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2-2 まさかここから躓くとは!

 問答無用で攻撃しても鬼ではないと言い切ったクリスは、実に兄と元家令……そして夫をドン引きさせた。

 しかしそんな空気など気にならない女神さまは、平然と可愛い妹に声を掛けた。


「アルヴァ。わたくしの大事な妹に暴言を吐いたこの娘は謝罪しましたが、許すことは出来ません。ですが、慈悲ぐらいは与えても良いと思うのですが、アルヴァはどう思いますか?」


 痛い目に合わせて、さらにここまでさせても許さないとは恐ろしい限りである。

 まったくブレるということがないクリスは、ある意味最強の保護者と言える。


 大貴族の娘で実力もある。身内に危害を加える者には容赦などしない。

 クリスはそんなことなど考えてはいないと思うが、この件が広まってくれればアルヴァたちを蔑む奴はいなくなるだろうし、アルヴァの実力も見せたのだから、ちょっかいを出そうとする男もいなくなるかもしれない。


 アルヴァは元々自分の事に関しては全く気にしていない。

 ただ、俺を侮辱したことが許せなかっただけである。

 俺にも一応は謝罪していたのでクリスの意見を素直に了承していた。


 それにクリスに妹と言われたのが、よほど嬉しかったようだ。

 少し顔を赤らめながら、目を輝かせてクリスを見つめている。


 俺の目にはその様子が本物の女神を崇めているようにしか見えない。

 完全にクリスに心酔しているアルヴァが、ますますクリスに似ていく気がして空恐ろしいモノを感じた。


 

 エドは自分で言ったわけではないが、元のチームメンバーの為に、クリスとアルヴァに謝罪をした。

 そのあと改めて挨拶をさせてもらう許可のお礼を言ってから馬車を降りた。

 

 すでに馭者台に戻っている俺は、後ろを向いてその様子を見ていたが、アルヴァの態度は相変わらずであった。

 まあ、ベアトリスがエドに対して態度を軟化させているのが救いだ。


 馬車から降りたエドは女の子の方へ近づいて行ったが、その際にお礼の為かこちらに顔を向けて目礼をした。

 表情を見る限りでは、女の子に対しては自分がチームから抜けてしまう申し訳なさ以外の感情はなさそうだ。

 その様子から察するに、エドはその女の子が恋心を抱いてることには気が付いていない。

 

 まったく、これだから鈍感な男は困り者である。


 気を遣って教えてあげようかとも思ったが、ここは黙って行かせるのが男ってもんだろう。

 俺は漢気おとこぎを見せつけるがごとく、エドに向かって一つ頷いて見送ってあげた。


 女の子はエドに抱きつき必死の形相でエドに何かを伝えている。

 俺はうっかり聞き耳スキルをアクティベートしていたので、有ろう事か、その内容の全てが聞こえてしまった。


 決して故意ではない。

 人の恋に興味を持って聞き耳をたてるなど男として恥である。


 しかし、うっかり聞いてしまうのは仕方がないと思う。

 勝手に聞こえてしまうのだから俺の責任ではない。


 内容的には「行かないで」「一緒に逃げよう」「あたしが何とかする」などなど。

 しかしエドの返答は謝罪と『もう決めた』『すでに奴隷だ』などの言葉だけで、女の子の言葉の真意を悟ってあげられていない。まあ、分かったとしてもこんな若い子に何とかして貰いたいなどと思わないだろう。


 だが、なんとも歯痒い。

 女の子の手を握って、走り出すぐらいのドラマがあっても良いのに……。

 

 しかし、傍から見ていると悪い雰囲気ではない。

 もしかすると何もなければ、いずれ二人はくっついていた可能性さえ見える。

 この女の子の押しの強さから考えてみても有り得ない話ではないだろう。


 そんな悲しい二人の別れ……。

 涙なしでは見ていられない。

 誰だ、この二人の仲を裂く原因を作った奴は!?


 ――俺だー!


 全ての発端は俺からであった。

 その事を今更ながら気が付いた。

 

 やはり、人の話など盗み聞きなどするモノではない。

 もっと楽しめると思っていたのに、後悔と自責の念しか生まれてこなかった。

 



 それにしても涼しいからなのか、一向に馬車から降りる気配を見せないエルは、居心地の良さを堪能しているだけで、全くこちらに関与してこない。

 ギルド長なのだから仲裁ぐらいするのかと思いきや、冷風を気持ちよさそうに浴びているだけである。


 冒険者同士の揉め事など年中あるのだから、トップがいちいち関与などしていたらキリがないということかもしれない。


 そんなエルは手招きをしてベアトリスを近くにまで来させると、こちらも何やら聞こえないようにヒソヒソと密談を始めた。


 エルの話は危機の観点から純粋に聞く必要があると思ったが、全く聞こえてこない。

 スキルを使っても、聞こえない声の大きさを熟知しているようで、俺を見て一瞬ニヤリとした気がする。


 その話の内容は何らかの指示のようで、ベアトリスは馬車から降りると俺に「ちょっと、ドリアーヌさんと話があるのでギルドへ行ってきます」と言って、ドリアーヌの手を引いて建物の中へ入って行った。


 ここで話をしない時点でもう怪しい。

 エルを問い詰めて何の話か聞きたいが、どうせはぐらかすに決まっている。


 さほど時間を置かずしてベアトリスとドリアーヌは戻って来た。


「ご主人様、エドアルドをチームメンバーに加える手続きをしましたけど、承認は局長か副長しかできないので、お願い出来ますか?」


 すっかり、忘れていた。

 昨日の時点ではまだ隷属させていないので【暁の新撰組】には加入させていなかったのだ。


 さすがエルである。そんなところにまで気が回るとは。

 怪しいなどと思ってしまった自分が恥ずかしい。


 俺はさっそくエドとギルド内で手続きにサインをして、エドをチームに加入させた。その際、女の子は涙目で俺を睨んでいたが、心が痛まないように出来るだけ顔を見ないようにしている。


 いつまでも、お別れの挨拶と称した駆け落ちのお誘いをさせていると、またエドに対する印象が悪くなるので、そろそろ出発しよう。


 馬車に戻り、荷台へ回ると幸せそうに冷風を顔に受けているエルに話しかけた。


「じゃあ、エル。そろそろ出発するから」


「ん? そうか、よし! じゃあ、早く行こう」


「……は? ――いや、行くけど、エルが降りてくれないと出発できな……いんだけど」


 ベアトリスは何かを知っているらしく、クスクスと笑っている。

 やはり、何か企んでいる。――俺の直感は正しかった。


「あたし、今日休みにしたから一緒に行くぞ?」


 3日間も休んだあとではあるが、今まで全然休んでいないということに加えて、新たに旦那を見つけたばかりでもあるから、職員は誰も文句は言わなかったとベアトリスが説明をしてくれた。

 意外と人望もあるようだ。


 しかし、問題はそこではない。


「一緒に行くのはいいとして、帰りはどうすんの?」


「ほら、便利な魔法があるだろう? その程度の距離なら、なんの問題もないはずだろ?」


 もう、完全に雲行きが怪しい……というか、俺もあることに気が付いた。

 この時点で他にもこの先の展開が見えた仲間はいて、口を抑えながら笑っている。


「だから明日の朝に送ってくれれば問題はない。それと、お昼も一人で食べるのは寂しいから、ちゃんとあたしの分も毎日作っといてくれよ。――あと、仕事が終わった妻を迎えに来るのも旦那様の仕事だと思うが?」


 ここまでくると、もう笑うしかない。

 言われてみれば簡単なことだった。


 転移のことを知らないエド以外はフローラも含め全員が大笑いを始めた。

 恐らくエルもその盲点に気が付いていなかったのだろう。

 

 エアコン馬車の魅力に取り憑かれたエルは何とか一緒に行けないかと考えて、そこで初めてこの簡単な答えに行き着いたということだ。


「そうだね。やっぱりみんな一緒に行くのがいいよね」


 そして俺はずっと我慢していた言葉をみんなに向かって叫ぶ。


「さあ、冒険の旅へいざ出発だー!」


 それに全員が呼応してくれた。


 そして馬車は走り出した。

 みんなでドリアーヌに手を振りながら馬車は走る。

 ご機嫌な俺の隣で浮かない顔のクリスが馬車を走らせる。


 そして、馬車は止まった。


「どうしたの、クリス。忘れ物?」


 クリスの顔は浮かないと言うより、困ったという感じである。


「いえ、そうではないのですが……。あなた、どこへ向かえば宜しいのですか?」


「……?」


 どこへ? ……どこへ!?

 いや、決めてなかったけど……とりあえず、コルンバ? そうコルンバだ!


「な、なに言ってんのクリス、まずはコルンバに向かうに決まってるじゃないか」


 何も伝えてなかったのを誤魔化すために、敢えて「言わなくても分かるでしょ?」と、いう意味を言外に含ませた。


わたくしもそう思いましたけれど、コルンバは直行してもひと月近く掛かりますわ。――それでも、どこへも寄らずに行くのですか? それとも、いくつかの街を経由して行くのですか? 多少ルートを外れてもどこかへ寄る予定はないのですか? それによって向かう先が変わると思うのですが……」


 それは……昨日のうちに聞いて欲しかった。


 しかし、ドリアーヌがまだこちらを見ているのでこの場で話し合うのは避けたい。

 すぐさま移動を開始して、街を出てたところで馬車を止めた。


 そして、この非常事態に対処する方法を探るために、緊急会議が開かれた。


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