2-4 あまり深く考えるのはやめよう!
朝からお昼寝をしていた俺たちは2時間ほどして目が覚めると馬車を止めて、一旦小休憩を取ることにした。
俺たちは寝ていただけだが、馭者を交代してあげる必要もあるし、長時間座っているだけだと身体が固まってしまう。
ディアブロはまだ元気な様子だが、初日から無理をさせる必要もない。
街道から少し外れて、草むらがあり開けている場所に馬車を停めた。
馬車から降りるとみんな伸びをして身体をほぐしている。
いくら乗り心地が良いといっても、座るか横になるかしか姿勢を取れないのだから仕方がない。
ただやはり他の馬車と比べて格段に快適なので、不満顔の人は誰もいない。
エドとフローラはすっかり仲良しになっている。
一見微笑ましい光景だが、片や半死半生の目に遭わされた被害者で、もう片方はそれをやった加害者である。
事情を知る俺としては複雑な気分だが、何も知らない人がこの話を聞いたら、エドが加害者だと誰もが思うだろう
しかし実際は反対なのだから、レベルで身体能力が高まるこの世界は本当に不思議だ。
もちろん鍛えることで筋肉をつけて筋力を上げることは可能だ。
しかし、レベルを上げることによって外見が変わることなく筋力を上げることが出来るのだから、異世界から来た俺にしたら超高度な技術で作られた仮想現実としか思えない。
いや、感覚は完全に現実なのだから、現実世界にレベルによる身体能力向上、スキルによる特技の習得といったシステムを付加されたという感じだ。
突き詰めて言ってしまえば、自然の摂理に反することが日常的に起こるこの世界は、人工的に創られた気がする。
人工といっても神ならざる人の身では無理だろう。
『神の箱庭』
――そう、俺はこの世界は神が創ったのではないかと考えている。
避妊の加護という他のシステムとは全く違うモノがある以上は神が実在している可能性があるからだ。
他にも根拠はある。
しかしそれを調べて核心を得たとしても何の意味もない。
さもすれば、強制排除、すなわち日本に帰らされてしまうかも知れない。
だが、俺は帰らされるわけにはいかない。――少なくとも異変から世界を救うまでは。
俺が日本に帰ってしまっても次の後継者に頼むことは出来る。
ただその後継者をこの世界に送るには10年という歳月を待たねばならない。
しかし、そのあいだ何も起こらないという保証はどこにもない。
今までだってこの疑問にぶち当たった地球からの転移者はいただろう。
それなのにそんな話など聞いたことがない。
恐らく現代技術と同様に禁忌に触れると考えたと思われる。
だからもう考えるのはやめよう。
今いるこの世界が俺にとって現実であることには変わりがないのだから……。
「ご主人様? どうかしたのですか?」
俺が珍しく真顔で真剣に悩んでいるので、心配になったベアトリスが話しかけてきた。
「義弟殿はこの現状に心穏やかではいられないのですよね?」
視線の先にはエドとフローラ、そしていつの間にか加わっているウスターシュがいる。
アウルが笑いながら面白がって茶々を入れると、ベアトリスも口元に手を当ててクスクスと笑った。
――が、冷静になって考えたら確かにそうだ。
こんな些細なことを考えている場合ではなかった!
「エドー! フローラと仲良くなれたのは嬉しいけど、万が一にでも『あの称号』で呼ばれたら俺は許さないからなー!」
小休憩したあとは、馬車に戻ってすぐに出発した。
次の馭者はウスターシュだ。そして隣に座るのはフローラである。
「へへへー、今度はおじいちゃんと一緒だねー。旅って楽しいなー。フローラといっぱいお話をしようねー」
俺は非常に複雑な気分だったが、フローラの嬉しそうな顔を見てしまうと何も言えない。
そんな俺の様子をチラリと横目で見たウスターシュが珍しくフォローに入った。
「じゃあ、楽しい旅に連れて行ってくれて、その特等席を譲ってくれたフローラのご主人様に感謝しないと。――まるでフローラの『おにいちゃん』みたいだね。それとも『パパ』かな?」
俺のカラダに衝撃が走った!
ウスターシュにどんな思惑があるかは分からないがこの際は関係ない。
フローラにそれらのキーワードを植え込んだということが重要なのだ!
俺は今まで慎重に慎重を重ね、迂闊に言って敬遠されないように、それらのキーワードをどうやってフローラの心に留めさせるかを模索していた。
それをこうもあっさり、しかも自然な形で。
ウスターシュの手腕は実に見事で、俺には真似の出来ない芸当だ。
そしてここからが本番だったようで分かりやすい対価を求めてきた。
「馬車の旅も楽しいけど、空を飛べたらもっと楽しいと思わないかい? フローラは早く空を飛びたいと思わないかな?」
「はい! エル奥様のように早くお空をとびたいです! とべるようになったら、おじいちゃんもいっしょにお空のおさんぽをしようねー」
空を飛ぶためには、まずジャンプを繰り返してスキルを昇華させなければならない。
しかしその練習には、大量のスタミナ回復ポーションが必要不可欠となる。
つまり、さっさと薬草採取に行って、調合スキルを得て、スタミナ回復ポーションを作れということだ。
そしてウスターシュの恐ろしいところは、俺に恩を売って対価にスタミナ回復ポーションを作らせるだけではなく、さらに自分はフローラと空の散歩をするという約束まで取り付けているというところだ。
これが本当の策士というモノなのか!
Aランク冒険者とはこれほどの存在なのだと知って尊敬にも等しい感情が湧き起こった。
この取引は悪くない。
元々、薬草採取をしてポーション類は作る予定だったし、俺がいないあいだにウスターシュがさらにあのキーワードをフローラに根付かせてくれるだろう。
「エド、薬草採取に行くから一緒に来て」
「え? 薬草採取ですか? あ、いえ、行くのはいいんですが、置いて行かれたら追いつけなくなるんじゃないですか?」
今朝からエドは何回も驚かされていた。
馬車の構造、エアコン、そしてストレージ。他にも俺たちの会話の中にはエドの常識では考えられないことが多々混じっていたはずだが、これらが秘密にしなければならないことだと察して一切質問してこなかった。
「大丈夫だよ。それを含めてイロイロ説明してあげるから」
気になって気になって仕方なかったことを説明してもらえると聞くと、エドは早く行こうと急かすようにその大きい身体を俺に迫らせた。そしてなぜかベアトリスまで俺に肉迫してきた。
「ご主人様! 私も一緒に行っていいですか? ポーションの調合もするんですよね? 私、すっごく興味があって自分でも出来る様になりたいんです!」
ベアトリスが生産職スキルに興味があるのは意外だったが、好奇心旺盛の性格からすればそれほど不思議なことではない。
「もちろんいいよ。ついでにまた俺の秘密とかエドに教えてあげてくれる?」
「もちろんです、ご主人様。――やったー! これで念願が叶うかも」
念願がなんのことかは分からないがベアトリスは凄く嬉しそうだ。
一方、アルヴァの方を見るとやたらとソワソワしている。
「アルヴァも一緒に行きたいの?」
それ以外の理由は考えられないので尋ねてみたが図星であった。
「あの……、でも、奥様たちから離れるわけには参りませんので……」
エドの教育は自分がやると言ったのだからベアトリス任せにはしたくないが、そのベアトリスが俺と一緒に行くなら、自分はクリスたちの傍にいなくてはならないと考えているようだ。
「大丈夫だよ。お昼には一度戻ってくるし、冷蔵庫を置いていくから飲み物ぐらい自分たちでやるって」
それでもまだ悩んでいる様子のアルヴァだったが、クリスが一緒に行ってくるようにと声を掛けると、気合も入ってしまったようで「覚悟していなさい」と言わんばかりの表情でエドを見据えた。
くつろぎ過ぎてあられもない姿を晒しているエルやお昼寝を再開しようとするクリス、そしてフローラと談笑しているウスターシュが馬車に残るのだから、あとの心配は何もない。
仮に盗賊が集団で襲ってきても、この戦力の前では襲った側の命運は1分もしないで尽きてしまうだろう。
森に転移をした俺たちは、もうこれ以上はないというぐらい驚いているエドに、まずは空間魔法を取得していることを教えた。
そして薬草の採取をしているあいだは、ベアトリスが俺の能力について、アルヴァは俺がどれほど素晴らしくて、いかに偉大な存在なのかを得々と言い聞かせていて、俺は話の合間合間に薬草が生えている場所を指示している。
「こ、これほどの秘密とは思わなかった……。確かに奴隷にして隷属させないと、こんなこと教えられないな。いや、むしろ奴隷になったお陰で、仲間に加えて頂けたことを光栄に思うべきじゃないか?」
するとアルヴァは満面の笑みと共に、珍しく得意げな表情を見せて決めゼリフをエドに聞かせた。
「ですから、私はあの娘に言いました。――ご主人様の奴隷にして頂いて光栄に思うべきだと」
エドは苦笑するかと思いきや真顔で頷いていた。
自分をベタ褒めされている話など傍で聞く度胸などない俺が、少し離れたところから盗み聞きしていると、ベアトリスが俺の近くにまでやって来た。
このあとは姉の教育が始まると思ってアルヴァとエドを二人きりにしたようだ。
「ご主人様、先ほどのことなのですが……」
「先ほど? エドとなにかあったの?」
主人としての義務だから仕方なく盗み聞きした内容には特に気になる点はなかったと思うが……。
「いえ、休憩時のことです。アウル様はああ仰ってましたけど違いますよね? 何か心配事ですか?」
「――あ、いや、ベアトリスが心配するような内容じゃないから大丈夫だよ。ただ、自分が思っただけで人には話さない方がいいかなぁーってだけだから」
ベアトリスは思案顔になり、余計に気になってしまったように見える。
「もちろん、ベアトリスを信用してないとかそういうことじゃないよ。ほら、俺ってこの世界の人間じゃないから、みんなには常識でも俺には不思議なことや理解出来ないことが多いってだけで、ホント心配しなくて大丈夫だからね」
「はあ……。私としてはご主人様の方が不思議の塊だと思いますけどね」
俺の発言にベアトリスは苦笑をしているが、ここはお互い様ってことにしておこう。
それに、これ以上この話を続けていると、俺では誤魔化しきれなくなり早々にボロが出て、何を考えていたかバレてしまう。
ここはさりげなく話題を変えるしかない。
「ところで、さっき念願が叶うかもって言ってたけど、調合スキルで何か作りたいモノでもあったの?」
「そうではなくてですね。――私はご主人様の実験や開発のお手伝いが出来るようになりたかったんです」
「そういうのにも興味あったの? まあ、ベアトリスは多才だから、いろんなことをやってみたかったのかな?」
「違いますよーだ」
少し拗ねたような顔を見せるベアトリスは、俺にその理由を教えてくれた。
「クリス様はそう時間を掛けずしてエル様と肩を並べるお方になられると思います。お二人はご主人様の最強の双璧になるでしょう。姉も魔法だけならクリス様に匹敵するほどの才能がありますし、家事も得意でご主人様の背中を支えてくれる存在になると思います。それで、特に秀でた才能がない私はご主人様のために何が出来るかなーって考えてたんですっ!」
ベアトリスに才能がないなら、世界は無能な人間ばかりになってしまう気がするのだが……
「でも、それは半分建前で……。ところで、知ってますか? 最近、姉が色気づいてるんですよ! 鏡を見ながらため息をついたり、お化粧に興味を持ち始めたり。我が姉ながら見てるとホント可愛いです。――ちなみに言っておきますけど、姉は世の中の男をご主人様以外はみんなおサルさんとしか思ってないですよ。あっ、アウル様とウスターシュ様は別ですけど」
みなまで聞かずともここまで言われれば、俺でも何が言いたいのか分かる。
「よ、よく見てるねー。さっきの俺のこともそうだけど……」
俺はちっとも照れていないという態度を見せたが、顔が熱いので上手くいったとは思えない。
「当たり前ですよーだ。大好きな人とその周りの人たちを見てるなんて当然です。それに研究の助手が出来る様になれば、大好きな人の傍にいる時間が増えるじゃないですか」
――顔を真っ赤にしながらそんなことを言うベアトリスさんも爆裂可愛いです。




