2-8 このためになら矜持など!
冒険人生のパートナーに続き、出来た嫁たち、仲間、そして……ついに心の友まで俺は手に入れてしまった。
こんな幸せでいいのかな、とニヤけながら、試作ポーションを作り始めた。
最初はベアトリスも俺も、薬草を刻んですりつぶす作業をかなり慎重におこなっていたが、この程度なら料理とあまり変わらないと気付き下準備は難なく進んでいった。
まずは普通のポーションを作る。
一定の配合に正しい手順で抽出したポーションは、さほど二人の出来に違いはなかった。
あまりに簡単で誰にでも作れそうなので、これなら買わずに自分で作ったほうが遥かに安い。
――そう思ってベアトリスに同意を求めたが、即座に否定された。
「ご主人様、なにかお忘れじゃないですか?」
「え? と言うと?」
俺が素で聞き返すと、ベアトリスは得意のため息をついたあと「いいですか、ご主人様。いい子だからちゃんと聞いてくださいね?」と言って俺の頭を撫で始めた。
「まず私たちは料理スキルのレベルが高いので下準備を楽に終わらせましたが、このスキルのレベルの高さも元を正せばご主人様の能力とその恩恵です」
ベアトリスは俺の頭をさらに撫でたが、その表情は「わかりまちゅか、ぼくちゃん?」と言いたげである。
「そして薬草もご主人様のレーダーと転移のおかげで難なく集めていますが、魔獣のいる森の中で薬草を採取するのは危険が伴うので普通は冒険者が依頼で受けています。しかし、自力で探すとなると大して集まりません。それにある程度のレベルになった冒険者は、実入りの良い魔獣などの討伐系や護衛の依頼に傾いていきます」
「だよね……」
もう最後まで聞かなくても俺が間違っているのは分かったのだが、ベアトリスは容赦なく話を続けた。
「そして、ポーションを作る為には道具が必要になり、場所の確保もしなくてはなりません。一日掛かって集めた薬草の量でいくつポーションが作れると思います? しかも、見つけた薬草の種類が全て作りたいポーションの材料である保証もありません。そこで、ご主人様のお考えをもう一度聞きたいのですが?」
「……買った方が安い」
「まあ、ご主人様、さすがです! よくできましたー!」
ベアトリスは優しい笑顔でそう言いながら抱きしめてくれたが、全くもって釈然としない。
――のだが、抱きしめられた感触は素晴らしい。
相変わらずの大きさと若さゆえの弾力には、いつもながら閉口させられる。
男の矜持を優先させて馬鹿にされたことを怒るべきか、この感触を堪能できるなら馬鹿にされたままの方がいいか……
正直、悩む間もなく、すぐに答えは出てしまった。
「ありがとう、ベアトリス。勉強になったよ!」
俺はお礼まで述べて、素晴らしい感触をもっと堪能できるように抱きしめ返した。
次から作ったポーションは全て、錬成した安いMPポーションである。
10回分作った結果、完全に失敗したモノが3個、効果が安いポーションの域を出ないモノが4個、中級には劣るが安いモノよりマシというモノ3個。
これは失敗作以外をアウルとウスターシュに試飲してもらって得た感想である。
考え事をしながら作ったせいではなく、初めて作ったということもあるが予想以上に難しかったからだ。
薬草の品質にはバラつきはあったが、著しく低品質のモノを除外して同種類ごとに混ぜて使ったので基本品質は同じである。
ただ配合比率や混ぜ合わせる速度、付与する魔力量を少しずつ変えた。
まるで料理を美味しく作るコツを見つけているような感じだが、ただランクによる効果の違いを知るには作ったモノを逐一飲むしかない。
念の為に言っておくが毒見をさせたわけではない!
いくら俺でもそこまであくどいことはしない。
ちゃんと鑑定してから飲ませているので問題ないのは分かってはいるが、実際どの程度の違いがあるのかを聞きたかっただけである。
エドは内包魔力を消費するほど魔法が使えるわけではないので、アウルとウスターシュしか頼める相手がいなかった。
まさかワザと怪我をさせるわけにはいかないので、魔法を行使して魔力を消費しているアウルとウスターシュにお願いするためMPポーションから作っただけである。
おかげでコツはつかめたのでHP、スタミナ、毒消しなども試作を作って、今までさんざん消費して山ほどあるポーションの空き瓶に入れてストレージに仕舞っていった。
次に夕食の準備に取り掛かった。
アウルたちは魔法の練習があるので、俺とベアトリスだけでやるのだが、今回も開発品を使うので皆を驚かすにも都合がいい。
以前アウルに約束した丸焼き料理を作るのだ。そのために自動回転式丸焼き装置も完成させている。
人力で回すなど現代日本人の俺にそんな重労働は無理なので、これは必然だった。
なにせ万遍無く焼くためには何時間と回し続けなくてはならないのだ。
アウルたちに気づかれない場所まで離れて準備を始めた。
使う獲物はイノシシだ。大きさ的にも味的にも丸焼きにするには最高の素材。
下拵えを終えていざ串に刺す段階になると、また自然とお尻が引き締まってしまうという事象に見舞われたが詳しい説明は省く。
薪や枯れ木を燃料に焼くのは火力調節が思いのほか難しかったがそれはそれで楽しい。
タレを塗りながら焼いていると辺りにいい匂いが広がっていく。
当然と言えば当然なのだが、その結果、肉食の魔獣が次々と集まって襲いかかってきた。
本能的に俺たちには敵わないと分かっているらしく、俺たちを直接狙うことはせずスキをついて丸焼きを奪おうとする。
個別で現れる魔獣などはすぐにストレージの肥やしとなっていったが、魔オオカミの群れが現れたときは流石に面倒であった。
自分たちが狩る側のときはさして感じなかったが、守る側となると集団相手は厄介だった。
囮が俺たちを引きつけて、その都度ほかの魔オオカミが丸焼きを奪おうとする。
魔獣化すると火を恐れなくなるようで、焚き火を気にしている様子はなかった。
統率された羊の群れは……なんて言葉があるが、オオカミ相手にそんなことを考えて思わず笑ってしまう。
まあ、そのぐらいの余裕ぐらいはあるということだ。
それは魔法という圧倒的な力がこの世界には存在するからだ。
20匹ほどいた群れを半数ほど退治した時点で魔オオカミは撤退していった。
しかし、数km先からでも次々と集まって来る魔獣の嗅覚に辟易する思いだった。
そして俺たちも自分で作ったポーションを飲むことになってしまった。
自分が飲んで実感したことは、ハイポーションは効き目が早く現れるということと、洗練されてないせいか非常に不味いということだった。
そろそろ本当に面倒になったので丸焼きを空間に閉じ込めて匂いを遮断した。
もちろん吸気口と排気用に煙突状の空間も作った。
煙突から漏れる匂いでまだ多少は寄ってくるが、結界でなくとも俺の作った空間を破れるほどの魔獣はこの森にはいない。
創造した空間の方が維持するのも楽で形も自由に作りやすいからである。
最初からこうすれば良かったと思ったが、自分で獲物を探して転移する手間が省けたということもあり、結果としては予期せぬ上々の収穫を得ることが出来たので良しとしよう。
焼きあがるまでの間はまたせっせと薬草集めをして過ごした。
「ベアトリス、もういい具合に焼けたからそろそろ馬車に戻ろう」
夏なので日は長くなっているが陽が落ち始めたので、薬草も見え難くなっている。
それにこれ以上待たせると腹ペコクリスにまた怒られてしまう。
焼きあがった丸焼きをストレージに仕舞って、残り火に水魔法をかけて確実に消した。
火事でも起こして森の丸焼きなど作ってしまったら大変である。
まだ熱心に練習を続けていたアウルとエドに、暇そうにしていたウスターシュを拾って馬車に戻った。
クリスとアルヴァ、そしてフローラは馭者台で夕日を眺めながら楽しそうにおしゃべりに興じていたので、腹時計的には遅刻でなかったとホッとした。
しかし、なんと言うか……エルが幸せそうに荷台を独り占めしながら大の字で昼寝をしている。
美熟女がドレスを着たまま大の字で昼寝……
100年の恋も覚めるほどのシュールな光景。
この現実とは思えない惨憺たる光景を見て幻滅するどころか、俺は興奮を覚えてしまって自分の性癖に変化が表れていることに気が付いた。
恐らく4人もの美女とイロイロしまくったせいで、どんなことにも対応出来る柔軟な思考になってしまったらしい。――そして俺は自分がそこまでの上級者になったことに喜びを感じていた。
つい最近までは初心者だったのだから、こんなに嬉しいことはない。
――今夜の星空お風呂修練と野営就寝前訓練が待ち遠しい。
ほかの男性陣には悪いと思うが、男ならこの気持ちを分かってくれるはずだ。
街道から外れて、夕食のあとにそのまま野営出来そうな場所を見つけて、準備に取り掛かった。
常識的に考えると他の隊商などに声をかけて見通しの良い場所で一緒に夜を過ごすのが安全なのだが、俺たちに限っては逆に人目の付かない場所を選ぶ。
馬車に積んでいない野営に必要なモノが大量にあるのだから、人目は避けねばならない。
テントの設営は俺と男性陣でやるとこにした。
女性陣にはメイン料理は既に作ってあると伝えて副菜のサラダなどを作ってもらう。
準備が整い筵の上に輪を描くように全員を座らせて、皆の期待と注目を集めてからデン!と、丸焼きをストレージから出した。
当然、いつの間に作ったのかと皆一様に驚き、アウルなどは思わず歓声を上げていた。
「おおー! ヨウスケさん! いつの間に!? ――約束を忘れてなかったんですね! お昼はバーベキューでしたし、冒険初日から贅沢すぎじゃないですか!? いや、元手が掛かってないから贅沢とは言わないのか? いやいや、ともかく初日から……」
支離滅裂でおかしくなってはいるが、大喜びをしているのは間違いない。
エドとウスターシュも目を輝かせて何か言いたそうな顔をしているが、ご馳走を目の前に皆を待たせるのも悪いので、まずは食べ始めることにした。
肉ばかり続いて嫌気がささないかと心配ではあったが、この地方には海がない。
川魚はあっても、おかずは基本肉がメインだ。
と、いうより肉は御馳走なので文句どころかみんな喜んでいる。
そういう俺はモモの部分とスペアリブをブロックごと取り分けて、肉をとある形に削っていた。
削り落とされた食べやすいお肉はフローラのお皿に入れてあげて俺は骨のついた肉を食べる。
そう! 夢にまで見た骨付きマンガ肉である。
丸焼きにされた肉は蒸されながら焼かれる状態になるせいか、物凄く柔らかい。
だから、引きちぎりながら食べることは出来なかったが、それでも満足だった。
「あなた。私もそれが食べたいので作っていただけますか?」
「え!? いや、クリス……それは、マズいんじゃない?」
すぐ忘れそうになってしまうが、クリスは貴族のご令嬢である。
マナーには当然うるさいはずだから、こんな食べ方をさせるのは問題があると思ったのだが、元貴族のお義兄さんも興味津々で注意するどころか推奨までしてきた。
「義弟殿。嫁が夫に倣うのは当たり前でしょう。……ところで、その食べ方は斬新ですね。私もご相伴に与りたいのですが?」
周りを見渡すと全員が同意見のようだ。
「ヨウスケ。あたしも嫁だから当然あたしの分も作ってくれるよな?」
エルはわざわざ念を押してきて、フローラまで自分のお皿のお肉より俺の肉に目が釘付けだった。
骨付きマンガ肉の魅力は時空を超えても共通の浪漫があるらしい。
俺はかなりレベルが上がっている肉解体スキルをフル活用して骨付き肉を次々と形を整えて全員に配った。
こうして最後に残ったのは食べやすく切り落とされた肉と頭だけだった。
実は頭の部分は凄く美味しいのだが、食べきれないのでストレージの肥やしとなってしまうだろう。
肉はサンドイッチにして朝食にすればいいか。
そしてこのあとは、俺一人お待ちかねの時間。――お風呂の時間だ。
みんなに後片付けを任せて、俺は最高のセッテングをされたお風呂を準備するために歩き出した。




