご主人様が自分でしたいことを見つけて、自分でやれるようにと仰られましたので、甘えさせて頂きました」
――――ブ…ブラーボー!!
まさかの大逆転だった。
悲しみに暮れたあの名言が聞こえていたとは!
不発に思えたあの名言。しかし、それは二人にしっかりと伝わっていた。
ここは自分自身を褒めてやるべきだろう。
このまま時間の流れに身を任せたかったが、明日のことを考えて名残惜しいが光玉を消す。
そして暗闇の中、静かな二人の呼吸する音が聞こえてくる。
――と同時に俺の中の何かが猛り狂い始める。
こうして俺は『生殺し』というモノが、こんなにもツラいことだと身をもって知ることとなった。
翌朝、起きたときには既にアルヴァはベッドにいなかったが、ベアトリスは俺にしっかり抱きついていた。
まるで天使の抱擁を思わせる感触は惜しかったが、このままでは俺は起き上がる事が出来ない。仕方なく、頭を撫でてベアトリスを起こしてあげる。
目を覚ましたベアトリスは現状をまだ把握できていないようだ。
抱きついたまま「おはようございます、ご主人様」と言った直後に目が覚めたらしく、慌てて俺から離れると恥ずかしそうにもう一度朝の挨拶をしてくる。
そのあと自分は裸のまま俺に服を着させると、朝食の準備をするためか下着を持ったまま自分の部屋に急いで戻って行った。
俺はそのまま部屋を出てダイニングの方へ向かおうとすると、すでに廊下にまで何かを料理する匂いが漂ってきている。
「おはよう、アルヴァ。早いね。よく眠れなかった?」
「いえ、ご主人様のお陰でぐっすりと寝かせていただいたのですが、朝方、何かが私の腹部にあたるので目が覚めてしまいまして……あ、そ、それは、こちらをお向きになって寝ているご主人様の一部でした。それで……しばらく拝見させて頂いていたのですが、ドンドン変化していってしまい、少し緊張して眠れなくなってしまったのです……」
「……もしかして俺のせいで起こしちゃったの?」
いくら男の生存本能の一環とはいえ観察までされてしまうなんて!
まさか異世界だとカラダの一部の反応が良くなるのか!?
「い、いえ! ご主人様はぐっすりおやすみになられていましたし、私が奴隷という身分も弁えず……つい、つついてしまい……さらに変化させてしまったのが悪いのです。申し訳ございません」
アルヴァ……顔が赤いけど、俺の方が恥ずかしいからね。
罰ゲームのような羞恥プレイにさらされたが、今は落ち着きを取り戻している。もちろん、俺がである。
アルヴァはすでに平常モードに移行して料理の続きをしている。
そしてダイニングに来たときから気付いてはいたのだが、目の前で看過できないほどの事態がまさに進行中である。
「アルヴァ、その衣装……すごい素敵だね」
エプロンのみを衣装とする男の夢を体現した姿。
それは女神のように美しく、世の男どもが憧憬して止まないその姿を惜しげもなく披露している。
「これが朝食準備をする奴隷の正式な衣装姿だと、イグナシオ様から教えて頂きました」
イグナシオさん!
本気でグッジョブ!!
あとから来たベアトリスは同じ衣装ではあるが、けた違いの攻撃力を持ち、その姿はまるで伝説の勇者と見紛うほどだった。
しばらくその素敵な景観に目を喜ばせていたが、やはりこんなことは良くないだろう。二人には自重を促すことにしよう。
「それは確かに朝食の準備をする正式な衣装だが、毎朝その姿で料理をするのは危ないから日曜日だけでいい!」
後片付けのあと、冒険者ギルドに登録をするために出掛ける準備を始める。
俺の着替えを手伝わせてあげたあと、ふたりには昨日買った装備をさせて三人一緒にギルドへ向かう。
冒険者ギルドの受付で登録を済ませた俺たちは、職業に冒険者、称号はクラスFというモノがIDカードに加えられた。ランクFはただの見習いの様なものだそうだ。
そして無職を卒業。
身分が放浪者から自由生活者となる。
しかし、ランクFで受けることが出来る依頼などたかが知れている。
雑用や運搬という内容が多かったが、小さい獣の肉や毛皮の依頼ならば受けられるようだ。
もちろん偶発的に遭遇した依頼の出ている獲物を仕留めれば、冒険者ギルドが報酬金を付けて買ってくれる。
出てなければアウルに売れば良いだけである。
依頼は受けないで適当に獲物を探すことにしよう。
目的地はこの街の近くにある森。
それはこの世界で最初に降り立った場所から見えた森で、この街から一番近い狩場だとギルドで教えてもらった。
そこでは初級者から中級者になる前ぐらいまでの冒険者が狩りや薬草採取などしているだそうだ。
奥に進むと強い魔獣がいるというので無理をするなと忠告をされる。
魔獣とは世に満ちる魔力が影響して生まれたケモノの亜種で、同種のケモノより二回りほど大きく、強さも段違いだそうだ。
森の中へ入ると運よくすぐに獲物が視界に入る。
しかし全く連携が取れず、すぐに逃げられてしまった。
やはり行き当たりばったりでは無理だろう。
相談をした結果、剣術スキルのあるベアトリスが挑発やおとり、壁の役目を担い、アルヴァが攻撃をして隙を誘う。
俺はトドメを刺すという方向で決まった。
そして初収穫はウサギだった。
それからウサギを4匹ほど狩り、タヌキまで仕留めることができた。
日が暮れ前に帰ろうとしたが、突如強敵が現れた。
それは恐るべき魔獣、魔タヌキだった。
奴は俺たちを敵と認識したようで、下腹部に付いている凶器を震わせながら突進してきたのだ。とっさにベアトリスは剣で受け止めたが弾き飛ばされてしまう。
倒れたベアトリスを慌てて助け起こしたが怪我はないようだ。
凶器のあまりの大きさに驚いて油断してしまっただけらしく、力負けしたわけではないらしい。
その間、恐るべき凶器を持つ魔タヌキに自分の剣で必死に抵抗していたアルヴァに、俺はすぐさまダモクレスを振り上げて加勢に入り、ついに初の魔獣を倒した。
アルヴァが少し怪我をしてしまったので、ポーションを傷にかけてあげると傷口が塞がっていく。
ポーションは身体全体に傷を負った場合は飲んだ方が良いらしいが、数ヶ所程度では振りかけた方が効果が高く効き目も早いと買ったときに説明を受けていた。
魔タヌキは体長120cmほどもあり、体の中からビー玉ほどの宝石のような紫に光る珠を見つけた。
ベアトリスに尋ねるとそれは魔珠という魔獣や魔物の核らしい。
主に光玉や水玉などの魔力補充などに使われていて高値で買い取ってもらえるが、国営である冒険者ギルドだけが買い取りを行なっている。
それは買い占めを防ぎ、生活に欠かせない光玉類の相場を安定させるための措置であった。
魔珠は専用の魔法具や高度なスキルがないと扱うことが出来ないので、普通はすぐに売って金にするそうだ。
いつか何かに使えるようになるかもしれないが、今は冒険者のクラスを上げるために売らないとダメだろう。
魔タヌキは大きすぎて担いでなど行けるはずもなく、ほかの獲物と一緒に全てストレージに収納して街へ帰った。
帰りの途中でアルヴァが、今日1日で少し強くなれた気がすると言ってきた。
ベアトリスは1日でレベルが上がる訳が無いと否定をしたが、実はレベルは上がっていた。
佐藤が一人で死の迷宮に挑んだ理由でもあったが、スキルには小隊編成というものがある。もちろん上位スキルの中隊編成や連隊編成などもあるが種類を問わず編隊を組んでしまうと、自分たちだけの特権だった30倍経験値獲得がメンバーにも影響して10倍の経験値を獲得出来るようになってしまう。
だから、佐藤は怪しまれないように出来るだけソロで戦っていたそうだ。
俺は最初にウサギを倒した時点で小隊編成スキルを覚えていた。
二人の主人である俺は本人の許可なしで、勝手に小隊を組める。
本来なら、編成されたメンバーには経験値が均等に分けられる。
しかし俺たちの場合、分けられた経験値が俺は30倍、二人には10倍になって取得出来る。
そのおかげで低かったアルヴァのレベルが簡単に上がっていたのである。
冒険者ギルドの依頼書にも出ていたケモノの収穫もあったが、ある問題があって冒険者ギルドには魔珠だけ売るしかなかった。
獲物をアウルに引き取ってもらうために、二人にアウルを呼びに商業者ギルドへ向かわせて俺は家へ戻っておく。
獲物を庭先に並べて姉妹の帰りを待っていると、二人は荷馬車に乗ってアウルと一緒に戻ってきた。
「お待たせしました。…これはいったい?」
一目でわかるその問題を見て、アウルは思わず苦笑いをしている。
どうやってこの数の獲物を俺たち三人で持って帰って来たのかという疑問もあるようだが、一番の問題は状態だった。
「つい、勢い余って…」
獲物がすべて真っ二つになっているのだ。
佐藤の言葉に嘘はなく、伝説級と言っていたダモクレスはその威力を遺憾なく発揮している。つまりは手加減などまだ出来ない俺が全ての獲物を全力で一刀両断してしまったのだ。
「出来ればもう少し状態の良い方が嬉しいのですが……」
そう言ってアウルはちらりとダモクレスを見た…気がした。
さすがに俺もやりすぎたと反省をしている。
これらは言い値でいいからと伝えて、次からは気をつけると素直に謝罪をするしかない。
それでもアウルは合計3000円で買ってくれたが、そのうちの2500円が魔タヌキ代だった。
魔タヌキの特殊部位が、とある事に凄い効果を発揮する滋養強壮剤の材料となり、それは中年男性に大人気の商品なのだそうだ。
俺は魔タヌキを頭から真っ二つにしてしまっていたが、かろうじてその特殊高額部位を外していた。
「あと、荷車が欲しいんだけど用意出来る?」
「荷車ですか? 荷馬車じゃなくて?」
俺と姉妹だけではこれだけの数の獲物をどうやって街まで運んだかを怪しまれる。
本当は荷馬車が欲しかったが、諦めて荷車を依頼したのだ。
荷馬車なら森までの往復も歩かないで済むが生き物はストレージには収納出来ない。
「馬小屋もないし世話する人もいないから」
本当のことなど言えるはずがないので、そう説明するしかない。
「では、明日同じ時間にお持ちします。明日からは真っ二つにしないようにして下さい」
その理由だけで納得してくれて、アウルは笑いながら忠告もしてくれた。
夕食のためにウサギを一匹残した。
毛皮はすでに剥いでアウルに渡してある。
そして真っ赤な肉だけが残ったが、アルヴァは顔色も変えずキッチンへ素手で持って行った。
「ご主人様、ローストにしますが宜しいですか?」
「アルヴァはそれ見てても平気なの?」
切り分けられている肉にしか慣れていない俺には、かなりグロテスクに感じてしまったので思わず尋ねてしまう。
「俺、そういう肉に慣れてなくて……」
アルヴァは何を連想したのか、急に顔を赤らめ始める。
「はい……わ、私も慣れていないので……こ、これからも毎朝ご主人様のお肉の一部をよく観察させて頂いて慣れるように努力を致します」
俺のカラダの一部は、こんなにグロテスクじゃない…と思う。
毛皮を剥がした獲物の生肉と同レベル扱いされて、俺の愛息子は通常時よりもションボリしている気がする。