2-13 やりすぎには注意しよう!
世の中にはスキルというものがある。
有り体に言えばそれは技術のことだが、この世界のスキルにはレベルがあり、さらにそれを昇華させて上位のスキルを取得することが可能だと言う。
もちろん、それは簡単なことではない。
幾度となく繰り返し、弛まぬ努力の結果習得できるモノである。
そして、今、まさに今! それを行っている最中であった。
幼くとも甘酸っぱい【唇接触】の上位スキルである、甘美な味わい【大人の唇接触】の練習だ。
すでにこのスキル、【大人の唇接触】を先ほど体験したのだが、俺にしてもクリスにしても性質上はエルと同じモノを持ってはいるが、あのような動きが出来るとは思えない。
これは過去の経験からお互い分かっていたことで、まずは【唇接触】の派生スキルである、舌を自在に動かすための【絶技】の練習から始めなければ【大人の唇接触】など到底無理だと気が付いたのだ。
ソフトクリームを舐める程度では習得はできない。一人で練習するのであればサクランボが必須と伝承では伝えられている。
さらには【絶技】は【大人の唇接触】以外にも用途があることにも気が付いている。そのことにはクリスも気付いたようだ。もっとも、互いの用途は多少違うだろし、現時点ではナニに使えるかは想像もつかない。
だた、【絶技】をマスターすることで、いろんな大人の味を体験できるのではないかと予測はしている。
そうなると、否が応にも熱が入る。イロイロなことに有効活用できると言うことは、超一流の仲間入りの助けになることは間違いない。
俺とクリスは、これが無限の可能性を秘めているだろうことを確信し、【絶技】を駆使した【大人の唇接触】の練習に励んでいた。
しかし、意外なところからこの練習の中断を余儀なくされてしまった。
まあ、よく考えると意外でもなんでもない。外ではまだみんなが朝食の後片付けをしているし、俺の様子がおかしかったと気が付いたのがクリスだけとは限らないのだから。
「あっ――――あわわわ……。あの…わ、私、ご主人様の様子が…ちょ、ちょっと心配で……見に…。――――お、大人って、すごいんですね!」
そう、ベアトリスも気が付いていたのだ。
俺とクリスがなかなか帰ってこないので気になって様子を見に来たらしいが、時間をおいてから来たせいで、ちょうど熱が入っていたところをバッチリ見られてしまったのだ。
ちなみに、今回はこっそり覗いていたわけではないらしい。
そして、驚き、慌てて、ちょっこり言い訳して、立ち直って、興味津々となった。この間、10秒もない。
さすが、ベアトリス!
「そうです、ベアトリス。こうして大人になっていくのです」
違うと思うけど、そういうことにしておこう。
「しかし、ヨウスケもまだまだ未熟なので、今練習させていたところだったのです」
「なるほど! さすがです、クリス様!」
ツッコミどころ満載な気もするが、バッチリ見られてしまったせいで、恥ずかしくて口を挟めない。
「いずれはベアトリスにもさせますわ。ですから、しばらくはお待ちなさい」
「は、はい、クリス様。ご、ご主人様!宜しくお願いします」
ベアトリスはペコリと頭を下げると「では、後片付けに戻ります」と言って、耳を真っ赤にしながらみんなのところへ戻って行った。
一言も発する間もなく逃げられて、呆然とただ見送ってしまったのだが、ベアトリスにも期待されているのならば、時間を無駄にしている場合ではない。
さあ、続きをやろう!
意気込みも新たにクリスに向き直り顔を近づけようとすると、なぜかピシャリと拒絶された。
「まったくあなたは! みんながまだ後片付けしている最中なのに何をやってるんですか」
えええええ――――――? おかしくない!?
やれと最初に言ったのはクリスだよね!?
俺もすっかり忘れて夢中になってたから、一概にクリスだけが悪いとは思わないけど…
本音としては、もう終わりなのが残念でもある。
少しションボリしてしまったが、手伝わないわけにもいかない。
クリスはなにかに気付いて優しく微笑む。
「続きはのちほどにしましょう。さあ、行きますわよ、あなた」
あ、後でまたやればいいのか!
のちほど続きが出来るのなら、不満などあるわけが無い。
はやく、みんなを手伝わなくては!
なので、素直に肯き手を引かれながらみんなのところへ戻って行くのであった。
みんなのところへ戻ったわけだが、出発前にやっておくことがあった。
練習に熱を入れていたせいで、すでに後片付けもあらかた終わってしまっている。――心苦しいが仕方ない。
「エドー。ちょっと来てくれる?」
エドは洗い終わった皿を拭いているところだったが、それをクリスと代わってもらい男やもめテントへ連れて行く。
「なんです、旦那」
「エドって、前衛出来る? んーと、要は盾職ができるかって事なんだけど」
「ああ、フォーメーションのことか。もちろん出来るぜ、というか基本は俺がいつも前衛だった」
俺の中でエドは護衛役なのだ。もちろんフォーメーションのこともあるが、重要なのはエドのように見栄えがする護衛がいることである。余計なトラブルに巻き込まれないようにするための予防策だ。
俺が調子に乗ったり、クリスが余計なことをしなければ、これでかなり減らせるだろう。
「旦那は俺の大戦斧しか見たことないだろうが、商隊の護衛じゃ、あんなでっかいもんは邪魔だからな。そういうときはいつも盾と剣を使ってたから問題なく扱えるぜ。…まあ、チーム抜けるときに金に換えられる装備は売っちまったが」
エドが自分を売って奴隷になろうとしたのには理由があった。
身をもって俺たちの実力を知ったエドとしては、力ずくで取立てに来られたらどうすることもできない。仮に街を捨てて逃げたら、残ってるメンバーから取り立てようとするかもしれない。
俺も、なんで逃げなかったのだろうとは思っていたが、エドは俺たちのことなど噂でしか知らなかったのだから、悪魔と呼ばれた俺に睨まれたとあっては最悪の事態を想像しても仕方のないことだ。
自分を売って奴隷になってしまったら、財産を残したところでどうなるかも分からない。だから、金目の物は処分して跡目を任せる人物に勝手に抜ける迷惑料という意味を兼ねて全て渡してしまっていた。
そんな折にエルから話を聞いたそうだ。
ドレスやメイド服にしても、防具だなんて普通は夢にも思わない。なぜそんな防御力があるのかなど分からなかったが、エルが言ったのでなければ鼻で笑っていたところだろう。騙されたと思って、正直になぜあんなことを言ったのかも含め全て話して、自分を奴隷にして借金をチャラにしてもらえるように話せと言われたそうだ。あとがないエドとしては、一縷の望みをそこに賭けるしかなく、結局エルに頼んで俺と話す場を作ってもらうことになった。
――と、いうことだった。
今更ながら猛烈に反省するべきである。
しかし、未練はあるだろうが、本人は今のところ俺についてきて良かったと言っているのだから、そのことはもう言うまい。
「自分を買ってもらおうとしてるのに、まさか装備なしで旦那と話すわけにもいかないから革鎧と大戦斧は残したが、どっちもボロだから売ったって二束三文だけどな。大戦斧なんて打ち直して砥ぎに出さなきゃ鉄くずみたいなもんだ」
「装備は俺が用意したから大丈夫だよ。それと、他にも頼みたいことがあるんだ」
エドにはフォーメーションとしての前衛だけではなく、護衛として、その配役の理由も話した。
「なるほどな。まあ、俺が言うのもなんだがやっかみ混じりで絡んでくる奴はいるだろうからなー。……しっかしよー、最弱の俺が護衛とか笑えるなー。あーはっはー」
「クリスが強すぎるんだって。アルヴァとベアトリスも才能あるし。俺だって勝てる気が全くしないよ」
クリスの華麗なる剣技とサポートもこなす魔法、アルヴァは小剣で攻撃を躱しながら大威力の魔法で敵を撃破、ベアトリスも剣と魔法を器用に使い分けて危なげなく対処している。
どれを取っても俺より上だと思う。
「クリスティーネ様たちの戦いぶりを見たあとじゃ、レベルがどうこうなんて問題じゃないと思えるしな」
実際、今となっては俺の方がクリスよりレベルは上だ。
それはエルの依頼で何百もの魔獣を狩ったおかげだが、以前に思ったとおり、とてもじゃないがクリスに勝てる要素など未だ培われていない。
「それで、その大戦斧は一応俺の方で修理に出しておくけど、防具に愛着があって換えたくないとかある?」
「いや、全くねーぜ。金が貯まれば良い装備に換えていくのが冒険者ってもんだからな」
「そっか。なら良かった。じゃあ、装備はこれ使って」
ストレージから剣と盾、それと鎧、籠手、鎧靴、サークレットを取り出す。
「一応説明しとくね」
エドはなぜか唖然としているが、価値に気がついたのだろうか。
まあ、それでもどの程度の威力、防御力があるか説明しておく必要はあるだろう。いざという時の対応が変わるかもしれないし。
「気がついたかも知れないけど、この長剣はダマスカス鋼で魔力が付与されてる。ちなみにこれはアウルの…いや、クリスのお父さんからの貰い物。んで、盾はただの鋼鉄だけど魔力を付与して結界も張ってあるからかなりの防御力はあるよ。でも、軽量化の魔法はまだ使えないから勘弁してね。それで、鎧は…」
「ちょちょちょちょーっと待てよ、旦那!」
「うん?」
顔を見上げるとそこには慌ててるというか焦っているエドの顔があった。
「うん? じゃなくて! 今、おかしなとこがいっぱいあったが、聞き違いですかね!?」
「え? じゃあ、もう一回説明するね。――この長剣はダマスカス鋼で魔力が付与されてる。ちなみにこれは……」
「だあああ――――。はい、ストップー! もう、そこからおかしいからな?」
「え?? もしかしてこれじゃ気に入らなかった?」
「そういう問題じゃね――――! これを気に入らない奴なんているか! パッと見でもいい品だなと思ったから驚いたが、まさか…。いいか、旦那。ダマスカス鋼の剣なんて代物は、A級冒険者クラスが使ってるような品なんだよ。魔力を付与してるってことは、それ魔力剣だろ? そんなのいつかは手に入れたいと全ての冒険者が常に思ってる夢のモノだぞ」
昨日のうちにベアトリスが俺の秘密に付いて話したときに、着物アーマーやドレスアーマーといった装備に関しても話しているのだが、エドはなぜか衝撃を受けている。
「アルヴァたちの剣はミスリルだけど、前衛やるならもっと頑丈な方がいいかと思ったからダマスカス鋼にしただけなんだけど…」
俺としてもエドに怪我なんてして欲しくないし、危険なことをお願いしている以上はそれに見合う装備が必要と思っただけなのだが、どうやらそういうことではないらしい。
そして見てしまった。
伝説の『orz』を!
ホントにやってる人なんて初めて見たよ。
「ベアトリス姐さん、助けてください…」
泣き声にしか聞こえない声でエドが呟くと、その期待に応えて光輝く美しい妖精が颯爽と現れた。
「はーい、エド。呼んだー?」
本日二度目の登場、ベアトリス先生だ!
今回はしっかり盗み聞きしていたようだ。――まあ、気が付いていたけど。
顔を上げて嬉しそうな、それでいてどこかすがりつくような表情を見せるエド。
それを「大丈夫、何も言わなくても分かってるから」と言わんばかりの笑顔で応えるベアトリス。
そして、いつも通りアウェー感満載で釈然としない俺。
「ねえ、ベアトリス。俺としてはエドに怪我して欲しくないから用意しただけなんだけど、なにかまずいのかな?」
「いいえ。ご主人様は優しいからそういうつもりだったのは分かってますよ。でもね、ご主人様。エドは昨日まで普通の冒険者だったんですよ。私も元は貴族でしたからそこには気づかなかったんですけど。――魔力剣なんて普通はお金を出したからって、買えるようなモノじゃないんですよ。魔法の鞄の様なモノだと言えば分かりますか?」
「――ああ! 使ってる人が売るわけないし、せいぜい貴族どうしで売買したり、別の高価な物と取り替えたりする程度にしか取引されてないってことか」
「そうですよ。市場になんて滅多に出ないですし、オークションで買おうと思ったら、金額に上限をつけないで買えるようなお金持ちを相手にしなければなりません。それでも欲しかったらあとは危険を冒して自力で手に入れるしかないんです」
しかも、そのような代物がありそうな場所に行くのならば当然それ相応の強さが必要であり、ましてや一人ではなくパーティーで行くことになるだろうから、運良く見つけたとしても自分一人の物にはできない。
しかし、魔力剣なら作れる人はいるはずである。ただ、俺のように複数のスキルを簡単に取得して、さらにはレベルもサクサク上げることが出来るわけではない。それに当然センスも問われる。
――試行錯誤の末にやっと1本といった程度なのだろう。
「だから、ご主人様が仲間として扱うと言っても、エドにしてみれば自分は奴隷であって、しかも昨日から。それなのにこんな装備を貸与される。まあ、混乱しても不思議じゃないですよ」
「確かに、そうだよねー。俺もいつかは欲しいなんて夢見てたものがジャラジャラ出てきて、いきなりあげると言われても引くよなー」
エドはウンウンと肯き、ベアトリスはニッコリと笑った。――いつもの含みがある笑顔だ。
「ですから、事情を知ってる仲間にならいいですけど、知らない人には簡単にあげてはダメですよ」
「いやいやいや、ベアトリス。さすがに俺だって知らない人にはあげないよ」
いくら俺には常識がなく、自分で魔法を付与出来るからと言って、見ず知らずの人にそんなことはしない。――とは、言えないようだ。
「そうですかー? ご主人様は可愛い女の子が困ってたら、すぐ全身を魔法の装備にしてあげちゃう気がしますけど?」
――――アリエル!!
否定出来ない自分が無性に悲しかった。




