2-9 上級者の男は色々ツライよ!
お風呂のセッティング。――それは、俺に課された重要任務の一つ。
すでにどういう演出にするかは決めてある。
今夜はエルとのお風呂での初遭遇戦だ。
湯けむりの中での未知との遭遇に期待が高まる。――と、同時にカラダの一部への力の流入も確認された。
つまり、やる気満々だ!
すでにベッドでの遭遇戦は済ませているが、ベッドとお風呂は別種目。
これをスポーツで例えるなら、棒倒しと水中棒倒しほどの違いがある。
昨晩は新修練の連続で終始イニシアチブはエルにあり、俺の棒はまさに手玉に取られて、いいように何度も転がされては倒されてしまった。
しかし、次の戦場は風呂場。
それは日本人の心であり、俺のホームベースとも言える。
エルにとっては不慣れな場所でもあり、今度はそう簡単に倒させるわけにはいかない。
それにその戦場でなら俺の努力の結晶である強力な武器が装備できる!
――技術は日々進歩する。
【ふんわり泡立ちまろやか石鹸】は【ミルキーふんわり泡立ちまろやか石鹸】、【つやつやしっとりなめらか特製リンスインシャンプー】は【ローズオイル配合つやつやしっとりなめらか特製リンスインシャンプー】へと既にバージョンアップをしている。
俺の風呂好きは伊達ではない。
そして、家族を愛している。
ローズオイルなど小瓶で銀の小判2枚という超高級品だったが、ウチの女性たちをさらに美しくさせるためなら安いものである。
昨晩、エルが風呂へ入ったとき、俺たちは入浴を済ませていた。
だから家の風呂を、もう使うことはないと思って、これらはすでにストレージに仕舞っていたのだ。
そのためエルはこれらの存在を知らない。
このアドバンテージがあれば、棒を刺突武器として使わなくともエルを満足させられる。
そうなれば『どんなエロも受け止められる』と自信満々に言ったエルの恥辱と苦悶にまみれたご尊顔を拝することが可能となる。
性戦士スキルを頼らず、独自の進化を遂げた上級者の俺にならそれが出来るはずだ。
人間は突発的に起きた自分の知らない事象には弱い。
しかも高レベルであろうとエルは女性だ。
これらの開発品に魅了されて陥落してしまうことは火を見るより明らかであろう。
すでに勝ちが決まった遭遇戦をたっぷり楽しむために、見晴らしが良くて星が綺麗に眺められる場所を探す。
この世界にも魔法によるネオンや街灯が街中にはあるがここは荒野。
吸い込まれそうなほどに美しい星空が広がっている
それに今宵は月齢が若く、星灯りだけだとかなり暗い。
――これを利用しない手はない。
煌々と照らすような真似はせず、お互いの顔が分かる程度の光量で光魔法を使う。
俺の趣味としては明るい方が色々見えて好きなのだが、今日は自分の好みより素敵な演出を優先する。
欲求を我慢する分、修練で己の欲望を満たせれば採算は十分取れてお釣りが来る。
自慢の香る木製風呂を出して、その手前にスノコを並べていく。
泥だらけにならないようにスノコの下を土魔法で硬質化させて、さらに数%の勾配まで作って水が溜まらないようにした。
なんという気遣い!
日本でそれが出来ていれば、絶対にバイトの時給も上がっていたはずだ。
いや、もしかすると社員になれていたかもしれない。
こんな気遣いが出来る男になってしまったので、バイト先の同僚は驚くだろう。
――と、いうより、気遣いも出来ないで働いていたことが恥ずかしい。
今にして思えば、よくクビにならなかったな。
黒歴史を振り返りながら着々と準備を進める。
俺たちは長風呂になってしまうことが予想されるので、俺以外用男風呂には冷蔵庫を置いた。
中には冷えた日本酒……と、いきたいところだが、米の酒は残念ながら売っていなかった。
米はあるのだからどこかにあるとは思うが、今回は果実酒で我慢してもらおう。
そして木製のお盆を湯船に浮かべ、グラスを載せる。
完璧だ……
2つのお風呂場を少し離して、その間には土魔法で仕切り壁を作る。
仕上げとして、それぞれのお風呂場を空間魔法で囲む。
その空間名は【ルーム】
この空間は結界ほど強化をしていないが通常創造空間よりは頑丈にしてある。
お湯が冷めないようにという理由もあるが防音にしなければならないからだ!
しかし景色を眺めるために開閉式の窓や出入り口、そして換気口も作る必要もある。
通常創造空間は無色透明だがまともに結界を張ってしまうと透明度は下がる。
そして湯気で中が曇ってしまうという問題もあり、換気口や開閉式の窓、そして出入り口も作る必要があった。
そのため、透明度を保ちつつ防音性を備えたこの風呂場用空間の創造には微妙な調節が必要となった。
だから、次回からこの特別空間を作りやすいように名前を付けることにしたのだ。
麦わら帽子をかぶっている海賊団が同盟を組んだ相手が使っていた能力とは関係はない。
その空間内では人のカラダにやりたい放題できるから、なんて安直な連想で命名などしていない!
全てが整いみんなを呼びに行こうとしたとき、このままではマズイ事態になることに気が付いた。
今の俺は、やる気満々だ。
そのやる気は見える形となって俺のカラダの一部に具現している。
そして俺の着衣は着物……。
つまり、みんなにやる気満々なのがバレてしまう!
もうこれ以上ないというぐらいハッキリと着物を盛り上げて具象化しているのだ!
俺は一度平常心を取り戻さねばならない。
まず深呼吸をした。
もちろんこの程度では上級者の俺には何の効果もない。
それから気を散らすために珍しくエロ以外のことを色々と考え続けた。
そして、ふとあることに気が付く。
その気付きは俺のやる気とカラダの一部を急速に萎えさせた。
修練が終わったら解除すれば良いのだから、わざわざこんな手間のかかる空間を作る必要は無かったのだ。
それにそもそも男風呂には必要がない。
お湯が冷めれば魔法か熱玉で温め直せは良いし、今は夏なのだから寒くもない。
また無駄な努力をしてしまったと思ったが、冬場には必要になるし、テントにも使えると思い直す。
心のやる気だけを少し回復させて、みんなのいる場所へと戻った。
「風呂の準備ができたよー」
俺はなんだかんだで30分ぐらい居なかったのだが、その理由は話していない。
もっとも、クリスと姉妹は気づいてはいるだろうが、木製風呂まで用意していることはクリスしか知らない。
「ご主人様、ずいぶんと時間が掛かりましたね? また手の込んだことをしていたんですか?」
ベアトリスは俺の性格をよく知っているので、何も話していなくとも全てお見通しだった。
「もちろんだよ。俺がお風呂にこだわらないわけないでしょ?」
俺がそう答えると、ベアトリスだけではなく、クリスとアルヴァ、そしてフローラまでが笑う。
「だ、旦那……。風呂って言うとあの風呂ですか? 魔法で作ったんですか!?」
エドは予想もしていなかったせいか、もの凄い喰い付きを見せた。
「半分はね。でも、それじゃあ味気ないからねー。見て驚かないように」
俺の無茶ぶりを知っているアウルたちでも流石に驚いたようだ。
「野外でお風呂とは……。まるでホットスプリングのようですね?」
「ホットスプリング? ああ、温泉かぁ。アウルは知ってるんだ? うん、温泉みたいな感じだよ。まあ、俺の国流だけどね」
見せたほうが早いので、みんなを連れて特製旅館風風呂へと案内をした。
「木製の風呂!? いつの間に作っていたんですか? 星空の下に湯船、そしてそこに浮かべたお盆にグラス……。な、なんて浪漫あふれるお風呂! これがヨウスケさんの国のお風呂の流儀ですか!?」
「温泉のある地方の宿風だよ。一般家庭だともっと小さいし、素材はこの世界にはないモノもある。でも、木の香りがするお風呂は昔ながらで浪漫があるから好きなんだ」
最近の浴槽はFRP製が多い。ほかにはお金を掛けた石材やタイル仕上げのモノもあるが、木のお風呂はスーパー銭湯か温泉旅館にでも行かなければお目にかかれない。
「ヨウスケ様の世界では一般家庭……庶民の家にも風呂があるんですか? 確か魔法はないのですよね? そちらの世界はそれほどまでに裕福なのですか?」
俺の発言に一番驚いたのはウスターシュだった。
珍しくまともな質問だったが、これは誰もが感じたことだろう。
電気、ガス、水道が各家庭に引き込まれていて、簡単にお湯が沸かせることを知らないのだからこの疑問も当然のことだった。
「貧富の差はもちろんあるよ。ただ、お風呂は贅沢というほどのモノじゃないってこと。これは禁忌に触れるから詳しく言えないけど、魔法の代わりに『カガク』って技術が発達している俺の世界は、その恩恵を受けるのに個人の資質に左右されない物が多い。高度な技術をもって作られた道具は誰でも使えるんだ。もちろん、技量を必要として練習をしないと使えない物もある。――例えば空を飛ぶ乗り物とかね」
「……はあ!?」×5
声を出さなかったクリスとアルヴァも目を見開いて驚いていた。
フローラは可愛いお顔を傾げてキョトンとしている。
「えーと、ヨウスケ様? まさかと思いますが人が魔法もなしに空を飛ぶ乗り物が存在するということですか? ははは。ご冗談がお上手でございますね」
「その反応……まあ、分かってたけどね。たぶんだけど、だから禁忌なんだと思う」
「禁忌ですか? そのような制限があったのですか? では、今までヨウスケさんが作っていた物はその禁忌に当たらないと!? 充分この世界では驚きの技術ですが!?」
アウルが叫ぶように質問をしてきて、当然ベアトリスも興味津々に聞き耳を立てている。
「この世界の技術しか使ってないから大丈夫だと思う。今度ゆっくり話をするから、先にお風呂へ入ろう。あ、空飛ぶ乗り物だけどこの世界の技術だけで作れると思うから、何年かかるか分からないけど楽しみにしててね」
話を途中で終わらされた上に、そんな夢のような話を聞かされたアウルとベアトリスは「そんなー」と言いながら悶え苦しみ始め、ほかの人も似たような表情であった。
ただ、クリスとエルだけは目を細めて不信の表情を露わにして、どちらからともなく二人はそれぞれ俺の左右に来ると腕を取って家族風呂の方へと連行して行く。
「あなた。禁忌を犯すとどうなるかなんて分かりきったことなど改めて聞きませんが……」
「あたしは2度も旦那に捨てられた女になんてなる気はない。もし、ヨウスケがそんな理由で元の世界へ帰ってしまったら絶対に許さないからな」
二人とも歩きながら他の人には聞こえないように話をしている。
「あなたが大丈夫だと言うなら信用してあげても良いですが、もし研究が行き過ぎてご自分の世界にお帰りになる事態が起こりそうになりましたら、その前にあなたを殺して私も死にます。そうすれば私もあなたの世界へ一緒に行けるかもしれませんから」
「それはいいな。あたしもそうしよう。あんたの世界へ行ければゴンジュウロウを思いっきり蹴飛ばしてやることも出来るしな」
そう言って、クリスとエルは二人揃って目が全く笑っていない笑顔を俺に披露してくれた。
俺は恐ろしい嫁をもらってしまったようだ。
言い換えるならば、すごく愛されていて幸せとも言える。
「さて、お風呂の修練とやらの為に空間魔法を使ったんだろ? じゃあ、楽しもうか」
「エル様。お風呂の修練は格別ですわ」
二人はもの凄い期待に満ちた表情になり、その顔は獲物をロックオンしたときと同じである。
俺は一言も発言することも出来ずお風呂場へ到着した。
そして二人の肉食系女子は、容赦なく俺の服を脱がせる。
この状況下で俺が今言えることは、この遭遇戦の勝利の行方は分からなくなった、ということだけだろう。




